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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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奪還と狂犬(1)

「で、話を総括すると、俺は非常に運がいい男だった――――――というわけだ」

「………………………」


 どこがだ!

 いや、滅茶苦茶運は悪いだろう……と、思うのは俺だけだろうか。

 完全に死人扱いになっている時点で、今や世の中のはみ出し者だ。どう考えても運のいい奴がおさまるようなポジションではない。

 ま、生きてるだけ儲けもんだという見方もないわけではないが……………

「それで、あんたが引き摺り落とした男があんたの身代わりとなったのか?」

 あくまでも質問の体で口にはしたが、これに関して言えば、聞くまでもなく確定事項だった。

 なぜならその場に死体があったからこその自殺認定であり、死体がなければさすたに失踪人止まりだからだ。

 しかし、それに答えたのは元おっさん刑事の服部さんではなく、カップラーメンを啜る男―――――俺の直属の上司である小仏省三こと、熊だった。

「まぁな。当初の服部の予定では、罠を張り、それなりの情報を聞き出した上で、ビルの構造を使ってドロンするつもりだったんだよ。つまり、失踪だ。だが、男と縺れ合って受け身も取れず落ちたせいで、服部の身体は辛うじて連絡通路の上に落ちることはできたが、それなりの怪我を負っちまった。そして男の方は運悪く、ビル下まで落下し即死。図らずも死体が一つできちまったんだよ。そこで俺は、善良な一般市民としてビルから人が落ちたようだと警察に通報し、そして服部を回収してから、イチの所に運び込んだ」

「副班長のところに?」

「そうだ。あいつほどの腕のいい外科医を、俺は他に知らねぇからな」

 そう言えば、かつて俺の命を救ったのもウチの副班長、(にのまえ) (すすむ)だと先程聞いた。それほどの名医が医者を辞め、この熊の下でサード機動捜査班副班長をしているのだから、世界はミステリーに事欠かないらしい。

 しかし、熊の話によると服部さんもかなり危なかったらしく、その時の事故の後遺症で今も少しばかり右手に痺れが残っているそうだ。

 ちなみにこれは余談だが、この店のメニューがコーヒーフロート一択なのも――――

「イチがリハビリしろって口うるせぇからさ、リハビリの一環として自らコーヒー豆を挽き、それをアイスコーヒーにするために氷をアイスピックで毎回砕いて、ついでにアイスクリームデッシャーでアイスを乗っけてるうちに、いつのまにやら店で出せるレベルにまでになってたんだよ。そんな折に“テミス”の動向を探るために奴らの本社ビル前に適当な店を構えてろって、ダイキさんに言われてだな、綾塔教授に出資してもらう形でこの茶店を構えて、店の看板メニューにしたってわけだ」

 ――――――ということらしい。

 だが、これだけは言わせてほしい。

 看板メニューとは他にもメニューがあってこその看板であり、メニューが一択しかない時点では、単なるコーヒーフロート専門店だ。

 リハビリの一環だというなら、もっと他のメニューにも目を向けろ!手を使うのは何もコーヒーフロートだけじゃねぇだろ!

 などという真っ当な突っ込みを内心で当然のようにして、改めて目の前のコーヒーフロートを手に取ってみる。

 確かに、氷の形はまちまちで、アイルピックを使い、手間暇かけて砕かれているのがわかる。しかも、アイスコーヒーなのに、コーヒーの香気もしっかりと立っており、コーヒー豆も厳選されたものなのだろう。

 なるほど、これは好きこそ物の上手なれというアレか?――――と、明らかに自分の好物だけをせっせと作り続けてきた商売人らしからぬ潔さというか、やる気のなさに、呆れと感心を覚えながら、俺はコーヒーフロートを啜って、旨いな…………と、内心で唸った。

 とまぁ、この店のメニュー誕生秘話はさておき、話の舵をとっとと元に戻す。

「――――――――それで警察は、その男の死体を服部さんの遺体だとして処理したってことですか」

「そうだ」

 熊はめずらしく苦虫を噛み潰したかのような顔で肯定した。そしてさらに付け加えてくる。

「俺だって正直、そこまで腐ってやがるとは思ってなかったんだよ。我がながらおめでたいことにな。だが、実際に服部とは似ても似つかぬ死体を服部だとして、自殺で処理しやがった」

「まさかそこまでのことを…………………」

 信じられないとばかりに、そう呟いたのは風吹だ。

 綾塔教授は相変わらず二つ目となるコーヒーフロートと格闘している。言い換えるならば、今更驚くこともない既知の事実だと言うことだ。

 もちろん風吹とて、今の警察が清廉潔白な組織だとは思っていない。なにしろ、俺とサクラの一件を知っているため、さすがに悪の組織とまでは思っていないだろうが、それに準じる存在となりつつあることはそれなりに理解しているようだった。

 それでも、別人の死体を身内の遺体にすり替えてしまうほどの、非人道的な組織とは思いたくなかったらしい。

 そんな風吹の心情が透けて見えて、俺は隣で苦笑した。

 組織を腐らせていくのも人間だが、組織を変えていくのも人間だ。

 時に、内部の人間だけではその腐り切った部分を排除できないというのなら、外部の力を頼るのもまた一つの手である。

 腐ったものを放置してても、誰得にもならない。

 それどころか、腐敗は周りを巻き込み、範囲を広げ、いつの日か組織を完全に壊滅させることにもなりかねない。

 だからこそ、もしかして…………と、ある考えがふと脳裏を過る。


 熊が刑事を辞め、サードに来たのは………


 だが、うちの熊はもっぱら変革というより、破壊が専門。そのため、この単細胞な熊に限って、そこまでの高尚な考えはなかったに違いないと即座に霧散させておく。

 っていうか、今はそんなことを呑気に考察している場合ではないと、俺は強引に話を進める。

「服部さんが、こうして生きている理由はわかりました。そして茶店の親父になっている理由もそれなりにですがね。ですが、正直解せないことだらけです。今回の爆弾予告は計算通りだと綾塔教授は言っていましたが、今のこの状況も計算のうちだと思っていいんですか」

 質が悪すぎるおっさんたち三人を射殺さんばかりに見据えれば、熊は味噌デカ盛りと書かれたカップラーメンの汁まで綺麗に飲み切り、「はあぁぁぁ~~~これで腹も一息吐いたな」などと、おっさん丸出しに宣わってから、俺に視線を向けた。そして告げる。

「まぁ…………そんなところだ。お前ならここまで来るだろうと踏んでいたし、計算のうちといえばそうだった」

「俺たちがここまで来れなかったら、それどころか、爆弾で死んでいたらどうするつもりだったんですか!」

 実際その可能性があった。というか、その可能性のほうが高かった。今日一日で四つもの爆弾と遭遇し、どうにかこうにか命からがらその爆破から掻い潜って来たようなものなのだ。

 ある意味、元おっさん刑事が運がいい男ならば、俺と風吹は最強に運がいい男どもということになる。なんなら、崇め奉られるレベルでだ。

 しかし、これが計算のうちだというなら、どう考えても買い被りすぎだし、随分と高く評価されていたものだと誇らしく思うどころか、むしろ一気に胡散臭さが増す。

 そんな胡乱な目で熊を凝視すれば、熊はニヤリと笑って見せた。

「俺がお前を一から鍛えたんだ。あんなもんでくたばるような鍛え方なんてしてねぇだろ。それにだ。どんなことでも強運って奴は必須だ。それを掴めるか、掴めないかは、そいつの傍に誰がいて、どんな判断を瞬間的するかにかかってんだよ」

 言われてみれば、確かにその通りだとは思う。

 自分の周りにどれだけの味方がいて、いざという時にどれだけ正しい選択ができるか――――――――――

 今から思い出しても、銀行の貸金庫で爆弾を見つけてからの俺たちの行動は、神憑っていたとさえ言ってもいいものだった。

 俺が爆弾を抱え込みながら、サクラと上戸の執事に所へ辿り着けたのだって、ほとんど奇跡に近い。

 そして、サクラたちの協力のもとに行われた爆弾の解体に、侵入してきた“テミス”の犬どもの撃退。かつての綾塔教授が残した脱出ルートとからくり屋敷の攻略。どれもこれも、瞬間の判断力とサクラと上戸執事、そして風吹の存在があってこそのものだった。

 だが、これだけは言っておきたい。

「どんな鍛え方をされようと、不死身にはなりませんがね!」

 不貞腐れたようにそう言い返すと、熊は呵々大笑となり、それから喉を潤すように、コーヒーフロートのアイスを丸呑みしてから、コーヒーをストローも使わず一気飲みした。

 もはやコーヒーフロートの食べ方が人間離れしているが、そこはもう理解の範疇だ。

 しかし、まだまだわからないことはある。

 理解できないことも、納得できないことも、考えれば考えるほどあるにはある。

 それでも今は、サクラと上戸執事を助け出すために、瞑らなければならない目は瞑ろうと決める。

 盲目にはなれないが、片目くらいならば、見なければならないものを見ることは、いくらでもできるだろう。

 実際俺は、自分を清廉潔白な人間だとはこれっぽっちも思っていない。

 サクラを助けるために、たとえこの手が汚れることになったとしても厭わない。

 なんなら汚れた自分の手を片目を瞑ってやり過ごすことも、視野に入れている。

 それでサクラを奪還できるのなら上等だ。


 カランと涼しげに氷を鳴らして、熊がグラスをテーブルに置いた。

 

 刹那――――――――――


 全身から立ちのぼったのは殺気。言うなれば完全に戦闘モード。

 熊こと、サード機動捜査班、小仏班長が不敵な笑みを湛え、口を開く。


「これから綾塔咲良及び、本宮徹の奪還、そして“テミス”壊滅に関する作戦会議に入る。異論は?」

 

 異論?

 愚問だとばかりに皆揃って、食べかけのコーヒーフロートをテーブルに置いた。

 そう、これが俺たちの答え。

 揺るぎなき意志。 

 ちょっとした決意表明だ。

 それを受け、熊がますます悪人面となる。

 どう見ても正義のヒーローには見えないが、そこは気にしない。気にするだけ無駄だ。

 

「それでは始めようか」 


 あぁ、上等だ。

 熊の言葉に、俺たちは静かなる焔を纏った。

 

 

 

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