第1話:転生の魔王
暗闇が広がっていた。
「……ん?」
感覚が“転生”したことを告げている。
にも関わらず、未だ暗闇の中にいる。
体を動かしてみると、すぐに壁にぶつかった。
狭い…‥?
壁らしき物をなぞってみて、さらに混乱した。
楕円形だった。
“楕円形”と“生まれる”で連想したことを否定するために壁を殴った。
壁にヒビが走り、光が差す。
そして…‥壁は粉々に砕け散った。
「おお!!お目覚めになられましたか!!」
目の前にはやけにハイテンションな執事の見本のような姿の爺さんがいた。
この世界の者は角が頭に生えているのか。
床を見ると“壁”のかけらが散らばっている。
……色合いがおかしいが、卵の殻だった。否定したかった想像は現実のものとなった。
気の遠くなるほど“転生”を繰り返したが、卵から生まれたのは初めてだ。
「どうなさいました、魔王アストさま!?」
……魔王?
「誰に言っているんだ?」
「あなた様以外にいるはずがありません!!」
俺の問いに爺さんはオーバーなリアクションをとる。
というか、魔王って卵生なのか…‥。
アストがこの世界での俺の名前か。
自分の体を改めて見ると成人体型だった。
どおりで動きやすいと思った。
……いつも“成人”まで育たないからな。
それにこの世界の言葉で普通に会話が出来ている。
これまでは不完全なテレパシーによって相手の言葉を理解するのが精一杯だったので、
言語を習得して意志疎通を計るまでが大変だった。
流石は魔王、ハイスペックだ。
「ミクリス、陛下がお目覚めになられたとは本当か!?」
「わたしたちも挨拶したいよー!」
突然広大な部屋の入り口が開かれて、見た目は十九歳くらい(実年齢不明)の双子が入ってきた。
……俺は生まれたばかりな訳だから当然、裸な訳だ。
「「も、申し訳ありません!!」」
……謝るのはいいから見ないで欲しい。顔を手で隠しているけど、隙間から覗いているのがバレバレだ。
……自分の容姿は確認していないが、魔王であることと二人の反応から美形なのだろう。
もっとも、美形だろうが醜悪だろうがどうでもいいんだけど。
……どうせ“八年”なんだから。
「それで両親はどこに?」
俺は執事改め、ミクリスから受け取った服を着ながら尋ねた。
卵で産まれようと親はいるはずなので聞いてみた。
「「「!?」」」
三人とも驚愕の表情を浮かべた。
……何かおかしな事を言ったか?
「ミクリス!確か魔王に産まれた方は基本的な知識は全て持っているのではなかったのか!?」
「全然分かってないみたいなんだけど!?」
「……やはり、魔王さまをお産みになられたのが早すぎたせいで…‥」
「「ちょっと!?」」
……どうやら知識が不完全らしい。まあ、予想通りだ。
数多の転生を繰り返したが、どの世界でも特殊な能力は不完全にしか習得しなかった。
テレパシーは受信のみ、時間加速を使えば反動で1日寝込み、飛行能力は三分限定といった具合だ。
代わりに幾多の転生による膨大な量の不完全スキルの蓄積があるからそれで補うとしよう。
「魔王さまが不完全な以上、我々が頑張らなければなるまい!」
「確かにそうだな」
「というか、あの時がお産みになられる最後の機会だったんだから仕方ないよ」
どうやら込み入った理由があるみたいだ。
「それでは不祥ながら私、ミクリス・チャンドールが説明させていただきます!」
ミクリスがハイテンションに宣言した。
「まず、魔王とは魔物を統べるものにして、世界の守り手です!」
……守り手?
「人間などの負の想念は放置しておくと世界を蝕み、世界を滅ぼします!
そこで歴代の魔王さま方が負の想念で魔物を創ったのです!
魔物は存在するのに負の想念を消費し続け、消費仕切った所で消滅します!
魔王さま方は魔物を創り、制御することで負の想念をゆっくり浄化してバランスをとってきたのです!」
なるほど。それなら世界の守り手という発言は大げさではないな。
「ところが、八年前から想定していなかったことが起こったのです!」
「想定していなかったこと?」
「人間たちが魔物の遺体を素材にするために魔物狩りを始めたのです!
そのせいで、負の想念の浄化が追いつかなくなったのです!」
自分たちの利便性のために自分たちの首を絞める…‥。
どこの世界でもよくある話しだ。
「魔物は人間を襲わないのか?
それに人間たちはそのことを知っているのか?」
「襲うものがいないわけではありませんが、微々たるものです!
負の想念に関しては人間たちの王にアスト様の両親が伝えたのですが……」
「自分たちでそれを行うから技術の全てと権利を明け渡せって勝手なことを言い出してきたんだよ!」
「その役目に特化してきた魔王さまにしか出来ないと告げられたのに、
自分たちの技術なら出来ると言い張る始末……。
挙げ句の果てに、勇者などという暗殺者を大量に仕向けてきたのです!」
……それで殺されたわけか。
「魔物を創る装置は自動モードで作動していますが、八年後に更新をしなければなりませぬ!
また、魔物を狩る冒険者や刺客である勇者など対処すべき問題が山積みなのです!」
“八年”か。
この世界での“悲劇”はそれだろうな。
成人の姿なのだから出来るだけ早く姿をくらます予定だったが、あまり意味はなさそうだ。
俺がいなくなっても彼らの“八年後”の悲劇は避けられないだろう。
なら、大人しく“八年”を魔王として過ごそう。
……彼らの“生”は最長八年であり、俺の“生”は定められた八年後の“悲劇”で幕を閉じるのだから。
「そう言えば君たちの名前は?」
双子は慌てて姿勢を正した。
「失礼しました!私はセファリア・サイクスと申します!」
「わたしはリファリア・サイクスです。
よろしくお願いします、アストさま」
「よろしく、二人とも」
俺は内心の諦観を面に出さないように気をつけながら微笑んだ。
こうして魔王としての“八年”は幕を上げた。