第15時「取り逃す」
サンダー少尉はチェイサーを飲み、話を続けた。
「だが俺はヒーローなんかじゃない。アンナの命と引き換えに、軍の人攫いを率先して協力した」
真田は僅かに震えた彼の声色に気づく。
「そう……もしかしてあなたはドナーを受けとらない気なの?」
「……俺は、罪を償わなきゃならない」
サンダー少尉は立ち上がり、代金をカウンターに置いた。
「喋りすぎた……戻る」
真田は残りを飲み、慌てて彼についていく。階段を上がる直前、彼女は声をかけた。
「……サンダーさん、アンナちゃんの気持ち考えている?」
彼女がそういうと、サンダー少尉は振り返った。
「うぃーす」
2人が目を見合わせた瞬間、宿の入口から軍服の男たちが現れる。彼らは受付に何かを話し合っていた。サンダー少尉と真田は、こっそりと2階に上がる。
「アンナ、起きろ」
サンダー少尉は眠るアンナの頬をポンポンと触った。彼女は「うぅん」と意識半端に目を覚ます。彼は慣れた手つきで、窓の真下に何かを落とした。片手ほどのそれは、地面に衝突すると一気に膨張する。
「さぁ、君も」
サンダー少尉はアンナを窓から落とし、膨張したクッションに着地させた。彼女は落下していることに驚き、完全に目を覚ます。
「うわっ、死ぬかと思った」
真田はその様子を見て、呆気にとられる。
「安心しろ。あぁやって衝撃を吸収できる。さ、お前も行け」
真田は言われるまま、窓から落ちようと態勢を整える。クッションから降りたアンナは、服を弄って慌てる仕草をした。
「ないないない! お兄ちゃん、ナイトマンの兜失くしたー!」
アンナがそう叫ぶも、サンダー少尉は探す素振りを見せなかった。
「時間がない。さ、早く行け!」
サンダー少尉は真田を急かす。真田は彼へ「お先にどうぞ」と声をかける。彼女が部屋中を探し回る間、階段を上がる軍靴の音が次第に近づいていた。
「何しているんだ!」
サンダー少尉は真田の頬を叩く。彼女の頬は赤くなり、ジンジンと薄らと痛みが走る。睨みつけるサンダー少尉だが、真田は何事もなかったように兜探しを再開した。彼は仕方なく、扉の前にハンガーラックや小さなテーブルを置いた。彼女と一緒に部屋を見て回る。しかし一向に兜は見つからない。
「すいません。ちょっと話よろしいですか?」
扉の前に着いた2人の兵士は、ノックと共にそう話しかける。サンダー少尉は額の汗を拭い、真田の腕を掴んだ。彼女はベッド下に片腕を伸ばし、「う〜ん」と唸り声を上げる。
「開けてください」
兵士たちはスタッフを呼び出し、マスターキーで真田らがいる部屋のドアを開けた。
「あったわ!」
真田が兜を掴んだと同時、兵士らはサンダー少尉へ発砲した。
「本部応答されたし。サンダー少尉と真田カレンを発見いたしました。座標送ります」
兵士の1人はサンダー少尉と交戦しながらも、そう無線で本部へ伝える。
「よし、降りろ!」
サンダー少尉は真田を庇い、最後に窓から降りた。彼女はリストバンドの影響で電流を浴びる。倒れ込む彼女を心配し、アンナは声をかける。
「お姉ちゃん!」
サンダー少尉は真田を背負い、走り出した。
「アンナ、車まで走れるな?」
若干困惑したアンナは、サンダー少尉の鬼気迫る顔に頷いて見せる。車に乗り込むと、サイドガラスは蜘蛛の巣のようにヒビが入った。真田は怯えるアンナを身に寄せ、兜を手渡す。
「安心して。必ず助かるから」
「……うん」
アンナは兜を抱きしめ、じっとその場に縮こまった。彼女の姿を見て、真田は後方を確認する。後方から3台の軍用車が追走し、拳銃で攻撃を繰り返していた。
「逃げ切る方法はないの?」
切迫した声で真田が聞くと、サンダー少尉は「知らん!」と言いながらハンドルを切った。彼女は車内を見渡し、彼の真横に置かれた拳銃を握りしめる。
「まさかお前……やめろ!」
サンダー少尉が警告するも、真田は窓から身を乗り出した。彼女が引き金を引くと、手の甲にズシンと痛みが広がる。痛がる真田を見て、サンダー少尉はため息を吐いた。
「だからいっただろ! 素人が持っていいもんじゃないんだ。早く窓から身を引っ込めろ!」
真田はそれでも拳銃を構え、背後にいる車両へ威嚇するように撃ち続ける。6発目で弾切れすると、彼女は極度の緊張と痛みで呼吸が荒くなっていた。
「サンダーさん、弾は?」
それでも真田は撃ち返す気力を見せ、サンダー少尉は「使え」と弾倉の入ったケースを後ろへ渡した。彼女は一つ持ち、装填に手間取りながらもカチッと弾倉を嵌める。
「やった!」
そして奇跡的に彼女が撃った1発は、手前を走る車両のタイヤを撃ち抜いた。手前の車が蛇行すると、背後にいた2台とクラッシュを引き起こす。彼らが再び追跡を開始する頃には、500メートル程距離を離した。真田は座席に仰向けに倒れ込み、だらんと腕を下ろした。
「まだ安心するな。街の手前で奴らが封鎖している」
サンダー少尉は手榴弾のピンを口で外し、前方に投擲した。
「衝撃に備えろ!」
北米軍は、数十台の車両を連ねて道路に壁を形成していた。車体を盾に、サンダー少尉らがいるビートルへ銃撃を行っている。誰かが投げられた手榴弾を撃ち抜くと、その場で爆発が起こった。土煙が宙を舞い、僅かに彼らの前方からビートルが消失する。サンダー少尉は足元に置いていたスーツケースを手に取り、横のドアを蹴破った。車外に出て、後部座席側のドアから真田と合流する。
「俺に掴まれ。アンナを頼んだ」
彼がそういうと、真田はアンナの腕を掴んだ。サンダー少尉は真田を掴んだまま、スーツケースのボタンを押した。ケースはジェットスーツに変形し、彼の背中に装着される。噴出音が鳴り始めると、彼は車体から飛び出した。ビートルは速度を落とさず、煙を突っ切って北米軍の壁へ激突する。
「くっ……やはり2人抱えると遅くなる」
サンダー少尉は真田とアンナを抱え、市街地を飛行した。彼女らは浮遊する感覚が怖くなり、ぐっと目を閉じたまま硬直している。
「耐えてくれ。あのビルを曲がったら人混みに紛れ……!?」
突如、彼の目の前に小型ミサイルが飛び込んでくる。サンダー少尉は斜め前にあったビルの中へと突撃してしまう。ミサイルも彼を追撃し、ビルの上部は爆発を起こした。
「馬鹿かお前は! 真田カレンの安否は、確保するよういわれただろ!」
兵士が謝るも、上官は無視して他の者へ指示を行う。兵士らは彼が突入したビルの中へと続々と侵入した。サンダー少尉が突入したオフィスでは、デスクが吹き飛ばされ瓦礫が散乱している。人が瓦礫の下敷きになり、血が隙間からところどころ漏れ垂れていた。サンダー少尉はボロボロになりながらも、アンナを抱きかかえる。
「怪我はないか?」
彼がそういうと、少し間を置いてアンナは「うん」と答えた。周囲を見渡すと、破壊されたガラス窓のところで、キャスターの付いた椅子の脚を掴む手が見える。椅子は瓦礫に挟まり、ギリギリ落ちない状態になっていた。
「真田か、待ってろ!」
サンダー少尉が駆けつけると同時、力尽きた真田は手の力を緩める。伸ばす彼女の指先と彼の手は1センチまで接近するも触れることはなかった。距離を離した彼女は、激しい電流を浴びて気絶する。サンダー少尉はリストバンドの機能を解除するも、落ちていく姿を眺めることしかできずにいた。
「クソ、動かねぇ!」
サンダー少尉は背中のスーツを投げ捨て、床を強く叩いた。
「お兄ちゃん、上見て!」
その直後、アンナが声を張り上げる。彼女の声に反応し、サンダー少尉は顔を見上げた。北米軍の飛行部隊が真田を捕まえ、遠くへ去っていく姿が映る。彼はほっと溜息を吐くも、下から侵入する兵士に緊張を再び増した。アンナの安全確保、侵入した兵士の対処、真田が奪われたこと。彼は無数の不安が脳内に駆け巡り、アンナと目をあわせたまま膠着した。アンナは震えた手のまま、ナイトマンの兜を被る。
「あはは、怖いけどこれなら少しマシだ」
彼女はそういって、サンダー少尉の手を握った。
「私、もう自分で動けるよ」
サンダー少尉は彼女を抱きしめ、「わかった」と小さく返した。




