第14話「バーでの会話2」
2090年、とある孤児院へ2人の子どもが預けられた。1人は12歳の少年、もう1人は5歳の少女だ。車から降りたその少年は、泣き叫ぶ少女と手を繋いでいる。施設の門前には、白髪混じりの中年女性が立っていた。彼女は腰を下ろし、子どもたちの目線に合わせる。
「今日からここが君たちの家だと思っていいからね」
彼女の隣にいたスタッフの者は、動こうとしない子どもたちを誘導した。運転手は窓を開け、中年女性へ話しかける。
「両親どっちも海外に消えちまうなんて、酷いもんですね」
中年女性は車にもたれかかり、「あぁ」と相槌をした。
時計が15時を回ると、孤児院の施設内にいた子どもたちは一斉に校庭へ飛び出る。彼らは砂場遊びや、サッカー、鬼ごっこなどで思い思いに過ごしていた。しかし施設から一向に外へ出ず、縮こまっている2人がいた。彼らの胸元には、GPSの埋め込まれた名札がある。
「おい、いつまで泣いているんだよ。そんなことしても、ママとパパは帰ってこないんだぞ!」
サンダー・ウォルフという名札をつけられた少年は、そう声を張り上げた。三角座りで顔を埋める少女は、籠った泣き声を止めずにいる。彼は室外に出る段差に片脚をつけ、彼女の方へ振り向いた。「ほんとめんどくせぇな、勝手にしろ」と言い残し、彼は校庭にいる背の近しい男の子の集団に割って入る。
「何やっているんだ? 俺もいれてくれよ」
そう口にしながら、サンダーは頭の中にある両親との思い出が蘇った。
彼は両親が外出中、一人で家事をこなしていた。アンナがさらに幼い時の世話も、彼がしている。
「アンナ、今日はこぼすなよ?」
サンダーはそう眉を細めて伝えた。アンナは首を傾げ、「あーい」と返事をする。彼は疑いながらも、そっと彼女のそばに食器を置く。すると彼女はすぐさまスプーンで汁を掬い、不器用な手つきで口まで運んだ。こぼさなかったことに安堵し、彼は自分用のスープをお玉で掬った。その直後、背後でガコンと何かが衝突する音が鳴る。
「……まじかよ」
サンダーが振り返ると、アンナが座っている場所の床がびしゃびしゃに濡れていた。彼はすぐさま雑巾を取り出し、テーブルの下に潜る。
「ただいまー、帰ったわよ」
彼が雑巾でふき取り始めたタイミングだった。リビングに現れた彼らの母親は、一目散にアンナに駆け寄る。「かわいいねぇ」と連呼し、母親はアンナとツーショットの写真を何枚も撮った。
「あら、あんたもいたの」
母親は撮影に夢中になり、掃除中のサンダーの手を踏みつける。謝罪の言葉を一つも発さず、彼女はスクショを再開した。
「いいね集めの道具かよ」
サンダーがそう小さく呟くと、「何、文句でもあるの?」と母親は睨みつける。彼は首を横に振り、黙って掃除を続けた。
サンダーは施設の子と遊んでいる最中、そんな毎日を過ごしていたことを思い返した。
「やべ、そろそろ帰ろうぜサンダー!」
サンダーと仲良くなった子どもは、そう叫んだ。彼は夕焼け空に気づき、時がかなり過ぎていたことを知った。アンナの方へ目をやると、彼女は変わらぬ態勢で座り込んでいる。
「はぁ、いつまで塞ぎこんでいるんだよ。さぁ、飯食いに行くぞ」
サンダーはアンナの手を掴み、強制的に起き上がらせようとした。彼女の顔が視界に入ると、彼は異変に気付く。
「な、何があったんだよ!」
アンナの顔には、殴られた跡がついていた。隠していた腹部や、ズボンにも蹴られたためか汚れた形跡がある。
「すぐに院長に報告してやる。一緒に来い!」
腕を引っ張るサンダーに、アンナは拒むように払った。困惑する彼は、「じゃあどうしたらいいんだよ!」と言い放つ。
「お兄ちゃんも私のこと嫌いなんでしょ? めんどくさいなら関わらなければいいよ」
アンナは震えた声でそう口にした。サンダーは頭をかきまくり、唸り声を上げる。彼は振り返りもせず、彼女の元から走り去った。それから数日、サンダーはなるべくアンナの姿を視界に入れないよう振る舞う。徐々に施設に溶け込んだ彼は、寂しさをそれほど感じずにいた。
「今日は隠れんぼしようぜ。サンダー、お前が鬼な」
「は? 勝手にきめ……」
サンダーが言い終わるよりも早く、施設の仲間は散っていった。彼は仕方なく目を閉じ、10秒カウントする。カウントの途中、女子トイレの方から鈍い音が響く。何かを叩く音が気になり、彼は様子を見に行った。そっと顔を覗かせると、女子3人がアンナに暴力を振るっている。すぐに院長を呼ぼうと考えたサンダーだが、頭の中に彼女の「関わらなければいいよ」というセリフがよぎった。自分が出ていくのも、彼女にまた迷惑をかけるかもしれない。サンダーは悩んだ末、その場から去ろうとした。しかし彼の目の前でお面を被り、遊んでいる子どもたちが目に入る。
「ったく、お前が突っかかってくるからこうなるんだろ?」
いじめっ子に突き飛ばされたアンナは、背後の壁に肩を強打した。崩れ落ちるようにその場に腰をつけ、見下ろす3人に目をやる。
「なんだよその目、こりねぇやつだなぁ!」
3人組の1人は、拳を振り上げた。しかしアンナ目掛けて突き出された拳は、投擲された小さな物体によって止められる。彼女はぶつかった手をさすりながら、衝突したのがタワシであると気づく。
「誰だてめぇ!」
背後の女子トイレ入口には、ナイトマンの仮面を被った少年が立っていた。彼はラバーカップとホースを握り、彼女らに話しかける。
「な、ナイトマン参上! 悪魔どもめ、正義の鉄拳をくらえ!」
彼がそう叫ぶと、3人は襲い掛かる。少年はホースの先を細め、水鉄砲を彼女らの目に放射した。
「いってぇ!」
少年はリーダー格らしき、真ん中の女の子の顔にラバーカップを押し付ける。彼女はもごもごと何かを喋るも、聞き取れるものではなかった。
「くっせぇ、何しやがるんだよ!」
ラバーカップが外されると、彼女は顔を服で拭き続ける。
「知らないが、多分便器に詰まったもんとったんだろうな」
少年がそういうと、彼女らは「ひぃ」と怯えだす。彼がラバーカップを向けると、トイレから走り去っていった。しかし、リーダー格の女子だけは腕を掴まれる。
「待て、お前には話がある。なんでアンナを襲った?」
少年はラバーカップで脅しながら、少女に詰め寄った。少女は涙目になりながら、口を開く。
「そ、そいつが突っかかってきたんだよ!」
少年は壁を殴り、少女を睨みつける。
「いいか、今度アンナに手を出したらお前にこれを当てる」
少女は真横にある少年の拳を横目に見て、激しく首を縦に振った。彼が「消えろ」というと、こけそうになりながらも彼女は散っていく。少年はすぐにアンナへ駆け寄り、怪我の具合を確かめた。
「大丈夫か?」
彼がそういうと、アンナは抱きついて泣き出した。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
何度も連呼し、サンダーの胸に顔を埋める。彼はアンナの頭をポンポンと触りながら、笑みをこぼした。
「ごめんな、俺のせいでこんな目にあわせて」
サンダーがそういうと、アンナは充血した目で彼を見つめる。
「私こそごめんなさいお兄ちゃん! お兄ちゃんの悪口言われてカッとなって、あの子たちに強く当たっちゃったの。お兄ちゃんに嫌われているのに私、また迷惑かけた。本当はね、ずっと思ってたんだ。お兄ちゃんは私がいるせいで、いつも嫌な目にあっていたこと。だから、だから私」
サンダーは華奢なアンナの身体を強く抱きしめ、「アンナ」とか細い声を漏らした。
「もう一度謝らせてくれ。俺はお前の気持ちなんて考えもしなかった。ごめんな……ダメなお兄ちゃんで」
アンナは首を横に振り、サンダーの仮面をとった。
「お兄ちゃんはダメなんかじゃないよ。お兄ちゃんは……私のヒーローだよ。私が困ったら、絶対に助けれくれるもん」




