第21話「混迷」
林田らが収容所を襲う少し前。ホワイトハウスの執務室内は騒がしい朝を迎えていた。壁一面に画面が表示され、険しい顔を浮かべる人々が映っている。彼らは画面越しに大統領を睨みつけ、罵声を浴びせた。
「先日の騒ぎに加え、なんなんだ今日のあれは!」
大統領はハンカチで汗を拭き取り、咳き込んだ。
「えぇ、報道によって世界に人攫いの計画が漏れてしまっているのは把握しています。しかし、依然として根拠はなく陰謀論で済んでいます。このまま収まるのを待って問題ないかと」
彼がそういうと、画面側にいる1人が机を強く叩いた。
「ならん! 私はまだ手術を受けていないのだぞ? このままもし、収容所が撤廃されるようなことがあれば……なんだ?」
彼は怒りながらも、ホワイトハウスに響く騒ぎ声に気づく。SPは大統領に近づき、耳元で付近で報告をした。
「今朝の一件を見た国民が、ホワイトハウス前でデモを始めました。人道に反する行動を即刻中止しないならば、この場から動かないと話しています」
それを伝えられ、大統領はデモ隊を抑え込むよう指示を下す。
「はっ。しかしデモが予想より多く、抑え込めるか……」
「あぁ、あの報道の真偽など奴らには必要ないのだろう。元々あった上位層への蓄積した恨みを爆発させるトリガーとなったのだ。厳しいだろうが、奴らが限界を迎えるまでこちらも手を打たぬわけにはいかない」
SPは大統領にそう言われ、直ちに執務室を飛び出した。彼が飛び出したのを確認し、大統領はどっと息を漏らす。一息ついて束の間、画面に映る富裕層らも説明を求める。
「はい、今朝の一件でデモが始まりました」
大統領がそういうと、彼らは不安そうに驚いた。
「だ、大丈夫なんだろうな? 収容所が廃止なんてこと起こる可能性は……」
「はい。対策としましては、現在収容している100万人を直ちにそちらへ渡そうかと」
その瞬間、扉を強く壁へ打ち付ける音が響く。振り向いた大統領の前には、先程デモ鎮圧を行うよう指示を受けたSPがいた。彼は駆け足で大統領に近づき、荒い息を整える。
「大統領、カンザス収容所が奇襲されました。犯人はサンダー•ウォルフらと思われます」
「なんだと!?」
あまりの衝撃的な一報に、大統領は白目を剥いて倒れ込んだ。彼が倒れると、画面越しにそれを見ていた富裕層らはさらに不安を露わにする。
「何事か、状況次第では私軍を出させていただくぞ?」
「あぁ、それがいい。やはり政府は信用ならん」
彼らは大統領をおいて、口々にそう話し合いを始める。危機感を抱いた副大統領は、彼らに声をかけた。
「落ち着いてください。大統領に代わり、私がデモ隊の鎮圧処理を行います。3日以内には終わらせます。それ以上かかった場合に、私軍の使用可否を考えていただきたい」
副大統領が頭を深く下げると、彼らは渋々ながらそれを了承する。
「ふん、これが最後のチャンスだ。3日以内に必ず事態を収集してもらおう」
それ彼らは言い残し、画面は閉じる。大統領は立ち上がり、副大統領に礼を告げる。彼は木箱の赤いボタンを押し、キンキンに冷えたコーラをボックスから取り出す。
「人道に反したこと……か。まぁいい、早く収容所のウォルフらを消すんだ」
彼はガラス瓶に入ったコーラを口に含み、炭酸の弾ける感覚を味わう。休憩を挟まず、一口でそれを飲み干す。彼は空になった瓶を机の上に置き、ため息を吐いた。
「……大統領」
副大統領は心配気に彼へ声をかける。
「ふふっ、国を思ってした訳だ。後悔はない。ただ、やはりもう天国へは行けぬやも……」
「ハロー、大統領。天国へ行くてぇなら、一つ俺の話を聞いてくれねぇか?」
突如、壁際の画面が表示される。
時を戻し、林田らが収容施設へ突入する直前。収容所の東棟にある一室へ、軍靴が近づく。施設内に駐屯する兵士は、その部屋のロックを解除した。厳重な扉が開くと、ベッドとシャワー、トイレだけが置かれた簡素な部屋が見える。多段ベッドが室内の壁際に置かれ、上段に眠っていた日本人が急いで下の階の者を起こす。
「真田さん、あなたに用があるみたいよ」
彼女は寝ている真田カレンの肩を揺する。真田はうなり声を上げ、重い瞼を上げた。視界には、軍服の男が2人いる。彼らは起きるよう彼女に命令した。しかし、頭は上がるもの彼女は身体を動かすことができない。
「やはりALSが進行しているな。その様子では、移植する身体として不適格だ。……こい」
男の一人は動かない真田を肩に担ぎ、部屋の外へ運び出した。2人が棟の通路を歩くと、段々と血の臭いが濃くなっていく。それに気づいた真田は、背中越しに歩いていく方向を見る。目の前のドアが開くと、部屋の中央の手術台にはシートを被せられた誰かがいた。シートの端から血が漏れ出し、それが死体であることを物語っている。
「何をする……の?」
怯える彼女の前に、白衣の男が現れた。
「死にゆく身だからな、説明ぐらいしてやろう。ⅤIPが君と同じ血液型ゆえ、何としても連れ帰るよう命令を受けた。だがな、君のALSの進行度を報告したところ、移植を怖がって突っぱねられたのさ。君の血液型では誰も引き取り手はない。ゆえに、そういう使いものにならない者たちは機械化技術向上の礎になってもらう」
男は部屋の奥にあるカーテンを開いた。そこには、パワードスーツに脳を埋め込んだ機械が数体並んでいた。
「あなたたち……なんてことを……」
不気味な笑みを浮かべる彼は、「ふん」と鼻で笑う。
「機械化技術は身体の臓器を電子機器に置き換える。しかし、さらにその先を我々は目指している」
「……先」
「そうだ。脳だけを機械に移植できれば、破損や欠損しても問題はない。また、最新鋭の武装と取り換えることができる。つまり、この技術が成功すれば最強の兵士が誕生するというわけだ」
白衣を着た男は、楽し気にそう力説する。その姿に真田は呆気にとられるも、血だまりができた床に気づく。彼女は怯えながらも、鋭い目つきを作った。
「フレアで死にたくないから人を攫う。受け入れがたいけど、同情できる。でも、これに関しては……!?」
彼女の言葉を遮るように、男は口を塞いだ。呼吸器マスクを口に当てられ、それの管が手術台の横に置かれている装置に繋がっている。
「お喋りはここまでだ。君にはそろそろ、眠ってもらおう」
真田は涙ながらに、林田のことを思い出す。
「……純、あなたは無事でいて」
そう心の中で思うほど、死にたくないという感情が増していった。しかし、ピクりとも動かない手足に真田は絶望を覚える。
「動かないってこんなに辛くて、怖いなんて知らなかった。それなのに私……」
真田の脳内は、走馬灯のように思い出が駆け巡った。その中でも強烈に映像が濃く浮かび上がったのだが、「助けられてばかりは惨めだ」という林田に言われた言葉だった。




