籠城と漏洩(8)
『お嬢様の出番』と、呼ばれて飛び出て………………ゲホッゲホッゲホッ……失礼。
とまぁ、そんなふざけた脳内再生はともかく、上戸執事に呼ばれてサクラがテテテテッと、俺たちのところに近寄ってくる。
先程怯えさせてしまった手前、一瞬俺のほうがたじろぐが、サラクはまったく気にしない素振りで上戸執事の横に立つと、タヌキ親父が差し出すスマホをまじまじと眺めた。
そう、そのスマホに手を伸ばすことも、手に取ることなく、ただじっと眺める。
言うなれば、ただの目視。
もちろん例のお化け仕様の髪も、今はしっかり一つに括られているため、暖簾?簾?暗幕?とならず、視界もすこぶる良好。
それはもう差出されたスマホが、とても見やすいことだろう。
ま、それが普通なんだけど。
とはいえ、しっかり確認するならば、やはり手に取るべきだろう、と思う。余程の危険なモノでない限り。
しかし、上戸執事同様にサクラは一切触ることなく、それを見ることだけで確かめた。
そして告げる。
「それ、裏返してもらえますか」
なるほど。
上戸執事とサクラにとっては、余程の危険なモノという認識らしい。
道理で上戸執事が、それをタヌキ親父から能天気に受け取ろうとした俺を慌てて止めたわけだ。
自分の身体で遮ってまで。
しかし、奴らにとっての雲上人――――――“テミス”のトップ直結のスマホが迂闊に触れないほどの危険物ってどういうわけだ?と内心で首を傾げる。
毒物が塗ってあるなら、疾うの昔に…………というか、真っ先にタヌキ親父があの世へと旅立っているはずだし、何かしらの武器が仕込まれているにしては、スマホとしてもかなりの薄型だ。
つまり、仕込めたとしても超小型のナイフくらいで、スマホの大きさから考えると、その刃渡りも特段ビビるほどのサイズではない。まぁ、そのナイフに毒が塗られているならそれなりに脅威となり得るが、たぶんそれもないだろう。
何故なら、中にナイフを仕込む以上、ナイフに塗った毒がそのまま精密機器であるスマホに悪影響を及ぼすからだ。
早い話、スマホ自体が使えなくなる可能性があり、それこそ現実的ではないし、本末転倒である。
だとしたら、どう危険なのか――――もしかして、ナイフではなく針のようなモノが仕込まれているのか――――だとしても、それは外面を見ただけですぐにわかるようなモノなのか――――それとも、認めたくはないが、ここで気づけていないのはもしかしなくても俺だけなのか――――だとしたら、それはさすがに愚鈍すぎやしないか?俺…………
などなど、当然とも言える疑問やら、突如湧いた俺の能力的(主に視力関係)の不安やらが頭を擡げ始める。
いやいや、まさかな……と、自分を慰めつつ、チラリと風吹を見やった。
お前はどうなんだ?と(谷川には元より期待していない)。
するとそこには、ストンと何処かに丸ごと表情を落っことしてきたかのような風吹がいた。
なるほど。そこまでの驚きか。
まったく…………色々と動揺しすぎだぞ。風吹。
なんてことを内心苦笑とともに思うが、今はさすがに突っ込むべきところじゃない。それくらいの状況判断はできる(理性も戻ってきたことだし)。そのため、一先ず視線を外すことでさらりと流し、目の前のことに集中する。
そう、そのスマホと上戸執事、そしてサクラの動向に。
ちなみに、サクラから乞われるがままにひっくり返されたスマホは、俺の目にはどこからどう見ても、飾り気のない――――なんならスマホカバーといった保護用のアクセサリー類すらまったく付けていない――――ただの黒地のスマートフォンにしか見えない。
けれどサクラは、上戸執事へと視線をやって、何かを確信したように小さく頷いた。
そして再びタヌキ親父へと視線を戻すと、さらに注文を重ねる。
「では早速、そのスマホのロックを外してもらえますか」
「えっ?…………こっ、ここここのスマホは二段階認証タイプだ!わ、私がまず指紋認証する!パパパスコードは教えてやるから……おおお前たちで勝手に外せば……いや、やはりパスコードも私が――――――……」
「狂犬様」
だから、狂犬様言うなッ!!
と、即座に内心で文句を入れつつ、スチャッとタヌキ親父に銃を向ける。
御用の向きはこれだろ?と、上戸執事に視線だけを投げかけてやれば、大変よくできましたとばかりに、執事然とした笑みを返された。
はいはい、お褒めに預かり恐縮至極。だがな、昔はただただクソ生意気でしかなかったガキも、十年経てばさすがにこんな芸当もできるようになるんだよ。
但し、育ての親があの熊だったせいで、仕上がり具合に多少の難はあるけどな。
と、照れ隠しなのか、諦念なのか、もはや自分でも何だかわからない減らず口を叩いておく。もちろん内心でだ。おそらく半眼となっているせいで、上戸執事にはその減らず口の内容がダダ漏れだと思うが。
まぁ、いい。
今はそこじゃない。
それよりもだ。
タヌキ親父がスマホのパスコードを入れようとしたところで、上戸執事による“強制待て”が入った。
『待て』と口で言ったわけではなく、俺(銃)を使ってだが。
しかしそれは、何がなんでもそのコードを入れさせたくないってことだ。
そこから導き出される答えは――――――
「“悪魔のコード”か」
「“滅びの呪文”とも言いますね」
おい!どこのアニメオタクだッ!
という突っ込みは、もちろん場の空気を読んで、冷ややかな笑みで霧散させる。
そして、その冷ややかな笑みをタヌキ親父に向け、そのまま一歩二歩と歩み寄り、タヌキ親父のこめかみに銃を押し当てた。
もちろん八つ当たりではない。苛ついてはいるが、断じて違う。
「ほ〜んと、往生際が悪いな。そのパスコードでスマホを完全初期化させるつもりだったのか。情報漏洩を防ぐために。もしかして……いや、もしかしなくても、俺が馬鹿正直にソレを受け取っただけで、同じことが起こった、とか?つまり、大人しく渡そうとしたアレは、罠か」
「ちっ、ちちちちち違う違う違うッ!そんなつもりは全然なかッ…………」
「罠だと思いますよ」
「ふぐッ…………」
あっさりと肯定したサクラの一言に、タヌキ親父の必死の全否定が水の泡と消える。その瞬間、タヌキ親父のこめかみに軽く押し当てていただけの銃が、ぐりっと食い込んでしまったのは致し方ないことだと思う。むしろトリガーを引かなかった自分を、大いに褒めてやりたい。
なんせ人間は感情の生き物だ。
ついつい怒りで我を失い、余計なところに知らず知らず力が入ってしまうことも多々ある(経験済み)。
ま、今の俺は平常心そのものであるので、知らず知らずってことはないかもしれないが、それでもうっかり手に力が入ってしまうことが決してないとは言い切れない。
なんせ人間は失敗を通じて学ぶ生き物でもある。
うん、そうだな。
たとえうっかりが発動し、その結果失敗してしまったとしても、次に活かせればそれでいい。
ただ残念なことに、俺のうっかりが発動した時点で、タヌキ親父にはもうその次が永遠に来ねぇかもしれねぇが。ま、それもやむを得ないことだ。うん。
「このスマホは、外面全体が指紋認証となっている“テミス”の特別製。持ち主以外の人間が手にしただけで、オートで初期化される仕組みなんです。だから、キョウちゃんがそのまま受け取っていたら…………」
「消えてただろうな。綺麗さっぱり」
「はい。私たちも過去に一度“テミス”幹部のモノと思われるスマホを手に入れたことがありますが、物の見事にしてやられました。でもその経験のおかげで、今回はこうして止めることができましたので、結果オーライですね」
スマホのデータではなく、先程までの(狂犬モードの)俺に対する怯えの方を初期化してしまったかのように、サクラがふふふっと嬉しそうに笑った。
それに、話す内容は過去の失敗への悔みではなく、えらく前向きな思考である。
でも確かに、人間は失敗を通じて学ぶ生き物であり、サクラのことを決してよく知っているわけでもないのに、妙にサクラらしいとも思ってしまった。
よくよく考えみれば、谷川という不法侵入者が現れ、その後爆弾四つに、“テミス”の犬どもからの逃亡に、現在は“テミス”の隠れ蓑である四井商事の幹部部屋で立て籠もり中。
それをサクラは泣き喚くわけでもなく、激しく憤るわけでもなく、こちらの命がいくつあっても足らないくらいの大胆不敵さと(主に爆弾に対して)、呆気にとられるほどの博識さと前向き思考で、軽やかに乗り越えてきた。
ほんと、感服しかない逞しさである。
だからといって、理性ぶっ飛び前後不覚の“狂犬モード”になった俺を見ても、全然平気ということにはならないだろうけれど(現に上戸執事に釘を刺されたし、サクラを怯えさせた自覚もある)、それでも今はこの笑顔にあっさり救われた気になるのだから、俺もなかなか大概が過ぎる。
しかし今はそれに絆されて、顔を緩めている場合ではない。そのため、内心でビンタを入れることでしかめっ面にし、敢えて低い声を出した。
もちろんその矛先はサクラではなく、タヌキ親父だ。
「で、今度は“悪魔のコード”ってわけか。なるほどね。トカゲの尻尾の最後の忠誠心ということか。それはそれはつくづく殊勝なことだな。だったらその“悪魔のコード”とやらを入れて、てめぇの人生ごとこの場で消去しとくか?」
我ながら大人げないことに、ついついタヌキ親父のこめかみに食い込ませた銃口を、さらにぐりぐりと深く抉るように動かしてしまう。
あ、ちょっと……いや、それなりに、タヌキ親父のこめかみの薄皮が摩擦で剥けたようだが、うん、俺は悪くない。
往生際が悪過ぎるこいつの自業自得だ――――と、いうことにしておく。
そんな俺の度重なる脅し…………もとい、ささやかなる忠告により、タヌキ親父は自分の真っ当なる指紋認証でスマホを起動させ、さらには、スマホを初期化させない安全なパスコードを入力し、画面を立ち上げた。
それを確認してから、サクラがまた指示を出す。
「では、次は彼の方からの指示を開いてください。キョウちゃんはそのまま少し離れてください」
「了解」
サクラの指示に素直に従い、タヌキ親父から距離を取る。もちろん銃口はタヌキ親父を捉えたままだ。
しかし、そこで気がついた。
よくよく見ると、タヌキ親父のこめかみは薄皮が捲れただけでなく、薄っすらと血が滲んでいる。
ふむ、力の加減をまた間違えたらしい。
ま、反省はしないけど。
そんなことを考えつつさらに二歩程下ると、サクラがもう一度タヌキ親父に声をかけた。
「ではお願いします。彼の方とのやり取りを開けください」
その声に身体をビクつかせたタヌキ親父は、俺――――ではなく、銃の所在を探すように俺の方を見て、それから諦めたように頷いた。
「わ……わわわかった」
頭からバケツの水をかぶったかのように汗だくのタヌキ親父の声は動揺に震え、目も泳ぎまくっている。
いや、俺が“狂犬モード”になってからは、これがこいつのデフォルトとなってしまったため、多少の苛立ちはあるが、違和感やら怪訝さは既に消えた。が、それでもまだ何か隠してやがったな、ということくらいは余裕でわかる。
ほんと何度も言うが、ここまで来ると、怒りを通り越して感心さえ覚えるほどに、往生際が悪い。
そして案の定、タヌキ親父は小刻みに震える指でスマホをタップし、覚悟を決めるように一度目を閉じ、それからすぐにカッと力いっぱいに見開くと、スマホを見つめた。
どうやら最後の砦は(最後かどうかも怪しいが)顔認証らしい。
二段階認証どころか、三段階認識、ってか。
どこまでガードが硬いんだよ!
貞操を守る乙女かッ!
っていうか、誰が二段階認証だって?
この大嘘つき野郎めがッ!
おそらく、タヌキ親父以外の顔が少しでも映れば、この時点でまたもや初期化だったんだろうな…………と、遠い目となる。
なんだ、そのセキュリティ。
そりゃ、“テミス”のトップになかなか辿りつけないわけだよ、と改めて思う。
しかしだ。よくもまぁサクラは、このスマホが二段階認証で飽き足らず、三段階認識の超堅物警戒心旺盛スマホだったと気づけたもんだと感心しきりとなる。
しかも、依然としてそのスマホを受け取らず、そのままタヌキ親父に持たせた状態で、上戸執事に写真を撮らせるといった念の入れよう。
つまりこのスマホは、それほど危険な代物ということで…………
「サクラ、まだ仕掛けかあるのか?」
「はい。以前に入手したスマホを徹底的に解体して調べたら、ロック解除し、さらに顔認証した後で本人でない人間がその携帯を持つと、バッテリー内で急激にガスが放出されて異常発熱し、約十秒後にそれなりの威力で爆発することがわかりました」
「「「「はぁっ!?」」」」
俺と風吹、ついでに谷川の声が綺麗に重なったのは言うまでもない(いや、タヌキ親父の声も重なっていたか)。
なんせこちとら、爆発という言葉に非常に敏感となっている上に、なんならちょっとしたトラウマだ。
頼むから、そんな危険なもんを身内(自分の手の者)に持ち歩かせるな!と、声を大にして“テミス”の親玉――――――黒幕野郎に言ってやりたい。
うん、言おう。絶対に言ってやる。というか、今日一日で俺たちが味わった恐怖と、同じだけのモノを味あわせてやる。これは決定事項だ!
再び白目を剥きそうになったタヌキ親父に、「あぁ、落とさないようにしっかり持っていてくださいね。落とすとアレしちゃうんで。あとできれば、震えずじっとしていてもらえますか。写真がぶれるんで」と、上戸執事がなんとも軽い口調で、鬼のような注文を出している。
って、落とすとアレって何だよ!やっぱりアレするのかッ!?てか、間違いなくするんだろうな、アレ。
おら!タヌキ親父しっかり持て!
ここで根性を出さずしていつ出すんだ!
死んでも放すんじゃねぇぞ!
懇願とも言える訴えを、口に出すことなく視線だけでぶつける。
もちろん俺だけでなく、風吹と谷川も。
そして敢えて口にしないのは、もちろんタヌキ親父をこれ以上怯えさせないためだ。いや、銃の存在と、俺たちの視線の圧を感じた時点でアウトだろうが、そこは堪えろ!俺たちも必死なんだ!
そんな念をビシビシ飛ばしながら、上戸執事とタヌキ親父のやり取りを見守ること一分少々。
ある程度写真を撮り終えたらしく、「お疲れ様でした。もういいですよ」と、上戸執事がタヌキ親父に声をかけた。
もういいと言われて、すぐに手を下ろせないのは、然もありなんと、言ったのところだろう。
ま、それはさておきだ。
「お嬢様、狂犬様、風吹様、こちらを」
今、タヌキ親父のスマホから写し取ったばかりの画像データを、上戸執事にスマホごと突き出された。
それをご指名を受けた三人で、仲良く覗き込む。
03
第三月曜日 02:20〜
リバーサイドホテル1120
18
第二木曜日 03:50〜
新グランドホテル2230
32
第四日曜日 01:55〜02:30
シティパークホテル0812
…………
一見すれば何かのスケジュールにも見えなくはない文字の羅列。が、これを単なるスケジュールだと判断するほど、おめでたくはできていない。
おそらく暗号。
ならば、タヌキ親父に解読させるまでの話――――――なのだが、俺の横では「なるほどね〜そういことですか」と、サクラが物知り顔で呟いている。
おい!わかるのか!
いや、サクラには愚問か!
そんな驚きと納得を俺が瞬時にしたところで――――――――
プルルル……
再び、あの固定電話が自己主張をし始めた。
俺たちがまだここにいることを見越して。
あぁ、正解だ。
俺たちはここにいる。
熊のあの合図の後も、ぐだぐだと居続けた。
だが決して、逃げ損ねたわけじゃない。
そう、俺たちはその気になればいつでも脱出できたんだ。
元々警察のネズミだった上戸執事――――本宮さんもいれば、何処へ行ってもお手洗いよりもまず脱出ルートを探す(綾塔博士談)サクラがいるのだから。
だが、敢えてしなかった。
それは何故か――――――
「さぁて、今度は何の電話だろうな」
吉報か、凶報か。
信頼か、裏切りか。
答えはその電話の先にあった。




