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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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籠城と漏洩(6)

 張り詰めた空気をぶち壊す、怒涛の打ち上げ花火――――――

 もとい、綾塔教授の発明だというやたら自己主張が激しい照明弾。


 あぁ、うん。

 もうわかったから。

 合図は十分伝わったから。

 それ以上はご近所迷惑だから。

 おい、熊に綾塔教授!

 あんたら絶対面白がってんだろ!

 いい歳こいてガキかッ⁉


 ガタガタと震えるタヌキ親父を前に置いて、内心で文句を垂れる。

 これじゃ緊張感も何もあったもんじゃない。

 だがそんなまったくもって引き締まらない場であっても、時間は有限だ。

 そのため、恐慌状態一歩前の絶賛混乱中顔面蒼白タヌキ親父に容赦なく詰め寄る。

「で、どうするんだ?トカゲの尻尾として最期に意地を見せて華々しく散るか、それともただただ干からびて散るか。自分で決めろ」

「どっちにしろ散るんだね」

 間髪入れず風吹からのツッコミが聞こえるが、もちろん無視だ。

「さぁ、とっとと決めろ。正直てめぇに割いてる時間もなけりゃ、俺は気が長い方じゃねぇんだよ」

「まぁぶっちゃけ、超短気な狂犬だもんね」

 思わず合いの手か!と、こちらがツッコミたくなるほど再び入れられた風吹からの的確すぎるツッコミに、今度は無視ではなくジト目を送る。

 すると、そこはさすが俺のバディ。

 見事な危機察知能力を発揮し、つぅ〜ッと俺から視線を逸らしやがった。コノヤロ。

 ちなみに上戸執事は言わずもがな、床と厚い友情を交わしているし、サクラと谷川は混沌としてきたこの状況に二人揃ってオロオロキョロキョロしている。

 それもかなりのシンクロ率で。

 とはいっても、可愛いのはもちろんサクラだけで、谷川には何しれっとサクラの横にいるんだ!と、殺意しか芽生えないが。

 っていうか熊、まじでいい加減その多方面に猛アピールしすぎる合図をやめろッ!!

 リアルに祭りかッ!!

 

 ――――――いや、今日は天国と地獄の大感謝祭だったっけ。

 

 なんてことを若干遠い目となりながら思い出し、ったく…………と苛立ちを吐き出すように一つため息を吐くと、タヌキ親父へと視線を戻した。

 そこには剣呑に鈍く光る一対の目。

「どうだ?決めたか?」

「ふ、ふ、ふざけるな!!サードのくせに!お前らは金でしか動かねぇくせに、そんな奴らが正義漢ぶるじゃない!誰がお前らなど信用するかッ!だいたいお前らサードだって、その娘を利用してッ…………」


 カチッ……

「キョ、キョウちゃんッ!」


 撃鉄を起こす音。

 悲鳴に近いサクラの声。

 そして、造作なくサプレッサー付きの銃口が押し付けられた先は、タヌキ親父の額のど真ん中。

 当然、ゼロ距離。

 ひっ……と、声にもならない声を喉に詰まらせたタヌキ親父は、限界まで目を見開く。

 ついでに、ふざけた姦しい口も完全に止まったが、今度は顔を引き攣らせたまま死後硬直のように固まった。

 まるで時すら止めてしまったかのように。

 しかしそれでも、毛穴という毛穴から吹き出した汗がポタポタとタヌキ親父の顔面を滴り落ちていく様に、刻々と消えゆく時の無情さを垣間見た。

 そして、どこまでも酷薄な笑みを張り付けた俺は、ぐりっとタヌキ親父の額に銃口をねじ込みながら宣う。

「言ったよな。お前に割いてる時間はこれっぽっちもねぇんだって。それに、一体どこの誰が正義漢ぶってるって?お前の目は節穴か?俺たちはな、正当な報酬でもって、危険な依頼を任務として請け負っているだけだ。慈善事業やってるわけじゃねぇんだよ!それにだ。一度守るって決めた者を守るためなら、己の手を汚すことも厭わねぇ。それが俺たちのプライドだ。正義?んなもんだけで、腹が膨れるか?大事な者を守れるか?綺麗事だけじゃ、この世の中生き残れねぇのはお前が一番知ってんだろ。信用?誰がしてくれと頼んだ?信用できねぇ奴に信用を求めてどうする。だいたい利用されるのはお前であってサクラじゃない!今のお前は俺たちに利用されるか、このまま役立たずとして死ぬか――――その二択だ!」

 散々早口で捲し立てた後、何の躊躇もなくトリガーにかかった指に力を込める。

 その刹那、ごく自然に愉悦で口角が上がった。


 正義――――――――

 正しき道理。

 人間としての正しい生き方。


 辞書を引けば、なんて言葉が行儀よく並ぶに違いない。

 もちろん、わざわざ()()()()という言葉を付けたのは、俺自身、“正義とはなんぞや”と辞書をめくったことが一度としてないからだ。  

 そう、俺たちサードは決して正義の組織ではない。ましてや慈善事業をやってるわけでもない。

 それ相応の報酬をもらい、依頼された仕事を任務として完遂しているだけだ。

 まぁ一応半官半民だし、もちろん殺し屋ではないので、殺しの仕事を引き受けることはない。

 その線引くらいはさすがにある。

 だが、警察のような公僕でもないため、正義を謳い文句に法律を剣と盾に万人を守ることはしない。

 ま、その警察も今や汚職の温床で、テミスの犬に成り下がってはいるが…………

 テミスは武器商人だ。

 それも、かなり質の悪い類の。

 手に秤を持ち、法と正義の象徴されるギリシャ神話における法と掟、そして予言の女神――――“テミス”の名を掲げる組織は、てめぇ勝手に都合のいいおためごかしな正義を振りかざしては、一方の国に肩入れするように武器を売りつけ、戦争を煽る。そして、組織にとって邪魔な人間がいれば、まるで天罰だと言わんばかりに直接手を下す。

 こいつらホント何様だって話だ。

 そんなテミスの(おそらく末端だと思われる)幹部であるタヌキ親父に、正義漢ぶるなと言われても、おいおい一体どの口が?テミスのお前がそれを言うか?としか思えない。

 しかしだ。生憎俺はそんなものをこれっぽっちも持ち合わせてはいない。

 そもそも、俺の腹に風穴が空いた瞬間、ある意味俺の人生は終わり、そして始まった。

 家族も、友達も、これまでの生活もすべて捨て去り、サクラを探すことだけに生きる意味を見出し続けるだけの日々が、ただ漠然とそこにあった。

 その手段がサードに身を置くことであり、また俺も一つの駒としてサードに利用された―――――――ただそれだけのことだった。

 綺麗な任務なんて何一つとしてなかった。

 腐った世の中の澱のようなものばかり見できた。

 そんな世界で生きてきて、サクラを求めて必死に伸ばした手が汚れないわけがない。

 自分だけは汚れないなんて、んなもん脳内お花畑のメルヘン野郎の戯言だ。

 それでも――――――そんな俺でも――――――確固たる信念と決意と覚悟だけはある。

 

 大切な人を必ず守る――――――


 そのためならば、俺は死神にでもなれるし、理性を手放し狂気に溺れ、“今”を破壊することも厭わない。

 そして必ず生き残る。

 その人の無事を見届けるために。

 その人の未来を再び守るために。


 サクラを守るなら俺は――――――――


「時間切れだ」

「や、やややめてくれッ!協力するッ!協力するからッ!頼む!命だけは助けてッ…………」

「キョウちゃんッ‼」


 ドォンッ!

 プスッ!

 パラパラパラパラパラ……


 ――――――――これだからサプレッサー付きは締まらないから嫌になる。

 手応えがないというか、打ち抜いた瞬間の爽快感の欠片もない。

 もちろん撃ったという感触はある。そこまで俺の神経も死んではいない。

 それでもいつだって物足りなさが残る。仕留めたのに、やり切った感がまったく得られないというか…………

 しかも今回は、同時に打ち上がった照明弾のせいで、サプレッサーに関係なく音が打ち消されてしまった。

 熊の野郎…………まじ殺す。

 でも、そんな状況下でもサクラの声だけは鮮明に聞こえた。いや、聞こえたと思う。

 それはまるで狂気に溺れる己を、必死に呼び起こすかのように………………

 

 が―――――――――― 


 サプレッサー付きの銃口から放たれた一発の銃弾。

 外の喧騒を他所に、すぐさま部屋に落ちた沈黙。

 いつの間にか上戸執事も床との交友を終わらせていたようで、老紳士風の顔に一切の感情を読ませない表情を張り付け、こちらを黙したまま見据えている。

 サクラはというと、蒼白な顔でその場に立ち尽くしているし、谷川はすっかり腰を抜かしてしまったらしく、ハクハクと水を求める魚のように口を戦慄かせている。

 それらを一つの風景として無機質に目に映してから、眼下で白目を剥くタヌキ親父に視線を落とした。

 

 何こいつ泡吹いてんだ?

 

 ふと湧いた疑問。それも束の間のこと。

 次の瞬間、幽体離脱したかのように俺から抜け出ていた理性らしきモノがすごすごと戻ってきた。

 ようやくここで、客観的に状況を振り返る。


 あぁ…………なるほどね。

 にしても、これは…………

 

 重苦しい程の沈黙。

 そこに滲むのは、俺の凶行に対する静観と驚愕と恐怖。

 それらの視線を一身に受ける俺の身体は、銃を使わなくとも本格的に穴が開いてしまいそうだ。

 俺はそんな視線やら、空気やら、沈黙やらを霧散させるべく、あからさまな舌打ちをし、そのまま風吹へと視線を向けた。

 焦燥よりも呆れを多分に含んだ顔で俺を睨みつけながら、俺の右腕を掴む風吹を、だ。

「邪魔すんなよ。てか、構ってほしいのか?なら、後にしろ。おかげで手元がズレて、ゼロ距離で外しちまったじゃねぇか」

 そう、俺は外した。

 俺のバディであり、安全装置(ストッパー)である風吹の妨害によって。

 そのせいでタヌキ親父の額ではなく、やたら高価そうな風景画に風穴が開いている。

 いつもなら大概こうなる前に安全装置が働くのだが、今回は俺のキレっぷりの方が早かったらしい。

 ここで真っ先にお礼ではなく、悪態をつくのはもはやデフォルト。

 だが今回ばかりは、まじで止めてくれなくてもよかったのに…………と、脳裏の片隅で反省もなく思う。 

「ズラしたんだよ!そこで“なんで⁉”って顔しない!ちゃんと聞こえていたよね!こいつが協力するって叫んでたの!」

()()()()()()()、だったけどな」

「いやいやいやいやいやいや、時間切れの後って、いつから生活指導の先生みたくそんなに厳格になったんだよ!つーか、なんで狂犬モードに入ってんの!」

「別にちょっとキレただけで、まだ入ってねぇよ」

「それのどこがッ!!」

「…………………………」

 ここらへんがと言いたいところだが、自分でも若干…………いや、そこそこ…………いや、それなりに…………風吹の言うところの狂犬モードになっていたような気がする。

 正直に言えば、自覚がないわけではないし、そのきっかけもわかっちゃいるが………………

 

“だいたいお前らサードだって、その娘を利用してッ…………”


 サクラを利用する。

 俺たちサードが。

 確かに、サクラの能力にはとてつもないほどの利用価値はあるだろう。

 それを知ったサードがサクラの意志に関係なく、保護という名の下にサクラを囲ってしまう可能性も想像できないわけじゃない。

 むしろ、そんな未来しか見えない。が、んなこと、この俺がさせるわけねぇだろうが!と、怒りに視界が真っ赤に染まった。

 そもそも“利用”なんて言葉がすんなり出てくるってことは、タヌキ親父にとって――――テミスにとって――――――サクラはそういう存在だってことだ。


 昔も、今も、これからも――――――

 

 かつて、父親を強請る材料としてサクラを誘拐し、心に大きな傷を作った奴ら。

 そして今もサクラの能力を知り、金のなる木としか見てない奴ら。

 なぁ、この俺が許すはずがないだろう?

 サクラの自由を奪うモノをこの俺が破壊しないわけがないだろう?

 

 たとえこの身を、底見えぬ狂気の深淵へと沈めてしまっても―――――


 俺は掴まれたままの腕を風吹から取り返しながら、肩を竦めた。

 そして、サクラへと視線を向ける。

 澄んだ青空を思わせる青い瞳が涙の水面に揺れている。

 怯えさせてしまったのは明らかだ。

 きっともう気安く“キョウちゃん”などと呼んでくれないかもしれない。

 誰かをあだ名で呼ぶのは初めてだの、だから親しみを持って“キョウちゃん”と呼ぶのだの言っていたのに、そんな困惑と動揺に揺れる瞳を見ていると、酷く申し訳なく思えてしまう。

 だから口を衝いて出た言葉は――――


「悪い………」


 たったその一言だけ。

 そして、時間がないからと脳内で言い訳をして、サクラの瞳から逃げるように目を逸らす。

 上戸執事のため息が聞こえたが、今は気のせいだとやり過ごす。

 けれど、これは気のせいではないはずだ。

 風吹という安全装置が外れた俺は、普段なら誰の声も届かない。今みたいに物理的方法でしか俺を止める術はないのだ。

 そしてそこに熊がいれば熊が、いなければ風吹が決死の覚悟でお互いボコボコになりながら止めることになる、らしい(すまん)。

 にもかかわらずだ。

 あの時、あの瞬間、確かに聞こえた。

  

“キョウちゃんッ‼”


 その声が聞こえたからこそ、一瞬の間ができ、風吹は俺の腕を掴み銃の軌道をズラすことができた。


 あぁ、そうだ。

 きっと、そうに違いない。

 

 狂気に溺れる俺に、サクラの声だけが届く。 


 

 

 

 

 

 

 


 

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