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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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【挿話】上戸、一時的におっさん、後に熊――――そして、狂犬(4)

 響 剣也―――――

 綾塔咲良誘拐事件における気の毒すぎる被害者だ。

 運が悪かったとしか言いようのない完全なもらい事故。

 しかもその不運は今も続いており、現在進行形で組織から狙われている薄幸な中学一年生だ。

 だが、俺の第一印象は、クソ生意気なガキだった。


 捜査本部へ行く前に、俺は病院へ行った。

 本宮から預かったふざけたタイトルの小説本を携えて。

 しかし、最初から差し出す気はない。そもそも本宮とはそういう約束だ。

 そしてこの時はまだ、『彼は、騙されません』と言い切った本宮の言葉について半信半疑だった。

 別に自分を百戦錬磨の嘘つきだとは思わないし、むしろ俺は相手の嘘を見破ることを生業としている身だ。

 だから、強いて言うなら、化かし合いならお手の物―――――となるのだろう。

 それこそが俺の仕事であり、日常ともいえる。

 しかし相手はいたけな中学生。

 本気で言い包めてやろうなどと、そんな大人げなことは考えていない。

 うん、考えてはいないはずだ。少ししか………

 そして正直なところ、知らぬが仏だと割り切り、本宮は休暇に入ったからいないのだ嘘を吐き通すべきなのか、それともはじめから真実を教えてやるべきなのか、どちらが響 剣也にとって正しい選択となるのか、この時の俺にはさっぱりわからなかった。

 とはいえ、約束は約束だ。

 どちらに転ぶかは出たとこ勝負だと腹に決め、念のために警戒をしながら病室に入ってみれば、まだぐーすか寝てやがった。

 おい、こら。俺の覚悟を返せ。

 だが、その文句は口には出さずに、しっかりと呑み込む。なんせ、まだ時間は7時を少し回ったところ。見舞うにしてもさすがに早すぎる。

 俺の訪問時間が非常識すぎるのだろう。

 しかしそれもこれもすべてはあの出来過ぎ上戸のせいだと俺は一人遠い目となった。

 あの後―――――上戸の後輩せいで結局ボロアパートに帰っても一向に眠れず、俺はシャワーを浴びてそのまま病院へ来た。

 その間もずっと思考はグルグルと回っていたが、同じところをグルグルと回っているだけで、これは完全に迷宮入りコースだな……と、何度ため息を吐いたかわかりゃしない。

 そして、答えの出ない自問を繰り返しながら、気がつけば俺は早朝の病院に押しかけていた。

 言われるまでもなく、かなりの迷惑行為だったと今更ながらに反省だ。

 だからといって、出直す気にもなれず、昨日まで本宮が座っていただろう椅子に腰かけると、響 剣也が目覚めるのを待った。

 そして――――――――


 『うわっ!おっさん、誰だ⁉』


 まぁ、そうなるわな。

 確かに逆の立場でも同じ台詞を吐いただろうと思う。しかし初対面にいきなり“おっさん”はないと、自分の年齢やら非常識さを棚に上げて、内心でやさぐれた。

 しかし何度も言うようだが、俺は大人で、相手は正真正銘のガキ。それも同情するべきガキだ。

 そこで俺は“おっさん”呼ばわりを丸ッと聞き流すことにして、警察手帳を見せた。

 怪訝な目でそれを見た響 剣也は、さらに怪訝の色を深めて、俺の顔をまじまじと見た。

 まぁ、それもわかる。

 あのイケメン出来すぎ後輩が、こんな草臥れたおっさんになっていれば、誰だって不審に思う。当然のことだ。

 俺は気づかれないように苦笑を一つ零してから、改めて目の前の少年を観察した。

 利発的…………と言うより、おそらくは直感型。なんとなくだが、頭を使うより身体を使う方が得意そうだ。

 そして見た目は、優し気で甘い雰囲気の本宮とは毛色の違う、精悍でキリッとしたなかなかの男前だ。

 ただ、クソ生意気なガキという第一印象が覆ることはねぇんだろうな…………などと、適当なことを思う。

 所謂、刑事の勘というやつではあるのだ

が。

 しかしだ。

 そんなことよりもだ。

 せっかく俺がそれらしきご尤もな面をぶら下げて、懇切丁寧に説明してやったというのに………………

 

『もう、いい!あんたの言うことは信用しない。俺は本宮刑事だけを信じる。だから出ていけ!』


 と、けんもほろろに追い出されそうになった。邪険にするにもほどがある。

 うっかり泣いてしまいそうだ。

 しかし見方を変えれば、こいつと本宮の間に何があったかは知らないが、ちょっとした男の友情的なものが築かれているのかもしれない。絶対的信頼ともいえるものがだ。

 なんせ、本宮を再熱化させた奴なのだから――――――――

 なるほどね………

 だが、甘いな少年。こちとら大人で、おっさんで、腐っても刑事だ。

 中学生に出て行けと言われたくらいで職務放棄するほど繊細でもねぇし、伊達に場数を踏んできたわけでもない。

 そこで、宥めるように言葉を重ねる。

『何が気に喰わない?それほど俺より本宮の方がよかったのか?まぁな、あいつは見てくれもいいし、人当たりもいい。それにモテる。まさか男子中学生にまでとは思わなかったが………いやいや、すげぇなあいつ。だがな、奴もスーパーマンではない。たまにはまとまった休暇をやらんとな………………』

『嘘だ!』

 そこまではっきり断言されると、さすがのおっさんも傷つく。言ってることは、清々しいまでの嘘なのだが。

 しかし、ここは当然のようにしらばっくれておく。

『何がだ?』

『本宮刑事に休みが必要なのはわかる。だから、せっかくできた彼女さんにもフラれたんだし…………』

『おぉっと……それは本宮に悪いことしたなぁ。でも、俺たちにとっちゃ日常茶飯事だ』

 これは本心だ。とはいえそれは半分だけ。残り半分は、ザマーミロだ。

『本宮刑事は“休まなくていいのか?”という俺からの質問に、“君もサクラちゃんも休んでいないだろう?”と言った。そんな人が突然何も言わず、休みを取るはずがない。それに…………』

『それに……何だ?』

『あんたはさっき、“事件の進展はまだない”と言ってたけどさ、それも嘘だろ』

『何故、そう言い切れる?』

 そう問い返して、俺は目を眇めた。内心ではニンマリとしながら。

 そして、何故か妙に楽しくなってきた。本宮もまた今の俺と同じ感覚になったのだと思う。

 あぁ……このまっすぐさはもう俺にはないものだが、それを羨ましいと思う以上に微笑ましく思うのだが、俺も本気で歳だな…………と、苦笑する。

 もはや心境は、小憎たらしくも可愛い孫を愛でる祖父のようだ。

 いや、さすがにそこまでの歳ではないのだが………………

『事件が進展したからこそ、本宮刑事はここにはいない。だろ?それに、あんたはここにいるのはあくまでも俺を納得させるためであって、警護のためじゃない。警護ならそれに適した人間を寄越すはずだ。もう少し運動神経が良さそうな奴をね』

 運動神経がなくて悪かったな!っていうかお前、俺の何を知ってんだ!

 言っとくが、学生の頃の体育の成績は五段階評価で三。つまり平均ってやつであって、けっして運動音痴というわけでもない。

 ただ悲しいかな、今の俺の基礎体力はもはや世間のおっさんの中でも底辺となり果ててしまったが………………って、ほっとけ!

 しかし、俺の運動神経以外のご高説はなかなかのものだった。的確で、洞察力もあり、勘の良さも窺える。

 なにより、瞳がまったくぶれないところがいい。

 俺はとうとう白旗を揚げた。

 そして敗北宣言。

『決して、運動神経が鈍いつもりはなかったんだが…………本宮が言っていたよ。君はとても頭がいい少年だと。だから、我々の作り話など、すぐに見破ってしまうとね』

『……………………』

『ほんと、恐れ入ったよ。相手は中学生だし、勘単に言い包められる思ったが、とんだ見当違いだ』

 少しなかり自己弁護をして(特に運動神経の部分)、俺は本宮から預かった小説本を差し出した。

 いきなり差し出された小説本を前に、大きく目を瞠った響 剣也。だがすぐに、目に飛び込んできたタイトルに、なんとも言えぬ顔となった。

 うん、わかる。小坊主が気になるのだろう?俺もそうだった。

『本宮は、はじめから君には真実を伝えるべきだと言っていた。だが、俺は君を中学生の子供だと甘く見て、適当に誤魔化そうとした。まったく大人になると狡賢くなる一方で嫌になるね。しかし本宮は、こうなると踏んで俺にこの小説本を渡していった。もし、君が私の話を簡単に信じたのであれば、渡さなくてもいいが、信じなかった時にはこれを渡せとね』

 ありのままを伝えた俺に、響 剣也は俺の顔を一瞬見上げて、またすぐに本へと視線を落とした。

『本宮刑事がこれを俺に………………』

 そう答えながらも、一向に受け取るための手が出てくる気配はない。

 おそらくだが、この小説本を本宮の遺書か遺品のように思えてしかたがないのだろう。

 わからなくもないが、タイトルがタイトルだけに、俺の中ではどうにもこうにもシリアスにはなりきれない。

 もしかして、この本を選んだ本宮の狙いはこれか!とも思うが、今更それを確認したくとも、そのご本人様には当分会えそうもない。

 響 剣也はやはり手を伸ばすことはなく、親の仇のようにその本を凝視していた。

 俺は已む無くその本を枕元に置いてやる。それから『ここまで信じてもらえるとは、本宮も刑事冥利に尽きるなぁ…………』などと零し、意地悪くニッと笑ってやった。

 散々ズタボロに言われた俺からのちょっとした意趣返しだ。

 中学生相手に大人げないって?いやいや、言われっぱなし、やられっぱなしは、いくら敗北宣言をしたとはいえ面白くない。

 だいたい本宮との約束は守った。

 これほどまでに損な役どころを演じたんだ。最後くらい格好つけても罰は当たらないだろう。

『お察しのとおり、俺は警護向きの刑事じゃねぇ。だからここで退散だ。心配しなくても、この部屋の警護は万全だから、しっかり休んで早く傷を治せ。そしてこれからのことをじっくり考えろ。()()が家族の元にも、学校にも戻れそうにないことだけは事実だからな。あぁそれと、本宮のことは信じてやっていい。あいつはそう簡単にはくたばるような奴じゃねぇ』


 そう告げた瞬間、俺を見つめる瞳に光が宿る。

 どうやら俺は最後の最後に信用を勝ち得たらしい。

 

 うん、その光はやさぐれたおっさんには少々眩し過ぎて、毒でしかねぇが、これはこれで悪くない………………


 そう内心で独り言ち、俺は病室を後にした。

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