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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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【挿話】上戸、一時的におっさん、後に熊――――そして、狂犬(5)

 洗濯係となった。

 なんだそれ?という話だが本当の話だ。

 だが別に拝命されたわけではない。

 ただ本宮がしていことを引き継いだら、漏れなく洗濯係が付いてきただけだ。

 まぁ、自分の分をするついでだし、一応信用できる奴らに警護を任せているとはいえ、本宮に直接頼まれたのはこの俺だ。小説本だけを渡して放置などできるわけがない。

 しかし、周りは敵だらけ。捜査本部も敵味方が入り混じり、まさにカオスとなっている。

 そんな中で、少しでも怪しい動きをして気取られるわけにはいかない。

 そこで、二、三日おきくらいの間隔で、やれ昼食に行ってくるだの、やれお気に入りの銘柄のタバコがこの近辺には売ってないからちょっと買ってくるだの、それはもう適当すぎる理由をつけ、様子見がてらに洗濯物を引き取りに行った。

 気分はまるでちょっとした御用聞きだ。

 それも相手はクソ生意気な中学生。まさか刑事になってこんな仕事を請け負うことになるとは夢にも思わなかった。

 人生何が起こるかわからない。

 だが、この頃はとにかく何もかもが不穏だった。

 捜査本部然り、組織然り、そして、綾塔咲良の父親である綾塔教授然りだ。

 大事な娘を誘拐された可哀そうな父親である綾塔教授は、事件当初から俺の目にはただただ異様に映っていた。

 愛娘の誘拐に若干動揺はあるものの、それでも世間一般の親たちに比べれば非常に落ち着いて見えた。

 しかも、今回の誘拐は特殊だ。

 犯人の要求は身代金ではなく、綾塔教授の未発表の論文。

 俺だったら、そんな論文に価値など見出せないどころか、わざわざ頭痛の種にしからならない小難しい論文を、まず手に入れたいなどと絶対に思わない。

 要求するなら、金一択だ。

 しかし、物好きな犯人どもは俺の感性とはまったく異なるようで、綾塔教授の頭脳をご所望した。

 それを、ご尤もと謂わんばかりに綾塔教授が受け止めていることに、俺はある意味戦慄を覚えた。

 何故ならそれは、綾塔教授がしっかりと自分の価値を認識していることに外ならないからだ。

 謙遜でも、驕りでなく、単なる事実として。

 さらに、綾塔教授は誘拐事件発生当時、捜査員たちにこう告げた。

『私としては娘のために全財産を差し出せと言われれば、喜んで差し出すが、相手の目的が私の論文であるならば、話は別だ。どれほど娘の命がかかっていようと、論文を差し出すつもりはない』

 綾塔教授の家……………というよりむしろ屋敷と称して憚らない自宅に詰めていた捜査員たちは、綾塔教授の言葉にざわついたらしい。

 差し出していいものの感覚が、凡人である自分たちと大きくズレていると。

 世間一般の常識からすれば、逆だろうと思う。論文一つで大事な娘が帰ってくるなら、むしろお安い御用だと差し出してもいいのではないかと。

 まぁ………誘拐犯に屈する気はないので、『そんなことは言わず、さっさと差し出してくださいよ』などと、言うつもりは更々ないが…………

 しかし、綾塔教授と捜査員たちの認識は根底から違った。いや、ある意味、俺も含め、捜査員たちは浅慮だったと言わざるを得ない。

『君たちはたかが論文と思っているかもしれないが、決してそうではない。あの論文は新たな科学兵器としてなり得るモノについて論じたものだ。だからこそ未発表であり、永遠に表に出す気はなく、私が墓場まで持っていくつもりのモノなのだよ。彼らがどういういきさつでその論文の存在を知ったかは知らないがね。だが、誘拐犯たちの背後に“テミス”という武器商人が存在する以上、戦争という大義名分と共に多くの人々の命が犠牲となるモノをおいそれと差し出すわけにはいかない。これは絶対だ』

 いやいや、だったらそんなもんを研究すんなよ!

 という、この時ばかりは心を一つにした捜査員たちが内心でそう突っ込みを入れたらしい。

 後からこの話を聞いた俺だってそう突っ込みを入れた。それも口に出して。

 だが、ここでも綾塔教授の見解は違ったようで………………

『あの論文は別のものを研究していた副産物のようなものだ。とはいえ、君たちはなんでそんな危険なモノを研究したり、作ったりするんだと思っているだろうが、それは違う。使用方法を違えるのは、作った人間ではなく、それを使った人間たちの方だ。太古の昔、植物を収穫し、動物を狩るために石で刃物ようなものが作られた。太古の人々は生きるためにそれを使用していたのだ。収穫用、調理用、狩猟用としてね。だが、人はそこに新たな利用価値を求めるようになる。戦となればそれを殺戮のためだけに使う。本来の目的から外れた立派な殺人の道具としてだ。いいかね、研究者は純粋に研究をし、それを形にして残すのが仕事だ。そして多くの研究者が未来の人類のためにという理想を掲げている。ま、興味があるから研究しているという、研究馬鹿な者も中にはいるにはいるがね。私のような………だが、我々研究者が望むように、いつだって正しきことだけに使われるとは限らない。だからこそ論文の公表には慎重になる。それが兵器となり得るなら尚更のことだ。私はね、自分の論文に対し責任を持って生きているつもりだ。娘の命と、この先の未来で奪われることになる人々の命を同じ天秤にのせる気はないのだよ』

 この台詞に、捜査員たちは押し黙った。

 黙るしかないだろう。その論文の危険性を知らされた以上、そして綾塔教授の覚悟を知った以上、そこを曲げてなんとか………と、口が避けても言えるはずもない。

 しかし、綾塔教授はさらにこう言い置いた。おそらくこの中に、“テミス”の息がかかった者たちがいると踏んでのことだったのだろう。

『とはいえだ。私も人の親だ。娘の命はなんとしてでも守りたい。そこで次に連絡があった時には、誘拐犯にこれだけは告げるつもりだ。“論文は渡せない。だが、私の娘は論文について誰よりも知っている。だから、私の娘を大事にしなければ一生その論文は手に入らないと思った方がいい。私自身はこれっぽっちも差し出す気はないからね”と。ちなみにこれは脅しでも嘘でもなく、本当のことだから。君たちも肝に銘じておいてくれ』

 そう、この台詞こそが綾塔咲良が論文の隠し場所の鍵を持っており、さらにはその場に居合わせただけの不運な少年が狙われることになった一因となっている。

 そして、当の綾塔教授はというと、俺の出来すぎ後輩が囮となって消えた直後、突如として姿を(くら)ませた。



 冷たい雨の夜だった。

 預かった洗濯物が乾かねぇじゃねぇかと、悪態を吐きながらアパートに帰るところだった。

 しかし、すぐに尾行に気がついた。っていうか、刑事が尾行されるって世も末だな…………なんてことを思いつつ、すぐに“テミス”が俺を殺しに来たんだな…………と、すぐにわかった。

 奴らは基本、己基準の物差しで正義をはかり、あらゆる戦争に介入する“武器商人”だが、時に奴らの思想、思惑を阻むものを自らの手で――――――といっても、金で動く忠実な犬を使って――――――制裁を加えることがある。

 つまり俺はその制裁リストに名前を連ねたらしい。

 まったくもって、有難くないことに。

 おそらく、俺の現在の仕事上の相棒が手引きし、俺が捜査本部を出たことを知らせたのだろう。

 なんせ、捜査中の刑事に定時終了なんてことはあり得ない。午前様の時もあれば、帰れない時もある。なんなら聞き込みから直帰で帰ることだってあるし、新たな現場にそのまま借り出されることもある。

 早い話、俺自身ですらいつ帰れるか、どの時点であがりとなるかわからない状況なのだ。

 そんな奴を待ち伏せすること自体、労力の無駄遣いとしか言えない。なら、どうするか。話は簡単だ。内通者から情報を得ればいい。

 そして仕事上、常に行動を共にすることになる相棒は、打って付けだったに違いない。

 さっきも、連日連夜の捜査を終え、本部に二人揃って顔を出した後、『お疲れ様でした。オレは少し書類を片付けてから帰ります。気をつけて帰ってくださいね』と、白々しく声をかけられたところだ。

 まったく何が気をつけて帰れだ。嫌味にもほどがある。

 しかし、このまま無事にボロアパートに帰らせてもらえないのであれば、何かしらの手を打つ必要がある。

 さて…………どうするか。

 透明のビニール傘を通して、暗雲だけを抱え込んだ星一つ見えない空をふと見上げた。

 ここ最近は――――洗濯係を仰せつかってからの日々は、それなりに楽しかったのに――――――――と。

 だが、命あるものはいつかは潰える。

 遅かれ早かれそうなるのは、自然の摂理であり運命だ。

 だからいつ死のうとも、職業柄もあって仕方がないことだと思っていたし、自分の生き方に後悔はないと思っていた。

 妻子を持たなかったず、身軽にいたこともその一つだ。ただただモテなかったこともあるが、たとえ大いにモテたとしても、誰かと付き合う気も、結婚する気もなかった。

 ボロアパートの荷物だってそうだ。

 最小限の着替えと生活用品に布団。あとはテレビとレンジとドライヤー。人として飯を食って、風呂に入り、寝られれば文句はなかった。

 もし俺が何らかの理由で不意に死んだとしても、アパートの大家にはすべて処分するように予め頼んである。

 そう考えると、こんな時だがちょっと笑えてくる。

 ほんと、笑えるほど、何もねぇな…………俺。

 死神のようにピタリとついてくる気配を背後に感じながら、呑気にも自分の身軽さに改めて呆れた。

 しかし、本宮に頼まれたあのクソ生意気なガキのことだけは、ちゃんとしてやらねぇとな…………などと、らしくないことを考え、思考を巡らせる。

 思い浮かぶのは、本宮以外にもう一人だけ。

 野生の熊をさらに強面したような、とにかく図体も態度も無駄にデカすぎるあの人たけだ。


 やっぱ、ダイキさんに頼むしかねぇな……


 どうやら俺はいつも間にか洗濯係どころか、保護者気分になっていたらしいと一人息を吐くように苦笑する。

 そして冷たい夜の雨の中、徐ろにスマホを取り出した。

 

 



※ご覧いただきありがとうございます☆

 次回から、毎週の土曜日のみの投稿となります。

 こちらの都合で申し訳ございません(T T)


                    星澄

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