【挿話】博識ドールと執事と狂犬(3)
そこからはとにかく怒涛の展開だった。
さすがの私も、三つもの爆弾を直接解体し(その一つは送信機の電源を切っただけだったし、直接解体したのは川上だったけれど)、残り一つについてはキョウちゃんや風吹さんでも爆弾の威力を少しでも弱められるようにと、必死に知恵を絞ることになるとは夢にも思わなかった。
たとえ奇想天外な夢を見たとしても、ここまでの破天荒さはないはずだ。
けれど、哀しいかな。これはすべて現実に起こったことなのだから、尚更質が悪い。
真夏の夜の夢でもなければ、私のでたらめな空想話でもない。
ほんと、その方がどれだけ救われるか…………
ただ、今だから正直に白状すると、キョウちゃんたちの前では至極冷静なフリをしながら爆弾と向き合っていたけれど、始めにあった好奇心はいつの間にか緊張と責任感へと変わり、私の心臓はいつ口から飛び出してきてもおかしくないほどの状態となっていた。
事実、当初の私はどこか投げやり気味に、爆弾を背負ってきた鴨である谷川さんの命はある意味自業自得でもあるから、爆弾解体に失敗した暁にはあの世で許してもらおう――――――なんてこともなんとなく考えていたし、川上は私を置いて一人逃げてしまうことは絶対にないから、とんでもない主に仕えてしまったものだと、あの世で後悔するなり、文句を言うなりしてもらおう――――――などと、これまた自分勝手に決めていたりもした。
本当に酷い話だと思う。
けれど、どこかで自分の人生を諦めている自分が少なからずいたのだろう。
所詮、組織から逃げ回ったところで、無意味なのだと。
もちろん、ギリギリの段階で、川上と谷川さんには逃げるようにと、声をかける気ではいた。さすがにそこまで私も人間腐ってはいない。
しかし、キョウちゃんが来て、そうも言えなくなってしまった。
新たな爆弾を持ってきたのはキョウちゃんとはいえ、キョウちゃんはあくまでサードの隊員であって、爆弾犯ではない。
そんな任務遂行中のキョウちゃんに、自業自得だから許してね……と言い切るのは明らかに違う気がする。
それに途中参戦となった風吹さんにすれば、飛び込んできた場所によりにもよって爆弾があったわけで(当然知っていて飛び込んできたのだろうけれど)、あの世で許してもらうには、ちょっと図々しすぎるように思われた。
なんせ私たちのやろうとしていることは、無理心中に近い行為だったからだ。
でも、時間がなかった。
迷いの時間はとうに過ぎていた。
唯一の救いがあるとすれば、この爆弾が小型の気化爆弾だったことで、火の手の上がる可能性が極めて低いことだろう。
おそらくこの屋敷内での爆発なら、近隣住民に迷惑をかけることもほぼないに違いない。もちろん驚かせはするだろうけれど、大火災に繋がる可能性はかなり少ないはずだ。
とはいえ、それはここにいる人間には該当しない救いであり、何の気休めにもならない。
爆弾が正常に作動すれば、この場に居合わせた人間は全員漏れなくあの世へと旅立つこととなるからだ。
私に、初めてと言ってもいい感覚と感情を与えてくれたキョウちゃんとも、ここでサヨナラとなってしまう――――――――
嫌だと思った。守りたいと思った。
ここにいる皆を。
そして何より私自身が生きたいと思った。
この先の未来を。
キョウちゃんと、そして川上と一緒に。
現在と呼べる時間は、瞬きの間に過ぎていき、呆気なく過去へとその名前を変える。
不安に呼吸を止めても、思考を止めても、生きる希望を見いだせずその場に立ち尽くしても、知らず知らずのうちに私たちは未来へと押し流されていく。
今だって、何もしなければ必ず訪れる絶対的な死へという未来に向かって、私たちは押し流れている状況だ。
もちろん回避する気はあった。
ただどこかで諦念もあった。
しかしその諦念は、大事な人たちと生きたいと願った瞬間に、生への執着へと変わった。
だから全神経を集中させて、是が非でも爆弾を解体しようと決めた。
失敗なんて考えない。というか、失敗の二文字はこの場に存在してはいけない。
端から遊び半分で爆弾と向き合う気は毛頭なかったので、川上に頼んで既に髪は括ってもらっている。
キョウちゃんたちの視線が直接顔に刺さってくるけれど、ここで自分の醜い顔を卑下して髪を下ろし、視界を塞ぐのは愚策だ。
そう、視界良好。やる気十分。解体の手順についてもバッチリだ。
しかし、川上に言わせれば、私は超絶不器用な人間らしい。
『120%の確率で、私たちはあの世行きでしょうね。なんせうちのお嬢様は稀にみる頭脳をお持ちではございますが、これまた稀にみる超不器用さ加減となっていらっしゃいます。いつもお食事のお手伝いをして下さるのは大変有難いのですが、食材はすべてブツ切り。皮むきをすれば、食べる部分はほとんど皮と一体化してなくなります。そもそも自分で髪を括ることは疎か、蝶々結びすらできません。さて、お嬢様に解体をお任せいたしますか?』
などと、キョウちゃんたちにまで暴露されてしまった。
あんまりだ…………とは思うけれど、残念ながら決して誇張された話などではなく、すべて本当のことのため、ここは唇を噛んで押し黙る。
でも、思うのだ。
実地訓練を積めば、誰だって上達するはずだと。
しかし、料理の手伝いを散々しているにもかかわらず、まったく上達する気配のない私が何を言ったところで、川上から返り討ちにあうだけだ。伊達に、川上と一緒にいる私ではない。
それでも敢えて言わせてもらうならば、確かに一つ目の爆弾は少々ややこしい気化爆弾だったので、私が手を出すよりも川上の方がいいと譲ったけれど、二つ目の爆弾は予め予想していた通りの定番中の定番であるプラスチック爆弾だった。
そもそもプラスチック爆弾の特徴として、温度、引火、振動などで爆発することはないし、起爆はほぼ電気の通電のみ。
所謂、爆弾解体の登竜門と言うべき、とっても鈍感な初心者向けの爆弾なのだ。ずぶの初心者でも、手先さえ器用で、俄仕込みではないしっかりとした知識さえあれば、余裕でなんとかできるレベルの代物。
けれど、事前にブスブスと容赦なく刺されていた『お嬢様はあくまでも私に指示を与えるだけ。解体は私がしますからね』という五寸釘とともに、駄目押しとばかりにキョウちゃんと風吹さんから同時に刺された『『サクラ(ちゃん)は、絶対解体禁止‼』』という二本の釘が有効的に働き、私は賢明にも指示を出す側に回った。
言い換えるなら、手は一切出さず、口だけを出す側に。
これだけ聞けば、なんとも偉そうで高慢な人間に思えるかもしれないけれど、実際のところは、皆から拝むように手を出すなと言われ、口だけの担当となってしまっただけだ。
まぁ、私が解体に手を出せば、本来爆発しないものまで爆発させる危険性は大いにあるのだけど。
たとえば、電子レンジやドライヤーなんかも……………(過去、爆発させた経験あり)
なので、ここは存分の口だけを出していく。
見れば、送信機に仕掛けられた爆弾は長延期信管と呼ばれるもので、信管の中にタイマーが組み込まれており、タイマー自体に干渉することはできないつくりとなっていた。
それ以前に、正確な爆破時間も特定できていない。
あくまでも組織の思惑と、谷川さんに与えられた指示から、大体このくらいの時間に爆発するのではなかろうか――――――という曖昧な推測だけだ。
だからこそ急ぐ必要があった。
そこで咄嗟に考えたのは通電による起爆を防ぐために、信管からの電気ルートを別に逃がす突貫配線だった。
どこかのドラマや娯楽性の高い推理小説なんかに出てくる、何本かある内のコードを切れば見事解体なんて都合のいい爆弾なんてあるはずがない。
ただ私たちにとって非常に都合が良かったことは、何故か川上の手先がとんでもなく器用な上に、上戸ではあるものの、妙にやたらと度胸が据わっており、さらには料理全般から電気工事、若作りの変装に至るまで、すべての技術を持ち合わせていたことだ。
うん、我が執事ながらなんとも優秀だ。
風吹さんのカウントダウンの中、危なげなく行われていく突貫配線。
途中それに口を出しつつ、川上の一切迷いのない手を見つめながら考える。
突貫配線の先に付けられた電球。この電球はキョウちゃんに頼んで洗面室から取って来てもらったものだ。
そして、信管からの電気が突貫で急遽つけた配線へと流れ、この電球を無事光らすことができれば、爆弾は完全に無効化する。
つまりこの電球こそが、未来へと繋がる私たちの命の灯そのものだと。
『残り一分!』
風吹さんのカウントダウンは、私たちが立てた爆破予想時刻である午後12時55分を仮定して行っているもので、決して正確ではない。それでも、私たちの視線はすべて川上が取り付けた電球に注がれていた。
『残り三十秒!』
もう一度、脳内を浚う。
この配線に間違いはないか。何か見落としていることはないか。やり残したことはないか。
そしてふと込み上げてくる笑みとともに思う。
今、命の危機に晒されているというのに、この時間が無性に愛おしいと思う私の頭はかなりおかしいのかもしれないと。
『残り十秒!」
でも、愛しくて当然なのだ。
大事な人たちと一緒に今、間違いなく生きていると実感できているのだから。
『残り五秒、四、三、二、一……………』
『光るわ』
不思議と確信があった。
私たちの命はまだこの先も続くのだと。
そして、温かみのある優しい光を宿した電球を見つめ、心に決める。
これから先は、大事な人たちと生きるために戦おう――――――と。




