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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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【挿話】上戸、一時的におっさん、後に熊――――そして、狂犬(1)

「服部先輩、ちゃんと撒いて来ましたか?」

「撒いてきたよ!ってか、お前なぁ……こんな夜中に病院なんぞに呼び出しやがって、肝試しとか抜かしたら、真っ先にお前を化けて出る側にしてやるからな!」

「いやいやいや、俺と先輩じゃ、化けて出るのは先輩になっちゃうでしょ?」

「あのなぁ、こんな夜中にうるせぇハエどもを蹴散らしながら、こんな所までのこのこ来てやった心優しき先輩を殺そうとかしてんじゃねぇよ!で、用事はなんだ?」

「その心優しき先輩にお願いがあります」

 なんてことを言い始めた後輩に、俺は嫌な予感しかしなかった。




 本宮 衛は俺の六歳下のイケメン出来すぎ後輩だ。

 同郷で同じ中学、高校だったこともあり(在学時期はまったく被ってはいないが)、その縁もあって本宮が入庁してきた時から、妙な親近感を覚え面倒をみるようになっていた。いや、やたらと懐かれてしまったので、已む無く面倒をみることになっていた――――――が、正解か。

 とはいってもこの男、それはもう可愛げがないくらいに優秀で、気がつけば通称“ネズミ”と呼ばれる暗部の人間になってしまっていたが………………

 そのせいで可愛げのない奴が益々可愛げのない奴となり、イケメンのくせに女運のない奴が益々女運のない奴となってしまった。

 ザマーミロだ。

 実際それを口に出して言ってやったら、ただただ持病の上戸を発症させただけだったが、腹が痛いと泣いて苦しんでいたので(絶賛笑いながら)、一先ずそれで溜飲を下げておいた。

 配属先が配属先なだけに、その上戸が命取りにならなきゃいいな……………などと、同郷のよしみで余計な心配をしながら。

 しかしやはり、出来すぎ後輩にはその心配は無用だったようで、本宮は組織の表と裏の世界をネズミとして巧く渡り歩いているようだった。


 そして、本宮がネズミになった二年後、綾塔咲良誘拐事件が起こる―――――――――



 誘拐事件の場合、もちろんそれに特化した課があり、精鋭たちもいる。被害者たちに代わり、誘拐犯と交渉をするネゴシエーターと呼ばれる特殊な技能教育を受けた刑事だっている。

 そのため本来ならば、誘拐事件に関して俺の出番はないはずだった。

 いや、わざわざ出番なんか用意されても、自分の抱えている山にてんやわんやで、そちらさんはそちらさんで頑張ってくれ、というのが正直なところだった。

 だが、この誘拐事件が単なる身代金目的の誘拐ではなく、綾塔教授の未発表の論文という、この世界にとって迷惑………もとい、危険極まりないものであると判明した時点で、誘拐に特化しているはずの連中は、自分たちの手には負えないとあっさりと匙を投げた。もちろん内心でだが。

 そしてさらに、裏で“テミス”が関わっているとわかった時点で、よりにもよって組織犯罪対策部の刑事である俺に応援要請がきた。

 あくまでも組織犯罪をよく知る者として、アドバイザー的な立ち位置ではあったが………………

 しかし、これは厄介なことになったな…………と、思った。

 当然、駆り出されたことに対してではない。さすがに俺も、幼い子供の命がかかっている中で、そこまで非情でも、非常識でもない。ま、ぶっちゃけな話、婚弁してくれ、とは思っていたが………………

 それよりも相手が“テミス”であることに、この誘拐事件が一筋縄でいかないことを、刑事としての経験値と勘から感じてた。

 下手をすれば、綾塔咲良は二度と帰ってこないかもしれない―――――とも。

 実際、綾塔咲良の傍にいたというだけで少年が腹を刺されたらしい。それも命の危険さえも伴うレベルでだ。

 偶々、執刀医が(にのまえ) 進という日本の外科医の中で五本の指に入るほどの人物であったため、なんとか一命は取り留めたものの、依然として“テミス”から命を狙われる可能性があった。

 そのため、ネズミが動き、少年の身を守っているらしく、誘拐事件担当の刑事である俺たちですら、少年の病院は秘匿されている状況だった。

 だが、この異常ともいえる状況に、あの時の俺は不審や疑問を抱くことは一切なく、むしろ理解と納得しかなかった。

 なぜなら、“テミス”は――――――

 ギリシャ神話に出てくる剣と秤を持つ正義の女神の名を持つように、自らを“正義の武器商人”と謳い、手前勝手な正義の名のもとに正邪を秤にのせ、“悪”と定めたものを片方の手に持つ剣――――つまり、自社の武器で裁く自己中集団。

 もちろんその方法は、“善”と見なした国に武器を売りつけるという、商売人ならではの利益と打算という欲に塗れたものだ。

 言うなれば、己の欲を満たすがために、正義を語って非道な行為を寛容する質の悪い集団なのだ。

 そして、この段階ではあくまでも信憑性の高い噂にすぎなかったが、金という力で警察上層部まで手飼いとしているというのだから、ほんと始末が悪い。

 そもそも今回の誘拐事件だってそうだ。

 何も“テミス”は自分たちの名を堂々と語り、誘拐事件を行ったわけではない。

 金という餌をチラつかせれば、誘拐や殺しだって厭わない手飼いの雑種の犬どもを使えばいいだけの話だ。

 しかもこの雑種どもは、犬でありながらそのしっぽはトカゲの仕様となっており、足が付けばそのままそのしっぽが切って落とされる仕組みとなっている。

 そのため、どんなに背後で“テミス”が糸を引いているとしても、こちらはそれを察するのが精々で、しっぽが切られると同時に、引いていたはずの糸もぷっつりと切られてしまうため、“テミス”本体には辿り着けない。

 さらに言えば、そのやり口は非常に巧妙で、ただの事故、もしくは単独犯行に偽装されてしまう。

 おそらく、少年が有無を言わさず腹を刺されたことも、口封じ以外に、自分たちの正義を阻もうとした邪魔者は如何なる者であったとしても制裁を加えていい……とのお達しが雑種犬どもに下されていたからで、ある意味その場に居合わせただけの少年にとってはこれ以上の不幸はなかったと思われる。

 もちろん、綾塔教授の論文へと繋がる鍵を、綾塔咲良から受け取っているのではないかと“テミス”に疑われ、尚も命を狙われることになってしまったこの異常な状況についてもだ。


 この少年もまた“テミス”に人生を狂わされた犠牲者だな……………………


 そんな腹の足しにもならねぇ同情を抱えつつ、俺は決して全員が全員味方であるとは言えない警察組織の中で、この誘拐事件と向き合うこととなった。



 しかし、進展はなかなかなかった。

 こんな時にダイキさんこと、小仏省三がいてくれればと思った。

 俺より二歳上のその先輩であり、警視庁検挙率No,1の凄腕刑事は、第三機関特務機動捜査隊、通称サードの創始者であり、現総隊長でもある久利生(くりゅう)功己(こうき)に引き抜けれてしまい、ここにはいない。

 ちなみに俺とダイキさんの関係は、ある薬絡みの殺人事件で課を跨いでの協力体制を敷いた時に、何故か俺はダイキさんとベアを組まされたことがきっかけだ。

 それはもう、語るも涙、聞くも涙なほど散々振り回された結果、俺はこの無茶苦茶すぎる先輩にただただ圧倒されつつも、そのハチャメチャな行動力と、強さにうっかり魅入られてしまった。

 いい歳をしたおっさんが、熊相手にだ。

 我ながら気持ち悪いことこの上ない。

 だが、それくらいの存在感と、破壊力とで俺の固定観念やら、自己満足な正義感やらをぶっ壊してくれたダイキさんを、俺は自然と慕うようになり、ダイキさんもまたこんな俺を後輩として可愛がってくれた。

 しかし、そのダイキさんは、それはもうあっさりと刑事を辞め、サードへと行ってしまった。

 もちろんその理由を聞いたことはあるが、『こういうのは餅は餅屋なんだよ』と、意味不明な台詞とともに豪快に笑われてしまった。

 まぁ、あのダイキさんの性格では、こんな堅苦しい上に、裏切りと謀略に塗れた組織など嫌悪して然るべきだな……………と俺なりに納得をして、俺は厄介でしかない誘拐事件に、日々焦燥と苛立ちを募らせていた。

 そんな中、俺に一本の電話が入る。

 

『先輩、お久しぶりです。今、いいですか?』

『本宮か……確かに久しぶりだな。だが、生憎お前と楽しい会話をしている暇はねぇ。俺は今…………」

『面倒な誘拐事件に駆り出されている、でしょ?』

「さすがだな。ネズ公はなんでも知ってんだな」

『いやいや、偶然ですよ。というか、俺もまたその事件の担当ですからね』

 あぁ…………そうか。と、思い出す。

 可哀そうな少年の警護は今ネズミがしているんだったな………と。

 つまり、そのネズミの一匹である本宮がしているということだ。

「なるほどな。だとしたら、これは楽しい電話ではなさそうだな」

『正解です。ちなみに俺、先輩とダイキさん以外誰も信用してないんですよね。ある意味…………』

「おいおい、お前も噂をあっさりと信じる今時の若者ってことか?まぁ…………俺も若者ではないが、噂は真実だろうと思っている口だがな」

 なんてことを返すと、電話の向こうで奴の上戸が発動した。

 何故だ!とは思うが、こいつの上戸は病気だから仕方がないと、早々に諦めることにする。

 人間諦めが肝心な時もあると、この歳になればいい加減学習するというものだ。

 すると、『うん、確かに先輩は……若者では……ないですね…………』と、必死に声を絞り出してきやがった。

 コノヤロ…………今すぐ切ってやる!

 そう決めた刹那、本宮の声が再び届く。


『先輩、罠を張りましょう』

 


 

 

 

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