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第3話:クライヤード魔王国

「まず我らの前提知識を説明しますぞ!」


ミクリスによる司会の下、説明が始まった。

ど真ん中に巨大な地図が広げられた。


「我ら魔王を補佐する一族たる魔族は、

負の想念に対する耐性を得るために現在の姿や生態になったのですが、

結果として普通の人間たちに迫害され、

僻地の荒野であったこのクライヤード大陸に移住したのです!

こうしてクライヤード魔王国が生まれたのですぞ!」


そう言って、ミクリスは地図の右上の大陸を棒で指した。

まあ、順当だな。 にしては随分豊かに見えるが。


「初代魔王さまは人間たちが侵入出来ないように負の想念を利用した結界を張ることで、

耐性のない人間たちの侵入を封じました!

それと共に世界中の負の想念を集める仕組みを創り、

作成した魔物を世界中に送り出すようにしたのです!」

「何でわざわざ世界中に魔物を送る必要があったんだ?

作ってこの大陸に置いておけばよさそうだが?」


そうすれば魔物狩りなんて起きないはずだしな。


「それはこの地に負の想念を大量に集めたせいで、魔物による浄化が上手くいかないからです!

魔物を作るには時間がかかりますので、

大量に負の想念を集めてやらないと効率が悪すぎて、世界を守れないのです!

ちなみに一か所に集めると浄化速度が極めて落ちるので世界中に送りだすのです!」

「なるほど」


なら、現在のシステムが最適だな。


「移住した当時は苦労の連続だったそうですが、

魔物作成技術の応用で改良した動植物によって現在のように豊かになったのです!

ただ、負の想念が一定範囲内の濃度で存在しないと生きられないという欠点を持ちますが!」


ある意味酸素と同じだな。

酸素がないと生きられないが、酸素は猛毒でもあるためあり過ぎると危険だしな。


「それから一万年が経ち、現在に至るわけですが……」

「それで人間たちと言葉が通じるのか?」


一万年もあったら言語体系が別モノになっているのが自然だろう。


「負の想念を管理する都合上、定期的に観察していましたからな!

こほん!ともかく、続いて現在の地理について話しますぞ!

現在、人間たちの国は五つ存在します!

一つはアークレイド神教国!この国は光の神アルファを信仰する宗教国家です!

我らを滅ぼすべき悪と断じていて会話する気の全くない狂信者の国なのです!」


ミクリスは地図の左側の大陸の上を指した。

……宗教は理屈じゃないからな。純粋な分、たちが悪い。


「次にウィルザード王国!この国は昔から魔法関連に精通しており、

魔物の遺体を素材としてマナ・クリスタルを創作し、

それを使った技術を編み出して魔物狩りを促進させた馬鹿者どもの国です!

負の想念に関しての情報を受け入れず、

もしそうだとしても自分たちでどうにでも出来ると負の想念を甘く見ている連中なのです!

だから我らの技術を明け渡せなどと……!

我らのところに時間をかけて知識を教わりにくるくらいならまだ検討してもいいのですが、

そんなこと認められるはずがない!

まったく、我らが負の想念だけを研究・検証し続けた我らの知識を甘く見おって!

我らですら完全に分かり切ったなどと言えないのにですぞ!

下手をしたら世界が滅ぶ技術だと分かっていない!」


地図の左の大陸の下を指しながらミクリスは不満をぶちまけた。

一種の科学者のような連中だな。

自分たちの技術を絶対と信じて疑わないなんてな。

にしても、ミクリスは随分怒っているな。

よっぽど嫌な思いをしたんだろうな。


「続いてヤイアバース商国!この国は商業が発達した国で売り買い出来るものはなんでも商うのです!

そのため、我が国の魔物作成技術を手に入れんとしていますぞ!

ただし、一枚岩というわけではないので相手次第では貿易が可能です!」


真ん中の大陸の中央を指して説明がされた。

……自分たちの命を危険に晒すものすら売買品か。

徹底しているな。


「アルハント王国!この国は貧しかったため昔から魔物狩りを生業としていたのです!

昔はほそぼそと狩るくらいだったらから良かったのですが、マナ・クリスタルの技術によって、

魔物狩りの価値が上がったことにより、大規模な魔物狩りを行うようになった冒険者の国なのです!

彼らにしてみれば、魔物狩りを控えることはかつての貧しい国への逆戻りになるため、

絶対に受け入れられないようです!」


中央大陸の下を差して説明がされた。

一度上豊かな生活になれると、貧しい暮らしに耐えられなくなるというが……。

魔物狩り以外の豊かな生活手段さえあれば止めるだろうか?


「最後にコアトネリク帝国!この国は絶対王政の元に世界征服を目標に掲げる軍事主義国家なのです!

我らの魔物作成技術を初めとした負の想念技術を軍事転用することを目論んでいるようです!」


説明と共に地図の右下の大陸が指された。

……自分たちが滅びるかもしれない危険物を軍事転用?


「……馬鹿なのか、そいつら?」

「頭の切れる馬鹿、と言ったところですな!だからこそ危険極まりないのですぞ!

ちなみに各国もそのことを知っているので技術が帝国に流れるのを阻止しようと、

我らを倒そうとしているようです!」

「……他国は帝国を倒そうとは思わないのか?」


そんな危険な国は滅ぼした方が安全そうだが。


「無理だな」


ジェネスが簡潔に言った。


「現在の軍事力は帝国とそれ以外の国とでは差があり過ぎる。

帝国とそれ以外の国の連合軍が戦えば共倒れするだろう。

だからこそ、俺たちとの戦争で自分たちを有利にしようと画策しているんだ」


……迷惑極まりないな。


「要するに事態を解決しようとしたら、火に油を注いでしまったと?」

「残念ながらそうなりますな!

……人間たちに良心や良識といったものを期待した我らが愚かでした!」


そういうものは個人に期待するもので、国に期待したところでありはしないだろう。


「そんなわけでこれらの国と戦争状態なわけですが、直接的な戦争はまだ起こっていないのです!」

「どういうことだ?」

「初代さまの結界がまだはられていますからな!これも八年後にアスト様に儀式を行ってもらい、

結果を修復してもらいますぞ!」

「……分かった」


……多分上手くいかないんだろうな。


「ですが、我らは魔物狩りを対処しなければなりませぬ!でなければ世界が滅んでしまうのですから!

……アスト様のご両親は連合軍が組織した一万人に及ぶ勇者たちの魔物討伐を防ぎに出て……。

罠だと分かっていましたが、見逃せば世界が滅びかねない以上は行かないわけにはいかず、

アスト様を残して次の魔物作成までの時間を稼ぐための犠牲になられたのです!」

「……そうか」


身近な者の死などすでにどれだけ経験したことか。

それでも辛いのは変わらないから、亡くなっていて良かったと思う。

流石に顔も知らない相手の死ならさほど心は痛まない。

……ある意味、両親は幸せだと思う。

少なくとも、未来に絶望せず死ねたのだから。

親が死亡していることに安堵するような息子と会わなくてすんだのだから。

俺はそんな思考をする自分に対する自己嫌悪で顔を曇らせた。

皆はそこまでは分からないと思うが、話の流れ上、違和感のない表情だから問題ないだろう。

俺は暗い気分を変えるために話題を変えた。


「……そういえば勇者について聞いていなかったな」


魔王の定義が予想と違った以上は、勇者についても予想と違うかもしれないしな。


「勇者とは正の想念によって生まれる存在です!

負の想念があるように人間たちの希望や喜び、勇気などが正の想念にあたります!

これらはある程度集まると、人間の胎児に宿ることで胎児を勇者とします。

鋼の如き強靭な肉体と膨大な魔力は魔王さまにおよばないまでも、並の魔族では歯が立ちません!

ちなみに勇者は正の想念の影響で、負の想念を本能的に忌避します!

結果、魔物や魔族を無意識レベルで殺そうとします!」


……正の想念も厄介なのか。


「それでは今後のことについて話し合うための現状報告を!」

「それでは自分から始めよう」


まずはジェネスが立ちあがった。


「現在の一般兵数は城に六万、各地に散らばっている兵数を集めると二十万だ。

……ただ、先日の勇者たちとの戦いでその内の半分は当分治療が必要だ」


次にヒールが立ちあがった。


「とりあえず、例の件は仕上げの段階に入ったぞ」


それだけ言って座った。

というか、それだけじゃ俺にはわからないんだが?

俺はヒールに説明を求めようとして……息を止めた。

にこやかに笑いながら棍棒(血痕の跡が生々しい)を振りかぶるエリスがヒールの背後にいた。

次の瞬間、白衣の天使は棍棒をフルスウィングした。

何かが潰れるような音を発しながらヒールはきりもみしながら吹き飛び、壁に激突した。


「何を考えているの、ヒール!それだけじゃ魔王様には分からないでしょ!!」


……いや、聞いてないと思うが?

手足が痙攣しているし、ヤバいんじゃ……。


「……懲りませんね」

「学習能力がないのか?」

「無いに決まっている」

「うむ、同意じゃ」

「けど、ヒールらしいと思うよ?」

「というか物ぐさじゃないヒールって想像できないけど?」

「ヒール!ふざけていないで説明を頼みますぞ!」


誰も心配していない!?


「……一人くらい心配してくれても良いと思うんだが」


むくりとヒールが起き上がった。

……頭からどくどくと血が流れているが。


「ヒール、さっさと血を止めてくださりませんか?誰が掃除をするのか知っていますよね?」

「そうだな」


そう言うと、あれだけ流れていた血がぴたっと止まった。

……どういう体をしているんだ?


「ヒールは特殊体質で肉体の回復率が異常なんです」


呆然としている俺にセファが説明してくれた。


「大抵の傷では死にませんし、一撃で命を絶たないと致命傷レベルの損傷からでも回復するかと」

「……出鱈目だな」

「魔族の中には魔法の他に何かしらの異能を持っている者もいますから。

私の場合は未来が見通せます。とは言っても、上手くコントロール出来ないので、

もっぱら戦闘における敵の動きの先読み程度が限界ですが」


未来予知か。

まあ、コントロール出来ていないのなら良かった。

……絶対に避けられない絶望が待っているのを知らずに済むのだから。


「ヒール!きっちりやるのよ!」

「はいはい、分かりましたよ。戦闘特化型の魔物の完成の目途がたった。

数日後には完成する」


戦闘特化型?


「魔物はもともと戦闘向けじゃなかったのか?」

「今までは負の想念の浄化機能を優先していたのです!

しかし、このままではただ狩られるのを待つだけになるため、

先代様の意向の元に開発が進められたのです!」

「……俺としてはあんなのをデザインするはめになって最悪だよ」

「ヒール……」


……自分たちの使命に誇りを持っているから、それに反する現状が嫌なんだろうな。

……もっとも、これからさらに最悪になっていくのだろうが。


「負傷兵たちの治療体制は整っているから一月もすれば復帰できるさ。

後は、マナ・クリスタルを製品利用できなくする研究のための費用の検討を頼むくらいか。以上」


次いでメアリーが立ちあがった。


「現在の財政は問題ありません。

クライヤード原産の品をヤイアバースに輸出することで十二分に資金は溜まっています。

マナ・クリスタル製品の解析のための輸入はわたくし達でやっておきます」


言い終わったところでディナが立ちあがる。


「勇者たちとの戦いで大量の戦死者を出したせいで、労働人口が減って自給率が下がっているんだ。

ヒースから借りている研究員達に手間がかからないような作物の改良を頼んでいるけど、

しばらくは輸入に頼らないと厳しいよ」

「……しばらくは輸入に問題ありませんが、

いつまで今のルートが持つか分からないので急がせて下さい」

「了解」


……こうして聞いていると、厳しい状況ながらも未来がつなげられているようだ。

まあ、八年後まで俺は絶対に死なないわけだから、この国がすぐに滅びることはないだろう。


「私からは先の戦いで近衛兵の大半が死亡したため、補充を頼みたい。

五千人ほど見つくろってくれないか、ジェイス?」

「分かった。……けどな、潰してくれるなよ?」

「別に潰した覚えはないが……?」

「……では先日、戻ってきた連中は?」

「あれはかってに“潰れた”だけだ」

「……そうか」

「あ、あははは……」


セファの言葉にジェイスは諦めきってため息をつき、リファは乾いた笑い声をあげた。

……どうやらかなり苦労しているようだ。

この分では補充人員を集めるのにも苦労しそうだな。


「では最後にわしからじゃが、どうやら諸国連合も先の戦いで大量の戦死者を出したようじゃ。

しばらくは、大規模な行動はとれないじゃろう。

しかし、諦めたわけではないはずじゃから今のうちに出来る手は全て打つように」

「「「「「「はっ!」」」」」

「アスト様、最後に一言お願いしますぞ!」


俺と彼らの間には温度差があることは明白だ。

けど、それに気づかせないように述べるべきことは述べるべきだな。

……悲劇が起こるまで役割を演じよう。

……演じるのには慣れた。

それくらいしか出来なかったのだから。

俺は立ち上がり、自分の全てを封じて、ただ魔王という立場としての思考で言葉を告げる。


「我が国の現状が決して明るくない事は理解した。

しかし、希望が絶たれたわけでもないことも理解した。

俺は魔王としての役割を果たすためにも更新の日まで“決して”死なないことをここに誓う」


こうして俺は欺瞞で満ちた己を隠して宣言したのだった。

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