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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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籠城と漏洩(7)

 絶対凍土の如く凍りついた空気。

 そして、眼前には失禁寸前のタヌキ親父(いや、泡吹いてる時点で微妙に失禁してるかもだが、そこは見て見ぬふりだ)。

 さらには苦笑になりきれない風吹と、上戸じゃない無表情の上戸執事(ある意味怖い)。

 その横で、不安に碧眼を揺らすサクラ。

 谷川は…………この際どうでもいいとして――――――

 若干頭が冷え、すごすごと冷静さ(なけなしの理性)が戻って来た今では、なんとも居た堪れないことこの上ない。

 ま、言われるまでもなく、盛大に俺がやらかしたせいなのだが…………

 だったら、自己責任としてお前がどうにかしろという話なのだが、生憎この俺に対人空気緩和スキルなど備わっているはずもないし、それを求められても困る。

 なんせ、こちとら破壊専門(熊直伝)であって、和みの“な”の字もなければ、癒しの“い”の字も持ち合わせていない。

 なんならその方面は、全面的に風吹の担当だ。

 断じて言うが、適材適所、役割分担というやつであって、決して丸投げ、他力本願、尻拭いなどではない。断じてだ。うん。

 とはいえ、今は和んでる場合でも、癒されている場合でもないため、この空気感の中を敢えて突き進むことにする。

 サクラへのフォローは…………と考え、内心で首を横に振った。

 俺がしなくとも、上戸執事――――――本宮さんが完璧にしてくれるだろう、と。

 俺の僻みでも何でもなく、それこそスーパー執事として、難なく、当たり前のこととして。

 だからいい。

 俺はサクラさえ…………サクラの命さえ守れればそれでいい。

 たとえその結果、俺を見るサクラの瞳が恐怖の色で染まろうとも………………

 などと、自棄とも自虐ともとれる思考に内心で自嘲しつつ、さらにはその自嘲さえも蹴散らして、己が道を突き進むことにする。

 その道が破壊と破滅で血塗れになろうとも、知ったことか。

 サクラさえ自由で幸せであればそれでいいのだから…………

 ということで、その道へ颯爽と踏み出すべく、呆けまくっているタヌキ親父を叩き起こすことにする。

 命乞い…………もとい積極的かつ反省の意を込めての『協力する』という言質…………いや、真摯なる言葉はもらっているため、当然遠慮も容赦もしない。

 虚ろのまま白目を剥いているが、何かしらの刺激を与えればすぐにでも起きるだろう――――――という算段のもと、早速タヌキ親父の足を蹴り上げた。

「…………うっ」

「起きろ」

「ひ、ひぃっ!」

 悪夢から目覚めてみれば、まだ悪夢だった――――――みたいな悲壮な顔で覚醒したタヌキ親父に、さすがの俺もなけなしの同情を覚える。が、覚えたところで対応は何一つ変わらない。

 むしろ、これは悪夢ではなく、悪夢のような現実なのだとさっさと突きつけることにする。

 我ながら鬼だが、今更だ。

「さぁ答えろ。お前の……“テミス”の(あたま)は誰だ?」

 我ながらなんとも間抜けな問いかけだと思う。

 しかし、一々こんなことを聞かなければならないのは、事実“テミス”の頭――――――トップの正体がまったくわからないからだ。

 今乗り込んでいる四井商事が、

武器商人である“テミス”の表の顔であり、日本有数の大企業という隠れ蓑となっているのは間違いない。

 ならば、その四井商事の代表取締役が“テミス”のトップだと単純思考で飛びつきたいところではあるが、もちろんそこまで単純な話でもない。

 サードに入隊して以降、“テミス”の犬どもをそれなりに捕まえてきたが、どいつもこいつも自分の正当な飼い主を知らなかった。

 飼われている犬として、それは一体どうなんだと思うが、その飼い犬がそもそも切る前提のトカゲの尻尾ならば、百害あって一利なし。正当な飼い主が誰かを教えることは、リスクでしかない。

 おそらく、ここの代表取締役にしても、ただの“テミス”の飼い犬の一匹か、もしくは自分の会社が“テミス”の隠れ蓑になってることも知らない、据物のお飾り。

 つまり四井商事は、いつでも替えの利く体の良い隠れ蓑であり、幹部と呼ばれる奴らも全員が全員トカゲの尻尾――――――ということだ。

 案の定――――――――

「し、しししし知らない!私はただ命令されて動く一兵卒なだけで、“テミス”の頭など知らない!ほ、ほほほほほ本当だ!信じてくれッ!」

 口が一層滑りやすく軽くなるように拳銃をちらつかせやれば、それはもう面白いくらいに噛み噛みで答えてくれた。

 さっきの脅し(実は本気)がまだ効いているらしい。が、予想通りこちらの質問の答えはない。

 ほんと使えない。

 何が幹部だ。

 腹黒く肥え太るだけ太りやがって。

 信じるも何も、てめえがトカゲの尻尾ってことは最初から知っとるわ!…………と、(なじ)りたくなる。

 が、すぐに――――――そもそもダメ元だしな…………と、早々にこの問いは切り捨て、とっとと次の質問へ移行することにする。

「だったら、連絡はどうしてた?一応幹部の端くれなんだから、直々に指示はもらってたんだろ?」

 そう、こっちがメインの質問だ。

 冗談を抜きにして、返答次第では再び銃の出番となる。後ろの壁ではなく、死なない程度にタヌキ親父の身体に風穴を開けるのも当然有りだ。

 ていうか、これでもらったことがないなどと抜かしやがったら、こいつの幹部としての価値すらなくなる。

 それはもう綺麗さっぱり。木っ端微塵に。跡形もなく。

 いや、さすがにな…………それはないよな………………いやいや、これでマジで直接指示とかもらったことありません!とか言われたら、対応に困るっつーか、こっちが違う意味で泣けてくるっつーか、苛立ちよりもまず同情してしまいそうになるんだが?

 などと、妙な冷や汗をかきつつ狼狽えまくりのタヌキ親父の返答を待てば、それなら答えられるとばかりに「メメメメメメメールだ!」と、盛大にどもりながらも声を張った。

 うん、よかったな。

 一応幹部と認められていたみたいで…………

 何の安堵かもわからない微妙な空気が部屋を満たしたが、それも刹那のこと。

 生温い空気を振り払うように、「パソコンと携帯、どっちに来る?」と重ねて聞けば、「けけけけけけ携帯だ!」と、わたわたと胸ポケットから1台の黒地のスマホを取り出し、献上品よろしく両手で俺へと差し出した。

 こうなれば有り難くそのメールとやらを見せてもらう運びとなるわけだが、それを受け取ろうとした瞬間――――――――


「狂犬様、お待ちください!」


 突然飛び込んできた上戸執事の声に、ピタリと伸ばされた手が止まった。

 いや、だから狂犬様はやめろッ!と咄嗟に思うが、声だけでなく身体ごと俺とタヌキ親父の間に割り込ませてきた上戸執事に、その文句すらも忽ち霧散してしまう。

 しかし、この制止の意味がわからない。

 だが、この人に限ってその行動に意味がないわけがない。

 そんな怪訝に染まった目をその横顔に向けると、「そんなに睨まないでいただけますか。あと私には噛みつかないでくださいね」などと涼しげに告げてくる。

 睨んでねぇし!それに、噛みつくってなんだ!見境なく人に噛みつくほど、人間捨ててねぇよ!

 という真っ当なる反論が喉元までせり上がってくるが、きっとこれは、先程サクラを怖がらせたことへの釘刺しのようなものなのだろうと思い直す。だとすれば、ここは胸焼け覚悟で反論を胸に収め、胃痛覚悟で上戸執事の釘を甘んじて呑むしかなく…………

「仰せのままに」と、銃を片手にホールドアップし、「で、何故止めた?」と、降参を宣言するかのようにそのまま疑問をぶつけた。

 上戸執事からは苦笑を返されたが、疑問をぶつけるくらいは許してほしい。というか、時間が無限にあるわけではないので、くれぐれも苦笑から上戸には移行せず、手早く簡潔にお願いしたい。

 そんな俺の心情を察したように、上戸執事はそのままタヌキ親父へと向き直ると、両手で差し出されたスマホを温度なき目で見下ろした。そしてやおら視線を上げ、世間話でもするかのような口調でタヌキ親父に問いかける。

「黒井様、そちらのスマホは貴方がたにおける雲上人と、直接やり取りをするために、特別に渡されたモノですよね?」

「そ、それがどうしたッ!?」

 まったく動揺が隠せていないが、俺の時より幾分か噛まなくなっている。むしろちょっと怯えが取れて何気に偉そうだ。

 そのわかりやすさに、風吹が呆れたように声を上げる。

「うわぁ、わかりやすッ!さっきまではキョウに噛みつかれてお可哀想に……とか思ってたけど、これは同情の余地なしだね。キョウ、ほら、もう一回出番だよ。殺さない程度に噛みついてヨシ!」

 ヨシ!ってなんだ!ヨシって!

 お前は俺の飼い主か!

 …………いや、手綱を放さない程度には持ってくれているので、俺のお世話係と言えなくもないか…………という馬鹿げた納得とともに上戸執事の横に並び、タヌキ親父ににっこりスマイル付きで銃の所在を知らしめておく。

 すると、上戸執事に言い返したことでほんの少し赤みが戻っていたタヌキ親父の顔から、再び一気に血の気が引いた。

 さらに、重力に反して顔面が見事に引き攣る。

 しかも、納得がいかないことに、銃ではなく俺の顔を見てのその有様だ。

 いや、ちょっと待て。スマイル付きなのに何故だ。まったくもって解せぬ。

 しかし効果覿面だったのは間違いないようで、心持ち姿勢を正し(といっても、床に尻もちをついた状態だが)、改めて両手の携帯を上戸執事に向かって差し出しながら、取り繕うように戦慄く口を開いた。

「た、たたたた確かにこれは、彼の方(かのかた)より与えられた彼の方専用のスマホだが、常に一方通行であって、我々から連絡などできん!いつも彼の方からメールで指示がくるだけだ!」

「なるほど。謂わば、貴方がたにとってそのメールは、絶対的神の声。下々の声は永遠に届くことはないと」

「そ、その……通りだ……」

 ブンブンと音が鳴りそうな勢いで首を縦に振るタヌキ親父に、憐憫も多少混じるが、それ以上に呆れと感心が増す。

 顔も知らない、名前すらも知らないそんな奴に、よくもまぁ忠犬ハチ公よろしく尻尾ブン振りで従ってきたものだと。

 何が弱みを握られているのか。それとも余程美味しい餌がもらえるのか。はたまたその両方か………………正体不明のゴースト的存在に疑問すら湧かず、盲目的に付き従っているこいつらにある種の異様さまで覚える。

 ま、俺には逆立ちしても到底無理な話だけど。

 しかし、それにしてもさすが上戸執事と言うべきか。

 本当に言い当て妙だと思う。


『貴方がたにとってそのメールは、絶対的神の声。下々の声は永遠に届くことはないと――――』


 まさしくそういうことなのだろう。

 神と等しき存在ならば、こいつらの異様な忠犬っぷりも一応は納得ができる。

 それが黄金を振り撒く神なら尚更のこと――――――

 しかしだ。

 今はそんなことよりも気になるのは、上戸執事が差し出されたスマホに一向に手を伸ばそうとはしないことだ。

 正直、俺たちは今、“テミス”のトップに繋がる尻尾を喉から手が出るほどに掴みたい。なんならその正体を徹底的証拠とともに押さえたい。

 たとえ一方通行でしかないやり取りであったにせよ、そこに見えない敵の痕跡があるなら、是が非でもそれをこの目で確認したい。

 何が奴に辿りつく糸になるかはわからないからだ。

 にもかかわらず、上戸執事はわざわざ俺とタヌキ親父の間に身体を割り込ませておきながら、そのスマホを受け取る気配を微塵も見せない。


 それどころか、俺に触らせたくないような――――――そんな気さえする。


 新たに生まれる疑問。

 だがそれは上戸執事に対してではなく、タヌキ親父の差し出すスマホに対してだ。

 そりゃそうだろう。

 あの日から今まで、あんな子供の我儘のような願いを聞き入れ、己の立場を捨ててまでも、ずっとサクラを守り続けてきてくれた男だ。

 絶対的信用しかない。

 つまり――――――――

 

 この期に及んでまだ何か企んでいるのはタヌキ親父の方であり、そのスマホには間違いなく裏があるということだ。

 俺の脅しがまだ足りなかったか、それとも“テミス”への強い忠誠心の現れか…………

 いや、この場合“テミス”の神とやらが恐ろしいだけか…………

 とまぁ、オブラートに包むなんて高等なテクニックもなく、直球ど真ん中で聞いてやる。

 

「――――――で、ぶっちゃけな話、さっきからそのやたらと必死に差し出してくるスマホの意味は何?もしかしなくても、仕掛けとかあるわけ?」


 ビクッと跳ねたタヌキ親父。

 風吹じゃないが、ほんとわかりやすい。

 それを見て、上戸執事の口端が上がり、大変よくてきましたとばかりに俺を見てくる。

 老紳士風の執事の姿も相俟って、その目は孫の成長を喜ぶ祖父のようだ(実年齢はもっと若いが)。

 もうガキじゃねぇんだから、その目はやめろ!

 てか、あのガキの頃の俺の記憶は今すぐ抹消しろ!今すぐにだ!

 と、こちらも目だけで応戦してみるが、暖簾に腕押し、馬耳東風。

 それどころか何故か上戸発動一歩手前。


 頼むから、そこは堪えろ!

 腹筋と男を見せるんだ!


 そんな俺の切なる訴えが無事届いたのか、上戸執事は生まれたての仔鹿のように全身を震わせながらも、なんとか軽く咳払いをして上戸を散らす。


 そして――――――――


「さぁ、咲良お嬢様。ここからはお嬢様の出番ですよ。先ずはこちらの確認、どうぞよろしくお願い致します」


 そう敬々しくサクラに告げた。 


  

 

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