追跡と狂犬(12)
テーブルの上に置かれたコーヒーフロート五つと、味噌デカ盛りと書かれたカップラーメン一つ。
言わずもがな、カップラーメンは飢えた熊用の餌…………もとい、飯だ。
『お前がいつも食っている物を出せ』と言われて、出てきたのがこのカップラーメンといったあたり、おっさん刑事の貧相な食生活が窺い知れる。
そしてコーヒーフロートが五つもあるわけは、熊、綾塔教授、元おっさん刑事、風吹、そんでもって俺の分だ。
元おっさん刑事にすれば、自分で作ったコーヒーフロートであり、茶店の親父がなんで俺たちと一緒に喰ってんだという疑問もあるが、この茶店自体そのものが摩訶不思議なため、もう今更突っ込む気も起こらない。
ちなみに、綾塔教授にとっては二つ目のコーヒーフロートとなり、さすがに二つ目ともなると、うんざり感がまったくもって隠しきれていない。
まぁ、せめてホットコーヒーにしてやれよ………と、思うが、なんせこの店のメニューはコーヒーフロート一択。
それこそ無理な注文であり、こうして出てきてしまったものは仕方がないと、腹下し覚悟で綾塔教授には頑張ってもらうことにする。
そんな俺たちに加えて、谷川もまた別室でコーヒーフロートをご賞味中のはずだが(たぶん)、実際どのようにして食べているかは謎だ。
せめて袋から顔だけは出してやれ、と熊が命じていたが、手が出せない状況でこのコーヒーフロートは酷だと思うのだが……………いや、悪知恵だけは働く谷川のことだ。なんかとするだろ。うん、人間為せば成るだ、と早々に考えるのをやめる。
ってゆーか、今はそんなことより――――
「で、時間がないので単刀直入に聞きますが、生きてる人間を殺してまで、あんたらは何を企んでいるんだ?」
「おいおい、そこからかよ。教授に聞いてねぇのか?つーか、聞かなくてもわかんだろ。もちろん“テミス”をぶっ潰すんだよ」
「んなことは、言われなくてもわかってますよ!どうやって潰すつもりなのかと聞いているんです!」
元おっさん刑事が死人となったのは今から約十年前。
俺が“テミス”の阿保どもに腹を刺され、サクラを奪われたすぐ後のことだ。
それだけでも、昨日今日立てたぽっと出の計画なわけがない。正直、馬鹿でもわかる。
しかしこの単細胞でできた熊は、ラーメンをすすりながら宣った。
「あぁ?んなもん頃合いを見て、乗り込んで行くだけだ。他にあるか!」
いやいや、色々とあるだろうが!
っていうか、それだけなら、十年もかけずにさっさと乗り込めよ。あんたなら余裕でビルごと破壊できるはずだ。
俺もよく植田に『いい加減その単細胞を細胞分裂させて、ちょっとは成長しなさいよ!」と言われるが、この熊にこそそう言ってやって欲しいと切に思う。
だが、よくよく考えてみれば、これは俺が悪い。一番聞いてはいけない熊に聞いた俺がそもそも間違っていたのだ。
ここは話が理解できる奴に聞くべきだったと、即座に自分の非を認めて、視線の矛先を綾塔教授へと変える。
そして、さぁ、お得意の論調で、理路整然と話してくれと、無言の圧力で訴える。
すると綾塔教授は、二つ目のコーヒーフロートを弄びながら「小仏班長の説明はちょっと大雑把だったけど、だいたいそんな感じだね」などと苦笑する。
しかし俺にしてみれば、その説明はいくらなんでも端折すぎだと、物申したい。
いつものあの優秀さはコーヒーフロートの食べ過ぎによる感覚麻痺で、活動停止中なのかもしれない。
クソッ!こうなったら、コーヒーフロートしか作れねぇ店主に責任を取らせてやる……と、元おっさん刑事に視線を向けた。
何しろ、この人こそ熊に死人にされながら、ちゃっかり茶店の親父として生きていたご本人様だ。さぞかし、ご立派な裏事情やら、計画やらがあるのだろうと話を待つ。
「キョウ!その目、目、まじで怖すぎだから!」
と、風吹が小突いてくるが、今はこの元おっさん刑事に口を割ってもらうつもりのため、風吹の必死の訴えもさらりとスルーして(ガン無視して)、我関せずとばかりにコーヒーフロートをストローですする元おっさん刑事の眉間に穴が開ける勢いで見つめ続ける(睨みつける)。
すると、さすがの元おっさん刑事も、諦めたようにコーヒーフロートをテーブルに置き、「やれやれ、一番めんどくせぇ役どころが回って来やがった。最悪だ」とほざいてから、これ見よがしにデカいため息を吐いた。そして、本当に面倒そうに口を開く。
「別にさ、大した話じゃねぇんだよ。ダイキさんが言うように、一言で言うなら頃合いを見計らっていた――――――となる。まぁその間に十年という月日が経っちまったが、それも計画でそうなったわけでなく、気がつきゃ十年経ってたってだけの話だ。まぁ………あのクソ生意気なガキが一端のサード隊員になってんだから、それなりに月日が経っちまったことは確かだけどな………………」
そんなことを言いながら遠い目となった元おっさん刑事は、自分が死人となった日のことを話し始めた。
「雨の夜だった。預かった洗濯物が乾かねぇじゃねぇかと、悪態を吐きながらアパートに帰るところだった。しかし、すぐに尾行に気づいた。っていうか、刑事が尾行されるって世も末だな…………なんてことを思いつつ、すぐに“テミス”が俺を殺しに来たんだな、とすぐにわかった…………」
元おっさん刑事――――――――
服部大也は、組織犯罪対策部の刑事で、主に銃器や薬物の捜査を行っていた。
そのため武器商人である“テミス”もまた元おっさん刑事にとってはれっきとした捜査対象だったらしい。その絡みと、後輩でもある本宮刑事の頼みで、俺のクリーニング屋をやっていたそうだが、それはあくまでも極秘任務だった。
「そりゃそうなるだろ?警察上層部は“テミス”に手飼いだ。そしてあの頃のお前は、綾塔教授の非公開の論文の保管場所の鍵、もしくはそれに繋がるヒントを持っているかもしれないと思われていた。綾塔教授の娘、咲良ちゃんと最後に接触した人間としてな。だから、お前を“テミス”からも、警察の一部の人間からも隠す必要があった。但し、その頃の俺の相棒……所謂サードで言うところのバディって奴だが、そいつもまた“テミス”の犬だった。つまり、俺は端から見張られていたんだよ。警察上層部からも“テミス”からもな。だから、本当に大変だったんだぞ、お前の病院に行くのは。本宮の野郎、簡単に俺に押し付けていきやがったが、病院へ行くにも綱渡り状態で、いつも尾行を撒くのに四苦八苦だった。ま、俺には運動神経はないが、あの頃のお前が言っていたように頭脳派刑事だったからな。走っても逃げきれないなら、頭を使って尾行を撒くしかねぇだろ?都合がいいことに、病院だけはいっぱいあるからな」
そう、元おっさん刑事は、適当な病院を適当にはしごしながら、俺の病院を来ていたらしい。
「俺は薬関係を取り締まる刑事だからな、病院とのパイプもそれなりにあったし、勝手知ったるってところもあった。それに、その頃の俺にとってはイチも立派な協力者だったからな」
「イチ……って、まさか………」
イチと聞いて真っ先に浮かぶのは、うちの副班長、一 進だ。
俺と風吹の驚きように、熊が怪訝な顔で見てくる。
なんでそんな顔になるだと思えば、熊がコーヒーフロートのアイスを丸呑みし、ただのアイスコーヒーにしてから、告げてくる。
但し、熊も痛覚的ものはあったらしく、キーンときたこめかみを押さえながらだ。
「風吹はしかたねぇとしても、なんで狂犬まで一緒に驚いてんだよ。だいたいてめぇの腹の執刀医、イチだろうが」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ⁉」
「まぁ、実際手術した病院と、匿っていた病院は違うしな。だが、お前がこうやって生きてんのは、イチおかげだ」
「………………………まじか」
「まじだ」
いや、もう…………そういうことはちゃんと言っといてくれよ。
これじゃただの恩知らず野郎じゃねぇか!
っていうか、このおっさんら(副班長も含めて)、ほんと質が悪すぎだ!
クソッ!何も知らなかった俺が馬鹿見てぇじゃねぇか!と、元おっさん刑事に視線を戻すついでに睨みつけてやれば、元おっさん刑事はあっさりとホールドアップした。
「おいおい、噛みつくなよ、狂犬。噛みつくなら、ダイキさんにしろ。その人は多少のことじゃ死なねぇから。ま、俺も人のこと言えた義理じゃねぇけどな」
だよな。
死人にされながらも、こうしてピンピン生きてんだからと、じとりと半眼になれば、元おっさん刑事は苦笑した。
「自慢じゃないが、実際、俺は“テミス”に殺されかけたし、幽霊半歩手前まで行ったからな。今生きてんのはイチの腕とダイキさんのおかげだ。なんせ、ビルから突き落とされたんだからな。ま、その“テミス”の野郎も一緒に引き摺り落としてやったからな」
確かに自慢じゃない。
呆れ顔になった俺に、くくくくっ……と、元おっさん刑事から漏れる乾いた笑い。
それを呑み込むべく、元おっさん刑事はコーヒーフロートをすする。
そして、やおら口端を上げると、湿らせたばかりの口を再び開いた。




