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第10話「感謝」

 波風がほぼない水平線まで広がる海原。その海域へ突如、風を切り裂く爆音が轟いた。林田は爆音の中心を通り過ぎ、意識を朦朧とさせる。


「まだ追いかけてきているのかな。車田さんのいったとおり、時速300キロメートルを超えたらこんな苦しいのか」


 林田は顔をしかめ、後方を確認する。目を細めて遠くを見るも、艦隊はいなかった。前方にも敵影はなく、彼はそれらを知って糸が途切れるように滑空していく。彼は浅瀬に不時着し、ゆらゆらと波に押されて海岸に漂着した。数キロ離れた海岸にいた数人は、大きな水飛沫のあった場所に近づいていた。林田はその人影に気づき、這いつくばりながらも岩礁地帯に逃げ隠れる。破損した身体を修復しながら、彼は呆然と青空を眺めた。


「あぁ……寝てぇ」


 翌日、サンダー少尉らが移動を開始する直前。林田は海岸沿いから歩き続け、サンディエゴと書かれた道標を見つける。胸のUSBを引き抜き、皮膚を肌色に戻した。しかし自身が裸になっていることに気づき、林田は道路脇の茂みに身を潜める。


「クソ、完全に嵌ってるぞこれ」


 林田から見て遠くの道路から、愚痴をこぼす人の声がする。サングラスをかけたドレッドヘアの男は、大きな車体を後ろから押し続けていた。しかし車はビクともせず、地割れでできた溝からタイヤは一向に浮き上がらない。林田は草をむしって股を隠し、彼の前に現れた。


「あの、何か困っているんですか?」


 彼がそう声をかけると、男は「ワオっ!」と裸に驚いた。


「俺も困っているが、君も相当な問題に直面しているじゃないか!」


 林田は彼が何を喋っているかわからなかったが、車が動かせない要因を理解するのは容易にできた。


「なるほど。これなら空気弾で解決できるかもしれない。すいません、ちょっとそちら向いてて貰えますか?」


 林田は男の背を押し、反対側を向かせる。彼は困惑しながらも林田の意図を汲んだ。


「おいおい、子どもが対処できるもんじゃないぜ? まぁ、気持ちはありがたいけどよ」


 男はやれやれと身振りし、ため息をついた。

その瞬間、彼の背後で掃除機のような吸気音が次第に音を大きくしていく。興味を持った男は、チラッと背後を向いた。林田は腕を砲筒に変え、空気弾を放つ。彼の腕が反動で僅かに動くと同時、車体はガコンと3メートルほど前へ前進した。


「ふぅ……あっ」


 林田は口をあんぐりとさせた男と目を合わせる。


「いやぁ、まさか軍人さんだとはね。ありがとう、助かったよ」


 林田は変な文字がプリントされたシャツを着させられ、男の車に乗っていた。


「機械化技術を受けているのは、上位層か軍人だけだからか」


 林田は彼から聞かされた北米語のお礼言葉を返した。すると男はグッジョブと親指を立て、金歯が見えるほど口角を上げる。陽気なオーラに気押され、林田は反射的に同じようなリアクションをとり続けた。


「ぐ、グッジョブ」


 その後、林田はアーチの掛かった街の入り口で降りた。男は陽気なラジオを流しながら、遠ざかっていく。街中を進むと、建物がずらっとどこにでも見えた。林田はショーケースに映る自身の姿を見て立ち止まる。彼の身長は10㎝ほど縮んでいた。


「そういえば車田さんいってたな。破損は完治するけど、欠損は身体を流れる流体金属自体が失われるから気をつけろって。確か治すには……」


 林田が顎に手をついた時、通りの角から騒ぎが起こる。彼が角を曲がると、果物や野菜の入った手提げバッグを脇に抱えて走る何者かがいた。何者かが走り去った場所で、年老いた女性がこちらに腕を伸ばして叫んでいる。


「引ったくりよ! 誰かそいつ捕まえて!」

「諦めなよ。ここの警察は適当なんだからさ」


 誰かがそう、彼女に諭すように声をかける。林田は黒マスクの何者かを捉え、両腕を袖で隠しながら筒に替えた。空気弾を自身の背後に撃ち、走りを加速させるエネルギーに変換する。


「ま、まぁこれなら飛ぶよりは平気だよね? うん、俺はただ足がめっちゃ速いだけ!」


 車を追い抜くスピードで駆ける林田に、人々は目を点にして傍観していた。黒マスクの人は背後の異変に気付き、路地裏へ逃げ込んだ。林田がそこへ入ると、浮浪者が壁際で何人も座り込んでいた。彼は驚きながらも、奥へ逃げる犯人を追いかける。


「観念……しろ!」


 林田は壁を蹴り、一直線に犯人へ飛び込んだ。彼は仰向けに倒れ込んだ犯人に覆い被さる。手に柔らかい感触を感じ、林田は無意識的にそれを揉んだ。マスクが剥がれ、端正な顔立ちと艶のある短い黒髪が彼の瞳に映る。


「お、女の子? あっ、ごめん!」


 胸を触っていたことに気づき、林田は立ち上がった。その隙を狙い、女の子は彼の足を払った。転ばされた林田は、去り際に彼女と目が合う。


「キッモ!」


 ベーっと舌で煽り、彼女はその場から姿を暗ました。幸いバッグは林田の近くにあり、食料も中に入ったままだ。


「キモって……日本人!? もしかしてあの子」


 林田は立ち上がり、彼女を追いかけようとするも近くの浮浪者に足を掴まれる。


「お兄さん、俺らに恵んでくれよ。なぁ、いいだろう」

「ごめんなさい。これはお婆さんのだから、すいません!」


 林田は彼らを振り切り、路地裏から抜け出す。近くまできていたお婆さんへ、彼はバッグを返した。すると彼女は林田の両手を握り、「ありがとう」と感謝を述べる。お礼といい、彼女はリンゴを林田へ3個渡す。林田は道を歩き、リンゴを見つめる。


「俺もう、リンゴ食べられないんだよなぁ」


 そう呟きながら歩くと、ゴミ箱から空き缶を取り出す浮浪者がいた。彼は背中の空き缶が溜まった籠へ、それを放り込んだ。林田はリンゴと彼の背中の籠を見て、ハッと何かを思いつく。


「あの、すいません。もしよかったら、このリンゴと背中の空き缶いくつか交換してもらえませんか?」


 林田はとある建物の屋根に座り、サンディエゴの夜景を鑑賞していた。彼は脇に置いた空き缶をペシャンコに潰し、口に入れる。パクパクとそれを入れるたび、林田の身体は元のサイズに戻った。


「アハハ、俺マジでもう人間じゃねぇや」


 目を閉じた林田は、助けた人たちの笑顔が頭に浮かんだ。


「でも、こんな感謝されること今までなかった。それだけで……よしとするか!」


 彼は起き上がり、屋根伝いに街を見渡した。


「はぁ、それにしてもこんな広大な国からどうやって攫われた人たちを探し出せばいいんだ?」


 林田がそう愚痴を漏らすと、道路で点滅する車が走る。その車が走行すると、前方にいた他の車両は脇へ移動していた。点滅する車の側面には、北米軍のシンボルマークである、赤い五芒星があった。


 林田は数十分、その車両を追跡した。車は中世の城のような建物の中庭へと入っていく。彼は壁をよじ登り、後を追った。遠目ではあるが、彼は城の中庭中心にその車が停車したのを確認した。その車からは手術着を着た2人と、軍服を着た3人の兵士が降りる。城の中からはまん丸と太った男女が現れた。


「いやぁ、待っていたよ。さぁ、見せてくれ」


 太った男が兵士の1人にそういうと、車両の後部からストレッチャーが引かれてくる。


「やめて! お願いだから、殺さないで!」


 ストレッチャーに巻きつかれて拘束された日本人女性は、何度もそう叫んだ。


「すいません。麻酔が足らなかったようです」


 兵士は冷静に、もう1人の仲間に指示を送った。女性はジタバタと手足を暴れさせるも、口と鼻を覆うマスクを被せられると段々と動きを弱らせていった。目が虚になると、彼女は意識を失った。太った男は隣の恰幅のいい女性へ笑いかける。


「よかったなぁハニー。若い女性の臓器を貰えれば、若返れるんじゃないか?」


 彼がそういうと、女性は手を叩いて笑い上げた。


「アハハ、冗談がうまいわ。さぁ軍医さん、私の手術してもらうわよ」


 そう太った女性が言うと、彼らは城の内部へと入っていく。林田はその光景をただ、唖然として見続けた。


「……カレン」


 林田はそう呟き、USBを胸元に差し込んだ。

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