奪還と狂犬(3)
ガラゴロガラゴロ…………
地下駐車場に響く台車の音。
台車を押すのは黒のスーツ姿の男。
そしてその傍らには、台車の上のモノが転がり落ちないかを確認する黒のスーツ姿の男もいる。
つまり、押し役が俺で、確認役が風吹だ。
そしてその件の台車の上には、先程粗大ごみから資源ごみへと昇進を果たした奴が乗っている。
言うまでもなく、谷川だ。
しかも、大きな白い袋に入れられたままという無様なことになっているが、本人は命あっての物種だとでも思っているのか、それとももはや諦観境地なのか、大人しくこの状況を受け入れている。
ま、実際こんな敵陣のど真ん中で暴れれば、今度は完全に死体となって地面に転がるか、海に浮かぶだけだとわかっているのだろう。
といっても、それをするのは俺たちではないが………………
そんな往生際のいい資源ごみを台車に乗せ、ガラゴロと地下駐車場を進んでいる俺たちだが、その背後約数メートル離れたところには、作業員姿のやたらガタイのいいおっさんと、中肉中背のおっさんがそれとなくくっ付いてきてる。
これまたわざわざ言うまでもないが、うちの熊こと小仏班長と、元おっさん刑事の服部さんだ。
それも、コロ付きの馬鹿デカい青と緑の中間色という微妙な色加減のゴミ収集ボックスを押しながら…………
しかしそのゴミ収集ボックスは現在のところ空である。
なんせ、ゴミは今から回収する予定だからだ。
そう、俺と風吹が追い剥ぎし、サクラたちが乗ってきた車の下に隠した連中をだ。
ただ傍目には、服部さんはともかく、うちの熊の無駄にデカい図体と存在感で、一体なんの作業をする気なんだ?もしかして破壊か?などと、心配されてしまいそうだが、ただの応援要員であり、ゴミ回収スタッフだ。
間違っても破壊工作員ではない。
というか、まだそれは早計だ。取り敢えず今のところは。
そんなわけで、資源ごみとなった谷川を乗せた台車を押す俺たちの後ろに、熊とおっさんがゴミ収集ボックスを押すという奇妙な光景ができあがってはいるが、ここはただただ後ろを気にぜず前だけを向く。
もちろんここにも監視カメラはある。が、その場所も把握済みで、なんなら死角もバッチリ確認済みのため、何も恐れることはない。
そして今の時間帯は地下駐車場を利用する人はほとんどいないという、元おっさん刑事の調べもついており、それを裏付けるように俺たち以外の気配はまるでなく、台車とゴミ収集ボックスの音だけが反響している。
つまり、この異様な光景もカメラを通せば、それぞれが別のカメラに映るように、距離と時間も計算に入れているため、偶々地下駐車場に通りかかった誰かの目に直接触れない限り、怪しまれることもそうはない………と、思われる。
とまぁ、そんな算段で、堂々と地下駐車場を横切っているわけだが―――――
サクラが乗ってきた車があることを視線だけで確認し、先程となんら変わっていないことに、一先ず胸を撫でおろす。
それから後ろの熊たちに車の位置を知らせるため、風吹が髪を掻き上げる素振りで右腕を挙げた。
その肘が指し示す方向に従い、熊たちがゆっくりと右に逸れていくのが気配でわかる。
これで男たちは熊たちによって回収されることになるだろう。連れて行かれる場所はもちろんあのコーヒーフロートしかメニューにない、偏りが過ぎる例の茶店だ。
ただ奴らにとって不運なのは、これから連れ込まれる場所ではなく、連れ込む相手が熊だということだ。
そのため、心優しき俺は男たちの冥福を祈っておいてやる。
無事に成仏してくれ―――――――と。
ちなみにだが、このままゴロゴロとゴミ収集ボックスを押して、熊たちが都心の道路を横断して茶店に戻ることはない。
このビルの裏通りには、茶店からここまで俺たちが乗ってきた車がちゃんと待機済みだ。
そしてこれはあくまでも余談だが、ゴミ収集ボックスは実このビルの私物であり、元々地下駐車場の奥に備え置かれていたものだ。
それを今回の作戦のために、勝手知ったる服部さんが無断拝借し、現在有効利用しているに過ぎない。
まったくこの見かけによらない元おっさん刑事の細やかな下調べには、脱帽するしかない。
だが、問題はここからだ。
俺と風吹は追い剝ぎの際に入手した男たちのスーツを着ている。とはいえ、これだけであっさり入館許可が出る程“テミス”も甘くはない。
しかし、そこを押し通らなければならない。
だからこその谷川なのだ。
『谷川を入館証代わりにする。といっても、今の谷川は“テミス”にとってただの始末対象である粗大ごみだ。だから付加価値でもって資源ごみに変える』
『ほぅ〜』
熊が目を細めながら声を漏らした。
おそらくその声には感心を多分に含んでいることは間違いないのだろうが、どうも捕食者が被食者に関心を示して舌なめずりしているようにしか思えない。
今まで散々熊から扱きに扱かれ続けてきた俺の被害妄想なのかもしれないが……………
そのため、そんな熊の声は一切聞こえなかったものとして話を進めることにする。
『さっき、電話で綾塔教授は言ったよな。今回の事件は計画通りだと。そしてサクラたちを助けるために俺たちと共闘し、組織を釣るための餌になってもいいとな』
『あぁ、言ったね』
綾塔教授はあっさりとそれを認め、二杯目となるコーヒーフロートをズズッという音を立てて啜った。おめでとう、見事完食だ。
この二杯目のせいで腹の具合がどうなってしまうのか多少心配ではあるが、容赦なく告げる。
『だから、綾塔教授には谷川の付加価値となってもらう』
『ようするに私を組織に売るということですね』
怯えたり、気を悪くするどころか、むしろ愉し気な口調でそう返してきた綾塔教授に、俺もまたニッコリと笑ってやる。
『まず最初に自分の娘を組織に売ったのは、端から自分の価値を吊り上げるためだったんだろ?』
返答はない。しかし、電話でのやり取りでもうだいたいのことはもうわかっている。
教授の計画の一端も、思惑も、サクラに対する想いもだ。
俺の言葉に微笑みを崩さない綾塔教授に、俺もまた口元に笑みを残したままで続けた。
『こうも言っていたな。組織を壊滅させなければ、サクラを自由にはできない。だからこれは苦肉の策なんだと。そして、その最後の仕上げとして、是非とも俺の手を借りたいともな。しかし俺はあくまでもサクラを助け出すための駒であって、組織を釣るための餌にはなり得ない。だが、教授は違う。これも教授自身が言っていたことだ。サクラは稀有なる能力で教授の論文しろ研究にしろ一字一句違わず覚えてはいるが、それを正しく理解し、形にできるのは教授自身しかいないのだと。つまり、サクラと教授が揃ってこそ、ようやく“テミス”は喉から手が出る程欲しかったモノを――――世界を破壊させるほどの強力な兵器を手に入れられるってことだ』
俺の言葉に、綾塔教授はご明察とばかりに頷いた。
『そうなるね。どちらかが欠けても駄目だ。私は自分の研究内容について粗方覚えてはいるが、細かい数値までは覚えていない。なんせ論文なんてものは、そのための覚書のようなものだからね。その点、咲良は一度見たものは忘れない。たとえその意味を正しく理解できなくともだ。ま、成長したことにより、ある程度はわかるかもしれないがね」
そう自嘲するように答えた綾塔教授に、ふとあることを思い出した風吹が不思議そうに問いかけた。
『しかし教授、サクラちゃんは誘拐された当時に記憶がないといっていました。貴方の論文の価値を幼いなりに理解して、記憶をなくすことで守ったんです。だから、今のサクラちゃんには………………』
『それだけの価値がないと?』
目を眇めて聞き返してきた綾塔教授に、風吹は思わず口を閉ざした。
だが実際問題、風吹の言い分はあながち間違いでもないように思われた。
しかも、誘拐した側である“テミス”は、サクラの記憶がなかったことを当然知っている。
そうなれば、たとえサクラに稀有な能力があったとしても、肝心な綾塔教授の論文を聞き出せるはずもない。
だったら、わざわざサクラを危険に晒してまで、餌にする必要はないはずだ。
それとも、綾塔教授はあの当時のサクラの記憶がないことを知らないのか?
――――――とも考えたが、どうやらそうではないらしい。
『私はね、“テミス”から逃れる方法をずっと考えていたんだよ。このままでは咲良も私も逃亡人生まっしぐらだからね。そんな中で妻が亡くなり、咲良が私を行方を捜すかのような行動を取り始めていることを知った。しかも以前私が使っていた隠れ家を住処にしていることもね。そしてそこには私の論文が残されている。咲良のことだから、それを見ないはずがない。だから、これに乗じて仕掛けることにしたんだよ。服部くんにこっそり咲良の護衛騎士である本宮くんに繋ぎを取ってもらってね。その上で組織に咲良の情報を流し、咲良たちに私の隠れ家を転々とさせ、組織に論文を処分させることにした。そう、咲良がいればもはや論文など必要ないと巧く誘導してね』
『そしてさらに、サクラだけでは論文を正確には形ではできないと、組織に思わせたんだな』
『そうだよ。事実、彼らお抱えの科学者たちに私の論文を読ませたところで、形にはできないだろうからね。つまり、私がいなければあんなものはただの紙くずと同然なんだよ。だからこそ彼らは、私の論文を正義の名もとに処分してるように見せかけて、暗に咲良を狙っていることを私に示した。咲良の命と論文の価値。そんなもの天秤に乗せるまでもないからね。そして、例の銀行の爆破ニュースが流れれば、否応なしに私が知ることになり、姿を現すと踏んでね。実際は、私の掌の上で転がされていたことを知りもしないでさ』
『あんた………………』
苦いものと一緒に、憤りが込み上げてくる。
だが、ここでブチ切れるわけにはいかない。
今のこいつは組織を釣り上げるための価値ある餌だ。
だからこそすべての感情を押し殺し、改めてこう告げた。
「だったら、サクラのためにも立派な入館証になってもらおうか。綾塔教授」




