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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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【挿話】上戸、一時的におっさん、後に熊――――そして、狂犬(7)

 双子ビル――――――――


 地元ではそこそこ名の知れたビルだが、もちろん全国区レベルでもなければ、観光名所でもない。

 ただただ同じ見た目のビルが二つ並んで建っているだけのものだ。

 特段奇抜な形をしているわけでも、珍しい施設が入っているわけでもない。

 至極普通の六階建てのビルだ。

 では何故、そんな大した特徴もないビルを二つも――――――という話になるのだが、バブル全盛期にオーナーの気が大きくなり過ぎていたというか、気の迷いというか、調子に乗っただけというか、偶々そこにビル二つ分の土地があったこともあり、主だった用途もなく瓜二つのビルをバブルで呆け切った頭で何も考えないままに建ててしまっただけ―――――らしい。

 まさに金をドブに捨てる勢いで。

 そのため、泡沫の夢の如くバブルが弾けた後は、すっかり空室が目立ち、現在進行形で廃ビルへの道まっしぐらとなっている。

 とまぁ、そんなビル内部事情はさておき、今の俺の状況を思えば、かなり好都合なビルであることには違いなかった。

 そこで、俺は後ろにハエの気配を感じたままで、双子ビルでいうところの兄ビル――――第一ビルの階段を屋上に向かってせっせとのぼっている。

 仕事終わりに一体何の苦行だ!と思わなくもないが、これもまたれっきとした時間稼ぎであり、そもそもこのビルにエレベーターなどという便利なものは存在しない。そのためこの苦行は、どちらにせよ漏れなくついてくるのだから仕方がない。

 それに、これは自らの意志で俺が張った罠だ。誰にも文句は言えない。いや、後ろのハエ野郎を俺に差し向けた“テミス”には文句を言ってもいいかもしれないが、残念ながら今はその体力も階段をのぼるだけで使い果たしてしまった。

 まじで、歳だな………………と、自嘲するしかない。

 しかし、どうにかこうにか最上階までのぼりきり、蝶番を軋ませながら、鍵すらかかっていない無防備な扉を開けた。

 屋上だ。

 達成感など一切ないが、取り敢えず屋上に辿り着いたことに安堵し、乱れた息を呑み込んだ。

 正直、一つ息を呑んだくらいで、完全に切れてしまった呼吸が整うわけもなく、それどころか今の俺の膝は、本宮の上戸並の笑いっぷりで、おいおい勘弁してくれよ……………と、嘆きたくなる。

 しかしここで、呑気に己の膝の上戸を許しておくわけにもいかないため、今にもしゃがみ込みそうになる膝に鞭打ち、俺は屋上を進んだ。


 雨は止んでいた。

 それでも空は厚い雲に隔てられ、星一つ見えない。

 しかし、屋上の端までコンビニ袋と傘をぶらぶらさせながら歩いて行くと、一応夜景と言っても差し支えない景色が広がっていた。

 しかも、先程の雨で街のネオンが洗われたせいか、いつも以上に賑やかしく見える。

 もしかしたら、この景色もこれで見納めかもしれねぇな。

 そんなことを内心で独り言ちて、決して洗練されているとはいえない夜景に目を細めた。

 そして、俺の胸元辺りまでしかない屋上の囲いに片肘で頬杖をつき、さて………………と、改めて思考を巡らし始める。

 時間稼ぎはできる限りやった。ダイキさんも来てくれるだろうが、できればその前に少しばかりハエから話を聞き出しておきたい。

 スマホは依然として通話中。だから、その話はダイキさんに筒抜けになり、今後“テミス”を潰すにあたって、何かの役に立つかもしれない。

 だが、今の俺にできることはそこまでだ。

 そして、俺に用意された道は二つ。

 実際はまだあるかもしれないが、もはやこの状況下における道は二つしかない。いや、二つあるだけで上等なのかもしれないが、どちらの道もまあまあ地獄だ。

 巧く死んだフリをするか――――

 本当に殺されるか――――

 その二つなのだから。

 もちろん俺が取るべき道は、死んだフリという一応紛いなりにも生存コースとなるわけだが、世の中そうは甘くないことは、ここまで生きてくれば嫌というほど知っている。 

 ついでに言えば、職業柄のせいもあるが、俺の基本性格はお気楽な楽観主義者ではない。

 だからといって、悲劇のヒロインを気取る気もないし(おっさんだし)、そこまでの悲観主義者でもないのだが………………


 ま、なるようにしかならねぇか。


 諦めと投げやり。

 これが俺の標準装備であり、どちらにしても漲るやる気とやらはどこにもない。

 だが、やれなければ殺されるだけなので一応(その時になれば)本気は出す。

 そう。

 俺は本気を無駄撃ちしないタイプなのだ。

 ――――――などと、言い訳にもならないことを考えつつ、それなりに景色のいい場所から、さらに少し左側へ移動して、コンビニの袋から弁当ではなく、缶ビールを一つ取り出した。

 腹は減っていたが、さすがにこの状況で弁当を食べられるほど神経は図太くなかったようだ。

 心境でいえば、飲まなきゃやってられないといったところだが、それは素面(しらふ)でやってられるか!というやさぐれ感からではなく、今から本気を出すためのちょっとした起爆剤である。

 それに、屋上でぼんやりと缶ビールでも飲んでりゃ、ハエだって俺に近づきやすいってもんだ。

 うん、我ながらなんて親切なんだ。

 自画自賛。手前味噌。

 誰も褒めてくれないのだから、最後くらい自分で自分を褒めてやる。

 しかし、どうやらその自己評価はあながち間違ってはいなかったらしい。

 俺の親切心につけ込むように、背後に忍び寄る気配。

 さり気なく後ろを振り返ってみれば、こちらに向かってそこそこ体格のいい男が、一人近づいてきていた。

 コンビニで見た男だな…………

 やはり敵もお一人様か…………

 男を確認してから、また前に向き直り缶ビールを煽る。

 もちろん俺が振り返った時点で、男も俺に気づかれたことを察したようだが、今更隠れる気などないようだ。

 というより、そもそも隠れるところがない屋上では、それも無理な話。

 もう隠れるつもりがないからこそ、こうして堂々と現れたのだろう。

 それを証明するかのように、男の殺気はダダ漏れだ。

 コンビニで見た時にも思ったことだが、こいつは組織が雇ったごろつきの犬に違いない。

 もし、これで本職殺し屋だというのなら、殺気を消すところからやり直した方がいい。

 これでは標的にあっさりと逃げられるか、返り討ちにあうかのどちらかだ。

 ま、レアなケースとして、今回の俺のように、缶ビール片手に待ち構える奴がいないとも限らないが………………

 しかし、ある意味生粋の殺し専門でなくて助かったと、ここでも自分の運に感謝する。

 天気といい、こいつといい、まるで人生の総決算、帳尻合わせのような運の良さだ。

 だからどうか、最後の最後まで俺に味方してくれと、信仰心ゼロの俺にとっては拝む神すら不明だが、取り敢えず頼んでおく。

 そして、男が俺の真後ろで立ち止まった気配を察し、振り返りもせずに声をかけた。

「よぉ、一杯どうだ?」

 別にこいつのために缶ビールを二缶買ったわけではないが、話しかけるきっかけにはなった。

「飲みたかったら、そこに転がってるコンビニ袋から取って、勝手にやってくれ。あぁ……でも、ゴミは自分で持ち帰れよ。一応これでも刑事だ。ゴミの不法投棄は許さん」

 などと、刑事の鏡というより、人としての一般常識を説いておく。

 このビルが、廃ビル一直線とはいえ、俺がそれに手を貸すわけにはいかないからだ。

 だが、男はビールを手にすることなく、俺に問いかけてきた。

「あんた、俺が跡をつけていたことを知っていたのか?だから、こんなビルに…………」

「まぁな。別にわざわざ忠告してやる義理はねぇが、今から人を殺します!的なその殺気は自重しろ。気づかないフリをする方が大変だった」

 ほんと…………雨ん中、仕事帰りに突然思い立って街を冒険し、迷子になったアホなおっさんを演じるこっちの身にもなってみろ、と真剣に思う。しかしそれは口にせず、さらに質問を重ねてやる。

「で、お前を雇ったのは“テミス”か?」

 そう言って、くるりと男の方へ向き直った。

「………依頼主のことは何も知らねぇなぁ」

「なるほど。ってことは、依頼主はいるんだな」

 つまり、こいつ個人の怨恨の線はこの瞬間、跡形もなく消えた。そもそもそんな線など端からなかったが。

「ッ……………………」

 しかし男は、わかりやすく目を泳がせ、余計な言葉を吐いてしまった口を罰するかのように唇を噛みしめた。そこまでしっかり動揺を態度で示してくれれば、こちらも向き直った甲斐があるというものだ。

 そこで、同じ質問を今度は男の目を見ながら繰り返す。

「お前を雇ったのは“テミス”か?」

 自分でも、俺の声が思いっきり地を這ったことがわかった。それも底冷えするくらいの冷たさで。

 凡庸で、ただのおっさんにしか見えない刑事の本気の凄味に、男は一瞬たじろぎながらも必死に声を張った。

「そ、そんなこと知るか!オレはお前を自殺に見えるように殺すだけだ!」

 はい、ありがとう。

 その声は存分に通話中となっているスマホを通じてダイキさんにも伝わったことだろう。

 たとえ組織の名前を聞かなくとも、男が受けた指示の内容だけで、その依頼主がそれなりに大きな組織であることは明白だ。

 そして、先程俺はさり気なく刑事を名乗った。それにもかかわらず、一刑事を葬ること堂々と宣言することからして、警察内部に手飼いの犬を持つ“テミス”が後ろにいることは間違いないだろう。

 俺はこれだけ聞ければ十分と、ビールを一気に飲み干した。そして、地面に置いていたコンビニ袋と傘を律儀に拾って、ゆっくりと屋上に添って歩き出す。

 実を言うと、最初からビルの左サイド――――――方角で言えば東側に陣取りたかったのだが、そこは隣に双子ビルの片割れがいるため景色がすこぶる悪く、景色を楽しみながらビールを飲むという構図にはどうしても無理があった。

 そのため已む無く、なるべく東側に寄った形で、南側の眺めがいい場所にいたのだが、ここから突き落とされることは確実に死へのダイブに繋がってしまう。

 早い話、生存コースを望む俺としては、どうしても東側に移動する必要があったのだ。

 そこで、それとなく話を続けるふりをしながら男の意識を散らしつつ、俺はこのビルを選んだ唯一のポイントとなる場所へ移動した。

「自殺ねぇ…………つまり俺はここからお前に突き落とされるわけだ。まぁ、俺は刑事としても病んでる方だからな。俺が自殺したと聞いて、誰も疑問には思わねぇだろうなぁ」

 なんとも自虐的な言葉をのんびりと口にしながら、俺はゆらりゆらりと足を進める。

 そして、どうにか目的の場所へとたどり着くと、男に気づかれないように一つ息を吐いた。

 正直に言おう。俺は高所恐怖症だ。さっきは酷使しすぎて笑っていた足も、今は高さに震えているという情けない状態だ。

 しかし、俺のなけなしの矜持として、ここは平然とした顔をしておく。

 そして、男の顔を見つめながらも横目で下の状況を確認した。

 暗くてよく見えないが、たぶんそこにあるはずだと思う。

 双子ビルを連結する連絡通路が――――――――――

 そう、俺がこの双子ビルを選んだのはその一点が理由だった。フロア四階に設けられた双子を繋ぐ連絡通路。その上に巧く落下できれば死なない可能性のほうが高い。余程下手な落ち方をしない限りは………………

 しかも、ビルとビルの間はあまり空いてないこともあり、ここには灯り一つなく、黒っぽいスーツの姿の俺が、地上ではなく連絡通路の上に落下したとしても、屋上からは見えないだろうという算段だ。

 さぁ、再び運を味方につける時だ。

 俺は男に向って不敵な笑みを浮かべた。この星もない屋上でどれだけ俺の顔が見えたかわからないが、男は屋上をふらふらと歩く俺の跡をしっかりと付いてきた。

 その距離、約二メートル。

 だから、精一杯余裕げな顔をして笑ってやる。そして、コンビニ袋に空となった缶を入れ、新しい缶ビールを取り出した。瞬間―――――――――――

「ほら、受け取れ!」

 俺なりの剛速球で未開封の缶ビールを男に向って投げつける。しかし男の動体視力はそれなりによかったようで、それを間一髪で避け、俺に掴みかかってきた。

 もちろん、最終的にはここから落ちる気ではいる。だが、すんなり落とされるのは癪だった。

 そこで、最後の悪足掻きというか、半分八つ当たりのようなものも兼ねて、更に傘を投げつけ、男の顔を二、三発殴っておく。ついでに腹にも蹴りを入れたが、そこは身体が勝手に動いただけの話だ。許せ。

 そんなもみ合いを暫く続けた後、男はまるで闘牛のように前傾姿勢となり、俺へと体当たりをかましてきた。それを諸に腹に受け、咳き込んだところで、俺の身体は屋上の囲いの外へと押し出される。

 だが、落ちる気でいたにもかかわらず、俺もなかなか往生際が悪い男だったらしい。

 俺は咄嗟に男の腕を掴んでいた。ああいうのを、火事場のなんとかと言うのだろう。

 無我夢中でというより、ただただ無意識のままに俺は男も一緒に屋上から引き摺り落としていた。


「服部ッ!」


 降ってきたダイキさんの声。

 腹底にぞわぞわとした浮遊感を抱え込みながら、俺の口端が上がる。

 ナイスタイミングです。ダイキさん……

 あのクソ生意気なガキのことは頼みましたよ。

 なんてことを、緩慢な時間の中で思う。

 そして――――――――――



 星も浮かばない夜。

 二人の男が暗闇に消えた。

 

 

 

 

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