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第13話「バーでの会話1」

 フードトラックから食べ物を買った真田たちは車に戻り、荒野を移動していた。夕焼け空の下にある岩場は、茜色に反射している。真田は幻想的な風景に目を奪われ、ぼーっと外を眺めていた。命を奪われるかもしれないと頭でわかっているが、どこか彼女は恐怖が湧かない。彼女の隣では、アンナが兜を被って遊んでいる。中世ヨーロッパの騎士が装着する物と似ていた。


「はっはっはー! 我はナイトマン!」


 アンナはそう口にし、ぬいぐるみのクマを敵に見立てた。


「クマの悪魔め、正義の鉄拳をくらえ!」


 彼女は拳を突き出し、クマをコテンと倒す。そして、隣にいた真田に抱きついた。


「真田姫、お怪我は?」


 真田は「ふふっ」と小さく笑う。


「えぇ、大丈夫よ」


 アンナは兜をとり、真田の膝に頭をうつ伏せに乗せる。


「あぁ、お姉ちゃん欲しい!」


 真田は彼女が置いた兜を見つめ、口を開く。


「アンナちゃん、なんでナイトマンが好きなのかしら?」


 アンナはバッと起き上がり、真田と目を合わせた。


「そりゃあ、お兄ちゃんみたいにカッコいいから!」

「そう……なんだ」


 真田がルームミラーをチラッとみると、サンダー少尉は暗い顔で運転していた。


「お兄ちゃんとナイトマンごっこはしたことないの? そしたら、アンナちゃんが姫役になれるでしょ?」


 真田がそういうと、アンナも同様に顔を暗くした。


「お兄ちゃん、ナイトマンやってくれないもん。だからいつも1人でどっちもやってる」


 アンナはクマのぬいぐるみを撫でながら、そう口にした。気まずい空気を感じてか、真田は話題を切り替える。


「そういえば、アンナちゃんのご両親はいないの?」

「おい、もういいだろ。そろそろ降りる準備をしろ」


 会話に割って入り、サンダー少尉は郊外の寂れたペンションを指差した。


 下車すると、アンナは開口一番で不満を漏らした。


「えー、なんかやだー」


 サンダー少尉は彼女の頭を撫で、先に少し進んだ。


「我慢しろ。まともな宿じゃシステムに身元を登録しなきゃいけない」


 真田はリストバンドの件を思い出し、サンダー少尉から距離を取らないよう後を追った。彼らは一階のバーのある受付でチェックインを済ませ、2階の宿泊室へ向かった。荷物を下ろしたサンダー少尉は、アンナに食べたらすぐ寝るよう伝えた。


「酒を飲む。ついてこい」


 サンダー少尉は上着をハンガーラックに掛けると、小さな声で真田にそう口にした。彼は真田の有無を言わさず、階段を降りる。真田は慌てるように、彼へついていく。


「モヒート1杯とモクテルバージョンをこいつに」


 サンダー少尉はカウンターに座ると、メニュー表も見ずにそう注文した。バーテンダーは「はい」と軽く頭を下げ、ミントをすり潰し始める。真田は、興味津々にバーテンダーがカクテルを作る様を見届けた。


「へぇ、カクテルってシェイカー使わないのもあるのね。モクテルもよくわからないけど」

「モクテルはノンアルコールのことだ」

「最初からそう言えばいいのに」


 彼女がそう愚痴を呟くと、サンダー少尉はあしらう様に鼻で笑った。バーテンダーは2人の前に置かれたコースターの上に、モヒートを差し出した。


「柑橘とミントの香りがすごい」


 真田は結露の垂れるグラスを両手で持ち、そっと口に含んだ。彼女はシロップの甘みが混ざった炭酸の喉越しを感じる。余韻にはミントの香りが残り、爽快な飲み口を感じていた。


「……美味しい」


 酒場の酒気に当てられ、彼女は薄っすらと顔を赤くした。サンダー少尉は顔色一つ変えず、ゆっくりとグラスに口をつけている。物憂げな様子を見て、真田は声をかける。


「なんであなた、彼女の遊びに付き合ってあげないの? 仮にも兄妹なんでしょ?」


 彼女がそういうと、サンダー少尉はピクりと指を動かす。


「深入りするな。お前に話すことは何もない」


 サンダー少尉は新たなグラスに口をつけた。真田は何かを考え込むように目を閉じ、ゆっくりと話始める。


「そうね。じゃあ私が話すわ。私、3年前に仲の良かった男の子に助けられたの。私の代わりに、彼が車に衝突した」


 真田は頭の中で鮮明に、その日のことが蘇った。道路に蹲る林田に、真田は駆け寄ることもできず呆然とその場に立ち尽くす。彼女が声をかけるよりも先に、運転手が救急車に状況を説明した。真田は救急車に同伴し、彼の家族へ事情を詳しく話す。病院につくと、林田の両親が現れる。彼の父親は院内の入口で立ち止まり、真田を睨みつける。


「悪いが、これ以上関わらないでいただきたい!」


 真田は涙をポロポロと流し、ストレッチャーで運ばれていく林田を眺めることしかできずにいた。それから数日間、彼女は塞ぎこむように自室のベッドで横になった。彼女が自宅に留まった数日間は、感染症の勢いが過去最大を叩きだす。


「カレンちゃん、またね」


 真田に手を振り、ケースワーカーは家を後にした。彼女は玄関からリビングに戻り、生活保護の支給額が書かれた紙をテーブルに置く。


「お父さん、お母さん……今日はお饅頭だよ」


 彼女は両親の遺影が立てかけられた仏壇へ、饅頭を2つ差し出した。時計の針の音が聞こえるほどの静寂なリビングで朝食を済まし、彼女はオンラインで授業へ参加する。授業を聞きながら時折、林田がいる部屋の窓を眺めた。電子メールで謝罪の言葉を送ろうとするも、彼女は何度も断念する。そんな日々を繰り返し、真田はふと外へ出た。事件が起きた公園のブランコに座り込み、彼女は暗い空間でじっと遠くを眺める。


「カレン!」


 真田の背後から突然、そう大声が発せられる。彼女が振り返ると、そこには車椅子に乗った林田がいた。

「純、どうしてここに」


 林田は彼女の前に移動し、話かける。


「あぁ、カレンの家のインターホン鳴らしたんだけど……反応がなかったから。もしかしたらと思って、ここに来たんだ」


 真田は「そう」といい、彼の下半身へ目を向ける。動かなくなった彼の脚を見て、彼女は逃げ出そうとした。


「ありがとう純、気にかけてくれたのよね。でももう、私と関わらない方があなたのためだから!」


 林田はそう伝える真田へ、車椅子で突っ込んだ。彼はがっしりと真田の腹部を掴み、膝上へ乗せる。


「車椅子だからさ、こうしないとちゃんと捕まえられないんだ。逃げないでよ、俺言いたいことがあるんだからさ」


 真田は赤面し、訳もわからずコクリと頷いた。


「カレン、俺はお前に責任を負って欲しいとか、謝って欲しいとかないからな?」

「どう……して? 私が連れ出さなきゃ、あんな目に遭わなかったのに」

「確かにいつもめんどくさかったよ。カレンに無理矢理いろんな遊び付き合わされるの。でも、ここ数日カレンと会わなくなって気づいたんだ。なんだかんだ一緒に遊んで楽しかったって。だから、俺はこれからもカレンと遊びたい……ダメかな?」


 林田は真田が反応せず、黙っていることに違和感を感じる。彼女の横顔をそっと覗き込むと、手で顔を塞いでいた。


「ずっと謝らなくてごめん。私、嫌われたと思って話しかけられなかった」


 彼女が泣き出したと同時、林田は彼女を膝上に乗せている状況が恥ずかしくなった。だが、泣いているところを無碍にもできず硬直した。真田は車椅子から降り、林田に手を伸ばす。


「ありがとう」


 彼女はそう言って、瞼についた雫を指で拭き取った。


「私は多分、純がいなければ自殺していたかもしれない」


 真田がそう語り終えると、サンダー少尉はグラスから手を離した。黙り込む彼へ、彼女はそっと視線を向ける。


「なんでこの話をしたかというと……あなたもそうなんじゃないかって思ったの」


 サンダー少尉はグラスを揺らし、氷の音を響かせた。


「俺は……俺たちは、親が亡くなったんじゃない。……捨てられたんだ」

「えっ……」

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