表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂犬と博識ドール  作者: 星澄


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/96

【挿話】博識ドールと執事と狂犬(4)

 しかし事態は一気に急転する。

 予定時刻になっても爆発しない爆弾に業を煮やした組織の人間が、屋敷の周りを取り囲んでしまったのだ。

 今はおそらく様子見の時間。

 ここにある二つ目の爆弾の爆破予定時刻が過ぎるまでの様子見だ。

 けれど、その時刻が過ぎれば、一気に突入してくることは簡単に予想がついた。

 だとしても、まさか引っ越し二日目で、ここから出ていくことになるとは、これこそ完全なる予想外の事態だ。

 とはいえ、途方に暮れている場合ではなかった。

 大急ぎで脱出部屋へと移り、一時的にモニターによる監視をキョウちゃんたちに任せ、脱出用の変装をする。

 川上御推奨の、帽子を深々と被った格好だ。そして川上もまた若返りの変装となり、脱出準備は素早く整った。

 しかし今の私たちは、子持ちならぬ爆弾持ちの身。解体したとはいえ、決して無害ではない。

 もちろん、ここに爆弾を置いて出ていくことも考えたけれど、さすがにそれはご近所迷惑となる。

 だからといって敵がわざわざ献上してきたものを、『一応解体しておきましたよ』と、熨斗を付けて返してやるのは、はっきり言って業腹だ。

 なんせ、いくら解体したとはいえ、気化爆弾の方はまだまだ爆弾としての十分に復活可能な危険物であることに変わりはない。

 そんなものを返すなんて、敵に塩を送るようなものである。

 そこで私たちは、キョウちゃんのサードのお仲間さんが組織の人間が突入してくるよりも先に、爆弾回収へ来てくれることを祈った。

 なのに、なんと彼らはまるで示し合わせたかのように同時にやって来てしまった。

 このタイミングの悪さに、思わず天を呪いたくなってくる。

 しかし生きるために戦うと決めた以上、この難局をまず乗り切らなければならない。

 そこで考えたのがちょっとした三文芝居。

 それはこの屋敷から歩いて二十分ほどの場所にある新緑公園へ、組織の人間を誘導することだった。

 ざっと言えばこんな感じだ。

 炎天下の中を慎重に慎重を重ね、爆弾を運んでいた谷川さんらしき男性が、新緑公園で熱中症に倒れ、そのまま所持品一つなく救急車で運ばれてしまったらしい――――――という噂を流し、もしかしたら爆弾が新緑公園に放置、もしくは置引きの被害にあった可能性があると暗に匂わせたのだ。

 それにまんまと踊らされた組織の人間たちは、慌てて新緑公園へと舵を切り、それを見送った私たちは、脱出ルートである地下通路を使い、せっせと爆弾を運び出し始めた。

 けれど、組織もそこまで単純ではなかった。

 しっかりとここ(時計塔)にも、数名ほど組織の人間を残しており、爆弾の捜索を続けていたからだ。

 でも、これは想定内。

 私たちのいる屋敷と時計塔は別棟となるため、三文芝居が成功した今、脱出完了まで約一時間くらいの猶予があると考えられた。

 けれど――――――――

 

『さて鬼の居ぬ間に、時計塔の大掃除でもやりますか』


 なんてことを、キョウちゃんが突然言い出した。

 どうして?という疑問が先に立ち、それと同時に、どうしようもない不安が、私の思考を埋め尽くした。

 そしてそれがすべて表情となって出ていたのだろう。

 キョウちゃんは、なんてことないように二ッと笑った。

 それでも私の心は軽くならない。

 決してキョウちゃんの、サード隊員としての実力を侮るわけではないけれど…………

『すみません。川上を連れて行ってもらうべきなんですが…………』

 思わずそう口にすれば、キョウちゃんからは即座に否定の言葉が返される。

『それは駄目だ。いざと言う時、サクラたちは真っ先にここから脱出しなければならない。その際の引き付け役は俺一人で十分だ。といっても、その前に片づけてくるけどな』

 どうやらキョウちゃんの中で、私は守るべき者優先順位の最上位にいるらしい。そのために、執事兼護衛でもある川上を、私から引き離すことはできないと言っているのだ。

 それが嬉しくもあり、不満でもあるなんて、自分の感情がまったくもってままならない。

 そんな矛盾を抱えて黙り込んでしまった私に、キョウちゃんはさらに続けた。

『残った奴らがずっと時計塔に閉じこもっていてくれる保証なんてどこにもない。むしろ、屋敷の方にも来ると考えておくべきだ。そしてそうなれば、サクラたちがここにいたことが組織にバレる。だから、そうなる前に時計塔で仕留めてしまうのが一番なんだよ。それに、サードとしても確保できるものなら組織の連中を確保しておきたい。っていうか、サクラ自身もさっき納得してただろ?』

 そうだ。キョウちゃんはサードの人間で、任務のためにここにいる。

 そして今私を守ろうとしてくれているのも、サードの人間としてなのだ。

 わかりきっていた事実を、改めて突き付けられたような気がして、先程のぽっと湧いた嬉しさも今は綺麗に萎えてしまっている。

 なんなら、不満一色だ。

 でも、キョウちゃんにとっては当然のことであり、私が一人特別視してしまっているだけなのだ。

 

 キョウちゃんが、あの“サクラの君”だったらいいのに…………と。


 だからここでショックを受けるのはお門違いだとわかっている。

 それこそキョウちゃんにとっては、迷惑以外の何物でもない。

 でも、どんなに仕方がないことだと、これがキョウちゃんの仕事だとわかっていても、あんな約束をしてくれたから…………


『俺は必ずサクラのいる場所に戻ってくる。絶対にだ。だからそんな泣きそうな顔をするな。ここで上戸執事と一緒に待っとけ』

 

 爆弾解体の時もそうだった。

 出会ってまだ数時間なのに、何故かキョウちゃんは私の一番欲しい言葉を難なくくれる。

 心に大きく開いた穴を塞ぐような、寒さに震える心を抱きしめて温めてくれるような、そんな言葉を。

 だからこの時、私は不服たっぷりではあったものの、キョウちゃんの言葉を承諾してしまった。

『わかってます。わかってますけど………約束は……必ず守ってくださいね』

 そう言って。

 けれどいつの世も、後悔は後になってやってくるものだと、身に染みて思い知らされることになる。



 

『いつ爆破するか予想もつきませんね……』

 インカムでキョウちゃんと話す川上の言葉を拾い聞いて、思わず川上からインカムを奪い取っていた。

 まさかという思いがあった。

 でも、やはりという思いも同時に存在していた。

 そして、決して先には立ってくれない後悔をする。


 キョウちゃんを、一人で行かすんじゃなかった………………


 しかし、その言葉をグッと呑み込み、私が持つあらゆる爆弾の知識を、再び脳内から引っ張り出す。

『キョウちゃん、その爆弾を運べますか?運べるならすぐに解体して…………』

 あらゆる可能性を考慮にいれながら、咄嗟にそう口にすれば、酷く冷静な答えが返ってきた。

『送信機らしきものがここにないってことは、おそらく新緑公園捜索組か、今回の作戦を指示する連中が持っているんだろう。つまり、この爆弾の主導権は奴らにある。いつ爆発するかもわからねぇもんをそっちに運ぶわけにはいかない。だからここは、退避だ。この時計塔を完全に失うことにはなるが……』

 確かにこの建物は“坂の上の時計の館”とも呼ばれ、国の登録有形文化財となっている。

 しかし、人の命には代えられない。

 そのため、悩む間もなくすぐさま答える。

『構いません!キョウちゃんの判断に私も賛成です。解体できれば……とは思いましたが、それは主導権がこちらにある場合か、爆発のタイミングがわかっている場合に限ります。だからキョウちゃん、早く戻って来てください!』

 けれど、それが難しいこともわかっていた。

 爆弾を放置するということは、時計塔を破壊することと同義であり、その中にいる人の命もまた危険に晒されるということだ。

 そして今時計塔の中には、キョウちゃんに倒された組織の人間がいる。

 その人たちを見殺しにするという選択肢がキョウちゃんにない以上、その人達を運び出しつつ無事に逃げ切るための人手が足らないのだ。

 しかも――――――――


 川上に突然インカムを奪われ、モニターを指差される。

 その指の先の光景を見やれば、新緑公園に誘導したはずの組織の人間が四名ほどこちらに戻って来ていた。

 仕掛けられた爆弾と、抱えて逃げるお荷物と、そこに新たな侵入者四人。

 

 あまりに間が悪すぎる………………


 膨大にあるはずの知識量は何の役にも立たず、私はただただ思考を空回りさせる。

 しかし、こちらに戻ってきた人数からして、新緑公園から完全に引き上げたわけではなさそうだった。

 それを独り言のように呟けば、川上はちゃっかりとそれをキョウちゃんに伝えてくれてくれる。

 さすができる執事はこんな時でも優秀だ。

 そしてキョウちゃんと話したいという私の気持ちまでも理解して、インカムを渡してくれた。

 泣くべきではないと、わかっている。

 今生の別れでもないし、それこそ縁起でもない。

 でも、溢れそうになる涙を呑み込むせいで、声がどうしようもなく掠れてしまう。

 


『キョウちゃん、約束は守ってね。私、待ってるから。ずっと待ってるから…………キョウちゃんを信じて待ってるから…………』



――――――――あぁ、わかってしまった。


 こんな時なのに…………いや、こんな時だからこそ………………わかってしまった。

 私はキョウちゃんが好きなんだと。

 一目会った瞬間から、どうしてこんなに懐かしいのかなんてわからない。

 記憶が朧げすぎて、キョウちゃんが“サクラの君”かどうかさえもわからない。

 でも、今はそんなことはどうでもいいのだ。

 キョウちゃんだからこそ、私の心はこんなにも彼を求めて、キョウちゃんだからこそ、こんなにも切なくて恋しいのだ。


 だから会いたい。

 笑顔で会いたい。

 そして、好きだと伝えたい。

 いつか手に入れる幸せな未来の先で…………

 だからそれまでは、この想いは私の胸に封じておく。

 

 それでも、いつだって私の欲しい言葉をくれるキョウちゃん。

 信じて待つと言った私に――――――


 トントン…………


 私語厳禁となったインカムの向こう側で、“了承”の意を伝えるノック音が二度響いた。

 

 

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ