第20話「ジャガーノート」
丸い円形の農場が当たり一帯に広がるカンザス州のとある地域。その地域で丁度農地の中心でスプリンクラーが勢いよく散布を始める。放物線状に広がる水飛沫は、日に照らされて綺麗な虹を出現させた。
アンナはサンダー少尉に抱えられ、農場の上を飛行した。2人の後を、林田と秋が追尾する。
「あの男、北米の軍人だろ? なんで協力している」
秋は飛行途中、林田へ話しかける。
「理由はわからないけど、カレンの身体じゃなきゃ妹さんの手術ができないみたいです。だから、施設内部に潜入するまでは協力することにしました。もちろん、彼のことを警戒してはいます」
彼女はサンダー少尉を睨みつけたまま、「そうか」と返す。
「収容に潜入した後、始末できるのか?」
「……」
「まぁいい、着いてから考えるか」
秋は返答しない林田にそれ以上踏み込まず、会話を終わらせた。彼女はまたサンダー少尉へ視線を向け、小銃のセーフティロックを外す。
それから数分が経過し、サンダー少尉は渓谷の上に降下する。彼は双眼鏡を手渡し、遠くにある十字型の巨大な建物を指差した。
「あれが通称、墓標と呼ばれるカンザス収容所だ」
「墓標?」
林田が聞くと、秋がサンダー少尉に代わって答えた。
「何万という攫われた人々の呪いを、あの十字で打ち消しているつもりなんだろう」
「そんなオカルトな理由ではない。単純に収容する人々を、国別に分けやすくしているだけだ」
サンダー少尉らの話を聞き、アンナは林田の話を思い出す。
「お兄ちゃん、もしかして本当に真田お姉ちゃんをどうにかする気なの!?」
彼はアンナを無視し、施設の説明を続ける。
「四つの棟の内、東にあるのがアジアの人々を収容している。あの棟へ突入すれば、真田カレンを探せるだろう」
サンダー少尉がそう話し終えると、秋は銃口を上げた。彼女は標準を定めながら、彼へ話しかける。
「これで君と協力関係を維持する必要がなくなった訳だな。で、君はまだ真田カレンに危害を加えるのか? 返答次第では……」
秋が言い終わる前に、サンダー少尉は所持していた銃を全て地面に落とした。彼はため息を吐き、アンナを見つめる。
「俺も色々考えていた。アンナの選択を、俺は受け入れる」
彼はそう言って、アンナに真田カレンを攫った理由を全て打ち明けた。彼女は瞳を震わせるも、顔を背けなかった。
「そうだよね、真田お姉ちゃんと出会ったときから不思議だった」
アンナはサンダー少尉に近づき、彼の手を握った。そっと見上げ、彼へ話かける。
「私は3年前の感染症で普通ならきっと死んでいた。お兄ちゃんが私の為に、軍に入って機械化技術を受けさせてくれたんだよね」
アンナは握ったサンダー少尉の手を、胸の近くに寄せた。
「だからね、もう十分だよ。私は、お兄ちゃんと一緒に……」
サンダー少尉は彼女を抱き寄せ、それ以上を言わせなかった。林田は秋に目配せし、銃を下ろさせる。
「はぁ……いいだろう。俺はもう、真田カレンを利用しない。もちろん、最後まで手を貸すさ。どっちみちお尋ね者だからな」
彼はそう言って、双眼鏡を返すよう促した。
「こんな馬鹿げたことより、フレアを防ぐために力を合わせられたらよかったのに」
林田はそう言いながら、彼へ双眼鏡を手渡す。サンダー少尉は「あぁ」と呟き、東側の棟入口付近を覗いた。
「おい、あれを見ろ!」
彼は林田に双眼鏡を押し付ける。彼は押し付けられたレンズを両目に当て、棟の開場したゲートを確認した。そこからなぞるように道を追っていくと、城へ向かっていった北米軍の車両と同じものが移動していた。
「あれに真田カレンが乗っている可能性は0ではない。どうする、施設とあの車両どちら時間的に選べるのは一つだ」
林田は浮遊し、サンダー少尉と目を合わした。
「施設はあなたの方が詳しい。俺はあの車を追跡します」
「ちょっと待て! こいつを信用するのか!」
秋は林田を呼び止める。しかし、彼は首を横に振った。
「はい。妹さんを裏切るようなこと、この人はしないと思います。それじゃあ、頼みます!」
林田は秋の話を待たずに、飛行速度を加速させて移動する車両に向かっていった。彼女は頭を掻き、どっとため息をつく。
「ガールフレンドに会えるかもって、浮かれてるんだな。まぁいい、下手な真似しないよう見張らせてもらうぜ?」
秋はそう言って、サンダー少尉を睨みつける。
「あぁ、構わない。さぁ、俺らも施設へ向かうぞ」
林田は走行する車の前方に着陸し、砂埃を舞い上げた。彼がゆっくりと車に近づくと、中から2人の兵士が現れる。
「悪いけど、眠っていてくれ」
銃を向ける兵士らは、直ぐさま林田の指砲を受ける。彼らがその場に倒れ込み、林田は通り過ぎた。車両の後ろに回り、彼はバックドアの窪みに手をかける。ドアを開ける直前、ガラス越しに鋼鉄のヘルメットを装着した何者かが彼の目に飛び込む。
「な、なんだ?」
林田は警戒感を抱き、ドアから距離を取る。その瞬間、火柱が彼の真横に放射された。一瞬にして方翼は灰へと変わる。林田は驚きながらも、火柱の射出された方を向き直した。そこには、パワードスーツのようなものを装備した兵士がいた。
「鷹の男、現れました。援軍を要請します」
鋼鉄のヘルメットの目元には、赤く光るシールドが嵌め込まれていた。そこから中の目を見えず、細かい文字やら数値がディスプレイのように表示されている。また、身体は2メートルに及ぶ巨大な迷彩のコーティングがされた鋼鉄の作りになっていた。彼の右腕には火炎放射器が搭載されており、林田をシールド状でロックオンすると放射される。
「クソ、空気弾が通らない!」
林田は炎を回避しながら、空気砲を撃ち込んだ。しかし、何度彼の鋼鉄の身体にぶつけても気絶することも吹き飛びもしなかった。
「君のデータは解析済みだ。殺傷力のない武装で、このジャガーには勝てない」
男はそう呟き、放射を続ける。林田は追い込まれ、ついに両翼を燃やし尽くされた。




