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第2話「車椅子の少年」

 2101年、東京。とある街の公園に、2人の子どもがいた。少年と少女は、他に誰もいない広い草原の上を走っていた。彼らは特殊な眼鏡を装着し、バーチャル空間にモンスターを出現させる。少年はモンスターのゴブリンと共に、少女から逃げていた。


「待ちなさい、純! 逃げてないで戦うのよ!」


 少女はドラゴンを引き連れ、少年を追いかける。


「む、無理だよ! カレンに買わされて今日初めてやるんだよ? そっちはドラゴンだし」


 少年が振り返ると、眼前を小石が通り過ぎる。少女は小石を何個か拾い上げ、彼へ投擲を繰り返した。


「おい、バーチャル外の攻撃有りかよ!」

「へへーん、負けたら言うこときいてもらうからね!」


 少女は紅の眼を輝かせ、八重歯を見せる。そして石を投げるたび、彼女の2つに結った紅髪は揺れていた。


「ったく、いつも無理矢理やらせているじゃないか。このゲームだって、感染症が流行っている中、強引に外へ連れ出したくせに」


 少年は小さくそう呟いた。少女の石の残弾が切れたタイミングを狙い、ゴブリンは煙幕を張る。茂みに隠れた彼は、少女の方に視線を向けながら腰を低くした。彼がゆっくりと公園の入り口に向かう中、少女が煙幕を走り抜ける。


「正々堂々、戦いなさ……!?」


 少女が煙幕を抜けると、園内を抜けて道路に飛び出ていた。咄嗟のことで反応できずにいた彼女は、目の前に迫る車に眼を奪われる。


「カレン!」


 桜舞う季節、少年は3年前の公園での情景が頭の中で鮮明に蘇っていた。その光景に思わず叫び、彼は腕を伸ばす。


「ひゃっ!」


 耳元に艶のある声が聞こえ、少年はぼんやりと目を開く。彼の視界には、はだけた制服姿の真田カレンがいた。寝息を小さく漏らす彼女に、少年は頬を赤らめる。伸ばした腕の指先は服越しではあるが、胸を揉んでいたからだ。離そうとしても、がっしりと両腕で拘束されている。少年は早々に脱出を諦め、彼女が目を開けるのを待った。ピピピとスマホのアラームが響くと、真田は目をこすりながら「おはよう」と挨拶する。


「あの真田カレンさん、毎度隣から忍び込むの止めてもらえませんかね?」


 頬を染めながら少年がいうと、彼女は立ち上がって黒縁眼鏡を装着した。コホンと咳をしたカレンは、窓に片足を乗り上げる。


「ハハハ、起こしにきたつもりが寝てしまったようね。それでは林田純、外でまた落ち合おう」


 長い紅髪を靡かせ、彼女は一戸建ての2階から飛び降りる。林田が見下ろす頃には、彼女は5点着地と呼ばれる衝撃を吸収する降り方で地面に接地していた。


「えぇ……」


 林田は顔を引きつらせ、ゆっくりと窓から顔を戻した。ベッド脇に置いていた車椅子に乗り込み、彼は一階のリビングへ向かう。リビングには林田の父親と母親がいた。母親は台所で自動調理のボタンを押し、父親は茶を飲みながらテレビに目をやっている。車椅子の機械音を鳴らしながら、林田は料理の置かれたテーブルに着いた。丁度のタイミングで、母親は味噌汁のお椀を彼の手前に置く。


「純も今日から高校生ね」


 微笑む母親に純は、味噌汁を啜りながら「うん」と小さく返事をする。厳格な顔つきの父親は、ギロリと目だけを彼へ向けた。


「隣の奴とはまだ話すのか? あまり関わらない方がいい。また怪我したらたまったもんじゃない」

「お父さん、カレンちゃんに酷いこというのやめなさい」

「ふん」


 純を差し置き、彼の父親と母親は口喧嘩を繰り広げた。一段落を終えると、お互い不機嫌な顔で背を向け合う。純は気まずさを誤魔化すように、テレビを見た。


「それにしても、最近都会の人通りが少なくないですか?」


 コメンテーターがそう口走ると、即座に画面がコマーシャルに切り替わる。見飽きたCMに嫌気が差し、純はスマホの通知一覧を確認した。7時30分と一分前に丁度、厚生労働省から一斉送信のメールが届いていた。メール内容を確認しようと指を液晶へ触れかけるが、彼はメールの時刻を見て目を見開いた。リビングの壁に立てかけられた時計に顔をやると、すぐにご飯をかき込んだ。


「母さん、父さん……行ってきます!」

 

 純は車椅子の速度調整をするバロメータを1から3へと上げる。忙しなく車輪を回転させ、彼は歩道を移動した。後ろを振り向いた林田は、真田がいないのを確認してほっと息を吐く。しかし、横断歩道で停止する彼にそっと誰かが肩に手を置く。林田が振り返る前に、真田は上から顔を出す。彼女の垂れる髪が林田の頬に触れた。


「全く、一個上の先輩を巻こうなんて生意気な後輩だ」


 真田は眼鏡を直し、信号が切り替わったタイミングでがっしりと林田の車椅子を掴んだ。


「わかったって、逃げないから!」


 林田は車椅子の速度を落とし、カレンの歩幅に並走させた。


「じゃ、一緒に行こうか」


 彼女は自然と車道側に立ち、鼻歌をしながら歩き出した。それを見て林田は黙り込み、隙を狙って再び速度を上げる。


「あっ!」


 真田の声が遠くになる頃には、林田は駅の改札を通っていた。


「あっ、お客様スロープお持ちしますね」


 駅員がそう声をかけると、林田は車椅子の車輪部分を伸長させた。


「大丈夫です。この機体は電車の乗降に対応しているので!」


 林田は階段を車椅子の前輪と後輪を交互に伸び縮みさせて降り、ホームに訪れた。丁度電車が到着し、乗車口の扉が開く。彼は階段と同じ要領で車椅子を操作し、乗車を試みる。


 しかし、後輪がつっかえて思うように行かなかった。時間が刻刻と過ぎ、乗車した客が愚痴を漏らす。


「おい、モタモタするなよガキ」

「そうよ、こっちは会社なのよ」


 彼らの苛立ちの声を耳にし、林田は余計に焦り出して乗車に手こずった。駅員がスロープを抱えてこちらに向かうのが見えると、彼は暗い顔を浮かべる。


「まったく、世話が焼けるわね」


 その瞬間、車椅子を真田が後ろから押し込んだ。林田が乗り込むと、電車の乗車口は閉まった。


「あっ……ありがとう」


 林田はか細い声で彼女に感謝を述べた。それを聞き、キリっと鋭い目つきだったカレンの表情は、一瞬で緩んだ。彼の頭を撫で、カレンは微笑みながら口を開く。


「いい、純は困ったら私に頼る権利があるんだからね? 些細なことでも、なんでも私を第一に頼りなさい。……わかった?」


 林田は唇を噛みしめ、何も言わずに頷いた。

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