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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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【挿話】博識ドールと執事と狂犬(13)

『夜間清掃担当の裏西さんお願いします』


 谷川さんがどこかおどおどとしながら、四井商事オフィスビル地下の警備員室でそう告げると、わざわざ奥から熟練の警備員と思われる大柄な男性が現れた。

 どうやらそれが、四井商事を表看板とした武器商人“テミス”へと通じる合言葉らしい。

 そしてその合言葉を受けて、熟練警備員さんはやたら親し気に話しかけてくる。

『おいおい、夜間清掃の打合せに来たにしては、らしくねぇお伴を連れているようだが、見学でもさせる気か?』

『まぁ……そんなところっす』

 へこへこという表現が一番しっくりくるほどの腰の低さで、谷川さんがその警備員に返している。

 警備員さんは警備員室に備え付けの固定電話に手を伸ばしながら、私と川上を品定めするように見つめた。

 うん、大丈夫。今の私は人前に出てもおかしくない格好だわ。

 などと、自負していたというのに、どういうわけか、その警備員の目は私に釘付けとなっている。というか、目を剥いている。

 いやいや、それ以上目を剥くと冗談抜きにして、目ん玉が落っこちますよ。

 余計な気遣いだとは思うけれど、一応内心で告げておく。でも、ここまで凝視されるのはやはり居心地が悪いため、さっさと川上の後ろに隠れることにする。

『だから申し上げましたのに…………』

 なんてことを言う川上のお小言は、この際丸っと無視だ。というより、私は口が利けない設定となっているため、どんなに不服があろうとも、今は何一つ返せない。

 まったくこの人目にも優しい、至って平凡な姿のどこがいけなったのかしら?

 と、甚だ疑問だけれど、今は設定に則り、人見知りの、言葉も話せない、深窓のご令嬢擬きを演じることにする。

 そう、これはあくまで設定であって、事実ではない。確かに父は大学教授でありながら、至る所に隠れ家やら秘密基地のようなものを持っているし、何なら今も執事を連れてはいるけれど、私はまったくもって深窓のご令嬢などではない。

 敢えて言うなら、絶賛逃亡中の大学教授の娘なだけだ。

 けれど、警備員さんの不躾な目は私から一向に離れる気配がなく、業を煮やした川上がわざとらしく咳払いをして、警備員さんの意識を私から散らした。

 そのおかげで、警備員さんはようやく己の仕事を思い出したらしく、手にしていた受話器を一度置き直し、それから徐に受話器を持ち上げ、どこかに電話をかけ始めた。

 もちろんその間も警備員さんの目は私へと何度も戻ってくる。さらには警備員室にいる他の警備員さんたちの目も、何故か私に吸い付くように離れない。

 ここは私なんかより、燕尾服を着こなしたこの執事の方がよっぽど場違いな気がするのだけど、どうやら世間の常識は、私とは大きく違っているらしい。まさか執事が、ごくごく当たり前に大手企業の地下警備員室に訪れることがあるなんて思いもしなかった。

 そうね。なんだかんだ言って、私の知識はほとんど本で得たものばかりだし、私も相当世間知らずではあるわよね…………

 ここは私の一般常識を改めることにしましょう。

 なんてことを思いつつ、コバンザメのように川上にくっ付きながら、“テミス”に取り次がれるのを待つことにした。


 

 直通らしいエレベーターに乗せられついた先は、見るからに資料の保管部屋といった場所で、これもまた以前川上が報告してきた通りだと、キョロキョロと部屋を見回しながら思う。

 そして私たちを出迎えてくれたは、黒のスーツ姿の男性が四人。それなりに皆さん体格が良く、一見すると強そうにも見える。

 そんな彼らを前にしたせいか、谷川さんが見事にその場で硬直したけれど、背後からかけられる川上の無言の圧力に負け、戦慄く口をどうにかこうにかこじ開けた。

『こ、こ、こいつらは綾塔教授の娘とその執事だ。但し、娘は何やら昔、かなりの精神的ショックを受けたとかで、今は口が利けない。話したければ、執事が通訳となる。と、と、とにかく俺は言われた通り荷物を運んだし、何ならおたくらの仲間が失敗した娘の拉致もしてやったんだ。しゃ、しゃしゃ謝礼はたんまりと弾んでもらわなきゃ割があわねぇ。さ、さ、さささっさと用意してもらおうか』

 川上が事前に用意した台詞を、それはもう聞いているこちらの心臓が冷や汗をかいてしまうくらいの噛み噛みでなんとか告げた谷川さんは、自分の仕事は終わったとばかりに、額の汗を拭った。

 そんな谷川さんから、男たちの視線が川上の後ろに隠れている私へと一斉に向けられる。

 先程も思ったけれど、本当に無遠慮な視線ほど、不快なものはない。しかも――――――

『このお化けみたいなナリをした嬢ちゃんが、綾塔教授の?』

 などと、失礼極まりないことまで言われる始末だ。

 えぇ、えぇ、わかっていますとも。

 私の顔はそりゃお化けのように醜いでしょうけれど、それを面の向かって言う貴方の心根の方が余程醜いわ!と、もちろん内心だけで言い返す。

 こちらとしても気を遣って、髪の毛をわざわざ下ろして来てあげたというのに…………と、膨れっ面になれば、川上からまたもや盛大なため息を吐かれた。

 しかし、自分が仕えるお嬢様の悪口を言われ、執事として放ってはおくことはできなかったのだろう。

 川上はため息の余韻を目一杯引き摺りながらも、きっぱりと言って退けた。

『このお姿はお嬢様の温情です。軽々しくお化けなどと仰らないでくださいね。でないと、お嬢様はとても繊細な方ですので、少しのショックで、記憶の中にある綾塔教授の論文のすべてが泡沫となって消えてしまいますよ』

 うん、完全な脅しである。控えめにいっても、やはり脅し以外の何ものでもない。

 ちなみに私はそこまで繊細でもない。

 というか私の設定に、人見知りの、言葉が話せない、深窓のご令嬢擬きに、少しのショックで記憶を泡沫なものしてしまう繊細過ぎる性質なんてモノが加わってしまった。

 誠に遺憾なことに。

 けれど、繊細な演技力を求められても困るため、やはりここもまた川上にコバンザメのようにぴったりとくっ付きながら、やり過ごすことにする。

 するとそこに、エレベータ―の扉が開き、五十代前半くらいの恰幅のいい男性が、黒のスーツ姿の男を三人後ろに従えながら出てきた。

 その恰幅のいい男性は、見るからに仕立てのいいグレーの高級スーツを着ており、スーツの胸元で光るピカピカの金バッジからして、おそらく幹部クラスの偉い人だということはわかる。

 ただ髪は、川上と同じロマンスグレーではあるけれど、ちょっと……いやかなり?寂しい感じがするのは、私の気のせいではないはずだ。

 だからといって、もちろん頭ばかりを見たりなどしない。同類相憐れむわけじゃないけれど、人の容姿についてあーだこーだ言うのは、本当に失礼な話だと思う。

 そのため、私を見てギョッとするのは本当にやめてほしい。

 しかし三度目ともなると、それなりに耐性がつくようで、彼らの反応を受け流せるようになってきた。

 これまた誠に遺憾ながら。

 けれど、できるうちの執事は、彼らが私に向って余計な事を言う前に牽制することにしたらしい。

『そこの彼らにも言いましたが、うちのお嬢様に対しての失礼な発言は、くれぐれも控えてくださいね。もし貴方がたがお嬢様に協力を求めようとしているのなら尚更です。それとお嬢様との会話はすべて私を通してください。でないと、お嬢様は一切お答えになりません。何故そうなってしまわれたのか、ご希望とあれば、ここでくわしくご説明いたしましょうか?そちらにとってはかなり耳の痛い話となりますが?』 

 うん、これまた立派な脅しである。

 そのせいでその偉い人の顔がかなり引き攣ってしまったけれど、さすが幹部クラスともなるとある程度慇懃無礼な相手の対応に慣れているのか、『それは大変失礼した。部下にもしっかり言っておこう』と、即座に返した。

 それから谷川さんへと視線を流し、鷹揚に告げてくる。

『よく綾塔教授のお嬢さんを連れて来てくれた。謝礼は向こうで受け取るといい。今日はもう帰っていいぞ』

 この言葉だけを聞けば、谷川さんは謝礼のお金を手に、五体満足で家に帰れそうだけれど、もちろんそうは問屋が卸さないだろうことは否応なしにわかる。

 むしろ、このままあの世への直行となるに違いない。

 けれど、このビル内から直接あの世へ旅立つことはないだろうと考える。

 なんせここは四井商事という表看板をぶら下げた大手企業のオフィスビルだ。そんなところで、おいそれと人間一人を消すことはまずない――――――という、希望的観測だったりもする。

 そして私の計算通りなら、そしてキョウちゃんたちを信じるなら、谷川さんは無事に助け出されるはずだとも思う。

 とはいえ、確証はどこにもない。

 

『では、お嬢さんと執事の方はこちらに』


 その声に、谷川さんの身体が大きく跳ねた。

 私たちから離れるということは、自分の命の保証がなくなるのも同然。

 取引材料がなくなる今、自分の命が風前の灯火であることを察したのだろう。

 元々私たちを売る気だった。しかし、こんな風にビル内に乗り込んで――――――とまでは考えていなかったのだろう。

 そりゃそうだ。命あっての物種。我が身を最低限守れる方法を取るのが一番賢明なやり方だ。

 おそらくビル近くから電話をかけるなりして“テミス”の動向を確認し、さらには時間と場所を指定して、優位に取引するつもりだったに違いない。

 しかし今は、谷川さんをここに置いてでも、この流れに乗るしかない。


 大丈夫。必ずキョウちゃんたちが間に合うから…………

 

 不安そうにその場でガタガタと震えながら立ち尽くす谷川さんに内心でそう告げて、私と川上はいざ“テミス”の内部へと足を大きく踏み出した。

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