【挿話】博識ドールと執事と狂犬(5)
『二液混合型爆弾?まじで?』
『はい、まじで』
一つ目の気化爆弾をどうにか運び出し、汗だくで戻ってきた風吹さんとお仲間の赤松さんにそう告げると、わかりやすく目を剥いて聞き返してきた。
それに間髪入れず肯定を返すと、『ほんと何なの?今日はどういう日?天国と地獄の感謝祭だとしても、ちょっと盛り込みすぎじゃない?』などと、額に手を当て風吹さんがぼやく。
それを横目で見ながら、赤松さんまでもが信じられないとばかりに首を横に振った。
しかし、今はそれを呑気に眺めている暇はない。
そこで、強引な手つきで風吹さんにサンタクロースが背負うような白い袋を押し付けた。それを反射的に受け取った風吹さんは、目を丸くしたままその袋と私を交互に見る。
『サ、サクラちゃん、これは一体何かな?』
『爆弾の解体道具です!風吹さんはこれを持って、今すぐキョウちゃんのもとへ向かってください!』
『へっ?俺?赤松リーダーではなく、俺?』
風吹さんの疑問は尤もなものだった。
確かに常識で言えば、爆弾の専門家である赤松さんに向ってもらう方がいいに決まっている。
でも、今から指示する解体方法があまりに原始的で、正直、爆弾の知識があればあるほど、そんな方法は怖くてとてもできないと忌避されるものだった。
つまり、今必要なのは下手な知識よりも、火事場の馬鹿力的な度胸。
あとは、阿吽の呼吸ならぬ、最高のコンビネーションがあれば尚良しだ。
そのため、捲し立てるようにその原始的な解体方法を説明した。
説明しながら、これはさすがに無茶が過ぎるな…………とは自分でも思った。けれど、残された時間と、今手元にある解体道具を考えればこの手段しかなかった。
案の定――――――――
『……………………まじで?』
『……………………信じられん』
風吹さんと赤松さんからは見事にドン引きされた。しかも――――――
『爆専の人間としてではなく、一般論として言う。無謀にもほどがある』
余計な太鼓判まで、爆弾の専門家である赤松さんに押されてしまった。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
『キョウちゃんからは、安全に爆破させられる場所を探すようにと指示が来ました!でも、そんな都合のいい場所ははっきり言ってありません!でもそれをキョウちゃんに伝えれば、次にキョウちゃんがどのような手段を講じるか、風吹さんならすぐにわかるはずです!』
『うん、残念ながらわかっちゃうね。キョウなら自分を犠牲にしてでも周りが助かる方法考えるはずだよ。おそらく爆弾を抱えて、できるだけここから遠ざかる道を選ぶだろうね』
風吹さんが曖昧な笑顔でそう言って、サンタ袋を抱えたまま肩をすぼめて見せた。けれど、その目は全然笑ってなくて、自己犠牲を良しとするキョウちゃんに怒っていることは十分に見て取れた。
うん、風吹さんは私の同志だ。
と、頷いて先を続ける。
『だから、キョウちゃんに馬鹿げた結論を出させないためにも、力を貸してください!確かに、この解体方法が、常識から逸脱した無茶苦茶な方法であることもわかっています!でも…………』
『だからといって、不可能なわけでもない』
赤松さんが私の言葉を引き取るようにしてポツリと言った。
思わず視線を向けると、少し罰が悪そうに笑って、『知識が邪魔する俺には、ちょっと無理がある解体方法だがな』と付け加える。
けれど、その一言で十分だった。
私の選んだ解体方法は決して適切なものではないけれど、無理ではないということだからだ。
あとはそれを、行動に移せばいいだけでの話――――――――
『もし、風吹さんが無理だと言うのなら、私が行きます!』
そして、一度は押し付けたサンタ袋を受け取るべく手を伸ばせば、風吹さんが困ったように眉を下げた。
『それで俺がサクラんちゃんを行かせれば、今度は俺がキョウに殺されちゃうよ。たとえあの世から化けて出てでもね』
『それは言えてますね』
すかさずそう答えたのは、モニターをチェック中の川上だ。
思わず川上の背中に苦笑して風吹さんに視線を戻せば、そこには真剣な眼差しでありながら、不敵な笑みを浮かべる風吹さんがいた。
そして、サンタ袋を肩に担ぎながら告げてくる。
『それじゃあ、ひとっ走りキョウの所に行ってくるけど、それまでの間、あの馬鹿が暴走しないようにちゃんと繋ぎ止めておいてね。サクラちゃん』
風吹さんの勘は、嫌な方向で当たった。
『キョウちゃん!今から言う事をよく聞いてください!二液混合型は二つの液体が混ざることによって強力な爆発物となります!今回どんな液体が使用されているのかはわからないけれど、一つの液体だけでは然程の威力は持たないはずです!といっても劇薬にはかわらないから、まったく爆発しないとはもちろん言えませんが……でも、ウォーターハンマー現象…………水撃作用で急激な圧力変化がない限り、大きな爆発はしないはずです!だから…………』
安全に爆破できる場所がないと伝えるのではなく、爆弾の構造を伝えることで、解体できる見込みについて取り敢えず話す。
しかし、その時点で爆破まで七分しかなかった。
そして、やはり勘のいいキョウちゃんは、安全に爆弾を爆破させる場所がないことを察したようで、私たちの予想通り最悪な決断をした。
『わかった。この爆弾は俺が処理する。だからサクラはそのまま逃げ…………』
『駄目です!逃げません!本当は今すぐにでもそちらに行きたいところですが、時間が足りません!でも、このままキョウちゃんに方法を伝えることくらいはできます!とにかく今は私の言う通りにしてください!』
もちろん即座に異を唱える。
しかし敵も…………もとい、絶対的味方であるキョウちゃんも然るもので、まったく引く気がない。
『そんなことは俺が許さない!いいからサクラは、上戸執事と一緒にそこから逃げろ!』
おそらく、自分では解体ができないと、キョウちゃんは爆弾を見て判断したのだろう。
だからこそ、爆弾を持って遠くまで走ることを選んだ。できるだけ遠く。私たちから少しでも離れるように…………
でもそれを受け入れられるわけがない。風吹さんとの約束もある。
『キョウちゃんが、犠牲になることだけは絶対に許しません!それならすぐそこに私が行きます!』
『ふざけたこと言うな!』
『ふざけているのはキョウちゃんの方です!今、風吹さんがそちらに向かいました!だからキョウちゃん、私の言う通りにして下さい!そうすれば………………』
『サクラ…………』
『私たちはちゃんとまた会えますから……』
そう、私は生きることを選んだ。
でもそれはキョウちゃんの犠牲の上での話ではない。
キョウちゃんが――――――私の大切な人たちが一人でも欠ければ意味がないのだ。
だから会える。もう一度会える。いや、何度離れたって、必ず会う。
こんなこともあったよねと、一緒に笑い合うために。
刹那の沈黙。
どうかこの想いが届いてと願う。そして――――――――
『サクラ!指示しろ!』
その声に、私はまた泣きそうになった。いや、泣いた。
ギュイィィィィィィンッ!
インカムの向こうから風吹さんが振う電気ドリルの音がインカムから漏れ聞こえてくる。
それを聞きながら、自分の選んだ解体方法の無謀さを改めて自覚する。
二液混合型爆弾は、その名の通り二つの液体が混ざり合うことで、起爆性の高い液体に化学変化させ、爆破させるという代物だ。
早い話、二つの液体が混ざり合わなければ、おいそれと爆破することはない。
しかし、信管が取り付けられ、きちんと爆弾として仕立てられてしまっているものを、綺麗に解体するのは難しい。
そこで考えたのは、二液のうち比較的起爆性が少なく、さらにはなるべく人体に優しい液体の方に干渉し、容器から抜き出してしまうといった方法だった。
とはいえ、専門的な道具はない。大きな注射器のようなものがあれば最適だけれど、もちろんそのようなものもない。
父の使っていた道具を漁れば出てくるかもしれないけれど、漁っている時間も今はない。
そこで、電気ドリルで容器に穴を開け、強引に液体を排出させる方法を取った。
そしてそれが今実行中なわけで――――――――
『あと一分三十秒!キョウちゃん、その液体から何か臭いとかしますか!』
焦燥と不安から泣き出しそうになるをぐっとこらえて、キョウちゃんに声をかけた。
無理矢理漏れ出させた液体の種類如何によっては、即時撤退を告げなければいけないからだ。すると、すかさずキョウちゃんから返事がくる。
『アンモニア臭だ』
その答えに、内心で安堵の息を一つ吐いて、改めて指示を出す。
『やはりこちらも劇薬みたいですね。でもアンモニア臭なら、秘密道具は使えそうです。キョウちゃん、風吹さんに伝えてください!噴射OKです!』
『噴射OKだぁ?』
何言ってっだこいつ?とばかりに返された声。
いやいや、至って大真面目ですよ―――と、インカムの向こう側には見えないことをいいことに苦笑で返す。
それにしても、父が置いていった化学薬品用の泡消火器が、こんなところで役に立つとは夢にも思わなかった。
正確に言うならば、確実に役に立つとは言い難いのだけれど、それでもこれがあるのとないのとでは、この後予想される被害に大きな差が出る。
そう、被害は出る。
爆発もおそらく免れないだろう。
だけど、私の計算では一万分の一の規模に抑えられるはずだ。
インカムの向こう側では、キョウちゃんの声が聞こえる。
どうやら風吹さんとすったもんだと爆弾相手に格闘しているのがわかる。
というより、あまりに原始的な解体方法に半ば呆れも混じってそうだけど。
そしてバタバタと走り出す音。
二人揃って、父が作った脱出口に一時的に避難するつもりらしい。
『風吹、入れ!』
『狭ッ!』
『贅沢言うな!』
そんな声が漏れ聞こえてきて、キョウちゃんが風吹さんを強引に押し込んだ気配がした。
しかしここでタイムオーバー。
『キョウちゃん!』
私は咄嗟に、声を振り絞るように叫んでいた。
怖かった。
ただただ怖かった。
今日一日で、これが四つ目の爆弾になるわけだけど、今が一番怖いと思った。
しかも、オープンだったインカムが、避難する際に切り替わってしまったのか、完全に無音となる。
『咲良お嬢様、狂犬様なら大丈夫ですよ』
と、川上が背中を撫でてくれるけれど、カタカタと身体の震えが止まらない。
それでも戦慄く口で、無言のインカムに向って必死に呼びかける。
『キョウちゃん……キョウちゃん…………返事して……………お願い………キョウちゃん………』
そして、ただただ長く感じられた沈黙を破り、『サクラ、落ち着け……』とキョウちゃんの声が聞こえてきたは、この約三十秒後のこと――――――
折しもそれは、時計塔に駆け出さんとする私を、川上が羽交い絞めにしている時だった。




