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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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奪還と狂犬(4)

 “穏便”という明らかに俺たちにとって不釣り合いな(熊にしたらその言葉を知っていたこと自体、奇跡というか、天変地異の前触れというか)作戦は、至極単純なものだった。

 谷川が粗大ごみとして運ばれた道を、もう一度辿ればいいだけの話だ。

 そして、そのままフリーパスでサクラたちのところへと辿り着ければそれでヨシ。

 もし途中で見咎められれば、谷川に付加価値ができ、今や始末するしかない粗大ごみどころか、立派な資源ごみとして再利用可であること高らかに告げてやればいい。

 もちろん奴らも馬鹿ではない。

 いくら俺たちが追剥ぎして手に入れたスーツを纏っていようとも、自分たちの仲間か仲間でないか、たとえ親しくはなくとも見知った顔か、見知らぬ顔かくらいの区別はつくだろう。その目が節穴でなければ。

 そのため、強引に押し通るための裏技が必要となることは予め想定内のことだった。

 そう、たとえばこんな感じで――――――


「おいおい、一体お前ら何なんだ!っていうかそのデカいごみは……………………」

 地下駐車場からビル内へ入る際に、必ず通ることとなる検問よろしくの警備員室の小窓から、警備員姿の男が声をかけてきた。

 おそらく“デカいごみ”と口にしていることから、四井商事の純粋な警備員ではなく、武器商人である“テミス”手飼いの警備員なのだろう。

 そして男が噤んだ言葉の先には、「さっき捨てに行ったはずなのに、なんで連れ帰ってきたんだ?」という疑問が続いていただろうことはあっさりと想像できた。

 しかも、そのごみをご丁寧に連れ戻ってきたのが本来の仲間ではなく、見知らぬ男二人なのだから、俺たちに向ける警戒は正しいものだと言える。

 まぁ、俺たちにとっては面倒でしかないものだが。

 とはいえ、ここでこの男を無視し、もしくは沈めるなりして押し通ってしまえば、今回の作戦のコンセプトでもある“穏便に”という方向から逸脱してしまうことになる。

 言うまでもないことだ。

 そこで一芝居打つことにする。

「始末する予定だったものだが、利用価値があると判断し、急ぎ連れ戻った!あいつらはその裏付けのために至急現場へ向かうと言って、俺たちにこいつを預けたんだ!」

 それはもう、早口言葉並の捲し立てようでそう言い切ってやった。それも、怒鳴りつけているじゃないというくらいの剣幕で。

 その俺のただ事ではない慌てようと口調に、警備員の男は見るからにたじろいだ。が、ここであっさり通してくれるほど、お人好しでも、馬鹿でもないらしい。

「いやいやちょっと待て!っていうか、落ち着け!声がデカすぎだ!それに、利用価値ってなんだ!そいつ…………いや、それはもう不要なごみだろ!」

「その判断こそが早計だったんだよ!こいつはとんでもねぇ情報を隠し持っていやがった!」

「いや、だからごみ相手にこいつとか言うな!ってか、なんだ!そのとんでもねぇ情報っていうのは、ちゃんと…………」

 だがここで、スマホのバイブ音が鳴り響く。

 たとえビル内といえども、ここは地下だ。

 そのため、その反響音は男の口を閉じさせるには十分すぎるほどの威力を持っていた。

 そしてそのバイブ音を響かせるスマホを、しれっとスーツの胸ポケットから取り出したのは他でもない風吹だった。

「ちょっと失礼」

 なんてことをさらりと告げて、風吹はその場で通話に切り替える。

 すると、音量が最大となっていたのか、それともただただ電話の相手の声が騒音並みに馬鹿デカいだけなのか、一音一句漏れなく聞こえてきた。


『そいつの話はどうやら正しそうだ!今すぐ綾塔教授の居場所を聞き出せ!今すぐにだ!』


 一方的に用件を伝えられ、一方的に切られた電話。

 自分の鼓膜を守るためだろう。風吹は最初から最後でスマホを耳に当てることなく通話を終わらせると、そのまま追剥ぎスーツの胸ポケットにそれを直した。そしてそこにきちんと収まったスマホに対し、大変よくできましたとばかりにポンポンと満足げに叩いている。

 しかし、状況は決してそんな呑気なものではない。

 というより、うっかり…………いや、しっかり話の内容を聞いてしまった警備員の男は、“綾塔教授”という言葉にそれはもう面白いくらいに喰いついてくれた。

 なんなら俺たちが仰け反るくらいの前のめり気味で。

 そして、俺たちの素性やら、この偶然にしては出来すぎなタイミングの電話やらを、スコーンとどこかへすっ飛ばして、俺たちに負けず劣らずの早口で捲し立ててくる。

「状況はわかった!俺から上には連絡を入れておくから、お前たちはとにかく急げ!」

 さらには、目的のエレベーターまで我先にと駆けていき、ボタンを押して呼んでまでくれるという親切ぶりだ。

 おいおい、人がいいにもほどがある。

 もう少し人を疑ったほうがいいと思うぞ。

 警備員として…………

 などと余計なお世話な忠告を内心で入れながら、俺と風吹はゴロゴロとけたたましく台車を押して、男が呼んだエレベーターにそのまま有り難く滑り込んだ。



「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

 無事、第一関門突破と言ってもいいだろう。

 やれやれと盛大に息を吐きたいところだが、このエレベーターの中も間違いなく監視されているため、下手なことは一切できない。

 もちろん、無駄なおしゃべりも、ガッツポーズも、ハイタッチもない。ただただ気難しい顔して、階を知らせる電光掲示板を睨みつけているだけだ。

 だが、気持ちはどうしようもなく逸っていた。

 このエレベーターの行き着く先にサクラがいる。

 もうすぐサクラと会える。サクラをこの手に取り戻せる。

 しかし、それで終わりとならないのが今回の作戦だ。

 “テミス”を徹底的に潰す――――――――だからこそ俺たちは、出来得る限りの穏便さでここに乗り込んできた。

 まぁ、潰すことが前提である以上、決して“穏便に”事が終わるわけがないのだが…………

 それでも、こちらが牙を剥くのはサクラを取り戻した後の話だ。

 

 それまでは精々、猫でも被ってやり過ごしてやるさ。


 狂犬と呼ばれる自分が猫を被っている姿を想像し、熊が猫を被るよりかは幾分ましかと、表情に乗せないままに一人自嘲した。

 そして、直通のエレベーターは俺たちを難なく目指す階まで運び上げる。

 そう、元おっさん刑事である服部さんが調べ上げた十二階にある資料保管室、その奥にあるという機密文書だけが保管されているという部屋にだ。

 揺れ一つ感じることなく止まったエレベーター。

 刹那の間の後で、開いた扉。

 その開放された出入口の前で出迎えに立つ、これまた一般企業の社内にはかなり不釣り合いな強面なスーツ姿の男三人組。

 どうやら警備員の男からの連絡を受け待っていてくれたらしいが、どう控え目に見ても歓迎されている気配はまるでない。むしろ、警戒心しかなさそうだ。

 ま、笑顔で歓迎されても逆に怖いが…………

 しかし、いきなり殴りかかってくることも、発砲してくることもなさそうだった。

 なんせこちらは“綾塔教授”という立派な入館証を所持しているのだから。

 男たちは眼光鋭く、俺たちを頭の先から足の先までじっくりと観察してから、台車のサンタ袋を見やり「こっちだ」と顎をしゃくった。

 信用されたわけではないらしいが、取り敢えず話は聞くといったところなのだろう。

 

 そこにサクラたちがいるといいんだが……………


 そんな淡い期待を持って連れて行かれた部屋は、服部さんが調べた構内図には書かれていない部屋だった。

 いや、正確に言えば、機密文書保管室として書かれていたところに、もう一部屋あったというだけの話だ。

 むしろ、表向き茶店の親父という立場で、資料保管室の奥にある機密文書保管室の存在を調べ上げたその手腕こそ褒めるべきものだろう。

 だから、その部屋にもう一部屋あったことに対しては、俺たちにとっては所詮些末事だった。

 それよりも、案内された部屋は無人で、サクラがいなかったことのほうに、酷く落胆を覚えてしまう。

「ここで暫く待て」

「了解」

 扉は呆気なく閉められたが、鍵をかけられた気配はなかった。

 そして、やはり監視カメラがついているようで、俺たちは無言のまま、何をするでもなく立ち尽くしていた。


 何もない部屋。

 窓もなければ、椅子も机もない。

 資料保管室の奥にあるくせに、機密文書らしきものもなく、そもそも棚一つない。

 あるのは蛍光灯と監視カメラと淀んだ空気だけで、殺風景と表現するより他ない十畳ほどの広くはない部屋だ。

 つまりここには、サクラへと繋がる手がかりすらなく、相手の出方次第では“穏便に”というスタンスをあっさりと覆し、過激な強行突破も視野に入れるべき状況だということだ。

 早い話、場合によっては前言撤回で、サクラを奪還する前に猫は脱ぎ捨てとなる。

 

 クソッ!世の中そんなに甘くはねぇか………………

 

 しかし、ここで落ち込んでいる暇はない。

 新たな賽は投げられた。

 もはや引き返すという選択肢はどこにもない。

 そしてこれはあくまでも俺の予想だが、“綾塔教授”という名前が躍り出たことで、俺たち(主に谷川)に対し尋問するためにここへやってくる奴は、組織の中でもそれなりの立場の人間に違いない。

 

 さぁ、この部屋に飛び込んでくる夏の虫はどんな野郎なのか、まずはじっくりその顔を拝んでやろうじゃねぇか。


 焦燥と落胆を一先ず腹の底に沈めて、俺は再び目の前の扉が開くのを待った。


 

 

 

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