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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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【挿話】博識ドールと執事と狂犬(6)

『もうすぐ戻るから、サクラは上戸執事と先に脱出しておいてくれ』


 それは強引な約束だった。

 私はキョウちゃんを待っていたいのに、キョウちゃんはそれを許さず、私に頷かせた。

 でも、『戻る』という言葉が、私の頑なだった心を解し、いつまでも動き出せそうにない私の背を押したことは確かだった。

 たとえここでなくても、私がいる場所にキョウちゃんが戻って来てくれるのならば、私はより安全な場所を手にしてそこで待とうと思った。


 そして、赤松さんが二つ目の気化爆弾の運び出し戻ってきた。

 残りは、解体され、ほぼ爆発の恐れもないプラスチック爆弾と、すでに爆発した泡塗れの二液混合型爆弾だけ。

 もちろんどちらも放置できない物ではあるけれど、然程緊急性もない物だった。

 そこで、プラスチック爆弾を手荷物にしながら私たちも脱出し、ある程度安全が確保できてから赤松さんだけが取って返し、二液混合型爆弾を回収してくることを決める。

 その内容を、業務連絡のように川上がインカムを通じてキョウちゃんに伝えた。

『失礼いたします。赤松様が無事に二つ目の気化爆弾を運ばれてこちらへ戻ってこられましたので、これからお嬢様と谷川さんを連れて脱出いたします。ちなみに赤松様は私たちの脱出が無事に済んだ後、そちらの爆弾の回収に向かわれる予定となっておりますので、もうしばらくそちらでお待ちください。しかし……それにしてもさすが狂犬様でございますね。相変わらず悪運がお強い』

 確かに…………と思うけれど、それを言うなら私たちも大概だ。

 よくもまぁ、誘拐からこっち、命があったと本当に思う。というか、今日一日だけでも死亡必至な状況だったことは間違いないわけで――――――

 これで生きているんだから、相当運がいいわよね。

 今なら宝くじだって当たりそう。

 なんてことを思いつつ、ため息を一つ吐く。

 と同時に、視界の端に何やらヒラヒラと動くものが見えて、ふとそちらに顔を向けた。

 するとそこには、ちょいちょいと、モニターを見つめながら手招きしている谷川さんがおり、招かれるままに近寄れば、あるモニターを指差し、『新手だな。時計塔を確認してるようだ』と告げてきた。

 本当に、今日は千客万来の大賑わいだ。キョウちゃんと風吹さんを除いて、すべて招かざる客であることが頭痛の種なのだけれど。

 でも、ご丁重にお帰りいただきたくともそれを実行するのは難しい。というより、不可能だ。

 そこで、とにかくキョウちゃんに知らせなければと川上を見やれば、出来る執事である川上はすでにキョウちゃんに伝え始めていた。

『―――――谷川さんが外の防犯カメラに、時計塔の様子を確認する男が二人いると仰せです。あぁ…………確かにいますね。私もこの目で確認いたしました。この様子だとお仲間を呼ぶ可能性がございますので、くれぐれもお気をつけください。それと、そこにある爆弾は、ある意味奇跡的に大きな爆発を逃れただけで、まだ油断はできません。その事だけは肝に銘じておいてください』

 うん、我が執事ながらさすがだと思う。

 確かに、その爆弾に緊急性はない。しかし、化学反応を引き起こすタイプの爆弾の場合、何がその反応を引き起こすトリガーとなるかわからなかったりするのもまた確かだ。

 つまり、そのまま放置するのであればおそらく大丈夫だけれど、敵が入り込むことで何かしらの手が加えられてしまうなり、意図せず化学反応を引き起こすことが行われれば、忽ちそれは新たな爆弾となる可能性も十分にあり得るのだ。

 そのため、その警告をさらりとやってのけた川上に私は内心で唸った。今はとっても若作りな変装をしているけれど、やはり年の功には勝てないらしい。

 ただし、年の功ゆえの余計なお節介もあるようで………………

『ところでお嬢様と代わりますか?お嬢様が代わってほしそうな顔で、ずっとこちらを見つめてくるのですが……』

 この上戸執事は………………

 キョウちゃんが命名した川上のあだ名を内心で絞り出すように漏らしながら、持病の上戸一歩手前となっている川上を睨みつける。

 声が聞きたくないわけではない。むしろ今すぐ声を聞きたい。

 でもそうすれば、今は駄目だと封じ込めた気持ちの箍が外れてしまいそうで、怖い。

 何より、口から出る言葉はきっと、馬鹿の一つ覚えのように“会いたい”という言葉で埋め尽くされてしまうのは目に見えている。

 だから、振れているか振れていないかわからないほどの小ささで、首を横に振った。

 大きく首を横に振れないのは、声を聞きたい気持ちがどうしても勝ってしまうからだ。

 しかも、この上戸で喰えない優秀すぎる執事は、私のこの複雑な乙女心を知りつつ楽しんでいる節がある。

 本当に質が悪い。

 とはいえ、キョウちゃんの方が、私の声を聞きたいと言ってくれる可能性だってある。

 その時は、感情を優先にしないで、冷静に伝えるべきことだけ伝えよう。

 だいたいキョウちゃんは大人の男性だ。私のような十六の小娘に恋愛感情なんて持つはずがない。

 ただ今は、守るべき対象であると思ってくれているにすぎない。

 それとも、誘拐され、父に見放され、未だに組織から隠れ続けなければならない憐れな娘とか………………

 淡い期待を持ってしまいそうになる心が、拒絶された時の痛みを恐れて、言い訳を重ねながら壁を作っていく。

 否定されるのが怖い。

 でも、声を聞いて気持ちが溢れてしまうのも怖い。

 どうやら恋をすると、人は臆病になってしまうものらしい。

 そもそも今のキョウちゃんは任務中なのだから、呑気に話している時間もないはずだ。

 それでも声を聞きたいと思ってくれたなら、その時は期待をしてもいいだろうか――――――――と、川上を見つめる。

 しかし、インカムの向こうでキョウちゃんは告げたのは………………


『サクラにはいい子で待ってろ…………とだけ伝えてほしい』


 それは優しすぎる約束。

 けれど、淡い期待は泡沫として消えるのではなく、儚くとも私の心に確かに残った。



 しかし今日は、まだまだ千客万来のようで――――――――


『こ、ここここここれッ!』

 谷川さんの慌てた声に再びモニターを覗き込めば、そこには新たなる招かざる客が詰めかけてきていた。

 そう、大袈裟でもなんでもなく、時計塔ではなくこの屋敷に直接詰めかけているのだ。

 数はざっと十名ほどはいるだろうか。

『川上、時計塔ではなく直接こちらに来たということは、彼らの狙いは何だと思う?』

 モニターを見据えながら念のために確認すると、川上から即座に『それはもちろんお嬢様、もしくはお父上である綾塔教授でしょうね。そして時計塔はもはや囮でしょう』と、予想通りではあったけれど、決して有難くない答えが返ってきた。

 これはあくまでも憶測でしかないけれど、予定時刻に一つも爆弾が爆発しなかったことから、ここに解体できるだけの頭脳を持つ人間がいると察したに違いない。

 そしてそれは彼らの大本命である父か、その娘である私。

 誘拐時には、記憶喪失になったおかげで私の能力については知られずに済んだけれど、どうやら今はそうではないらしい。

 この流れからいっても、もう大人しく隠れている場合ではなさそうだ。

 つまり打って出る時。

 ならばと、すばやくこれからの動きを巡らせる。

 元々、キョウちゃんとの約束もあり、赤松さんが戻ってきた時点で、私たちはここから脱出するつもりだった。

 だから、今からそれを実行すればいい。

 それを踏まえ、赤松さんもプラスチック爆弾をケースに詰め、脱出準備を手際良く進めてくれている。

『ったく、今日はろくな日じゃねぇな』

 などとぼやいてはいるけれど。

 そして、ちらりと横を見れば、谷川さんが顔色を悪くして小刻みに震えていた。

 察するまでもなく、このままいけば組織から消されてしまうと自分の身を案じているのだろう。


 うん、これは間違いなく危険だわ…………

 

 そのまま川上に視線を移せば、無言のままで頷かれた。

 本当に、嫌になるくらい優秀すぎる。

 目を合わせただけで、私の思考を読み取ってしまうなんて、出来のいい執事という枠からとうにはみ出してしまっている。

 けれど、ここで大っぴらに作戦会議ができない以上、このエスパー並みのスキルは非常に役立つ。

『よし!準備ができたから行くぞ!急げ!』

 赤松さんの声に従い、脱出口となる蓋を開け、まずは谷川さんを行かせる。続く順番としては、川上、私となり、最後に赤松さんとなる。

 川上が、侵入者たちの位置を目に焼き付けてから、モニターの電源を落とし、その時点でインカムも外した。

 もうこれで暫くキョウちゃんたちとは連絡が取れない。

 そう思えば、再び心が騒いでしまう。

 今更ながらだけれど、やっぱりキョウちゃんの声を聞きたい。

 必ず無事に追いかけてきてと伝えたい。

 でも、約束をくれたから、私は川上とともに先に前へと進む。


『川上、行きましょう』

『えぇ、ご一緒します』


 そう、これは脱出という名の、最終決戦への出陣。

 新たな計画が、密かに始まりを告げた。

 

 

 

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