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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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籠城と漏洩(5)

 真夏の夜のビル街に咲いた夏の華。


 野郎ども!祭りだ祭りだ!

 景気よくぶちかませッ‼

 ガハハハハハハハハハハハッ‼


 熊の高笑いが聞こえる。

 もちろん幻聴だ。

 高層ビルの最上階にいる俺達に聞こえるはずがない。

 でも間違いなく高笑っている。

 とても正義の味方とは思えぬ悪人面で………………


 熊ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜ッ!

 人間の常識を思い出せ!

 というか、人間であることをまず思い出せ!

 

 と、頭を抱えたくなるところをグッと堪えて、受話器の向こうで『一体何だ!状況確認!』と叫び散らかしている交渉人田頭を無視して、さっさと電話を切った。


 悪いな……

 熊の合図だ…………

 それも、馬鹿でもわかる盛大なな!


 同情する気は微塵もないが、どうにも熊の保護者気分になって、置いた受話器に向かい、うちの熊がなんかすまん…………と内心で告げてしまう。

 しかし、ただそれだけのこと。

 こちらはこちらで忙しいため、すぐさま「サクラッ!」と、声を張った。

 すると、すかさず「了解!」という返事が迷いなく返ってくる。

 そして、カタカタと短い打鍵音の後、「はい、拡散完了」というサクラの鈴を転がしたかのような声で締めくくられた。

 そのことに自然と口端が上がる。

 しかし次にサクラが口にしたことは、なんとも予想外の説明だった。

「今上がったあの花火ですけど……というか、実際あれは花火じゃなくて、たぶん父の発明品の照明弾だと思います」

「はい?」

 

 照明弾?照明…………弾?照明………………はい?今のどこが?


 見事に疑問符が打ち上がった頭で、俺の知る一般的な照明弾について考えてみる。

 照明弾――――――榴弾砲や迫撃砲、信号拳銃などの各種火器で上空に打ち上げるか、または飛行機などから落下させ、周囲を照らすことで夜間の視界を確保し、時に味方に対し合図として使用するものである――――云々。

 まかり間違っても、夏の夜空に大輪の華を咲かせるようなモノでもないし、風流を感じさせるモノでもない。それに、都内の美しき夜景を彩るビル街のど真ん中で打ち放たれるモノでもない。

 そう、世間の一般常識で言えば。

 しかし今のアレは………………

 いやいや、照明弾にしては随分と賑やかしくてカラフルだったぞ?

 ブラインド越しでもわかるくらいの華々しさで、なんならドドーン……バラバラバラバラ……と、これぞまさしくという特有の音まで聞こえてきたぞ?

 というか、未だに継続中で打ち上がり続けているんだが……

 まさかビル街で本格的な花火大会でもおっぱじめる気か、あの熊!というか、ブツの提供はあんたか!綾塔教授!

 ってか、アレが照明弾って絶対嘘だろッ!傍迷惑にも程がある!

 などと思うが………………

「父の残した設計図を見ましたから、間違いないです」

 と、きっぱり断言されてしまえば何も言えなくなる。

 むしろ開いた口が塞がらない。

 もちろん俺だけでなく、風吹と谷川もだ。

 上戸執事だけは相変わらず持病の発症中だが。

 その間にも、サクラの説明と打ち上げはさらに続く。

「あの照明弾は米軍や日本の自衛隊などが使っているM314照明弾とは違い、救難信号を重きに置いた照明弾で、父の考えによると、目立ってナンボのモノらしいです。ちなみに本来M314照明弾は空中でパラシュートを開き、降下しながら約70秒間に渡って光度60万カンデラで周囲を照射します。照明範囲は直径約1,200mで、落下速度は10m/秒といったところですね。しかし父のモノはただ照射するだけでなく、信号または観賞用の煙火と、ぽか物と呼ばれる空中でくす玉のように割れる仕掛け花火を応用させて、あのように照射の持続時間が長く、さらにはいくつものパラシュートに仕掛けられた比較的小ぶりの煙火玉が空中でいくつも弾けます。一般的な打ち上げ花火が最頂点で華々しく開くように尺玉のサイズや導火線等を調整しますが、父のコレは落下スピードと尺玉の大きさによって正確に花開く順番を制御しています。言うなれば、打ち上げ花火の落下版です」

「……………………………………へぇ」

 我ながらなんとも気の抜けた返事だと思う。

 ましてや、任務中の敵陣ど真ん中で吐いていいものでもない。

 しかし、これは仕方がないだろうと、早々に自分を許すことにする。というか、照明弾だか、閃光弾だか知らねぇが、もはや俺の頭では到底理解にも納得にも及ばねぇのに、これ以上の返事を求められても土台無理な話だ。

 ただ思うことは――――――――

 天才と馬鹿は紙一重なんだな…………ということと、どこか嬉々として話してくるサクラは、やっぱり綾塔教授の娘なんだな…………ということ。

 まじそれだけだ。

 だがここで呆けている時間はない。いや、ここからは臨機応変にその場の状況に応じて対処及び脱出――――――という、作戦の“さ”の字もない大まかな予定を遂行しなければならない。

 もちろんこれは言うまでもなく熊の無茶振りだ。

 しかし事実、蓋を開けてみなければ分からない状況でもあったし、そこは致し方ないものだと端から割り切っている。いや、サードにいれば…………あの熊の下にいれば、こんなことは日常茶飯事だ。

 細やかな計画やら、綿密な作戦を熊相手に求めるほうが間違っているというもの。どーのこーの言ったところで自分の体力と時間が無駄に消費されるだけだ。

 それは俺が熊の下に付いて一番最初に学んたこと。ある意味、熊を上司に持つなら、必須項目ともいえる。

 良く言えば、部下の自主性に任せた肝の据わった豪胆な上司とも言えるが、まぁ俺に言わせれば、ただただ大雑把で何も考えていないだけだ。なんせ本人の得意技が“力業で強引にまかり通れば、後はなんとかなる”である。そんな奴に細やかさを求める方が間違っている。

 なのである意味、ここまで作戦らしいモノが存在していたことのほうが奇跡に近い。

 その作戦とやらが…………

 “穏便に”サクラたちの保護した後に、合図があるまで屋台骨を折るでもして、可能な限り破壊工作しながらビル内に居直る――――というものではあったが。

 これでもないよりマシである。

 しかし、それもここまでだ。

 合図はあった。それはもうド派手な上に、今尚絶賛現在進行中で。

 そして、居直る間の破壊工作として組織の屋台骨ともいえる裏帳簿を含むデータを、世界中のメディアに流し拡散させた。

 この世はソーシャルネットワークが牛耳る世界。

 このままいけば一瞬で大炎上し、“テミス”が社会的抹殺されるのも、もはや時間の問題だ。

 ならばこの後は最優先でサクラの安全を図りながら、“テミス”の親玉を物理的手段でぶっ倒すだけ。

 そう、トカゲの尻尾切りなんぞ、させてたまるか!

 サクラを誘拐し、デカすぎる心の傷を負わせたことも、偶々居合わせた俺の腹に風穴を開けたことも、しっかりと落とし前をつけてやる。

 そのための下準備を熊たちがやってくれていた………………はずだ。多分。

 この盛大で非常識な合図がそうでなかったら、まずは熊を仕留める。

 それはもう世のため人のため、そして俺の心の安寧のために、最優先で。

 


 それでも……………


 正直なことを言うと、ずっと気持ちは揺れている。

 といっても、迷いがあるわけではない。

 どこか諦めにも似た覚悟は既に決めている。

 目の前の現実から逃げるつもりない。

 それでも、心はずっとざわつき続けている。

 ただ逸っているだけなのか、今から曝け出されるだろう真実に怯えているのか、自分でもよくわからない。

 俺達が仕掛けた罠にかかった獲物を見て、俺がこの後どう思うのか、未だ見えない。

 だが、賽はとっくに投げられた。


 そう――――――――

 ならば、前に進むしかない。


 その先がどれだけ残酷な真実が待ち受けていようとも――――――――――

 

「サクラ、脱出のルートは確保済だよな」

 常識離れした合図に騒然とし始めたビル内外の気配を感じ取りながら、確信を持ってそう聞いた俺に、サクラも、そしてその横に立つ上戸執事も、それはそれはいい笑顔となった。

 それこそ、脱出ルートの確保は初歩中の初歩ですが、何か?くらいのドヤ感満載の笑顔だ。

 内心、だよなぁ〜と、こちらも口角を上げる。

 実は、これに関しては熊ではなく、綾塔教授と、元おっさん刑事で今は世間様に死人扱いされたまま、茶店のオヤジに収まっている服部さんからしっかりお墨付きをもらっていた。

 服部さん曰く、上戸執事こと本宮さんは元々警察のネズミ。

 脱出ルートの確保は、基本中の基本であり、それができなければ一端のネズミとは言えないらしい。一端のネズミって………………

 そしてサクラは――――――――


『いやぁ、あの()はほら、私を見て育ったからね。何処へ行ったとしても、脱出することが日常であり、前提なんだよ。だからお手洗いよりもまずは脱出ルートを探す。それこそ習慣のようにね。それに自分の意思にかかわらずあの娘は一度目にしたものは永遠に忘れることがない。というか、忘れられない。ビル内の館内図だろうと、ちょっとした案内板だろうと、部屋の扉の小さな傷一つに至るまですべてね。つまり、サクラ達にさえ無事合流できれば、君達は脱出ルートを確保したも同然。目を瞑ってても迷わず最速安心ルートで脱出できるってわけさ』


 堂々と、なんなら自慢げにそう宣った本件すべての元凶である実の父親に対し、その発言はいかがなものかと思うが(まずは反省と謝罪をしろとも思うが)、事実俺達にすれば頼もしいことこの上ない。

 うん、ほんとあの父親にしてこの娘ありだ。

 少々、いやかなり、内心複雑ではあるが。

 だが、これでいつでも脱出することはできる。


 そう、その気になればいつでも…………だ。


 そもそも熊からの合図が、屋台骨ならぬ情報の拡散だけのことであるならば、今すぐこの部屋を飛び出したに違いない。

 が――――――――――

 

 まだ時期尚早か……なんてことを冷静に巡らせつつ視線をそのまま部屋の隅へとやる。

 そこには猿ぐつわを嵌められたまま床に転がるタヌキ親父ども。

 数人分の唸り声とともに、毛虫のようにうねうねと拘束された身体を必死に床にこすりつけている様子からして、どうやら沈めたはずの男達も意識を取り戻したらしい。

 まぁ、このお祭り騒ぎだ。目覚めないほうがおかしいが。

 しかしタヌキ親父はもとより意識はあったといえ、この期に及んでこのように活発に動き始めたということは、突如始まったお祭り騒ぎに大人しくもしていられなくなったのだろう。

 楽気な雰囲気に血が騒いだ……のではなく、嫌な予感に胸が騒いで――――が、正解だろうが。

 そこで、チラッとタヌキ親父から谷川へと視線を送れば、谷川は小さく頷きタヌキ親父の猿ぐつわをせっせと外し始めた。

 うん、なかなかの適応力というか、察しの良さである。さすがただの粗大ゴミから有効利用できる資源ゴミに伊達に昇格していない。

 乱暴な手つきで毟るように猿ぐつわを外されたタヌキ親父は、息を求めて軽く咳き込んだ。それから今度は俺に向かい、歯を剥き出しにして声を荒げる。

「お、おおお前ら、全員死ぬぞ!マスコミにリークされたくらいで“テミス”は潰れない!名を変え、形を変え、復活を遂げて、お前ら全員に必ず報復するッ!必ずだッ!!」

 それはまさに毒々しい怨嗟の言葉。

 そりゃそうだろう。

 コイツも馬鹿じゃない。

 自分の身もまた危ういどころか、ほぼ死が確定している。社会的にではなく、下手すれば物理的に。

 “テミス”の立派なトカゲの尻尾として。

 それを理解しているからこそ悪足掻きにも毒を撒き散らしている。

 まぁ、単なる八つ当たりとも言えなくもないが。

 しかし、そんなタヌキ親父の恨み節というか、呪いの言葉というか、恐慌の中に追い込まれた哀れな男の喚声を聞いたところで、こちらとしては痛くも痒くもない。

 ただただ憐憫にも至らない不快さがあるだけだ。

 そのため、冷めたようにも見える涼し気な顔で答えてやる。

「それはそれはご親切で的確なご忠告どうも。だがな、あのうるせぇ合図と情報のリークはあくまでも宣戦布告と反撃の狼煙であって、こちらとしてもこんなことぐれぇで簡単に“テミス”の息の根が止められるとは端から思っちゃいねぇよ。そしてお前が自覚してる通り、お前らは所詮トカゲの尻尾だ。ほんと惨めで、憐れなことにな。 だが―――――」

 ニタリとした悪い笑み付きでそこまで告げ、敢えて一旦ここで言葉を切る。

 そして殊更ゆっくりとタヌキ親父へと歩を進めると、谷川がスルリと横へとズレて俺に場所を譲った。

 その妙に従順が過ぎる動きに内心で苦笑しながら、タヌキ親父の顔を覗き込むようにして膝を付く。

 まさに罠にかかったタヌキそのものの形相で俺を睨みつけるタヌキ親父に、俺は不敵な笑みをさらに深めて、先程わざと途切れさせた言葉をもったいぶったようにここで言い放った。


「―――――だが、トカゲの尻尾として一矢報いたいなら、手を貸してやらんでもない。社会的はともかく、物理的な命の保証付きでな」

「なっ……………」


 わなわなと唇を戦慄かせながら、一気に見開かれるタヌキ親父の血走った目。

 それに反して俺の唇は薄く弧を描き、目は愉快げに細まる。


「無惨に切られたトカゲの尻尾としてただ干からびて死ぬか、本体に意地でもって絡みつき道連れにするか―――――てめぇで決めろ」

  

 

 

 

 

 

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