第2話:魔王城の人々
現在、俺はミクリスたちに城内の案内をしてもらっている。
……にしても。
「……随分と大きいな」
長いこと歩いているが、未だ終わりそうにない。
全部見て回るのに二・三日はかかりそうだ。
「当然ですとも!ここは魔王城なのですから!」
あいかわらずハイテンションかつ大声で返答するミクリスに苦笑を禁じ得ない。
「……ミクリスはいつもこうなのか?」
「はい」
「もはや名物のレベルなんだよ」
小声で尋ねると苦笑をしながらセファとリファが答えてくれた。
ここで三人について知った情報を纏めてみる。
姉のセファリア・サイクスは魔王軍の近衛部隊隊長で魔王軍一の剣士。
丁寧で忠誠心の厚い、いかにも騎士らしい性格のようだ。
妹のリファリア・サイクスは同じく魔王軍の近衛部隊副隊長で魔王軍一の魔法使い。
ほわほわとした天然な性格のようだ。
黒い髪に羊の様な角、百六十センチで女性らしいスタイルの可愛らしい外見は共通している。
セファは長髪で騎士らしい格好を、リファは短髪で魔法使いらしい格好をしている。
年齢は聞いていない。年を女性に聞いても良い事は一つもないだろう。
ちなみに姉妹の仲は良好。
ハイテンション執事ことミクリス・チャンドール、年齢約五百歳(自称)。
家事・事務・護衛など何でもこなせるハイスペック爺さんであり、
俺の両親の執事をしていたが、二人から頼まれて俺の後見人をすることになったそうだ。
いづでもハイテンションかつ大声なのが特徴……か。
「ここが第三食堂ですぞ!」
考えているうちに目的地についたようだ。
「……ちなみにいくつ食堂があるんだ?」
「たった五つだけですが?」
……それは五つ“も”だと思うけどな。
「そんなに必要なのか?」
「魔王城は広大かつ大量の人員がいますからこれでも少ない方です!」
なるほど。
「ちなみに、俺は基本的にどこで食事を取るんだ?」
「時間になればアスト様のところへ侍女が運びますので決まった場所はありません!」
「……ここを説明する必要はあったのか?」
俺は憮然として尋ねた。
どう考えても必要なさそうだ。
「いえ、第三食堂はついでです。本当に紹介したいのはここの料理長です」
セファがすかさず補足してくれた。
だが、料理長?
「何故、料理長を?」
「魔王城の食糧備蓄や領土の農政など“食”に関する事を取り仕切っているからです!」
「……そんな人材が何故ここで料理をしているんだ?」
「……趣味なんだそうです」
疲れた表情でセファが答えてくれた。
「……趣味なのか」
「はい。生き甲斐なんだそうです。……料理人をする余裕があるなら、
兵の訓練を手伝ってもらいたいのですが」
……兵の訓練?
「どうして訓練なんだ?」
「ディナは魔法剣士で凄く強いのです」
「ディナの料理はおいしいし、今のままで良いと思うけど」
「……人材を遊ばせておく余裕が私たちにあると思うか?」
じと目で妹を睨むセファにリファがたじろいだ。
「そ、そうだね!けど、それは本人に言わないと!」
矛先を交わすべくリファがスケープゴートに責任を押し付けた。
「分かっている。だから、ここに来たんだから」
「なるほどな」
説得役は俺というわけか。
「それでは入りますぞ!」
第三食堂に入ると、芳しい匂いがあたりに漂っていた。
かなり広い食堂だが、完全に満員だった。
皆が料理に舌鼓を打ち、笑顔を浮かべている。
「ほら!エルダーピッグのソテーとドリアード椰子のジュースを八十三番テーブルに!」
その厨房で生き生きと料理を作る少女がいた。
紫の髪をコック帽に納め、額からユニコーンのような角が生えている。
子供のような容姿と体型で1メートルのフライパンを自在に操りながら、その場を取り仕切っている。
多分この子がディナなんだろうな。
「ディナ!」
「何!?ボクは忙しい……」
「忙しいか。事前にこの時間に来る事を伝えて、余裕を持たせる暇は与えたはずなんだけどな」
セファの絶対零度の笑顔がディナに向けられた。
ソレによって第三食堂の空気は凍りついた。
「あ、あれー?それって1「時間丁度に着くように計算してきたんだ。……言い訳はそれだけか?」
……出来れば優しくして欲しいな」
にっこり笑顔でセファが答える。
「却下♪」
ズドン!
大砲を撃ったかのような音がディナの腹とセファの拳で響いた。
セファが崩れ落ちるディナを肩に背負った。
「お騒がせした」
セファは頭を下げて謝り、第三食堂を出て行った。
「……セファは怒らせたくないな」
「それは魔王城にいる全員の共通認識だよ、アストさま」
「寿命が縮む思いですな!」
俺たちはセファの怖さを話しながら第三食堂を後にした。
「お、お初にお目にかかります!ボクはレディナ・ルートと申します!」
廊下に出ると、直立不動でディナが挨拶をしてきた。
その横でにこにこ笑いながら、満足げなセファがディナを見つめている。
ディナをよく見ると小刻みに足が震えている。
……おそらくさっきの一撃が足に効ているんだろうな。
「初めまして。俺は魔王アストだ。よろしく頼む」
「はい。それでボクは今までどおりで良いですよねー?」
「別に俺はそれで構わないけど」
どうせ八年しか残されていないのだから好きにすれば良いと思う。
泣くこうが、笑おうが避けようがないのだから。
「陛下♪」
「と言いたいが、魔王としての立場上容認できないな!」
セファの殺気に前言を即座に撤回した。
俺は居心地の悪い中で暮らしたくない。
……かといって、居心地の良い中でも暮らしたくもないが。
……後が余計に辛くなるだけだから。
好かれず、嫌われず、無関心というのが一番好ましい。
……まあ、魔王という立場上不可能だとは思うが。
「はぁ。仕方ないか。毎日六時間の料理時間を四「そうか。ディアは四日に一度に料理時間を削ってくれるのか!」時間に……」
とりあえず、重要な役職の者が一日の四分の一を料理で潰すのはどうかと思う。
というか、四時間じゃそんなに変わらないぞ?
「ディナの案は却下、ミクリス様の案を採用する」
「い・や・だ!!!」
噛みつくようにディアが異議を唱えた。
「ぜーったいに、い・や・だ!!!」
よっぽど本人にとって嫌なのか二度言った。
「これは魔王「神様だろうと悪魔だろうと魔王様だろうと関係ない!
料理の時間がこれ以上削られるなら死を選ぶ!というか魔王城を出ていくよ!」
そんな我がままが通用すると思っているのか!!」
セファとディナの怒鳴り声が響き渡る。
その様子をミクリスとリファは苦笑しながら眺めている。
「……これはいつものことなのか?」
「うん。いつものことだよ」
「昔から度々やってますな!」
……どちらも頑固そうだからな。
ずっと平行線でこれからも平行線になりそうだ。
かといって、いつまでもこのままにはしておけないか。
「「陛下からも言ってください!!!」」
そのたびに巻き込まれそうだしな。
「いっそ勝負でもすれば?」
投げやり気味に案を出して見た。
「良い案ですね!」
「このバトルマニア相手にして勝てるわけがないんだけど!」
「誰がバトルマニアだ?」
「一昨日、医療室が満員になって徹夜だったてヒールの奴が愚痴を零していたけど?」
「ぐっ!?」
「確か一昨日は誰かさんが特殊訓練をするとはりきっていたそうだけど?
それに、ジェネス将軍も訓練と称してセファと一騎打ちを百回もやらされて音をあげたそうだけど?
何でも肉体的にも精神的にも追い詰められたみたいだし」
「あ、あれはジェネス将軍から……」
「兵たちを助けるために身代わりになったんだと思うけどね」
セファはたじろいでいる。
どうやら事実らしい。
二人を見ると無言で頷いた。
……気をつけよう。
「それじゃあ、かくれんぼ勝負なんてどうかな?」
「「「え?」」」
リファの発言に俺たちは戸惑った。
「これなら怪我はしないし、時間制限を付ければそこまで時間はかからないし、
調度良いと思うんだけど。隠れるのはは公平にアストさまで見つけた方が勝ち」
面倒だな。
出来れば断りたいが無理だろうな。
「……分かった」
「ふむ。それなら明日にしますぞ!今日はこれから主要メンバーと顔合わせしなければなりませぬ!
二人とも良いですな?」
「「はい」」
「さて、この先の会議室で皆が待っていますぞ!」
ディナを連れて俺たちは会議室へ向かった。
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会議室に入るとすでに全員が着席していた。
俺たちも開いていた上座の席にそれぞれ着席した。
「それでは魔王アスト様に皆を紹介しますぞ!まずはジェネスから初めて、
後は右回りに自己紹介を始めるように!」
「はっ!」
精悍そうな真っ赤な髪の美丈夫が立ちあがった。
「魔王軍将軍のジェネス・ラルコスだ。兵の訓練および統率を務めている」
……豪快で強そうなのに、セファにぼろぼろにされたんだよな、この人。
続いて立ち上がったのは美人秘書風のメイドだった。
「わたくしは城内の管理運営および会計を務めていますメアリー・フェイドと申します。
本来なら真っ先にお会いに行くべきところをこのように遅れてしまい、申し訳ありませんでした」
そう言ってメアリーは深々と頭を下げた。
「それと……リファリアには宝玉の間について話がありますので、後で残るように」
「……ばれちった?」
「ええ。……おかげで今まで修復に時間をかけねばなりませんでした。
あそこを破壊できるような魔法使いはあなた以外いませんから。
人が尻拭いをしている間に人の役目を奪うとは良い度胸ですね……?」
「あ、あははは……」
笑顔なのに眼が笑っていないメアリーに対して、
力無い笑顔で誤魔化そうとリファが足掻いているが無駄だろうな。
次に立ち上がったのは白衣を着た無精髭のさえないおっさんだった。
「えー、ヒール・エトランブルク。医者、以上」
「ヒール、それだけじゃないでしょ!は!す、すいません!
え、えと魔王軍軍医隊隊長兼、魔物開発研究所所長のヒール・エトランブルクの助手を務めています、
エリス・カーバンドです。よろしくお願いします」
突っ込みを入れたのはいかにも白衣の天使といった風情のナースだった。
まあ、魔族である以上は角と悪魔のような翼が生えているのでギャップがあるが。
ちなみに魔族は魔王の補佐をする一族で魔王と同じ様に《負の想念》に対する免疫を身につけた結果、
角や翼が生えてきたらしい。
もっとも、ある程度でしかないそうだが。
最後に立ち上がったのはディナより小さい少女だった。
「わしは魔王軍宰相のライム・М・プルートスタッドじゃ。
……言っておくが最年長じゃからな!間違っても子供扱いするでないぞ」
……ミクリスよりも生きているのか?
俺はミクリスを見た。
「ライム様は先々代の姉君に当たりますぞ!
いろいろ物知りですから疑問があったら尋ねてみるとよろしいかと!」
そういえば同じ苗字だ。
……それにしても魔族の寿命ってどうなんだろうか?
爺さんみたいなミクリスより年上なのに子供な外見って可笑しくないか?
今度聞いてみるか……。
一通り紹介が終わったので俺は自己紹介を始めた。
「俺の名はアスト・K・プルートスタッド。魔王を継ぐことになったものだ。
どうやら引き継がれるはずだった記憶に不備があったため迷惑をかけることになるだろう。
だが、望まれることはこなしていくつもりだ。よろしく頼む」
……俺が去ったとしても魔王がいない魔王軍では生き残れず、魔族は殲滅されるだけだろうな。
……人という種族は異質なモノを排除する存在なのだから。
正直、結末が予測できてしまって何かを自分からやろうとは思わない。
……自分から何かをやろうとも思わないが、最低限の夢は見せてあげるべきだろう。
俺のせいで“悲劇”が確定されている者たちに対してしてやれるのはそれくらいだ。
俺はこうしてこの世界における犠牲予定者に自らの名を名乗った。
オリジナルで書き始めたばかりなので感想・評価がまったくありません。
正直、楽しんでもらえているのか不安だったりします。
楽しむに至らないまでも今後が気になるようでしたら感想か評価をお願いしたいです。
そうであるならゆっくりであろうと頑張ろうと思います。