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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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【挿話】上戸、一時的におっさん、後に熊――――そして、狂犬(3)

 深夜の病棟の一室。

 警護のために借りている、少年の病室の隣の部屋だ。

 ちなみに、少年の両隣三室はすべて空き部屋となっている。

 つまり、襲撃があった時のことを見越してのことなのだろう。

 しかも、捜査本部の刑事にすら、病室は疎か、病院の名前さえ知らされていないという念の入れようだ。

 

「さて、先輩を呼び出した理由ですが、俺の睡眠を妨害する奴らが来たんで、しっかりと沈めておきました。ちゃんと縛ってあるので大丈夫ですよ。ちなみそいつらは俺の車に突っ込んであります」

 これまた、寝てたらゴキブリが出てきたんで始末しておきました。ちゃんと袋に入れて縛ってあるので大丈夫ですよ―――――くらいの軽さだ。

 いや、ゴキブリなんぞを手渡されても困るが、それが生きた人間なら尚更困る。

「っていうかお前、囮になって綾塔咲良を救出するために、組織に潜入するつもりだったんだろうが!なに沈めてんだよ!」

「いやぁ…………反射というか、うっかりというか、人間の自己防衛本能って侮れませんよね。ついつい身体が勝手に動いちゃって」

「馬鹿か!反射でうっかり仕留めてんじゃねぇ!」

「ですよねぇ…………でも大丈夫ですよ。沈めた奴らは言わば偵察隊だったみたいなんで。だから本命はまた来ます」

「また、来るって……ちなみに沈めたのは何人だ」

「三人です」

 しれっと返された数だが、決して多いとは言えないまでも、少なくもない。

 今からそれを一人でなんとかしなければならないと思うと、かなり気が重い。

 一人で三人………………最悪だ。

 ま、今回のあぶり出しで、信用できる連中もわかった。

 こうなったら、背に腹は代えられねぇ……そいつらを巻き込むか――――と、早々に算段をつける。

「それで、もう一つお願いがあるんですけど、俺もこれから一芝居打ちながら上に連絡を入れるんで、先輩も情報を流してもらえませんか」

「なんだ?」

「今回の襲撃で少年が怖気づき、警護担当の刑事にその“鍵”を渡したようだと。つまり、俺にですね。しかし、少年の居場所が漏れた以上、新たな病院を確保する必要がある。とはいえ、直ぐには見つからないだろうから、一先ず、病室を変えることで対処する――――――ってな感じで、奴らが偵察なんかじゃなく、今夜中に方を付けに来るような情報をお願いします。その変更された病室で、俺が奴らを待ち構えますから」

「あぁあッ?」

 思いっきり嫌そうな顔した俺に、この出来すぎ後輩である本宮は、いつものように腹筋を鍛え始めた。

 もちろん上戸でだ。

 ただし、深夜の病院で大爆笑は許されないため、必死に声をこらえており、そのせいで…………いや、そのおかげで益々腹筋が鍛わっているようだった。

 そして俺は半眼でそれを見つめながら、本宮の持病がおさまるのを待つ。間違っても、介抱などしたりしない。というか、上戸につける薬がないように、上戸に正しい介抱など存在しないのだ。

 つまり、取るべき手段は放置一択。まぁ、余程時間がない場合は蹴り飛ばすが、それは本当に最後の手段のため、今は取り敢えず静観の構えを崩さない。

 我ながら付き合いがいいというか、ほんと気が長い。

 それから待つこと約二分少々。

 ようやく上戸の波が引いたのか、本宮は完全に涙目となった瞳に俺を映すと、スーツのポケットから一冊の本を取り出し、俺に差し出した。

「これは?」

「最近の俺の愛読書です」

「これが?」

「はい」

 それはもうイケメンスマイルで肯定されて、まじかよ…………と思いつつその本を見る。

 どう見ても文庫本サイズの推理小説。

 そしてそのタイトルは、“京都仏閣殺人事件 小坊主は見た”。

 一体その小坊主は何を見たんだ?という突っ込みしか湧いてこない。

 しかも、これを愛読者と宣った本宮のセンスに、俺は軽い眩暈を覚えた。

 お前はこのタイトルのどこに惹かれて読もうと思ったんだ――――――――と。

 だが、差し出されたまま行き場を失っている小説本に視線を落とし、それから本宮を見る。

 どうやら、俺が受け取るまで引き下げる気のない様子に、俺はやれやれとばかりにため息を吐く。

 そして、已む無く、不本意ながら、なんなら怪訝さを前面に押し出しながら、渋々それを受け取った。

 これを俺に読め、などと言い出したら、断固拒否しようと思いながら………………

「で、これを俺はどうすればいいんだ?証拠が何かなのか?」

 そう口にしながらもそれはないな、と思っていた。

 証拠であるなら、それ相応の扱いをするものだが、本宮も俺も手袋をはめていない。

 それ以前に、本宮の愛読書ということは、れっきとした私物であり、突拍子もないイレギュラーな事態が起こらない限り、これが証拠物品なるはずもない。

 すると本宮は淡々と告げた。

「彼に渡してください」

「彼?」

「俺の保護対象である響 剣也くんに。但し、それを渡すのは彼が先輩の話を信じなかった場合ですが……」

 これまた面倒な依頼付きらしい。

 同郷のよしみとはいえ、ちょっと俺に物を頼み過ぎじゃねぇかと真剣に思う。

「で、俺はいたいけな少年にどんなホラ話をすればいいんだ?」

 そう聞き返せば、本宮はふと目を細めた。

 それは淡い微笑みも見えたが、何故か痛そうにも、辛そうにも見えた。

「たまりにたまった休暇を取ることになった俺の代わりに、今日からは先輩が警護につく。事件の進展はまだない―――――それだけです。おそらく彼は信じないでしょうがね」

 ホラ話をしろと言っておきながら、自信満々にバレることを想定している。

 はっきり言って意味がわからない。

「何故そう言い切れる?刑事だって人間だ。休むことだってあるだろう。それに組織にいれば上の命令に逆らえず、無理矢理休暇をねじ込まれることだってある。いくら子供でもそれくらいはわかるし、さも尤もな(つら)で俺が言えば信じるだろうよ」

「でしょうね」

「だったら、ホラ話がバレることはねぇだろ。それにだ。確かにずっと傍にいた男が自分の身代わりとなったとわかれば、心に余計な傷を負う可能性だってある」

「えぇ、俺もそう思いますよ。でも、彼は騙されません。必ず、嘘だと見抜くでしょう。だからその時は、この小説本を渡してください。どれだけ傷つくことになろうとも、彼にはちゃんと真実を伝えてやりたいので」

 らしくなくそんなことを真剣な表情で抜かす本宮を、俺は胡乱な目で見つめた。

 正直、俄かに信じられなかった。なんせ相手は中学生のガキだ。刑事が人を騙すことを推奨するのもなんだが、時と場合によりけりだ。

 むしろ今回は嘘を吐いてでも、心の安寧を図ってやる方がいいに決まっている。

 それでなくとも、心身ともに満身創痍だったのだから。いや、それは今だって癒えてはいない。むしろ現在進行形だ。

 しかし、本宮は自信満々にそう言って退けると、俺に鍵を投げて寄越す。

 俺が引き取るべきゴキブリが入っている車の鍵らしい。

 そして踵を返すと、背を向けたままで告げてきた。

「じゃあ、頼みましたよ、先輩。あぁ、あと襲って欲しい部屋番号はメールしとくんで、先輩もしっかり情報流しといてくださいね」

 到底今から戦いの場に向かうとは思えないほど能天気な声。

 だが、そういう時ほど―――――

 まったく、何一人で熱くなってんだ、この馬鹿が…………

 と、その背中に悪態を吐く。

 本宮を本気にさせたのは、警護対象である少年。

 おそらく本宮は、何処かに置き忘れてきたという正義感とやらを、その少年と誘拐された少女を救うために、これから取りに行くのだろう。

 それに付き合わされる俺の身にもなって欲しいものだとつくづく思う。

 しかし――――――

 もちろんこの俺が今更本宮のように、いつの間にやら失っていた()()を探しに戻ることはないが、後輩の願いを聞き入れてやるくらいの度量ならまだギリ持ち合わせている。

 金はねぇから何かを奢ってやることはできないが、こういう太っ腹さなら見せてやるのも悪くない。

 丁度腹も出てきたことだしな……………

 

 こうして俺は小説本と車の鍵を手に、颯爽と病室を出ていく本宮を見送った。


 とんでもなく面倒な仕事と、どうしようもなく嫌な予感を強引に抱えこまされたまま――――――――


 

 

 

 

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