第11話「車田秋」
林田が城内部へ侵入し、5分が経過した。月明りに照らされて少し開けた丘には、4人の人影が現れる。彼らは双眼鏡で城内の様子を確認していた。
「秋、作戦遂行時間から1分遅れているぞ」
彼らのもとへ、茂みから1人の女性が合流する。彼女は黒マスクを剥ぎ、顎下まで伸びた黒髪を揺らした。彼女は仲間から自動小銃を受け取り、城の全景を俯瞰した。
「……やけに静かだな」
秋と呼ばれる黒髪の女性は、廃墟のように静寂な城内に拍子抜けしていた。隣にいた仲間の1人は、到着した時には既にこの有様だったと話す。
「どうしますリーダー、突入……しますか?」
秋は「無論だ」と即答し、丘を下って行った。1人先行する彼女に、仲間は顔を合わせる。彼らは小銃の安全装置を解除し、彼女に追随した。秋たちは城内へ入ると、前後左右をクリアリングしながら進んでいた。彼らは事前に俯瞰して想定した室内図に、実際の経路の状況を加えていく。城の中庭同様、室内の静けさに警戒心を高めていった。
「秋、もしかして罠なんじゃないか?」
仲間の1人は、そう質問した文章が書かれたメモを彼女に渡す。秋はそれを読むと、首を横に振った。
「罠ならとっくに捕まえている。俺もわからないが、今はここに運ばれた日本人を……」
秋がそう伝えようとした直後、2階に上がる階段から物音が響く。彼らは一斉に呼吸を浅くし、ハンドミラーを角から出した。
仲間の1人が鏡を眺め、絶句したのかそれを見続けて硬直した。彼の反応が気になり、秋は奪い取った鏡で自ら何が起きているか確認した。
「ど、どうしたんだ秋」
仲間の1人は思わず、メモで話し合うことを忘れて口走る。秋は物陰から飛び出て、自分の目でもう一度起きていることを確かめる。仲間は突飛な行動をした秋に動揺し、彼女の視線を向ける先へ銃口を向けた。彼らの目の前の長い通路には、何十人も気絶させられた兵士が倒れこんでいたのだ。秋たちは倒れ込んだ兵士を警戒しながらも、その先へ進む。先行してクリアリングした2人は、左右の部屋も対処済みであることをサインで伝える。先に進んだ彼らと合流し、秋は倒れ込んだ兵士の1人の外傷を確認した。
「見たところ、頭部に目立ったダメージもない。倒した奴は特殊な兵器を使用している」
秋がそう言うと、仲間の女性が話しかける。
「私たちと別で、活動しているレジスタンスがいるのでしょうか?」
「いや、あり得ないね。俺たちのように、奇跡的に助かった仲間がいるとは思えない」
そう秋が答えると、背後の階段から何者かが駆け上がってくる音が鳴る。彼女らは左右の部屋へ身を潜め、交戦しないよう秋に指示された。カツカツと足音が近づき、仲間の1人が潜む部屋の手前で扉が開く。
「あれっ、ここ閉まってたかなぁ」
日本語でそう呟く声が聞こえると、彼らはまたしても驚きを隠せずいた。秋はひっそりと部屋から出て、拳銃にサプレッサーを装着した。足音の主がいる室内に静かに入り、彼女は僅かに物音が聞こえるバスルームの扉の前に立つ。部屋の入り口には、彼女を心配して駆けつけた仲間がいた。秋は彼らに頷き、慎重に扉を開ける。中に入ると目の前に便器が置かれていた。そして隣には、浴槽の前にカーテンが垂れている。カーテンには人影が映っており、秋はすかさず拳銃を向けた。
「動くな!」
彼女がそう発すると、影は両手を上げて降参のポーズをとった。
「もしかして、日本人の方ですか?」
「お前にはいくつか質問したいことがある。だが、こちらも時間がない。だから端的に、お前が敵対する意思がないことを示せ」
影は自身の胸に片方の手を伸ばした。その瞬間、秋は影の肩に銃弾を撃ち込んだ。彼女はカーテンを開き、追撃を加えようとする。
「こんなこと……している場合じゃないのに!」
彼女の眼前には、甲殻類の鋏のような鉄の塊が現れる。身構える彼女の隙を狙い、影の主は銃を奪い取った。
「はぁ、武装解除しようとしただけだよ」
秋の目の前には、鉄の肌をもった機械人間がいた。機械人間は胸元の出っ張りから何かを抜き取ると、普通の人間と大差ない見た目へ変化する。彼女は唖然としながらも、彼の顎目掛けて上段蹴りを放つ。男は間一髪でそれを避け、彼女の脚を拘束した。
「クソっ」
秋はナイフを取り出そうとするも、それを察知した男は拳銃を投げ捨てる。男はもう片方の腕を、振り下ろすナイフへのガードに当てた。腕に深く突き刺さるも、彼女は手も彼へ拘束される。片脚と片腕、どちらも掴まれた状態の彼女は睨みつけることしかできずにいた。
「あのさ、話し合おうって持ち出したの君だよね? 俺は林田純、日本人です」
彼がそう説明すると同時、投げ捨てた銃はシャワーのレバーに衝突した。2人の頭上から冷たい水が流れる。林田は足元を滑らせ、彼女を巻き込んで浴槽の中で転倒した。林田は叫ぶ彼女の口を塞ぎ、攻撃しないなら離れると告げる。秋はジタバタとしたものの、抵抗を弱めていった。その姿を見て、林田はゆっくりと立ち上がる。
「ったく、どさくさ紛れに胸触っているんじゃねーよ」
秋は鋭い目つきでそう言い放ち、落ちた拳銃をホルダーに収めた。彼女の叫び声を聞きつけ、仲間は一斉にバスルームへ押し寄せる。彼らははだけた姿の秋と、頬を染める林田を見てドン引きした。
「秋、お盛んなのか?」
「まぁ、年頃だし……ねぇ」
仲間は口々にそう呟いた。秋は舌打ちし、彼らにガンを飛ばす。「あはは、冗談だよ」と、彼らは冷や汗をかいて彼女に伝える。
「それで、お前が廊下にいる兵士どもをやったのか?」
秋は淡々としたトーンで、林田へ話しかけた。
「えっ、あぁそうですね。捕まった人を探していたんですけど、ここ結構広くて何度も同じ場所をぐるぐると。こういう時は絶対、隠し部屋があるんじゃないかってバスルームに」
「ちょ、ちょっと待って! 君が本当に、あの数の兵士を倒したのか? 私兵とはいえ、奴らは機械化技術で人体を強化している。一人ならまだしも、数十人は……」
秋は仲間の話を遮り、口を開いた。
「こいつはどういう訳か知らないが、奴らと同じ機械人間なのさ。見たことがないタイプの奴だがな。まぁいい、今は話し合っている暇はねぇんだ。お前も時間割かせたんだ、協力してもらうぜ」
秋はあっけらかんとした態度で部屋を出て、日本人の捜索を再開した。彼らは林田に警戒感を持ちながらも、遠ざかる秋の後を追う。林田は頭をかいた後、彼女のもとへ着く。
「君、ひったくりしていたよね?」
林田がそういうと、またしても秋は舌打ちする。
「キッモ! 話をしている暇ねぇっていってんだろ?」
「あっ、ごめん。えっと、その」
「あぁ、うぜぇな。俺の名は車田秋だ。これでいいだろ」
「車田……えぇ!?」
林田がそう驚きの声を出すと、秋は彼の口を塞いだ。銃口を彼のこめかみにあて、彼女は声を張り上げる。
「まだ敵がいるんだから騒ぐんじゃねぇよ。ぶち殺されてぇのか……あぁ!?」
林田はブンブンと首を縦に振り、頷いて見せた。秋はイラつきながらも、彼から離れる。
「あの、多分隠し部屋以外の敵は気絶していると思います」
彼が小さい声でそう伝えると、秋は「キッモ!」と暴言を吐き捨てた。




