奪還と狂犬(8)
「お前ら、これからどうするつもりだ!ここからおいそれと逃げ出せるなんて思うなよ!」
自棄になったのか、ただただ他力本願に走ったのか、タヌキ親父が偉そうに息まいた。
うるさいので直ちに床に沈めようかとも思ったが、さすがに谷川だけの道案内では心許ないので、取り敢えずは「許可するまでしゃべるな。じゃねぇと、お前の頭が吹っ飛ぶぞ」と、さらに銃をぐりぐりと頭に押し付け、人質としての正しい在り方について教えてやる。
こんなことをやると、まるで自分がチンピラ風情に成り下がってしまったような気がするが、これは作戦である三文芝居の一幕にすぎないのだと早々に自分を納得させる。
ただ風吹から「さすが板についてるね~」と耳打ちされたことは納得がいかない。
しかし、それに訂正を求めている暇も、風吹の腹に拳を沈めて戦力を削いでる場合でもないため、ここは「うるせぇ」と返すに留めておく。
そして、先程までいた個室から機密文書保管室へと出ると、ここに仕掛けられていた監視カメラを悉く銃で撃ち抜いた。
それから、タヌキ親父と谷川を連れて、素早くエレベーターサイドの壁に張り付く。
俺とタヌキ親父は向かってエレベーターの左側の壁、逆サイドに風吹と谷川だ。
これもまた当初からの作戦の一部なのだが、サクラたちがこの機密文書保管室とやらにいれば、一先ず拉致同然に連れて帰るつもりでいた。しかし、ここにいない場合は、役員階にあるどこかの部屋にいる可能性が非常に高いと俺達は踏んでいたのだ。
つまり、俺たちとしてはこの直通エレベーターを使い役員階へ行きたい。
本来であれば、今すぐにでも。
だが、どうやらエレベーターを使う先客がいるらしい。
エレベーター上部の壁に取りつけられた表示板が、ご親切にもエレベーターの上昇を教えてくれている。
もちろんこのエレベーターは文書保管室と、役員階への直通エレベーターのため、それ以外の階には止まらない。
早い話、今このエレベーターに乗っている先客たちは、俺たちを始末するための清掃人であることは間違いないだろう。
ならば、ここは同乗して役員階までご一緒願うのも吝かではないが、お互いの身の安全を思えば、この機密文書保管室で一旦エレベーターから降りてもらった方がいい。
そこでちょっとした待ち伏せをしているわけだ。
かなりの高確率で、エレベーターが素通りせずに、この階で止まると予想しながら。
そして、律儀にチンッという音がなり、エレベーターが到着した。予想通りの展開だ。
ちなみにこのエレベーターの積載重量は600㎏。九人乗りのエレベーターだ。さほど大きくもないが、だからといってマションなどに設置されているような、こじんまりとしたサイズでもない。
とはいえだ。普通エレベーターは一人当たり65㎏計算でその人数が決められている。
だが、おそらくここにくる清掃人は一人65㎏以下なんてことはまずないだろう。
そのため精々六人乗れれば上等。
単純計算でいえば、俺と風吹は三人ずつ相手にすればいいだけの話なのだが―――――
銃の安全装置を確認してから、俺は銃を鈍器へと変えた。
とどのつまり、銃で奴らを殴って気絶させる気満々ということだ。
だがそれは、あくまでも俺たちの存在に気づかれた場合のみ行使することになるだけで、片っ端からこれで殴るつもりはない。
さすがにそこまで危険人物ではないつもりだ。
うん、たぶん違う………と思う。うん、たぶん………
そして案の定、エレベーターに乗ってきたのは六人。
この六人が壁に張り付いている俺たちに気づかず、一斉にエレベーターを降りたところで、まず風吹と谷川が、気配を消したまま素早くエレベーターに乗り込み、“開”のボタンを押しつつ、役員階のボタンを押す。どうやらこのビルの最上階にあるらしい。
それとほぼ同時に俺とタヌキ親父が乗り込み、エレベーターの扉を閉めた。
「あっ…………」
――――――――と、閉まっていく扉の隙間から聞こえた気がしたが、もちろん“開”ボタンを押し直し、「乗りますか?」なんてことを親切に聞いてやるつもりは毛頭ない。
役員階まで行きたいなら、階段でどうぞだ。
ただ、このエレベーターにも監視カメラが当然のように付いており、俺たちの行動は筒抜けだった。そのため、このエレベーターが途中で止められてしまうか、もしくは役員階に着いた早々、盛大な出迎えにあうかの二択に、この後起こり得る可能性はあっさりとしぼられた。
しかし、今更エレベーターの監視カメラを壊したところで意味もなければ、下手にいじってエレベーターを故障させるわけにもいかない。それこそ、エレベーターが地下まで急降下なんて目も当てられない。
それ故に、暫しエレベーターの表示板と睨みにつけていたが、どうやら止まる気配はなく、役員階での盛大なお出迎えコースとなりそうだった。
そのことに内心でうんざりしながら風吹へと視線を流すと、風吹もまた疲労を滲ませた顔で肩を竦めてみせた。
察するに、はいはい、もう諦めてますよ~といったところだろう。
ほんと今日は天国と地獄の大感謝祭だな………………
できればこの大感謝祭が今日一日で終わることを祈りつつ(三日連続とか、一週間連続とかまじで勘弁してほしい)、エレベーターが目的地に着くのを待つ。
一度は鈍器に変えた銃を今度は本来の飛び道具仕様に変えて、タヌキ親父の頭に向けてしっかりと固定する。
言わずもがな、今はこのタヌキ親父が俺たちにとっての通行許可証のようなものだ。
ま、このタヌキ親父の肩書が安ければその許可証の価値もぐんと下がるが、念のために谷川に確認したところ、幹部でも五本の指に一応は入る人物らしい。おそらく五本の指でも小指であることは間違いないが。
しかし、小指でも価値がないわけではない。任侠映画じゃあるまいし、まさかあっさりと小指を切り離してしまうことはないだろう。が、一転、トカゲのしっぽと成り下がる恐れもある。
そこで、俺はタヌキ親父の耳にそっと囁いてやった。
「あんたの命はこれからの行い次第だ。せいぜいお仲間に命のアピールをしておけよ。そして俺たちを“綾塔教授”の娘の居場所まで案内しろ。そうすれば、あんたのことは五体満足で解放してやる」
「お、お、お前らの目的は、まさか娘の奪還か?」
「それも含まれるが、それだけじゃない――――――とだけ言っておこうか」
そう、俺個人としての優先順位はサクラの奪還だ。ついでに言えば、十年前俺の腹に風穴を開けたことと、サクラを誘拐したことに対する私怨も存分に含まれている。
だが、サードとしての立場からいうと、馬鹿げた爆弾騒ぎを引き起こした“テミス”の阿呆どもを一掃することだ。
組織として完膚なきまでに。
そのためには“テミス”のトップという女王蜂を引っ張り出さなければならない。
そのために俺たちは蜂の巣を突いて、兵隊蜂やら働き蜂を巨大となりすぎた巣から追い立てているのだ。
熊と綾塔教授の作戦に則って。
エレベーターが止まった。
僅かな沈黙の後、勿体付けたようにエレベーターの扉が開く。
壁に隠れるでもなく、綺麗にエレベーターに出入口を塞ぐように立っている黒いスーツ姿の男たち。
ざっと視界に飛び込んできた数は七人。
そいつらが前後二列となってエレベーターを塞ぐ様は、なんとも物々しい。というか、暑苦しい。
そして、全員が全員銃を持っているところを見ると、どうやら諸手を挙げて歓迎………されていないことは一目瞭然だ
正直な話をすると、俺としてはこいつらからの一斉射撃も多少考慮に入れていた。が、己の組織の幹部が一応人質となっている手前、それはやめたらしい。
うん、いい判断だ。
しかし、その甘さが命取りともなる。
さすがに俺が逆の立場でも、己の身がサードにある以上、一斉射撃はしないかっただろうが、もし“テミス”側だとしたら、『小指くらいなくてもいいんじゃないですか?多少不便は感じるかもしれませんが、所詮、慣れですよ。んなもん』などと抜かし、到着したばかりのエレベーターを蜂の巣にして、真っ赤な鮮血で染めていたかもしれない。
ま、これが狂犬と呼ばれる俺の完全にぶち切れモードの思考状態と言えなくもないのだが、今はまだそこそこ理性もある。
なので、俺はしっかりと理性を残しつつ冷え冷えとする声で宣った。
「今すぐそこを退いて道を開けた方がいい。じゃねぇと、お前らの目の前でこいつの頭が吹っ飛ぶことになる。その上で、俺たちはお前らを全員この場で殺すだろう。いや、まずはこのおっさんを盾にしながら、お前ら全員を撃ち殺してしまおうか。あぁ…………そっちの方が楽かもしれんなぁ。さ、今すぐ決めろ。俺は優しいから、お前らに選ばせてやる」
その間も、しっかりと谷川がエレベーターの“開”のボタンを押してくれていた。
なかなか気の利く男である。
確かに話の途中で閉まるとか、一体なんのギャクだ!という話である。
しかし、せっかくの俺の優しい申し出に誰も動く気配はない。
やれやれとばかりに、奴らから目を離さないままにため息を吐くと、タヌキ親父に声をかけた。
「残念だったな。どちらにせよ。俺たちはこいつらを始末するしかないらしい。つまり、あんたはその盾となる。恨むなら優柔不断なこいつらを恨めよ」
その途端、先程俺がエレベーターの中で囁いた言葉を思い出したのだろう。
タヌキ親父が震える声で奴らに叫ぶ。
「お、お前ら道を開けろ!こいつは本気だ!だ、だだだから、今すぐに開けるんだ!」
モーゼの海割りのようにはいかなかったが、黒スーツの一人がタヌキ親父の勢いに気圧され足を動かすと、周りも釣られるようにして道を開けた。
しかしそれでありがとうと歩を進めるほど不用心でもない。
「銃を床に置くんだ」
「銃を床に置け!」
俺の言葉に倣うようにしてタヌキ親父が叫ぶ。
「エレベーターの中に蹴り入れろ」
「蹴り入れろ!早く!」
俺の指がトリガーにかかる気配に、タヌキ親父がの声がさらに悲壮となった。
もはや命令というより命乞いによる懇願だ。
だが、その甲斐あって、銃はエレベーターの中に滑り込んできた。
ふむ、これは豊漁だ。
なんてことを思いつつも、それらの銃を尻目に、俺は男たちの足元に向って容赦なく銃を連射した。
ポス!ポス!ポス!……………………
サイレンサー付きのため、間の抜けた空気銃のような音しかしないが、男たちを慌てさせるには十分だった。
まるで小躍りするかのように皆がわたわたとその場で跳ねている。活きが良いと言うか、なんとも滑稽な光景だ。
「や、約束が違うぞ!」
などと誰かが叫んだようだが、誰も約束を違えてなどいない。
なんせ、誰一人として殺してはいないのだから。
そしてその隙に風吹が銃を回収し、俺の腰に調達したばかりの銃を押し込んでくる。それを確認してから、今ので弾がなくなった銃を、男たち向けて投げた。
たったそれだけで、「ひっ!」と声を漏らしているところをみると、今ので完全に戦意喪失となったらしい。
だが、これで道は開かれた。
「では、ご案内願おうか」
俺は新たに仕入れた銃を取り出すと、改めてタヌキ親父に突き付けた。




