籠城と漏洩(3)
「これはなかなか壮観だねぇ」
「風吹、顔が引き攣ってるぞ」
「そりゃね。こんな状況でヘラヘラできるほど面の皮厚くないよ。誰かさんと違ってね」
「ほぉ〜その誰かさんとは、一体誰のことだろうな?」
「ん?こんな時に呑気にそんな質問をしてくる人じゃない?」
「風吹ッ!!」
ブラインドの隙間からこっそり覗き見れば、そこには賑やかしいだけの赤色灯。
周りの建物や人だけでなく、空気までも真っ赤に染め上げて、一体何の猛アピールだ!と思う。
まぁ、聞くまでもなく、『ここは包囲したぞ!だから観念して大人しく出てこい!』という猛アピールなんだろうが………………
「それにしても、すっかり立て籠もり中の凶悪犯扱いだな」
「いやいや、奴らにしたら立派な凶悪犯…………いや、凶暴極まりない狂犬でしょ。まだ凶悪犯のほうが可愛いよ。話が通じる分、交渉の余地ありだからね」
「なるほど。狂った犬に話は通じねぇってか」
「そもそも聞く耳も持たないでしょ?」
「ま、言えてるな」
「はぁ…………その狂犬の手綱を握らされるこっちの身になってよ。待てとか一切しないからさ、『ウチの馬鹿犬が、色々すみませんねぇ〜』とか言いつつ、相手を問答無用で殴り倒すしかなくなるんだよ。まったく今回は何人殴り倒せばいいんだか……」
「馬鹿犬が言うな!でも、ま……敵認定した奴全員だな」
「簡単に言わないでよ…………」
ほとんどボヤキでしかない風吹に苦笑して、奴らの動きを文字通り高みの見物と洒落込む。
おそらくこの後、今や日本の警察でもすっかりお馴染みとなったネゴシエーターこと交渉人が颯爽と出てくるのだろう。
十中八九武器商人“テミス”の忠実な犬だろうが。
そして風吹が嘆く通り、誠に遺憾なことに、端から交渉は決裂している。
そう、こちらの交渉の窓口は話の通じない狂犬こと、この俺だからだ。
如何せん躾の行き届いたお利口なわんこと狂った犬とじゃ、まともな話し合いになるわけがない。というか、そもそもするつもりもない。
つまり、颯爽と登場した交渉人には尻尾を巻いてお引き取りいだだくしかなく、後は負け犬の遠吠えなり何なり好きにやってくれ――――――てなもんだ。
とはいえ、招かざる客とはいえども、有効的な時間潰しとして…………いや、大本命を呼び出す餌として大いに活用させてもらう気ではいるのだが…………
「なぁ風吹ぃ……」
「ん?」
「いざという時は、俺の脊中はお前に預けるからさ、その他諸々よしなに頼むわ」
自分でもらしくねぇなと思ってしまうほど、しおらしく響いた声音に、風吹の目が途端に丸くなる。
なんなら自分の耳を疑うレベルらしくバチバチと何度も目を瞬かせた後に、怪訝そうに眉を寄せた。
「なにそれ?どうしたの急に?キョウらしくもない」
「いや、なんとなく?一応言っておこうかと思ってさ。なんせ今日は天国と地獄の大感謝祭だろ?今度はどんな催し物が用意されているかわかったもんじゃないからさ」
一日で爆弾四つに、今は絶賛立て篭もり中。
さすがに波乱万丈すぎるだろ。
なんてことを諦めと呆れを綯い交ぜにして言えば、風吹も苦笑で返してくる。
「確かにね。正直我ながらよく生きてるな……って感心したくなるくらいだよ。っていうか、今日一日やたら長くない?」
「だな。大感謝祭ゆえの出血大サービスってところか」
「いや、そんなサービスいらないから!そこは無難でいいから!」
心底うんざりとした表情でキッパリといい切った風吹に、「俺もそう思う……」と答えながら何故か笑いがこみ上げてくる。
「キョウ、笑ってる場合じゃないからね」
風吹がジト目で睨んでくるが、もはや笑うしかないといった心境だ。縛り上げたタヌキ親父を見張らせている谷川までもが二度見してきたが、知るか!
この状況で腹抱えてるのはさすがに自分でもおかしいことくらいわかってる。
でもこんな状況だからこそ、笑えてしまうのだと納得する自分もいる。
誰かさんと違って、決して上戸ではないが…………
などと思いながらチラリと目をやると、カタカタとキーボードを叩き続けるサクラに、姿勢正しく付き添う正真正銘の上戸と目が合った。
柔和にしか見えない老紳士に化けてはいるが、こちらを見る目は全然笑っていない。
ったく、やっぱ気づいてるよなぁ…………あんたなら。
同じ穴のムジナってとこだしな。
あぁ……わかってる。
今日が天国と地獄の大感謝祭なら、今日は過去総決算祭でもあるってことだ。
ここまできて、最後の最後に出し惜しみなんてことはねぇだろう。っていうか、させる気もねぇけどな…………
なんてことを、なかなか噛み殺さずにいる笑いをどうにかこうにか終わらせるため、ハッと乾いた笑いを一つ吐き出し、強引に霧散させる。
そして上戸執事に改めて一目くれてやれば、目だけで頷かれた。
ほんと、すべてを見透かされて過ぎていて嫌になる。
でも、ま、それもこの上戸執事なら当然か…………と、ゆるりと口角を上げながら風吹へと視線を戻せば、さっきまでどこか強張っていた風吹の表情は凪いでおり、ふと眩しそうに目を細めた。
そして、ゆるりと口を開く。
「だったら、俺も言っておこうかな。いざという時はココ…………キョウに預けるからさ、よしなに頼むよ」
風吹が“ココ”と言いながら指し示したのは、追い剥ぎで奪ったYシャツの胸ポケット。
わざわざ言い換えるまでもない。
心臓だ。
そしてそこを預けられた意味を一々問うほど野暮でもない。
「了解。いざという時は俺が責任をもって、完璧に撃ち抜いてやるよ。バディとしてな」
「いやいやいやいや、ちょっと待って!そこは、撃ち抜くじゃなくて、バディとして命に代えても守ってやるって言うところじゃないの?」
「預けられたものは、責任持って遠慮なく撃つだろ」
「責任持ってくれるのはいいとして、なんで遠慮なく撃っちゃうかな⁉」
ギョッと目を剥いた風吹に、わざわざ霧散させた笑いが再びこみ上げてくる。
谷川が二度見ならぬ三度見をしてきたが、こっちは寝不足な上に、参加したくもねぇ天国と地獄の大感謝祭に強制参加させられてんだ。
いい加減、頭のネジの一本くらい外れてくるってもんだ。
それともこれはアレか?
上戸執事の上戸が移ったとか?
知らなかった…………上戸が伝染病の一種だとは。
あぁ、まじで腹痛ぇ…………
でも、思う。
これである意味、気持ちも随分楽になったし、覚悟もできた。他愛もないじゃれ合いみたいなものだが、このタイミングで風吹と話せたことは大きい。そしてそれは風吹も同じだろうと身勝手な自己満で決めつける。
……………………だろ?風吹。
絶対的信頼を寄せるバディを笑いで涙目になりながら見やれば、笑いすぎとばかりに、ため息を吐かれた。しかしそういう風吹の肩も小刻みに震え始めている。
やはり風吹の頭のネジもどこか一本外れているらしい。
いや、もしかしたら冗談じゃなく上戸が感染したのかもしれない。
なんてことを思う間に、風吹は腹を抱えながら床に沈んでいった。
お前もか…………
いや、今は人のこと言えんが…………
と、風吹の笑いに触発されて、また笑えてくる。
うん、駄目だ。今は箸が転がっただけでも笑えるかもしれない。なんならウチの熊の凶悪顔でもいけるか…………
そんなカオスなことがまるで走馬灯のように頭をを過った瞬間、プルルル…………と、馴染のない呼び出し音が、リズミカルなサクラの打鍵音をかき消した。
音の出所は、タヌキ親父の机に置かれた固定電話。
俺と風吹の笑いが一気に引く。が――――――――
「やっぱ、かかってきたな」
「まぁ、いきなりのこのこと訪ねてはこないでしょ。部屋の中には怖〜い狂犬がいるってわかってんのに」
「ドアに猛犬注意の札でもかけとくか」
「だったら、セールス勧誘、ついでに交渉お断りっていう札もね」
――――――新たな展開を前にしても、減らず口は一向に収まらない。
それどころか鳴っている電話さえ無視し続けている俺たちに、谷川だけでなく、サクラまでキーボードを叩く手を止めて、コテンと可愛らしく首を傾げながら、ご親切に伝えてくる。
「キョウちゃん、風吹さん、電話鳴ってる……よ?」
どうして取らないのかという疑問を含んだ不思議そうなサクラの物言いに、収まったはずの笑いがまた腹からじんわり上がってきそうになるが、もちろんここで腹を抱えることはしない。
それくらいの分別はある。
ただ、どこかはわからんが、確実にネジは外れているな……という自覚だけはする。我ながら緩みすぎだ。
しかし、何も電話に取らないのは、頭のネジのせいでも、気分がのらないからでもない。
これは主導権を握るためのちょっとした焦らしだ。
交渉とは、マウントを取ったもん勝ち。電話を取るタイミングでさえも勝敗を握る鍵となる。
といっても、負ける気はまったくしないけどな。
そもそもこちらには交渉をする気がねぇんだから。
などと、鳴り続ける電話を一瞥して、サクラに肩を竦めて見せる。
元刑事の上戸執事も、俺の思考と行動の意味が読めるらしく、微笑みさえ湛えて様子見を決め込む気でいるらしい。
おそらく……いや、間違いなくこの状況を楽しんでいるのだろう。
質が悪いことに。
プルルルルル……プッ……
何コール鳴ったのかなんて数えてもいないが、それなりの時間鳴り続けていた呼び出し音が途切れた。
しかし、やれやれと思う暇もなく、またすぐに鳴り始める。
その間の短さに、思わずほくそ笑んだ。
相当イライラしてるな…………
そりゃそうだろう。
相手が電話口に出なければ、交渉どころか何も始まらない。
だが、交渉術において短気は損気。
あちらさんも交渉役に選ばれるくらいなら、十分すぎるほどわかっているだろうに、ここまでいいように焦れてくれているところを見るに、“テミス”からの圧力が半端ないのだろう。
ま、あくまでも俺の推測だが…………
なので、いい加減そろそろ出てやるかと、上から目線の憐憫の情をかけてやる。
と、その前に確認すべきことは――――――
「サクラ、そっちの方はどうなってる?」
「え?あ、あぁ………えっと、うんと……はい、大丈夫。もうすぐセキュリティを突破できます!」
鳴りっぱなしの電話に気を取られて、少し疎かになっていた手を、思い出したかのようにサクラが動かし始める。
どうやら自分待ちのせいで、一向に電話を取らないと思ったのか、心なしかサクラの打鍵のスピードが上がったような気がするのは俺の気のせいではないはずだ。
いや、すまん。
誤解させたみたいだが、そうじゃないぞ。
サクラ。
だが谷川もまた、電話と俺とサクラを順繰りに見て、妙に納得した表情となっている。
いや、だから違うからな。
散々焦らしに焦らし放置した電話。
殊更ゆっくりとした動作で近寄り、猛アピール中の鳴り止まない電話を見下ろす。
「出るぞ」
「お手柔らかにね」
風吹のまったく心のこもっていない忠告に、俺もまた「善処する」と口先たけで答えて、徐ろに受話器を上げた。




