第25話「終戦」
林田は這いつくばりながら通路を進み、遠くに見える手術室の扉に腕を伸ばした。しかし下半身を欠損した状態では、速度があまりに遅すぎた。彼は前進しながらも、何かもっと早く移動する方法はないかと思考を巡らす。彼が考えながら移動していると、壁に横たわる兵士の死体があった。
「サンダー・ウォルフ、俺ももう君の手段を問わない行動に悪くいうことはできない……」
林田はそう心の中で呟き、目を瞑った。そして再び瞼を上げると、死体の手の近くに拳銃が落ちている。彼はそれを見て、自身の腕に視線を移す。
「そうだ。片腕に流れる流体金属を、脚に回せば……」
彼がそういうと、片腕が収縮していった。凹っと身体の中を流体金属が流れて移動し、下半身に向かう。すると彼の片脚だけが元に戻った。彼は壁に手を付け、片脚で手術室へと急いだ。
そしてついに彼の指先は、両開きのドアに触れる。空気が抜けるような噴射音と共に、手術室のドアが開いた。彼が中へ入ると、すでにブルーのサージカルドレープが手術台の上に覆われていた。台の上に横たわる人が、下にいることがわかる形状だった。彼は秋や執刀医の存在に気づかないまま、そこへ駆け寄る。台を見下ろすと、胸と頭部だけが四角く肌が露出していた。彼はそこへ目をくぎ付けにされる。等間隔で見える縫い目がすでにあり、手術が終わったことを示していたのだ。
「そんな、もうタイムリミットを切っていたのか? いや、そうだとしても手術はタイムリミットを過ぎてからだと……!?」
宙に表示されているホログラムには、「22.10」と印字されている。彼がここに来た時間を考慮しても、ギリギリ間に合っていた時間だ。涙を堪え、林田は手術室を見渡した。すると、壁際で座り込む車田秋の姿があった。彼女は懐から加熱式タバコを取り出し、唇に乗せる。僅かに肩を上げ、白い息を吐いた。林田は彼女の前に立ち、ぐっと拳を握り込む。
「秋さん! 時間以内に俺が来れば、手術はしないって約束したんじゃないんですか!」
切羽詰まった声色で林田がいうと、秋はニンマリとした。
「それがよ、あそこ見てくれ」
秋が指を向ける先には、パワードスーツのようなロボットがあった。
「あの軍人が去った後、俺はそれが気になってみていたんだ。ここにいる執刀医に吐かせたら、機械化技術の進化版だっていうんだ。これがどういうことかわかるか?」
「え?」
「つまりだ、あの機械人形に組み込まれた部品を使って真田カレンの身体を改造したのさ」
「機械化技術を施したってことですか?」
「……あぁ」
鬼気迫った顔をしていた林田は、だんだんと表情がほぐれていく。彼は再び真田カレンの元へ行き、シートを剥がした。瞼を閉じ、眠るように意識を失っている彼女がいた。呼吸器マスクの表面は、彼女が呼吸するたびに少し曇っていた。その様子を見て、林田の目頭が熱くなる。彼女の腕をそっと胸に寄せた。
「やっと・・・・・・やっとだ。カレン、ようやく俺が君のこと守れたよ」
肩を震わせ、むせび泣く林田をよそにして秋はもう一つの手術台の横に移動した。シートの上からでも、子供が覆われていることがわかる。彼女はそっとそれをとり、真田同様に、意識を失っているアンナの顔を見る。
「軍人さんよ、君のやり方……俺は悪いと思わないぜ」
彼女はそう呟き、アンナを背負った。
「林田! いつまでも泣いている暇はねぇぞ。これからどうするか考えるんだ」
林田は顔を振り、「はい!」」と返事をした。彼は手術室にあった金属部品を口に入れ、身体を完全回復させる。そして、横たわる真田をゆっくりと背負った。
「あったかい・・・・・・いやっダメだ」
もう一度彼は首を振り、キリっと表情を固める。
「この収容所には一機だけ輸送機があるらしい。俺らだけが脱出するのは容易だが、ここに収容されている人を助けるとなると・・・・・・輸送機のキャパを超える数は無理だ」
「そうですよね。でも、俺に考えがあります。この収容所を徹底的に破壊してやればいいんです」
「破壊?」
「はい。そうすればここにいる人も、送られてくる人もすぐには連れていかれません。一度日本の人たちを助けた後、彼らも救助すればいい」
林田がそういうと、秋は「現実的じゃないな」と即答する。
「忘れたのか? この臓器を欲しているのはこの国の上位層だ。フレアのリミットが迫れば、手をこまねいている国に頼っている暇はないと考えるだろう。そうなれば、私軍を動員して血眼になるはずだ」
「そんな……じゃあ、一体どうすれば」
秋も言葉を失い、林田に何も答えることはできなかった。そして手術室を出て数分、二人の前にサンダー少尉が現れる。彼もまた修復を終え、完治していた。
「おい、これは一体・・・・・・」
林田が真田を背負っている姿を見て、サンダー少尉は不思議に思ってそう口にした。
「アンナちゃんもカレンも、無事なんですよ」
秋は横に向き、アンナの顔をサンダー少尉に向けた。彼はすぐに駆け寄り、アンナの頭を撫でる。
「この子はもう、フレアで死なねぇ。後はお前がどう彼女と折り合いをつけるか、考えるんだな」
サンダー少尉は涙を流しながら、秋と目を合わせる。
「折り合いってなんですか?」
林田は彼女の言葉がわからず、そう聞いた。
「お前も真田もだ。機械化してしまった以上、3人ともフレアが来たら死ぬ。ここを脱出できたらの話だが、それがお前らの次に考えるべきことっつーことだよ」
そう返され、林田は黙り込んだ。「あぁ」と覚悟を決めたような顔で、サンダー少尉はアンナを見つめた。その姿を見た林田は、心の中で密かに思った。
「ようやく君を守れたのに、もっともっと返したいのに……」
と。彼が暗い顔をしたその瞬間、館内のスピーカーが鳴り響いた。
「聞こえるか?私は北米連合国大統領・・・・・・」
突如として流れたアナウンスに、3人は足を止める。押し寄せる別棟の増援軍と鉢合わせるも、彼らの攻撃の手も同時にパタリと止んだ。
「全軍に告ぐ。サンダー・ウォルフ並びに、収容所に侵入した彼らへの攻撃を中止せよ。そして、収容している全ての人を・・・・・・母国へ送り返せ。繰り返す……」
そうアナウンスが繰り返し流れ、突如として彼らに迫る脅威は消滅した。思わず3人は、顔を合わせたまま固まってしまう。




