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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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奪還と狂犬(2)

「まず俺たちが突き止めるべきことは、嬢ちゃんと本宮があのビルのどこにいるかってぇことだ。服部、勘でも何でもいい。見当はつくか?」


 熊からのご指名に、服部さんはゆらりと立ち上がった。

 そして、元おっさん刑事としての鋭い観察眼で調べ上げた、四井商事本社ビルの構内図を、いそいそと奥の部屋から持ってくる。

「ちょっ…………これって…………」

「すごいな。この量は…………」

 思わずといった体で、俺と風吹から驚愕の声が漏れた。

 それもそのはず。

 持ってきたと言葉にすれば、とても軽そうに思えるが、実際抱え込んできた構内図は太くて長い丸太のような様だった。

 どう見ても、高層ビルの階数分だけある構内図。しかも、ビル内で何かしらの変更がある度に、書き込まれたり、また新しい構内図へと書き換えられたりするためか、紙の劣化状態の落差がやたらと激しい。

 ある階はおろし立ての新品のような構内図だったりするが、別の階は風化一歩手前の日焼けして変色した年代物だったりする。

 また新しいものにしろ、古文書のようなものにしろ、その書き込み量がとにかく半端ない。

 そのフロアにある部や会議室等の場所は至極当然のこととして、そこに配属されている社員数からアルバイトの数、その中でも特に目についた社員の特徴と、出退勤等の基本データ、さらにはコピー機の位置と、重要書類の保管場所から、避難経路及びスプリンクラーと消火器の位置など、余すことなくすべてそこに記されていた。

 おそらく四井商事にだって、ここまで詳細な構内図は存在していないだろう。

 そんな構内図を見下ろしながら、元おっさん刑事の優秀さというか、几帳面さを改めて知り、つくづく人は見かけによらないものだなと思った。

 確かに服部さんは脳筋刑事ではなく、頭脳派の刑事だとは察していたが、どちらかというと几帳面さとは無縁のずぼらなタイプだとばかり思っていた。

 俺の病院にふらりとやってくるヨレヨレのスーツ姿からしても、この店のメニューからしても…………だ。

 現実問題として、その丁寧な仕事ぶりをこの茶店に少しでも傾けていれば、今頃は行列のできる茶店になっていたのではないかと密かに思う。が、そうなったらそうなったで、肝心な“テミス”の動向を探っている場合ではなくなっただろうから、結果としては繁盛しなくてよかったのだろう。

 世の中、上手いことできている。

 とはいえ、疑問がないわけでもない。

 いくら昔取った杵柄だと言われても、対象となるビルの前に茶店を構えただけで、ホイホイと情報が流れ込んでくるわけがない。

 服部さんに千里眼やら透視能力があれば話は別だが、さすがにこの元おっさん刑事にもそんなファンタジーな能力は備わっていないだろう。

 それこそ転生したおっさんが異世界で無双化するラノベのようなあり得なさだ。

 うん、絶対にそれはない。

 だからこそ、だったらどうやって?という素朴な疑問がついて回るのだが、一々この場で掘り下げる必要もなければ、綺麗に流したところで何の支障もない。いや、率先して流すべきだとも思う。

 にもかかわらず、俺の好奇心がそのまま口を衝く。

「どうしたらここまで調べられるんだ?まさか夜な夜なビルに忍び込んだのか?」

 すると服部さんは、これまた異なことを………………とばかりに俺に向って目を眇めた。

「ただの茶店の親父に、スパイや忍者みてぇなスキルを求めてくんなよ。ただ出前の時に迷子のふりしてちょっと探検しただけだよ」

 その返答に、今度はこちらの方がこれまた異なことを………………とばかりに目を瞠った。

「いやいや、これはちょっと探検したレベルじゃねぇだろ。それに出前って、まさかコーヒーフロートをか?」

「他に何持って行くって言うんだよ。回覧板か?」

 正直に言おう。

 確かにこの店のコーヒーフロートは完成された極上の一品であることは間違いないが、まさかそこまでの需要があるとは夢にも思わなかっただけだ。

 この世の中、常識では計れないものが往々にしてあるらしい。

 そして、改めてそう実感した俺から言えることはただ一つ――――――――――

「コーヒーフロート好きがいてよかったな…………」

 ただそれに尽きた。

 


 ぞんなこんなで、ここでまた微妙に逸れてしまった話を(俺の好奇心のせいで)、丁重に戻すことにする。

 その際にコーヒーフロートを少し啜ったのは、需要があったことに対する意外性からの味見ではなく、単に喉を潤すためだ。

 これっぽっちも深い意味などない。

 そして、眼下に広げられた構内図を再び見つめながら聞いた。

「で、どこが一番怪しいと思う?」

 わざわざ数ある構内図の中から服部さんが選び出し、テーブルに広げられたものだ。

 そこに意味がないわけがない。

 テーブルを囲む男たちが前のめりとなってそれを覗き込むと、「あくまでも俺の勘だが…………」と言い置いてから。服部さんはある部屋を指差した。

「十二階にある資料保管室と呼ばれるところだ。この部屋の奥…………ここは重要機密文書だけを保管する場所となっている。それも、地下駐車場と一階、そして役員階直通のエレベータ付きのな。まぁ、査察が入った時に、こっそりやばい文書を持ち出すのに便利といえば便利なんだが、何も運び出すものを機密文書だけに限定しなくてもいいはすだ………なぁ、どう思う?」

 どう思う?などと、殊勝にもこちらの意見を求める台詞を吐きつつも、その表情は妙に自信ありげだ。

 というか、どう思うも何も、その部屋の構造は怪しさしかないだろう。

 過去、様々なからくりハウスに住んできた綾塔教授も確信を得たようで………………

「ここで間違いないでしょう。もし私がオフィスビルを構えるとしても、同じ用途の……いえ、脱出用のエレベーターを一基用意するでしょうね。ビル内の電気系統とは完全に独立させたエレベーターを。そうすれば、逃げる際に大事な論文も運び出し放題ですからね」

 などと、明らかに夜逃げ前提のような台詞を目を輝かせながら口にする。どうやらこの隠れエレベーターを、綾塔教授は非常にお気に召したらしい。

 オフィスビルまで堂々と構えておいて、逃げることを考えるなよ…………とは思うが、今までの逃亡人生の弊害なのだろう。

 一応、研究者であって(それも世界に名立たる)、決して犯罪者ではないのだが憐れなことだ。

 そんな綾塔教授に、呆れ半分、同情半分の目を向けたところで、うちの熊が構内図を睨みつけながら軽く唸った。

「十中八九、服部の読み通りだろう。だが、問題はどうやってここへ行くかだ。できれば穏便な形でご招待願いたいところだが、何か手はあるか?」

 …………はい?

 熊の口から“穏便”という言葉が出てきて、我が耳を疑うと同時に風吹と顔を見合わせた。

 二人一緒に同じ言葉を聞いたとすると、俺の耳は正常に仕事をしているらしい。

 ただそうなると、槍の雨が降るどころか、明日世界が滅亡するかもしれないのだが、明日の風は明日吹くということで、明日の心配は明日の俺に丸投げすることに決める。

 それ以前に、今の俺は今日のことだけで手一杯だ。

 何度も言うが、爆弾予告で深夜に叩き起こされ、立て続けに出てきた四つもの爆弾から生還を果たしても、まだ今日が終わらないのだ。

 もはや、今日という日は本当に終わるのか?―――――――という疑問さえ持ち始めている。

 

 もちろん、今日という日が終わるのは、サクラを無事奪還してからではあるのだが……


 しかし、熊の発言は不気味だった。

 なんかのフラグか?と勘繰りたくなるくらいには。

 そのため風吹と二人、内心で戦々恐々としていたところ、元同僚で後輩でもある服部さんがポツリと聞いた。

「殴り込みではなく?」

「はあぁぁあぁぁぁ?」

 熊はすかさず特大の疑問符を波動砲のように撃ち返してきたが、俺と風吹は服部さんに賛同する。命が惜しいためこっそり内心でだが。

 なんならバズーカ砲を携えて殴り込むぞと言われたほうが、余程しっくりとくる。

 だが、熊も人命優先という言葉は理解していたらしい。

「それはあくまでの最終手段だ」

 ため息交じりにそう返してくる。が………

 うん、やはり最終的には都内の一等地からビル一棟、一夜のうちに跡形もなく消える未来があるのかもしれない………………

 むしろ、“テミス”を潰すにはそっちの方が手っ取り早いのでは?という気もしないでもないが、“穏便に”というスタンスは、サクラを無事救出するまでは是非とも死守したい。

 そしてそれはここにいる全員の総意でもある。

 ならば、アレを使うしかないだろう。


「だったらここは、回収した粗大ごみを資源ごみとして有効活用しましょうか」


 そう言って、俺は口端を上げた。

 

 

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