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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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58/96

【挿話】上戸、一時的におっさん、後に熊――――そして、狂犬(2)

 罠を張る――――――

 と、言われてまず思ったことは………………


 まさかこいつ、ダイキさんを熊として狩るつもりじゃねぇだろうな。


 という、馬鹿げたことだった。

 おそらく進展しない誘拐事件の焦燥も相俟って疲れすぎていたせいなのだろう。

 普段では考えられない思考が俺の中で駆け巡った。

 だが、それを口には出さなかった俺を自分で褒めてやりたいと思う。っていうか、少しは休ませてくれ!と真剣に思う。

 それでも誘拐された綾塔咲良のことを思うと、そうは言えない現実があって……………

 あぁ、これはちょっとした現実逃避だな……………と、軽く頭を横に振ってから、出来すぎ後輩本宮の声に耳を傾け直した。

『今回の誘拐事件に例の組織が絡んでいることは先輩もご存知ですよね。そして実しやかに語られているあの噂ももちろん信じているんですよね。簡単に噂話を信じる昨今の若者ではなくとも』

 このやろ………おっさんで悪かったな、なんことを寝不足と疲労でろくな思考ができなくなった頭で思いつつ、取り敢えず返す。

「あぁ、知っているし、信じているな。どこぞのホラー話よりも余程信憑性のある噂話としてな」

 そう、こいつの言う噂話とは、“テミス”と警察上層部の癒着のことだ。

 一応根も葉もない噂として暗黙の了解で処理されているが、もちろん根も葉もある事実だと、心ある警察官なら皆知っていることだ。

『だったら、その噂の真偽を確かめてみませんか?そしてそのついでに組織へ潜入して、俺が綾塔咲良を救出してきますんで』

 まるで、ちょっと夜中の学校に忍び込んで、肝試しをやってきますんで――――くらいの軽い口調でそう宣ってきた本宮に、俺はようやく絶賛疲労困憊中の頭をフル稼働させた。そして答える。

「勝算は?」

 内容よりも先にそれを聞いたのは、二人の子供の命がかかっているからだ。

 多少、難しい内容であろうとも、勝算が高いのであれば、それに乗っかるのも悪くはない。というか、今の進展のない状況を思えば、この際どんな内容だろうと乗っかるべきだとも思う。

 すると、本宮は自信ありげに『100%です』と言い切りやがった。

 一体その自信はどこからくるんだと言いたいところだが、おそらく雑に見えて実は石橋を叩いて渡るタイプである俺の性格を見越してのことだろう。

 そして、本宮をここまで本気にさせた存在がいるということだ。

『先輩、俺はね、今の場所に配属になってから、人としての心をどこか置き忘れてきたような気がしていたんですよ。正義感とかそういうの、一切合切まとめてね。けれど、仕事に忙殺されて、今更取りに戻る気にもならなかった。というか、むしろ身軽になったくらいの気でいたんです。先輩もそうでしょ?』

「確かにな………俺がこんなところにいるのも、自分の稼いだ金で、人間らしく飯を食うためだけだ。警察学校卒業したばかりの新人じゃあるまいし、今更被害者を助ける理由に、正義感なんて歯が浮くような台詞を口にするほどおめでたくもねぇよ。それは職務であり、俺たちがすべきことだからだ。義務感といってもいい。おまんまを食うためのな」

 時にその義務感を、真っ当な正義感だと抜かす奴がいるが、俺としては体のいい逃げ口上にしか聞こえない。

 悪を憎み、悪を捕まえる。俺たちの職業がそんな単純なものならば、正義のためにと胸を張って言えるのかもしれない。

 だが、実際は違う。悪に踏みにじられ、已む無く法を犯す奴らもいる。法を犯した人間の中にも、人として同情に値する奴らはいくらでもいるのだ。

 そこに俺たち目線の正義を持ち出し、掴まえ、罰する。そして法の目を潜り抜けた悪はのうのうと自由を謳歌し、また誰かを罪に陥れる。

 とてもじゃないが、自分たちが振りかざすものを正しい正義とは、俺は口が裂けても言えなくなった。

 ま、もちろんそれは俺の勝手な主観であり、弱さでもあるのだが、どうやらこの俺と同郷の出来すぎ後輩もまた、俺と同じだったらしい。

 いや、先輩もそうでしょ?などと断言してきたところからして、俺は後輩の目から見ても相当荒んで見えているらしい。ほっとけ!

『そう、義務感です。俺がこの任務に就いているのも、彼の護衛をしているのも、ただの職務だからです。でも、何でしょうね………俺がどこかに忘れてきたものを、絶対に失いたくないとばかりにしっかりと抱え込んでいる彼を見たら、ちょっと羨ましくなったんですよ。我ながら青臭いことにね。だから、ちょっと取りに戻ろうかと思っているんですよ。どこに置いてきたかも覚えていない、正義感とやらをね。でも、思い出せそうな気もするんですよ。彼を見ていると……………』

「それはそれは、まったくもって青臭ぇ話だな…………ある意味、よくもまぁそんなこっ恥ずかしい話ができたものだと感心すらしちまうよ。っていうか、俺がうっかり上戸になりそうだわ」

『いやいや、実際俺も腹が完全に引き攣っちゃって大変でしたよ。今も若干、腹筋が筋肉痛ですしね。正直言うと、三途の川が見えました』

「それはご愁傷さまなことだな」

『それはどうも。でも、まだ三途の川を渡るのは時期尚早だと思って戻ってきたんですよ。取り戻さなきゃいけないものもできましたしね。そこでその手始めに一つ罠を張ろうかと思いまして…………潰すべき悪をあぶり出すために』

「つまり、噂話を事実にするってことか?」

『そうです。餌はこちらで用意します。先輩は取り敢えず、捜査本部に今から俺が言う情報を流して、その情報がどのルートでどこまで漏洩するか確かめてください。そういうの得意でしょ?』

「おいおい、俺はまだやるともなんとも………………」

『いいえ、先輩ならやってくれますよ。それが可哀そうな少年少女を救う最善最短な方法だとなれば、尚更ね』

「………………随分と俺を買い被ってくれるじゃねぇか。ったく……………」

 馬鹿げていると思った。

 青臭ぇとも思った。

 だが、清々しささえ感じる本宮の声を聞いているうちに、組織という(しがらみ)の中で蓄積されていった自分の中の澱がほんの少し洗い流された気がした。もちろん、俺の中にある澱の量を思えば、微々たるものではあったが。

 それでも、僅かなりに動いたものがある。

 どうにも動かなかった自分の心だ。

 だから、ついついらしくもなく、言ってしまった。


 「で、俺は何を流せばいい?」

 

 ――――――――――――と。



 そこからは本当に面倒…………いや、大変だった。

 誘拐事件の捜査をしながら、名目上仲間となっている連中の動向を探る。

 俺の流した情報に見事に踊らされている馬鹿どものを内心では冷ややかに見つめながら、表面上は一緒になって踊っているフリをする。

 おっさんと呼ばれる歳になって、そんなふざけた三文芝居を打つことになるとは夢にも思わなかった。

 ちなみ俺が流した情報は、「やはり例の被害者の少年は、綾塔咲良からお守りと称して何かの鍵を預かっているらしい」という子供でも騙されないような偽情報だった。

 いやいや、さすがにこれで踊らされる阿呆はいねぇだろ!と即座に本宮へ突っ込みを入れたのだが………………

『先輩、ちゃんと自分の顔を鏡で見たことがあります?表情筋なんてとうの昔に死滅させた、お世辞にも愛想があるとはいえない仏頂面のおっさんがそんなことを言い出せば、誰も冗談とも嘘とも思いませんって。なんなら、この世界の神様すらうっかり信じてしまうくらいの説得力がありますから、自信もって流しちゃってください』

 へらへらとそう抜かしやがった。

 うん、可愛い同郷の後輩だが、いっそのこと笑い死んでくれてもいいと思う。

 というか、今の話のどの部分に俺は自信を持っていいのかさえわからない。

 だが、表情筋を死滅させたまま流した情報はあっさりと事実認定され、裏切り者たちはそれはもう、これはなんのお祭り騒ぎだ?と問いかけたくなるほどに、踊り狂ってくれた。

 警察上層部から末端に至るまで。

 そして今、俺が組まされている相棒ならぬ同僚もまた例に漏れず、立派な裏切り者だったようで、手始めにと真っ先に情報を流してやったら、のりのりで踊ってくれた期待を裏切らない奴だった。

 そのせいで、俺もまた踊っているフリをこいつの前で披露しなくてはならなくなったのだが…………まぁ、そこはいい。

 そして俺の流した情報が上から下まで粗方拡散しきった頃、裏切り者たちが動き始めた。

 例の可哀そうな少年が持つとされる鍵の奪取に向けてだ。

 もちろんそれを本宮に知らせてやり、俺は俺で何食わぬ顔をしながら捜査本部に混ざり込んでいたのだが、奴らがいたいけな少年に対して牙を剥く予定だったその日の深夜――――――――本宮からの突如呼び出しを喰らった。



「服部先輩、ちゃんと撒いて来ましたか?」

「撒いてきたよ!ってか、お前なぁ……こんな夜中に病院なんぞに呼び出しやがって、肝試しとか抜かしたら、真っ先にお前を化けて出る側にしてやるからな!」

「いやいやいや、俺と先輩じゃ、化けて出るのは先輩になっちゃうでしょ?」

「あのなぁ、こんな夜中にうるせぇハエどもを蹴散らしながら、こんな所までのこのこ来てやった心優しき先輩を殺そうとかしてんじゃねぇよ!で、用事はなんだ?」

「その心優しき先輩にお願いがあります」

 なんてことを言い始めた後輩に、俺は嫌な予感しかしなかった。


 そう、これが本宮と会う最後になるのではないかと――――――――――――

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