表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂犬と博識ドール  作者: 星澄


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/96

【挿話】上戸、一時的におっさん、後に熊――――そして、狂犬(6)

 “電話求む”


 まるでどこかの求人広告か、古き良き時代の電報のようだが、そんなことは気にしていられないと、たったそれだけのメッセージをダイキさんに送る。

 これは悪戯ではない。

 至って真剣にだ。

 もちろん俺から電話をかけてもいいのだが、俺を尾行している物好き野郎に、こちらが勘づいたことをまだ気づかれたくはない。

 あくまでも向こうからの電話に、渋々出たと思わせたかった。

 唯一の問題は、ダイキさんが電話をかけてきてくれるかどうかなのだが………………


 ブーブーブー……


 どうやら俺は賭けに勝ったらしい。

 やはり日頃の行いのおかげだなと、一人こっそり悦に入る。真面目に洗濯係をしていてよかったとも………

 ま、関係ないだろうがな。

 しかし、これでクソガキの洗濯物…………ではなく、クソガキを託すことができる、と内心で安堵しながら、表面上は怪訝そうに電話に出た。

「もしもし、お久しぶりです。どうしたんですかぁ?」

 久しぶりなのは本当だが、どうしたもこうしたもない。俺がかけてくれと頼んだのだから。

 すると、すぐさまドスの効いた声が返ってくる。しかも大音量で。

『何があった』

 さすが、元警視庁検挙率No.1の凄腕刑事。話が早い。だが、声が無駄にデカくて怖すぎる。

 思わずちびって電話を切ってしまいそうなレベルでだ。

 いや、尾行され命を狙われている時点で、余程ちびりそうな状況なのだが、それよりも断然怖いってどんだけだ!

 ――――なんてことを思いつつ、音量を限界まで下げる。

 外に電話の声が漏れるという心配よりも、己の鼓膜の安全を図るためにだ。

 それから殊更、お気楽な声を出した。雨にも負けず、俺の声が尾行してくる野郎の耳に届くように。

「えぇ〜そこって先輩の()()がたまってる店じゃないですか」

『つけられてるのか』

「そうなんですよ。今、俺の懐大ピンチなもんで、先輩が奢ってくれるってゆーなら、どこにでも行きますよ」

『今どこだ?』

「家の近所です」

『尾行の数はわかるか?』

「今日も淋しくお一人様ですよ」

『だろうな。刑事のお株を奪おうってんだ。気づかれずに尾行するなら一人が得策だ。ま、実際気づかれてんだから世話ねぇが。で、これは本宮が俺に連絡をよこした件でいいのか?』

「えぇ。たぶんそれです」

『なるほどな。それで俺は今すぐ駆けつけてお前を助け、本宮の言ってたガキを引き取ればいいってことか?』

 まったく、なんて手回しのいい後輩なんだ。これで説明する手間を省けた。

 実のところ、この状態でどうやって説明しようかと頭を悩ませていたところだ。

 いや、どう考えたってここで病院名やら、病室番号やらを、口に出して言うわけにはいかない。誘拐事件の話をするなんて論外だ。

 病院名を居酒屋の名前として誤魔化したところで無理がある。たとえそれらしく巧く伝えたとしても、部屋番号付きの居酒屋なんて、どう聞いても密会のお誘いでしかなく、怪しいことこの上にない。

 ほんと、頼りになる後輩と、察しのいい先輩は持っとくもんだな…………と、つくづくと思う。

 そして、俺はそれらしい返事をした。

「いいですねぇ。楽しみにしておきます」

『了解だ。今、サード本部を出た。お前の家の近所というなら車で三十分程度だ。それまで持ちこたえろ。なんなら家の近所で迷子になったフリでもしておけ。いいか、絶対に家に帰ったりするなよ。うっかりとかもなしだ。そして、罠を張る。っていうか、お前は失踪、もしくは死んだことにする。そうしなければお前への“テミス”の制裁は止まらないだろうからな。いいか?』

 なんともろくでもない提案だ。

 家の近くで迷子とか、馬鹿丸出しじゃねえか!

 どんなまぬけだ!

 と、やさぐれたくなる。

 だが、時間稼ぎは必要だ。このまま真っすぐボロアパート帰れば、そこで殺される。おそらく自殺に見せかけてだ。

 ボロアパートで首つり自殺。

 あぁ……その光景が目に浮かぶようだ。

 出勤してこないと不思議に思った俺の裏切り者の相棒が、わざ'わざボロアパートにまで尋ねて来て、首を吊っている俺を見つける。

 どれだけネタに困ったサスペンス小説だと鼻で笑いたくなる。

 とはいえ、それが奴らのやり口だ。だったら、迷子になるしかないだろう。仕事帰りに、冷たい雨が降りしきる中、急に何を思ったか家の近所を冒険し始めて迷子になったおっさん。

 いい歳のおっさんが何やってんだという話だが、罠を張るならそれしかない。

 しかも、後ろのハエにでっかいを蜘蛛の巣を用意するためには、それ相応の場所が必要となる。

 そして、こちらにとって都合よく、そのハエがあっさり罠に嵌ってくれれば、俺は目出度く失踪、もしくは死んだことになるのだろう。俺自身にとっては別に目出度くも、有難くもないが………………

 正直言って、ほとんど成り行き任せだが、“テミス”に目を付けられてしまった以上、もうこれしか打つ手はない。

 もちろんこんなことになってしまったのは、本宮から全然可愛くない預かり物をしたせいであるのは否めない。

 しかし、それが決定的な引き金になりはしたが、俺が組織犯罪対策部の刑事であることもまたその要因の一つだ。

 ぶっちゃけ、遅かれ早かれ俺はこうして組織に消される運命だったってことだ。

 つまり、俺は組織に煙たがられるほどの優秀な刑事という証明がこれで為されたわけだ。

 ザマーミロ。

 そのため、ダイキさんから“いいか?”と聞かれれば、決していいとは思えないが、いいと言うしかないだろう。

 俺はざあざあと音を立て続ける雨を見つめながら、ゆるりと口角を上げた。

「もちろんですよ。そういえば最近、従妹に双子が生まれて、上の子を抱っこさせてもらったんですけど、これがなかなか可愛くてね。今度飲みの席でじっくりと聞かせてあげますよ」

『双子だぁ?あぁ、お前のボロアパートの近くにある双子ビルのことだな。わかったその一号棟で落ち合おう。くれぐれも無理はするなよ。できるだけ時間を稼げ。わかったな、服部』

「了解」

 涙雨なんて言葉があるが、柄にもなく泣きそうになった。

 何があっても裏切らないと確信できる相手がいることは、ここまで心強いことなのかと。

 だが、泣いている場合ではない。おっさんが雨の中泣いていたら、痛いだけだ。

 取り敢えず、電話をそれらしく終わらせて、俺は通話を切らないままにスーツのポケットに入れた。

 これが俺の命綱でもあり、尾行している奴から美味しい証言が取れるならば、ダイキさんにも一緒にご相伴してもらいたいからだ。

 どんな時でも独り占めはよくない。

 そんなわけで俺は雨の中、急に思い立ってふらりと街中を冒険し始めた残念なおっさんとなって、時間稼ぎを始めた。

 手始めにコンビニへ寄る。

 もちろん家の近所にあるコンビニではなく、別のコンビニ。

 興味の欠片もない雑誌コーナーで適当な雑誌を手に取り、パラパラとめくる。

 いかにも目は雑誌の字の拾っているようにみせかけて、それ以外の全神経はコンビニの外へと向ける。

 そして、刑事の専売特許でもある尾行をしてくる奴を、ページをめくる傍らに確認した。

 俺から少し遅れて入っていきた男。

 背は俺と同じくらいたが、おそらく筋肉質。着痩せするタイプだと思われる。

 服装は、黒のジャケットに黒のズボン。

 歳は三十代半ばといったところだろう。

 短髪、眼鏡はなし。

 目つきは、控えめに言ってもいいとは言えない。

 しかも、雨に濡れた傘をコンビニ出入り口に置かれた傘立てに入れることなく、店内に持って入ってきた。

 それで、こいつが俺が尾行していたハエ野郎だと断定する。

 俺がいつ店を出てもいいように、傘立てから傘を取るという手間を省こうとしたのだろう。

 しかしその行為が、かえって俺に確信を持たせた。

 馬鹿な奴め。

 そんなハエ野郎を目視で確認して、察していた通りお一人様であることと、間違いなく組織から雇われたごろつきの犬であることもそれとなく見て取ってから、「やっぱ一人は寂しいから犬でも飼おうかな」なんてことを独り言ちる。

 言うまでもないが、本気で犬を飼いたいと思っているわけではない。

 通話中のダイキさんに、ちょっとした遠回しの情報提供をしただけだ。

 それから、食べられないかもしれないが、晩飯にとコンビニ弁当と缶ビールを二缶買って、またふらりと色とりどりの傘が踊る雨の街へと出た。

 完全に家とは逆方向。

 しかしそちらには、この近辺に住む者たちからは、双子ビルと呼ばれる六階建ての雑居ビル二棟がある。

 確かあのビルは屋上までのぼれたはずだし、それに……………………

 と、ビルの形状を思い出し、自分なりの作戦を頭の中で立てていく。

 先程より雨は小雨になってきた。

 このままいけばもうすぐ止むかもしれない。だったらビルの屋上にのぼって、コンビニ弁当とビール片手に、クソ汚い街を眺めるお誂え向きの状況となるはずだ。

 

 うん、今日の俺はやっぱり運がいい。

 

 これを敢行すれば、確実に俺はビルからの飛び降り自殺として処理されるだろう。

 実際は後ろのハエから突き落とされるだけの話なのだが。

 しかし、その主導権は俺が握らせてもらう。というより、失踪するにしろ、死ぬことになるにしろ、その手段は自分で決めさせてもらうということだ。

 一人の刑事を消すとしたら、首つり自殺以外ならこれが一番妥当な線だろうからな。

 

 ビルから飛び降りねぇ……

 ま、俺らしくていいか………………

 

 などと、自分の死亡診断書と捜査本部の見解を手前勝手に想像する。

 もはや、職業病というやつだ。

 そして、そろそろ時間も頃合い。

 おっさんの小さな大冒険はこれで終了となる(コンビニに寄っただけだが)。

 

 面倒くせぇけど、やるしかねぇか……と、腹を括り、コンビニ袋をぷらぷらさせながら(くだん)のビルへとしつこいハエを誘い込んだ。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ