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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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籠城と漏洩(2)

 カタカタ………カタカタ…………

 

 一切の迷いなく叩かれるキーボード。

 もちろんこの音を奏でているのはサクラだ。上戸執事はその見守り役に徹しているようで、ただサクラの傍に立っている――――ように見える。

 しかしある意味、あまりのリズムの良さに、本当にパスワードの解読やらができているのか不安になってくる。

 というか、これもまた爆弾同様、本で得た知識だけで、実際のところ実地経験は一度もないのではないかと。

 まぁ、爆弾と違って即命の危機に繋がることはないが、どうにも嬉々としてパソコンの前に座ったサクラが爆弾解体時に見せたやる気満々モードのサクラに重なって見えてしまうのは、決して俺の気のせいではないだろう。

 別にサクラを信用していないわけじゃない。というか、そもそものこの件の依頼主は俺自身。

 爆弾解体の知識を持っているくらいだ。パソコンだって詳しいはずだという確信に基づいての依頼だったのだが………

 ただ、サクラ一人でパソコンと向き合うとは思っていなかったのもまた確かで。

 てっきり上戸執事コト本宮さんが、サクラの指示に従って、もしくは率先して解読していくものだと思っていたのだ。爆弾解体の時のように。

 だから最初にサクラがパソコンの前に座ったのは、あくまで解読に際してのパソコンのセキュリティ具合の確認かと思っていた。

 まさかのそのままサクラが本格的に解読へ入るとは夢にも思っておらず、この予想外の展開に内心ちょっと動揺していたりする。

 もちろん、サクラに託したのは他の誰でもない俺自身だし、今更「本当に大丈夫か?無理そうなら上戸執事に代わってもらえ。なんならパスワードくらいタヌキ親父に聞き出してやるぞ」とは言えない。いや、これは遊びではないのだから、無理なら今すぐ言うべきかもしれない。が、一度信じ、任せた口でそれを言うのは、俺自身が俺の決断やサクラへの信頼を裏切るようでどうにも憚られる。

 だからかもしれない。

 口には一言も出していないが、サクラを見つめる目が、口よりも己の心情を雄弁に語っていたらしい。というか、馬鹿がつくほどに正直だったようだ。

 上戸執事の持病が発症するくらいには。

「お、おい、笑いすぎだ!」

「い、いや……す、すみません…………ほんと、相変わらず素直で……わかりやすいなぁ……と…………」

「…………………………」

 いや、あんた…………

 それ、いつの俺を思い出して笑ってんだ。

 まさか数時間前の俺ではあるまい。

 じとりとした目で睨みつけてやれば、さらに床と同化せんばかりに沈んでいく。

 全身の痙攣。呼吸困難。意識混濁。

 こいつ、冗談を抜きにしていつかまじで笑い死にするんじゃないかと、心配するレベルだ。いや、もうなんなら楽しく笑い死ねるならそれこそ本望だろうが、今は貴重なる戦力のため、せめてこの件が終わってからにしてくれと、切に願う。

 にもかかわらず、鬼の所業か、何故かここで風吹が上戸に追い打ちをかけるような台詞を宣わってくる。といっても、俺に対してだが。

「キョウはサクラちゃんのことになると、途端にポンコツになるねぇ」

「ポンコツ言うなッ!」

 ほら、風吹のせいでますます上戸執事が岸に打ち上げられた魚みたいになってんじゃねぇか。

 っていうか、アレ完全にひきつけ起こしてるだろ。もう声も出てないし、やたらピクピクしてるし………顔は苦しそうに…………いや、全力で笑ってるな。

 おいおい、本気で笑いながら三途の川渡る気か?それはさすがにあの世も迷惑だろ。

 なんてことを考えていると、さらに風吹がとどめを刺しにきた。

「いやいやポンコツでしょ。心配で心配で仕方がないって顔しちゃって。愛娘の授業参観に初めてやって来たパパみたいになってるよ」

「パッ……パパッ⁉」

「ぶふおぉッ!!」

 風吹のパパ発言を受けて、上戸執事が踏み潰されたカエルのように、貴重なる空気を身体からすべて吐き出した。

 ほんと笑い死ぬからやめてやれ……と思うが、なにしろ俺も風吹への反論で忙しいため、瀕死の上戸執事はもちろん放置だ。

「ふざけるな!俺はサクラを信じてるし、できると思ってる!ただ、爆弾と一緒で実地未経験じゃないかと思ってだな。だから…………」

 するとここで、ずっと一心不乱にカタカタとキーボードを叩いていたサクラが、聞き捨てならないとばかり申し立ててきた。

「心配しすぎですよ、キョウちゃん。これに関しては、初めてじゃないからまったく問題ないわ。点々と隠れ家に移動する度に、父の残していったパソコンのセキュリティを、片っ端から外していったから。ほんと父の質の悪い性格がまんまセキュリティにも活かされていて、どれだけムカつい………いえ、経験値を積ませてもらったことか。それに比べればここのパソコンのセキュリティは、子供騙し程度の可愛らしさだわ。ほらっ」

「はっ?」

 ほらっと、得意げな顔で指を指されてパソコンの画面を覗いてみれば、タヌキ親父専用と思われるデスクトップ画面となっていた。しかし、すべてのファイルデータが暗号化されているらしく、サクラが再びカタカタとリズムよくキーボードを叩き出すと、今度は突如して画面が黒くなり、記号やらアルファベットやらがおびただしい列を作って、これまた高速で画面上を滑るように流れていく。

 サクラはそんな画面を青い瞳に映しながら「なるほどね〜」と一人納得したように呟いている。

 俺には一体何がなるほどなのかさっぱりわからないが、パリッと着ていたはずの燕尾服までをもヨロヨロにさせて、フラフラと立ち上がった上戸執事が、息も絶え絶えにうんうんと頷いているところを見るに、何も問題はないのだろう。

 だからこそ、うっかり口を衝いて出たのは――――

「それにしてもほんと凄いな……」

 赤裸々な感嘆の言葉。

 サードではもちろんこういったことも叩き込まれはする。だからまったくのド素人でもない。しかし、分野ごとに細かく班形成され、赤松リーダーや上指リーダーが率いる、爆弾やデジタル処理に特化した専門チームも存在するため、所詮専門外のことは広くて浅い知識しかない。

 ま、俺の専門は機動力と体力であって、決して頭脳方面でないのは、言わずもがなだが(ほっとけ!)。

 それでも、齧った程度の知識と、専門チームと組んで任務にあたった経験から、サクラのこのスピードが尋常ではないことくらいはわかる。

 おそらくそこら辺のハッカーよりも断然速い。

 しかし、それが逃亡生活中に身につけたものだと思えば…………

「そうやってサクラは……綾塔教授の手がかりをずっと探し続けていたのか…………」

 感嘆に続き、らしくもない感傷までもがポロリと口から漏れ出てしまう。が、サクラは画面から目を外すことなく、あっけらかんと言ってのけた。

「そこに開かないパソコンがあれば、意地でも開きたくなるのが人情というもの。しかもそれが、ガッチガチのセキュリティが張られていれば尚の事。ふふふふ……この私にパソコンを前にして開かないなんていう選択肢はありません」

 いやいやいや、なんだその前人未到の山があればとりあえず登る。未開拓地があれば、とりあえず開拓するみたいなノリは!

 お前は興味と好奇心だけで生きてる命知らずの冒険者か何かかッ!

 ま、今の状況を思えば頼もしくはあるがな。

 うん、ここは任せよう。

 それが悪癖だろうと、今はやれ!一択だ。

 という結論に行き着き、タヌキ親父の部屋に設えられている時計に目をやった。

 タヌキ親父がお仲間に連絡を入れてそろそろ十分。さっきから部屋の向こうの廊下は賑やかしいことになっているが、一応幹部の一人であるタヌキ親父が人質となっている以上、強引な手は打てないらしい。

 いや、違うな…………と、口元だけに笑みを浮かべる。

 世間様に向けた表の顔、クリーンな企業というイメージを壊すわけにはいかず、ましてやそう信じて疑わない一部の社員の手前、自らの手で俺たちを排除できないだけだ。

 売るほどにある武器が、どれだけ手元にあろうとも。

 だから、お仲間である警察…………いや、金で抱き込んだ警察が到着するのを健気に待っているというわけだ。

 絶賛立て籠もり中の俺たちが、これから何を仕出かす気なのかもわからない以上、下手に手出しできないというのもあるだろうが…………

 しかし、その優柔不断さは俺たちからすれば願ったり叶ったりなわけで、まさに予想通りだったりする。

 なんてことを思い巡らしながら、内心でほくそ笑んでいると、さっきから窓に張り付いていた谷川が声を上げた。

「来たぞッ!」

 何が?と問うまでもない。視覚的にも聴覚的にも猛アピールしてくるため、「あっそ」くらいなものだ。

 夜の街を彩るイルミネーションを、真っ赤に染め上げる凶暴なまでの赤色灯。

 人波に溺れる街の喧騒さえも忽ち呑み込んでいく不穏なサイレン。

 お待ちかねの警察の登場だ。

 風吹が小さく息を呑む。

 谷川が不安そうに俺へと振り返った。

 まだ意識のあるタヌキ親父の胸中に過るのは安堵感か。それともヘマをしたことで消されてしまうかもしれないという恐怖か。

 正直どうでもいいが、少しはトカゲのしっぽの気分でも味わえと思う。

 警察の登場に、上戸執事の持病はようやく落ち着いたようで、初老の紳士然とした済まし顔でサクラの傍に控えている。

 サクラは画面上に流れる文字の羅列を、その細い指先でひたすら生み出した中だ。

「谷川、ブラインドをすべて下ろせ!狙撃されるぞ!」

「うおぉッ⁉おぉぉぉぉ〜ッ!」

 それは勘弁とばかりにワタワタとブラインドを下ろし始める谷川。

 それを見やりながら――――

 おそらくすぐに狙撃されることはねぇだろうが、世間に向けて無事俺たちを凶悪犯に仕立て上げたら、その途端にズドンだろうからな

 ――――と、奴らの思考を読み上げる。

 そう、ここからはちょっとした持久戦ともいえる頭脳戦。

 どちらかというと俺の苦手分野だが、ここはそんなことは言ってられない。

 

 カタカタ………カタカタ…………


 近づくサイレンという不協和音に重なることなく、キーボードを鍵盤代わりに滑らかに奏でられる打鍵音。

 それを頼もしげに聞きながら、あとは天に運を任せるっつーか、サクラとウチの熊に託すしかねぇか…………と、内心で独り言た。

 

 


 

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