追跡と狂犬(9)
その声はどこか緊張を纏っていた。
「響だ。珍しいな。大島博士から俺に連絡してくるとは」
『用があれば、私だって連絡ぐらいするよ。ところで狂犬くんは今どこにいるのかな?』
「とあるビルの地下駐車場だ。そういう博士は今どこで何をしてる?植田が怒り狂って探してたぞ」
『そ、そ、そこは狂犬くんが巧く取りなして…………』
「それは無理な注文だな。ある意味植田はサード最強だ。俺なんかじゃ太刀打ちできねぇよ。で、博士はどこにいる?肝心な答えがまだ聞けないんだが?っていうか、いい加減、この電話の目的を話したらどうだ?大島博士――――――ではなく、綾塔教授」
これ以上は時間の無駄だといきなり核心を突く。そもそも今の俺たちには、くだらない会話を呑気に楽しんでいる暇など一秒たりともない。
そしてそれは大島博士改め、綾塔教授もまた同じだったようで、悪びれる気配すらなく、満足げに声を立てて笑った。
『いやいや、これは話が早くて助かるね。ちなみに今私は、君たちがいるとあるビルの目の鼻と先にある茶店で、コーヒーフロートを賞味しているところだ。実は君たちを待っている間に大雨に降られてしまってね、本当に参ったよ。そこで茶店に入り、コーヒーフロートなるものを注文することになったんだが、なかなか美味しいものだね、これ。まぁ、それはさておき、今の状況を察するに、我が愛しの娘、咲良は奴らの手に落ちたようだな』
大島博士の時のどこかおどおどとした口調とは異り、堂々とも飄々ともとれる妙に掴みどころがない口調。
おそらくこちらが綾塔教授の素なのだろう。
綾塔龍太郎―――――サクラの親父さんで、著名な物理学者であり大学教授。人類にとってとても役に立つものから、人類を破滅させる恐れのあるものまで、己の興味のままに研究を重ねる、正真正銘の危険人物だ。
そして本件における諸悪の根源であり、すべての発端―――――
にもかかわらず、自分の娘が敵の手に落ちたと自らの口で宣っておきながら、この落ち着きようは何なんだ、と苛立ちが増す。
それをいち早く察した風吹がどうどうとまたもや俺を暴れ馬扱いしてくるが、今はそれすらも腹立たしい。
そりゃそうだろう。
だいたい幼いサクラが組織に誘拐されたのだって、俺の腹に風穴が開いたことだって、すべてはこいつのせいなのだ。
したがって――――――――
てめぇがすべての諸悪の根源だろうが!飄々と話してんじゃねぇよ!
と、思いっきり怒鳴り返してやりたくなる。
しかし、今の俺がいる場所は敵陣の地下駐車場。それでなくとも、現在進行形でコソコソ隠れている身で、怒声はない。
うっかり怒声を飛ばした時点で、漏れなく俺と風吹の首が締まることとなる(谷川の首はどうでもいいが)。
そのため、ここぞとばかりに、現状を冷静に判断できる大人としての対応を見せてやることにする。
「自分の娘が敵の手にあるというに、随分と余裕なんだな。っていうか、いつから四井商事が“テミス”の表の顔だと知ってたんだ?」
大人の対応として多少の嫌味と棘はどうなんだ?と言われればそれまでだが、これくらいの意趣返しは許されるだろうと、綾塔教授の返答を待つ。
しかし敵もさるもので、しっかりと嫌味と棘付きで返してくる。
『ん?かなりの初期段階で知っていたよ。己の敵を知らねば、戦えないのでね。その点狂犬くんは、ずっと相手も知らずに戦おうとしていたのだから、その出たとこ勝負的な発想にはある意味感服するよ。ほら、私は一応研究者の端くれだから、知らない、わからないを放置できない質なんだよ。ま、研究者の哀しき性ってやつだな』
正直、滅茶苦茶ムカつく。
出たとこ勝負で悪かったな!とも思う。
だが実際問題、すべてが事実なため、思いつく限りの罵詈雑言を全部呑み込む。
それこそ胃もたれ覚悟でだ。
とはいえ――――――別に俺は出たとこ勝負を望んでいたわけではない。散々調べ尽したにもかかわらず、俺が…………サードが…………“テミス”の表の顔に辿り着くことはなかっただけの話だ。
これほど世界を股にかけた武器商人であるのにもかかわらず。
しかし、今に思えばその答えはあっさりと出てくる。
俺はサードの人間だった。だからサードの情報網を使い、必然的に“テミス”を調べることとなる。が、サード内部に“テミス”の息のかかった人間がいるならば、その情報網ですら怪しくなる。
つまり、俺はサードの人間になることで、“テミス”には絶対に辿り着けない袋小路へ追い込まれていたのだ。
気づかぬうちにそれとなく………………
そう思えば、最悪な気分がさらに胸くそ悪くなる。
そしてそれは、舌打ちという形で態度に諸出たことで、どうやら綾塔教授の笑いの壺を刺激してしまったらしい。
『はははははは…………おやおや、狂犬くんともあろうものが、すっかりサードに飼い慣らされていたようだね。これは人生の先輩としての忠告だが、この世界は右も左も、裏切りと裏切りと裏切りでできている。しっかり覚えていおいたほうがいい。これから“テミス”と渡り合うつもりなら尚更のことだ。むしろ信じられるものは、自分だけだと思うべきだな。だから、私のことは信用などしなくてもいい。だが、信用できなくとも、共闘はできる。背中を預け合うのではなく、同じ敵を並んで見据える形でね。そこで私からの提案だ。私はやりたい研究を存分に続けるためにも、娘の咲良を自由にしてやるためにも、“テミス”を壊滅まで追い込みたい。そしてそれは、君も同じはずだ。君は我が娘に特別な思い入れがあるらしいからね』
「うぐっ………………」
そうだった。この大島…………もとい、綾塔教授も俺の過去を知る数少ない一人だった。
つまり何か?俺はサクラの実の父親に、今までずっと生暖かい目で見られていたってことか?
一体何なんだ!この羞恥プレーはッ!
いや、いくら教授でも、さすがにその特別な思い入れとやらが、具体的にどんなものだったかまではさすがに知らねぇはずだ!
そう思い込むことで、なんとか気持ちの立て直しをなんとか図る。が……………………
『いやいや、そう恥ずかしがることはない。うちの咲良は天使のように愛らしく美しいからね。出会ってすぐに恋に落ちてしまったとしても全然おかしくはないよ。たとえ相手が小学校一年生でもね』
「うぐっ………………」
駄目だ…………精神的ダメージが半端ない。
というか、俺自身自覚したのはサクラに再会してからだというのに、なんでバレてんだ!
どう考えてみても、恥ずかしすぎるだろうが!
思わずワイヤレスイヤホンを壁に叩きつけて、そのまま木っ端にしてやりたくなる。
しかし、今の俺がいる場所は敵陣の地下駐車場。以下略だ。
頭から湯気が立ちのぼりそうなくらいに、全身茹だりきった俺に、こういう色恋事に関して妙に鼻が利く風吹が、ニマニマとした笑いを見せてくる。
そのため、風吹の腹に八つ当たりばかりに拳を一つめり込ませた。
恨むなら教授を恨め!
そう内心で捨て台詞を吐きながら。
そしてついでに、今の俺は羞恥に悶える刃だ。触れただけでざっくりいくぞ!と、谷川も睨んでおく。
おそらく俺の赤面の理由などまったくわかっていないだろうが、命の危機に関しての野生の勘だけは持ち合わせているようで、訳もわからないままにコクコクコクと首振り人形の如く首を縦に振った。
あぁ、賢明だ。それでいい。
だが、電話の向こうから、さらなる追い打ちが来る。というか、綾塔教授にしてみればフォローのつもりかもしれないが…………
『一応言っておくけど、君の過去を知る人間なら全員が知っていることだからね。私だけではないよ。しかしそのせいで、植田さんが可哀そうで……可哀そうで…………』
なんでここで、植田の名前が出てくるのかわからないが、俺のほうがよっぽど可哀そうだと思う。だが今は、そんな自分を憐れんで再起不能に陥っている場合ではないと、強引に話の舵を切る。
「んなことはどうでもいい!とにかくサクラたちを助けるのが先決だ!俺たちと共闘する気なら、あんたは組織を釣るための餌になってもらう。いいな!」
『もとよりそのつもりだよ。組織が咲良を欲しがったのはその能力を知ったがためだ。だが、その咲良の能力だけでは意味がない。この私がいてこそ、ようやく意味を持つ。なぜなら、咲良は私の論文しろ研究にしろ一字一句違わず覚えてはいるが、それを正しく理解し、形にできるのは私しかいない。そう、“テミス”の手飼いの研究者たちがどれほど優秀だろうと、咲良が覚えている内容だけでは足りないのだよ。ピースがね』
「………………つまり、何が言いたい」
『つまり、すべては私の計画通りに進んでいるということさ。私がわざわざ裏のルートを使って咲良の能力を組織に教えてやったのも、奴らがそれに踊らされる形で銀行の貸金庫に爆弾を仕掛けたのも、あの幽霊屋敷が狙われたのも、すべては私の計画通り』
「あんた…………自分の娘を囮に…………」
ぐらぐらと湧き上がる怒りで唇を噛み知れば、忽ち口の中に鉄の味が広がった。
しかし綾塔教授の話は尚も続く。
『もちろん心は痛んでる。可愛い可愛い娘を使うことに対してね。だがさっきも言ったように、組織を壊滅させなければ、咲良を自由にはできない。そう、これは苦肉の策なんだよ。だから最後の仕上げとして、是非とも狂犬くんの手を借りたい。いや、正直に言おう。そもそも私の中で君は、この計画における重要な駒だった。可愛い姫を助け出す騎士としてね。そして君はここまで本当によくやってくれた。今現在咲良の傍にいる護衛騎士くんにしてもね』
「…………………………」
『さて、すべてを白状したところで、ファイナルアンサーといこうか。私と共闘し組織を潰して咲良を無事に助け出すか、私に協力せずに逆に組織の返り討ちにあうか。二者択一だ』
怒りはある。納得もできない。だが、今の状況を思えば背に腹は代えられない。
それに綾塔教授は俺を駒だと言ったが、今の俺にとっては教授こそが手駒だ。
使うか、使われるか。騙すか、騙されるか。潰すか、潰されるか。
だが、最後にすべてをひっくり返してやるのはこの俺だと、一度風吹に視線を送ってから答える。
「わかった。共闘だ。ということで、これから作戦会議と洒落こもうか」
『いいねぇ……茶店で待ってるよ』
そして、電話は一方的に切られた。
こんにちは。星澄です☆
たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪
あの人こんな性格だったんだ………
私も書きながらビックリです。
どうか皆様にとってドキドキワクワクできるお話となりますように☆
恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。
何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。
どうぞよろしくお願いいたします☆
星澄




