籠城と漏洩(4)
不躾な電話に、気のない横柄な応答。
「あぁ…………もしもし?セールス勧誘、ついでに交渉の類も間に合ってるんだけどぉ?」
『…………私は、捜査一課特殊班の田頭だ。電話口に出てくれた君の名前は?』
相手の問いかけをさらりと受け流しながら、指文字とハンドサインで風吹と上戸執事に“SITのご登場だ”と告げる。スピーカーホンにしてもいいが、こちら側から発する俺以外の音が、相手に漏れ聞こえてしまうのは正直よろしくない。そのため、指文字とハンドサインを駆使して同時情報共有となる。
もちろん、聞き流して終わりの台詞はそのまま放置するだけだが。
ちなみにSITとは、警視庁及び道府県警察本部の刑事部捜査第一課に設置されている特殊事件捜査係のことで、主に誘拐やハイジャック、立て籠もりなどの凶悪な人質事件などに出張ってくる、高度で特殊な訓練を受けた捜査員たちによる組織だ。
早い話、俺たちはタヌキ親父とその仲間たちを人質にした凶悪な立て籠もり犯認定をされたということらしい。
ま、端からその予定だったから気にもしないが。
しかしだ。田頭と名乗る交渉人が、俺たちにとって真なる敵か(“テミス”の犬か)、それとも正義感溢れる警察官の職務として、よりにもよってこんな所に借り出された可哀想な被害者か――――――という判断はしなければならない。たとえ十中八九間違いなく敵だろうともだ。
まぁ、何かの間違いでもし被害者ならば、ほんの少しくらいの優しさは垣間見せてやってもいい…………と、思わないでもない。小指の先、雀の涙程度のなけなしではあるが。
で、知っていれば御の字くらいの気持ちで上戸執事を見やれば、どこまでも察しのいい上戸執事の口元が『て・き』とだけ形作った。
なるほど…………これまた予想通りかと、苦笑が漏れる。
それにしても、かつての古巣を飛び出し、サクラの護衛兼執事となってから早十年。
田頭と元々と知り合いだったのか、それともサクラを守るための情報収集を欠かさなかった努力の賜物なのか、その迷いのない返答が本当に味方ながら憎たらしい。
所詮、俺の独りよがりの僻みだけどな。
ちなみに、風吹も上戸執事の口元をしっかり見ていたが、覚悟していた結果のせいか、見事なくらいの無反応で無表情だった。
だよなぁ…………と、こちらにも苦笑しつつ、電話へと意識を戻す。
警察内で少数ながらも生き残っている善良で可哀想な警察官でないなら、俺としてはなけなしの優しさでもって対応してやる必要もない。
敵相応の塩対応で可だ。
なんならこのまま受話器を置いてもいいだろう。
こう見えて結構人見知りするタイプだし、そもそもお喋りでもないし、こちらの主導権を主張する上でも、それは一つのテクニックとしても十分にありだ。
だがここは、敢えて精々時間稼ぎに利用させてもらうという当初の予定通り、あくまでも世間話と情報収集に興じることにする。
問いかけに応じて名乗ってやる気はない。
名乗らずとも、こちらの素性はタヌキ親父から伝え済でバレバレだろうし…………
「それはそれはご丁寧にどうも。それにしてもご苦労さまなことだな。今日は天国と地獄の大感謝祭でそちらさんも忙しいはずだけど?こんなところにノコノコやって来て大丈夫なのか?」
余計なお世話だと言われればそれまでだが、肝心な主語をぼやかしつつ取り敢えず聞いてやる。
といっても、親切心でもなければ、気遣ったわけでもない。こいつらが何をどこまで把握しているか知りたいだけの話だ。
さぁ、俺の話に同調するか、それともそんな大感謝祭は知らないと宣うか――――――――
すると田頭は、あっさりと同調してみせた。
『あぁ、そうだ。今日は体が一つではとても足りない日だな。だからさっさと終わらせてくれると有り難い。君たちも一日の終わりは温かい布団で寝たいだろ?』
よく言う………………
どうせこちらが大人しく出ていけば、留置所の煎餅布団か、棺桶かの二択だろうが!
ま、利用価値のあるサクラだけは違うだろうがな………
それに、俺たちが今日一日で何個の爆弾とご対面したと思ってんだ!こちとら体どころか、命がいくつあっても足らなかったわッ!!
――――――という台詞をぐっと呑み込み、「お気遣いなく〜」と、へらりとした口調で返す。
こちらはあくまでも聞き側であって、答える側ではないからだ。
何度も言うが、主導権を握らせてやる気など毛頭ない。
「だったら、こんなところに来てる暇なんてなかったんじゃないのか?なんなら俺たちにはお構いなく、もう一つ体が必要な方へ行ってくれて全然いいんだけど?」
『問題ない。そちらにも優秀な仲間が行ってるからな。直に解決するだろう』
「直に……ね。さすが天下の警察だな。そこまで自信たっぷりに言ってのけるとは。いやぁ……こんな所に閉じこもるしかない小心者の俺としては、色々見習いたいものだな」
『それは自分に対して過小評価しすぎだろう。君たちサードの根拠のない自信に比べれば、我々警察の自信なんて可愛いものだよ』
「うわぁ……褒められてる気が全然しねぇ」
なんてことを適当に返しながら、さらりと“サード”の名を出した田頭に喰えねぇ奴認定をする。
まぁ、交渉人が交渉相手にあっさり頂かれてちゃまったくお話にならねぇんだけど…………と、ゆるりと口角を上げながら、ぺろりと下唇を舐めた。
当然電話越しに見えはしないが、でも、残念。欲しかった情報美味しく頂きましたぁ、との意を込めてだ。
そうおそらく――――――
優秀な仲間とやらが直に解決するだろうというのは、俺たちが今日の深夜に叩き起こされる羽目になった――――――言い換えるなら、天国と地獄の大感謝祭に招待される羽目となった例の銀行の爆破予告からの、現在進行形で絶賛立て籠もり中の件だろう。
もっとわかりやすく言うなら、俺と風吹が爆弾を見つけ、サクラと上戸執事によって解体されてしまったがために、“テミス”がリカバリーするべく新たな犬を放ったアレだ。
そしてウチの化学分析班主任、相田直美からの情報によると(ほぼ説教と文句だったが)、そこには客に扮してイチことウチの機動捜査班副班長、一 進が潜入しているらしい。
ちなみに以前も言ったと思うが、このふざけたような名前は本名だ。さらに言うならこの人の前職は腕のいい外科医だったりする。
しかも、ガキの頃サクラの誘拐の場にい合わせたがために“テミス”に腹を刺された俺を手術してくれたのもこの人で、元おっさん刑事を幽霊半歩手前から生還させ、生きた死人にした立役者でもある―――――らしい。
“らしい”というのは、数時間前に知ったばかりの事実であり、本人にはまだ確認していないからだ。
ったく、秘密主義の熊どもが!
思うところは色々ある。むしろありすぎる。
けれど、この件が丸っと片付いたら、一先ずちゃんと礼を言わなきゃな……と思う。
おそらく俺のことだから、気恥ずかしさが先に立って、『なんで教えてくれなかったんですか!』と文句を言ってからになるだろうが…………
まぁ、それはともかくだ。
こいつ――――――交渉人田頭の話を聞いて、どうやらウチの副班長は巧くやっているようだと、内心でほくそ笑む。
俺の欲しい情報はもらった。
ならば、あとは熊の合図を待てばいい。
パソコンの前に座るサクラを見やれば、サクラも準備がすっかり調ったようで、俺からの合図を待つように俺を見つめていた。
不意に重なった視線。
刹那、青い瞳に思考を奪われる。
もちろん思春期真っ盛りのガキでもないし、初恋に戸惑う初なガキでもないため、状況を弁えた大人として直ぐに思考を取り戻す。
それでも――――――――
無条件にふわりと細められる瞳。
蕾が綻ぶように柔らかい笑みを形作る唇。
俺に全幅の信頼を寄せているその表情に、十年探しに探してようやく見つけたその瞳に、俺の心臓は忽ち鷲掴まれる。
それは初めて会ったあの日から……………いや、今にして思えば会えなかった時間も、
ずっと――――――
ほんと容赦ない……………………
だが、そんな心境は1ミリたりとも表情には出さず、小さく頷くことでサクラに確認を取る。
準備はいいな――――――と。
すると、何故か一瞬青色の目を大きく瞠ったサクラは、ハッと我返ったように今度はコクコクと首振り人形のように頷き返してきた。
どうした?
大丈夫か?
うん、そこまで頷いてくれなくてもいいだぞ。
視界の端に収まる上戸執事の肩がやたら揺れているような気がするが、気にしない。というか、気にしたら負けだ。そんな気がする。
電話の向こうからは、途切れることなく聞こえてくる田頭の声。
内容的には、『目的はなんだ?何か要求があるなら言ってみろ。可能な要求であれば、呑んでやってもいい。が、それは人質を解放して大人しく出てくればの話だけどな』という、典型的な交渉における口上ともいうべきものだ。
まぁ、立て篭もり側からしてみれば、交渉の風上にも置けない内容ではあるが…………
それを「今は間にあってる」と適当にいなしつつ、そろそろか…………と、野生の勘のようなものを働かせた。
『いいか!あくまでも“穏便に”嬢ちゃんと本宮の保護を最優先!その後は屋台骨を折るでもなんでもいい、可能な限り破壊工作しながら居直っとけ!こちらの用意ができ次第、馬鹿でもわかる合図を送ってやる!盛大にな!』
世間からは死人認定されている元おっさん刑事が営む茶店での作戦会議を、ウチの熊がそれはもう人様にお見せできないような人相の悪さでそう締め括った。
最後の最後まで突っ込みどころ満載だったな…………と、今思い出してみても遠い目となる。
屋台骨って…………それって物理的にじゃねぇよな?
奴らにとって致命傷となる情報を手に入れろってことだよな?
しかも言うに事欠いて、居直っておけ!って…………俺たちは強盗か!
まぁ、絶賛立て籠もり中の凶悪犯扱いされてんだけどな。
しかしだ。
問題はここじゃない。
ここまでは想定内。覚悟の上だ。
そう問題は、馬鹿でもわかる盛大な合図とやらの内容がまったくわからないことだ。
あれだけ熊が豪語していたんだ。本当に馬鹿でもわかる盛大なものなんだろう。
ただ願わくば、それが世間の常識から逸脱したものでも、節操を欠いたものでもなく、人様のご迷惑にならないものであって欲しい。
たとえそれを放つ熊自身が、既に世間から逸脱…………いや、人間から逸脱した存在であろうともだ。
ま、儚い願いであることは間違いないだろうが――――――
『――――――とにかくだ。君たちも、いつまでもこうしているつもりはないのだろう?それに、サードとしての誇りだってあるはずだ。先ずは人質解放の交渉を…………』
電話口からは相変わらずお決まりの口上から、こちらの矜持を擽る定型文を並び立ててくるが、もちろん俺の鼓膜を震わせても、心までは響かない。
十分相手はしたし、お膳立ても、時間稼ぎもした。ついでに、こいつらはまだ何も気付いていないということもわかった。
だったらここは一旦切るか…………と、交渉人田頭のくどい話をぶった切ろうとした瞬間、それは盛大にもたらされた。
ヒュルルルルルルルルルルルル―――――
今は夏。
真夏の夜といえばコレ。
まさに日本の夏の風物詩。
うん、粋だし風流だ。
場所と状況がまともならなッ!
まかり間違っても、都内のビル街のど真ん中で聞こえていい音じゃない。
もはやただの危険物。
非常識極まりない代物だ。
あの熊、まじでやりやがったッ!!
あぁぁぁぁぁぁぁ……最悪だ。誰か夢だと言ってくれ――――などと、現実逃避する間もなく、それは眩ゆい閃光を放ちながら夏の夜空で綺麗に弾けた。




