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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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追跡と狂犬(7)

 さて、どうするか……

 言うまでもなく、俺も風吹も濡れネズミ状態だ。

 さすがにこれで、正面口の受付から入るわけにはいかない。真っ裸ではないだけマシかもしれないが、あくまでもマシだと言うだけで、不審者極まりないことに変わりはない。

 そもそも正面突破したところで、行き当たるのは“テミス”の表の顔である“四井商事”であって、そこで知らぬ存ぜぬと門前払いされるのがオチだ。

 つまり、裏の顔である“テミス”内部へと突入したいのであれば、裏直通の出入口を探すよりほかない。

 ただ問題は、その出入り口が正面出入口や非常口のように目に見える形で存在していないだろうという点だ。

 まじで、どうするか……

 そんな思考を巡らせている間に、風吹は地下駐車場を見て回っていたらしく、「キョウ!」と声をかけられる。もちろん最小限の声とジェスチャーでだ。

 俺は一旦思考を止め、ビシャビシャとあり得ない靴音を立てながら、風吹へと駆け寄った。


「この車見て。ちょっと怪しくない?」

 そう言って、風吹はある一台の車を指し示した。

 色は黒。スポーツカーではあるが、実用性も兼ねそなえた、乗り心地も速さも望めるという、いいとこ取りのスポーツカーだ。そのため5ドアボディではあるが、運転席側のドアガラスから中を覗いてみれば、5速MT。

 街中でどれだけスピードを出すつもりなんだと、思わず突っ込みをいれたくなる仕様となっている。

 だが、風吹が目を付けたのはそこではなく―――――

「濡れてるな」

「あぁ、濡れてるね」

 そう、この車体だけが地下駐車場内で雨に濡れていた点だ。

 正確に言うなら、俺たちが乗ってきたバイクと、俺ら自身と、この車だけが濡れていた――――――――という点だ。

「これはめちゃくちゃ怪しいな」

「だろ?それに助手席をよく見て」

 そう言われて目を眇めてみれば、そこには老紳士の変装を解いた上戸執事が着ていたはずの黒のジャケットとグレーのTシャツが、とても綺麗に折り畳まれて置いてあった。それもある意味、これ見よがしに。

 もちろん真っ裸になったってことはないだろうから、どこかでまた素の本宮さんから、執事の川上さんへと戻ったのもしれない。おそらくどこまでも用意周到なサクラと上戸執事なら、予めこの車にも変装道具を積み込んでいたとしてもなんらおかしくはないだろう。

 だが、それでも今の状況を思えば、かなりおかしい。

 あの上戸執事と谷川の会話を聞く限り、谷川にサクラを人質として取られてしまったがゆえに、上戸執事は運転手として已む無くここまで車を走らせてきたはずだ。

 その状況で呑気に変装をし直している暇はまずないだろう。

 しかし、この状況を見る限り、上戸執事は間違えなく着替えをしている。もちろん老紳士に戻ったという確証はないが、敵陣に乗り込むのなら今はお嬢様に忠実な老紳士の執事として油断を誘った方が得策にも思える。

 とはいえ、いくら得策に思えたとしても、それが可能かどうかは話は別だ。

 まさか、丸腰を示すために、マジで真っ裸になったのか……………………

 なんて馬鹿げたことが脳裏を過るが、即座に首を振って打ち消した。

 そこに、突如地下駐車場に響く台車を押す音。

 ゴロゴロ………と、地下駐車場の奥から聞こえてくる音に、俺と風吹は咄嗟に車体の陰に身を隠す。

 徐々に近づいてくる台車の音と足音二つ。

 もちろん今の俺のようなビシャビシャという残念な足音ではない。

 それにしても、今が夏とはいえ、ここまでずぶ濡れだとさすがに身体が冷えてきた。

 お誂え向きにどうやら二人いるようだし、追い剥ぎでもしようかとふと思う。

 しかしそれを思ったのは、どうやら俺だけではなかったらしい。

 俺の反対側の車体後部に隠れている風吹の位置からは、すでにその足音を立てる者たちを目視できたようで、すかさず風吹がハンドサインを送ってくる。

 俺は右。キョウは左ね

 ―――――――――などと。

 おいおい、まじか…………とは、思ったものの、ようやく俺が潜む場所からもその足音を立てる奴らの姿が目視できるようになった瞬間、俺は躊躇うことなく、了解の意をハンドサインで風吹に送った。

 ここは大手貿易会社の地下駐車場。

 そりゃ普通にスーツ姿の野郎がウロウロしていても、なんら不思議はないだろう。

 だが、俺と風吹は例の幽霊屋敷で散々組織に連中を相手にしてきた。というか、沈めてきた。だからこそわかる。

 今、台車を押しているスーツ野郎は、善良な四井商事の人間ではないと。

 ならば、心置きなく沈めて追い剥ぎができるってもんだと、俺は車の陰から飛び出した。

 ビシャ!ビシャ!ビシャ!ビシャ!

 俺について回る音が泣きたくなるほどに格好悪い。そして、そのせいであっさりと俺の存在が見つかったが、元々見つけてもらうつもりで飛び出したため、そこんところは良しとする。

「お、お前、何者だ!」

 男の一人がそう叫び、俺に向かって押していた台車を思いっきり押しやった。

 俺に向かって転がってくる台車。その上には重そうな白い布製の袋が置かれており、下り坂ならまだしも、平らな道ではその重たさが裏目に出たようで、そう加速はない。そのためその台車をワンステップで躱し、台車が俺の後ろに停まっていた車に激突していく音、さらに別の音を背後で聞きながら、風吹の指示通りに左側の男の腕を鷲掴んだ。今にも懐の中に潜ませている飛び道具を取り出さんとするその腕を。

 そして、聞かれた以上は律儀に名乗ってやる。

「サードだ」

 男の顔が忽ち引き攣ったが、それこそ知ったことではない。お前が聞いたから答えてやったまでだと、俺はそのままぎりぎりと力任せに男の腕を捻り上げる。

 そして、「で、あんたらは“テミス”で間違いなさそうだな」と一方的に告げ、空いている方の手を男の腹に容赦なく沈み込ませた。

 そんな俺たちの横でもまた、しっかりと俺の後に続いて飛び出していた風吹が、右側の男をまるで教本のお手本のように、綺麗に背負い投げていた。まさに、「一本!そこまで!」と声をかけたくなるくらいの鮮やかさでだ。

 それから、俺と風吹はその男たちを車の陰に引っ張り込むと、せっせと追い剥ぎを始めた。

 もちろん剝ぐのはスーツとズボンとワイシャツとベルトだけだ。そいつらのネクタイはもちろん一時的に奪いはするが、そいつらを拘束するために丁重に返してやる。後ろ手にぐるぐると両手首を巻いていやる形で。

 そして靴に関してはどうするかと悩んだが、少々サイズが合わないことと、戦闘にはやはり慣れ親しんだ靴の方がいいだろうということで、自前の現在履き心地が最悪の靴をそのまま履いておくことにした。

「あぁ……靴はともかく、服のサイズが合ってよかったよ。スーツがちんちくりんなんて格好悪いことこの上ないからね。それに、なんとかこれで風邪も引かなくて済みそうだ」

「しかも、潜入しやすくなったしな」

「言えてる。ついでに武器の調達もできたしね」

「おかげさまでな。サイレンサー付きの実弾入り拳銃だ。まったくオフィスビルに、なんてモノを持って出社してきてんだこいつらは」

「確かにね。だけどこれで間違いなくここが“テミス”と関係があるってことが実証されたってわけだ」

「関係ね…………なんともお優しい表現だな」

「そりゃ、俺はキョウと違って優しくできてるからね。ま、女の子限定だけど」

「それは優しいではなくて、やらしいの間違いだろ」

「ま、そう言えなくもない」

「………最悪だな、お前」

 なんてことを言い合いながら、俺と風吹は潜入のための準備を進めていく。

 人の着ていた服を着るなんて正直まっぴら御免だが、今は贅沢など言っていられない。

 とにかくノーネクタイではあるが、それなりの格好となり、懐に拳銃と、何処かの鍵も数種類手にした俺たちは(男の家の鍵も含まれているかもしれないが)、転がった果てに駐車中の車に激突し、そのまま横倒しとなった台車にようやく目を向けた。

 そして風吹と同時にため息を吐く。

「それにしても、どうやら俺たちは願ってもない案内人も確保できたようだね」

「あぁ…………ろくでもねぇ案内人だがな」

「まぁ、それはお互い様なんじゃない?こいつに言わせれば」

「はぁ?こんなに優しい人間は他にはいねぇよ!」

「それこそ、優しいではなく恐ろしいの間違いなんじゃないの?」

「ま、そこに関しては否定しないけどな」

 やはりそんなことを言い合いながら、俺と風吹はその台車に近づき、台車と一緒に転がっている白い大きな布袋を引き起こした。

 まるで粗大ごみの入りのような袋を。いや、粗大ごみだと言われても、もはや否定する気も起らないが………………

 そしてその粗大ごみに声をかける。

「お~い。生きてるか?」

「うぐぐぐぐぐぐぐ」

 どうやら生きていると猛アピールしているらしい。

 もちろん、生きているのは知っていた。さらに言えば、この袋の中身も粗方の見当はついていた。

 なんせ、車とぶつかった衝撃音の他に、明らかに人間のモノと思われる「うぐッ……」という声が漏れ聞こえてきたからだ。

 それも、聞き覚えのある―――――――

 

 ったく……こいつは………………


 風吹はただただやらしいだけの人間だが、俺は恐ろしくとも優しい人間だ。

 そのため、さっさと袋の口を縛っている紐を解き、新鮮とは言い難いが、地下の湿った空気を存分に吸わせてやる。

 どうやら猿轡をされているようだが、息は鼻でするもんだと、そのまま引き摺り出す。


「よう、恩知らず野郎。今度は俺たちに付き合ってもらおうか」


 袋の中から出てきた谷川に、俺と風吹は不敵な笑み付きで詰め寄った。

 

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