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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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【挿話】博識ドールと執事と狂犬(8)

『血痕は、こことここに残しておいて、それ以外のものは綺麗に拭き取っておきましょう。須藤さん、床下収納の蓋はきちんと閉めて来てくれましたか?』

『大丈夫。しっかりと閉めてきましたよ』

『ありがとうございます。追手の二人は押し入れに入れたし、朽木さんの手当ても終わったし、キョウちゃんたちへのメッセージも残せましたしね……それでは先に進みましょうか』

 戸締り確認でもするように、一つずつ指差し確認をした私は、川上や赤松さんたちの方へと振り返り、ニッコリと笑った。

 但し、深々と帽子を被っているせいで、きっと彼らには不敵に弧を描いた口元しか見えなかっただろうけれど。

 しかしここである事に気づく。

 キョウちゃんたちに、いざという時の連絡先を伝えていなかったことに。

 間違いなくキョウちゃんたちは、私たちを追ってここまでくる。そして必ず私が残したメッセージを紐解いて、この家にもう一つある脱出口の場所を見つけることができるはずだ。

 けれど、そこからが問題だった。

 このまま当初の予定通りサードに行ければいいけれど、どうにもそうは問屋が卸さない気がしてならない。

 サード本部なら、難なくキョウちゃんたちとも再会ができる。なんせそこがキョウちゃんたちの職場なのだから。

 しかし、不測の事態を想定するならば、私と川上はおそらくそこへ行くことは叶わないだろう。

 というより、すでに私の中ではこの後に起きるかもしれないいくつかの可能性―――――――言い換えるなら、ある分岐点から派生した、いくつかの行動パターンが脳内で組み上げられている。

 そしてサードへと向かうという道は、確かにその中の一つであることは間違いないのだけれど、唯一この道だけが、たとえキョウちゃんに連絡先を教えていなくてもなんとかなるというもので、それ以外の道を辿ることになれば、キョウちゃんと私たちを繋ぐ糸がそこでプツンッと途切れてしまう恐れがある。

 キョウちゃんのことだから、一度は途切れてしまった糸の先をどうにかこうにか探し出し、強引に結び直してくるかもしれないけれど、その淡い期待を含んだ微々たる可能性に賭けるほど、私も夢見がちな愚か者でもない。

 こういう時こそ、堅実であるべきだ。

 そこで、赤松さんに私と川上の連絡先を伝え、何かあればすぐにキョウちゃんと風吹さんに伝えてもらうことにする。

 ただそれをお願いした際に、『今更かよ………俺はてっきり………………いや、あいつ、ああ見えて思いっきり奥手なのか?』などと、赤松さんには意味不明なことを呟かれ、それを聞いた川上にも『狂犬様は、永遠の熱血純情少年ですからね』などと、物知り顔で頷かれてしまい、さらには周りの面々からも同情とも取れる生温い目を向けれたのは、今もって解せない。


 

『それでは皆さん、華麗に脱出といきましょう』

 そう告げて、天井からぶら下がっている今時珍しい電球の紐へと手を伸ばす。

 オシャレな照明器具などではない。裸電球に紐という、古き良き時代のシンプル過ぎるものだ。

 しかし、何も電気を点けるために、この紐を引っ張るわけではない。

 というより、そもそもこの紐を引っ張ったところで電気は点かない。

 そう、この紐が連動するものは――――――――

 カラカラカラカラ…………

 紐を引っ張った分だけ、ゴウッと天井の板が動き、そこから忍者屋敷さながらの縄梯子が降りてきた。

 それを見た赤松さんたちの目が点となる。

『………………まじか?』

『まじですね』

『これのどこかが華麗な脱出だって?』

『知っていますか?忍者にしたって、マジシャンにしたって、華麗な脱出劇の裏には泥臭いからくりが付き物なんです。つまりこれが、その裏のからくりです』

 ピシッと指を差して、声高らかに堂々と宣えば、懐の深い川上は相変わらずの微笑みで、付き合いの浅い赤松さんたちは口元を引き攣らせながら、ただただシンプルさが売りの縄梯子を見つめた。

 しかしこの縄梯子、シンプルだからと侮るなかれ。

 僅か二メートル五十センチほどの高さを昇るだけだというのに、補助機能がなさ過ぎてかなり昇り辛い。

 ある意味腕力とバランス感覚が物を言う安定感のなさだ。

 特に朽木さんは負傷中の身であり、さらに言えば、この時ばかりは谷川さんの拘束具を解いたけれども、それでも大の大人が縄梯子相手に四苦八苦となった。

 というかむしろ、縄梯子に弄ばれ、クルクルと自転し始めるか、縄に絡まるかの残念さ加減だ。

 しかし、私たちにはスーパー執事の川上がいる。

 それはもう、縄梯子の達人かと突っ込みたくなるほどに、ひょいひょいと身軽に昇りきり、ただただ縄梯子に弄ばれているだけの私たちを川上が一人で引き上げる形になってしまった。

 そんな紆余曲折があって、どうにかこうにかこの難関を、無事に突破することができたのだけれど―――――

 うん、うちの執事は忍者並だわ。

 改めてそんな感想を持ったのは当然のことだと思う。

 それから私たちは天井裏を抜け、家の階段と並行して設えられた壁裏にある隠れ階段を下り、再び地下まで下りてくると、人一人がやっと通れるくらいの地下道へと出た。

『お、おい、ここを通るのか?ちょ………これは無理だろ』

 別に特別太っているわけではないけれど、この中で一番ガタイのいい赤松さんが、思わずといった体で呻き声と一緒に泣き言を漏らす。

 確かに、爆弾を背負っている身でもあるため、少々辛いかもしれない。

 横幅的にも。

 もしこのメンバーの中に、閉所恐怖症なる人がいれば、確実に過呼吸まっしぐらといったところだろう。

 しかし、残念ながら脱出ルートはこの一本きり。そのため、ここはどれだけ身体を嵌まらせようが、力業で抜けきってもらうしかない。

 そこで、先頭を谷川さんから赤松さんに替え、残りの順番を谷川さん、須藤さん、私、川上、朽木さんにして、谷川さんと須藤さんとで赤松さんの身体をひたすら押してもらうことにする。

 そのため、爆弾入りリュックもまた前に背負い直してもらうことになったのだけれど、正直そのスペースすらも確保できない状況だった。

 したがって、結局皆して回れ右をすることとなり、再び階段を昇って、屋根裏で隊列とリュックの向きを変える。

 そして、なんとか隊列を組み直し、まるで筒に詰まってとれなくなったコルク栓のように赤松さんの身体をぐいぐい押し続けながら、極狭ルートを進むこと約十メートル。

 ポンッという音はしないまでも、それくらいの勢いを持ってようやく極狭ルートと突き抜ければ、新たな地下道へと出ることができた。

 ちなみ今度の地下道は、この高級住宅街に設けられた、電気、ガス、水道と生活に欠かせないパイプラインを埋設した共同溝で、それなりの広さがあるため赤松さんの身体がすっぽりと嵌まることはない。

 そこは確かに安心材料ではあるのだけれど………それにしても、引っ越し前の下見でこの地下道に足を踏み入れた際に、父の周到さというか、大胆不敵さというか、傍若無人さに、川上と二人して呆れてしまったことは未だ記憶に新しい。

 だってそうだろう。いくら自分の身の安全の確保とはいえ、公共の共同溝に地下道を繋げてしまうなんて普通なら考えないし、しない。

 せめてもの遠慮で先程の地下道が極狭だったとしても、繋げた時点でその遠慮はまったくもって意味を成していない。なんなら、大きなパイプの影にいい塩梅で隠れてしまっているだけに、あの狭さは計算の内とも取れる。

 我が父親ながら、本当に計算高い自己中な人だとつくづく思う。

 しかし、私もまたちゃっかりとこの脱出ルートを使わせてもらっている時点で、父のことはあまり責められない。

 なので、いつかすべてが片付いたら、父が作った数多の脱出ルートを公共の迷惑にならない程度に綺麗に埋めてしまおうと心に決める。

 そして私は、『川上』と声をかけ。手を差し出した。

 どこまでも察しの言い川上は、当然のように赤いリボンを渡してくれる。

 そう、ここは左右共に奥が深そうな共同溝。

 左右に伸びる道の選択を間違うだけで、キョウちゃんたちが私たちから遠ざかってしまう恐れがある。

 それゆえに、右側のパイプに赤いリボンを括りつけておく。

 

 キョウちゃん、右だよ。

 ちゃんと気づいて追ってきてね。


 もしかしたらこれは、私たちとキョウちゃんを繋ぐアリアドネの糸のようなもの。

 今度はそれを五十メートル程進んだ先にあった鉄はしごに結ぶ。

 その鉄はしごを辿るように見上げれば、そこにはマンホール。


 川上が照らすペンライトの光に晒されるそれは、出口というより夜空にぽっかりと浮かぶ丸い月のようで――――――――


 そうね………………

 今の私たちは月明りだけを頼りに迷宮を彷徨っているようなもの。

 でも、必ず正しい道を選び取って、出口へと辿り着いてみせるから。


 キョウちゃん、私が残したアリアドネの糸を絶対に見失わないでね。

 

 

 


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