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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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追跡と狂犬(6)

 暗雲立ち込める――――――


 比喩ではなくリアルにだ。

 あの馬鹿デカい入道雲は、立派に積乱雲としての役目を果たす気らしく、あれほど青かった空を暗雲で覆ってしまった。

 まったくもってそんな使命感はいらないのだが、文句を言ったところで相手は所詮雲だ。掴みどころもあったもんじゃない。

 そんな空の下、俺は現在、風吹を後ろに乗せてバイクを唸らせている。


「風吹!信号は捕捉できたのか!」

『まだ回答なし!今はとにかく国道2号線を突っ走るしかない!』

「クソッ!」

 俺は、ヘルメットに装着したバイク用インカムから聞こえてきた風吹の言葉に対し、盛大に舌打ちをした。

 ちなみにこのバイク用インカムは、ヘルメットと一緒に用意されていたものだ。

 さすが、逃亡し慣れているというか、サクラと上戸執事の用意周到さに脱帽するしかない。

 しかし現在、その脱帽をしなければならない相手である上戸執事との通話は、完全に切れてしまっている。

 切ったのか、切れてしまったのかはわからないが、バイクを見つけ出した直後、上戸執事と通話という形で繋がっていた一本の細い線は一方的に断ち切られてしまった。

 しかし、こちらもバイクを走らせる以上、繋ぎ直すことは敢えてしなかった。

 何故なら、谷川の阿呆にバイクのエンジン音が漏れ聞こえる恐れがあり、静かに走れとバイクにお願いする方が土台無理な相談だったからだ。

 そこで俺たちは、ある人物を頼ることにした。

 特殊処理班所属、デジタル処理専門チームリーダー、上指(かみさし)巧実(たくみ)だ。

 そう、見た目は線の細いインテリ風ではあるが、口を開けば忽ちただの毒舌なメガネザル(メガネをかけているだけだが)となるあの上指リーダーだ。

 ちなみに上指リーダーに何を頼んだかというと、サクラと上戸執事が持つスマホの、GPSを使った位置測位である。

 そもそも、俺と風吹の腕時計には職務上、かなり優秀な位置測位機能が付いている。これを使えば簡単に相手の位置情報をリアルタイムで取得することができた。

 しかし、サクラと上戸執事のスマホはGPSで位置測位ができないように、予め厳重なセキュリティロックをかけているらしく、俺たちでもどうしようもなかったのだ。

 ま、サクラたちの生活を思えば、当然と言えば当然なのだが、今の状況では非常に都合が悪い。

 とはいえ、今の俺たちにサードに対して不信感がないわけではない。正しく言えば、ずっとグレーだったものが真っ黒に変色を遂げたくらいの気持ちの変化はある。

 だが、組織としては信用できなくとも、そこにいる人間すべてが信用ならないわけではない。使えるものは、使ってやるといったところだ。

 そこで、デジ専の上指リーダーに協力を願ったわけだが――――――――

『う~ん……上指リーダは自信満々に“任せとけ!”なんて言ってたけれど、セキュリティロックがかかっているスマホの位置測定は難しいだろうね』

「だとしてもだ。どうにかしてもらわなければ困る」

『確かにね。川上さんとの通話が切れて十二分か…………すでに到着してしまったのか、それともまだ走行中か…………』

「どちらにせよ、位置がわからなければ、どうすることもできない!」

『わかってるよ。でも頼むから冷静に運転してね。サクラちゃんに届く前にバイク二ケツで事故って死ぬとか、まじで目も当てられないからね』

「俺だって風吹と心中は御免だよ」

『ふ~ん…………俺とは御免被るってことは、サクラちゃんとなら大歓迎ってわけ?』

「ふ、ふ、ふざけるな!誰が心中希望なんてするか!俺たちは絶対に生き延びるんだよ!絶対に何があってもな!」

『それいいね。俺もそれに参加しようかな』

「馬鹿か。参加するも何も、お前は端から絶対参加組だ」

『それはそれは光栄なことで。期待を裏切らないように頑張るよ』

「馬鹿やろ。誰一人、俺が死なせねぇよ」

『……………よく言うよ。そうやって誰よりも生き急いで、キョウが死んだら意味ないから……』

「はぁ?よく聞こえねぇ!」

『ははは。よろしく頼むって言ったんだよ』

 そんな会話をしながらも、焦燥だけが積み重なっていく。そしてとうとう、ポタッポタッと空か大きな雨粒が落ちてきた。

『うわ、最悪!キョウ!絶対に安全運転だからね!急停車、急ハンドル禁止だからね!心中はまじ御免だからね!命あっての物種だからね!』

 くどいほど必死に告げてくる風吹を、「はいはい」といなしつつも、俺はグリップを握り直した。

 これまたご親切なことに、メットと一緒にバイクのハンドルにかけてあった上戸執事のものと思われるライダースジャケットは借りてきたが、さすがにグローブまで借りてこなかったからだ。

 ったく、この急いでいる時に…………

 しかし暗雲は、抱え込んでいた水分を槍のような雨に変えて一気に落とし始めた。

 さらには雷鳴のオマケつきだ。

 正直、視界が悪すぎる。マンホールはもはや氷と同じだ。そして一直線に落ちてくる雨は凶器でしかない。

『ねぇ、これってキョウの日頃の行いが悪いせい⁉』

「馬鹿いえ!俺ほど品行方正な人間はいねぇよ!」

 自分で言ってて、どこが!と思う。だからといって、ここまで大降りされるほど悪いことはしていないはずだ。たぶん…………

 だが、さすがにここまで天候が荒れると、なんだか天にも見放されたような気分になってくる。というか、今日はやっぱり天国と地獄の大感謝祭で、これもまたそのサービスの一つなのかもしれない。

 はっきり言って、過剰なサービスとしか思えないのだが。

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。

 赤信号で止まると同時に、俺の腕時計が着信を告げる。咄嗟に画面を見れば、上指リーダーからだった。

「響だ!わかったのか⁉」

『あぁ、わかった。バイクを運転しているのは狂犬なんだろう?このままナビしてやるからその通りに行け。って、随分雨と雷がうるさいが聞こえるか?』

「あぁ、聞こえる!ナビを頼む!」

『了解!』

 どうやら俺たちは天気には見放されたが、まだ運だけは多少残っているらしいと、口端を上げた。

 


 雨に奪われていく体温と感覚。

 摩耗してく思考と消耗していく体力。

 刻々と過ぎ去っていく時間。

 奪われていく一方で得るものは何一つとしてない。

 それでも手放せないものばかりだ。

 俺はそれらすべてを取り戻すために、今バイクを必死に走らせている。

 滝のような雨に打たれ、どれほど空を断つように雷鳴が轟こうと、ここで放り出すわけにはいかないのだ。

 何故ならきっとこの雨を超えた先に、青空か、夕焼けか、満天の星空があって、そしてサクラの笑顔があるはずだから。

『次の信号を右折だ!』

「了解!」

 この雨を超えれば、必ずサクラに会える。

 空は晴れ、また俺たちに新しい明日が訪れる。

 今はそう信じて―――――――――――


「ここなのか?」

 バイクを地下駐車場にすべりこませ、俺は命があることに安堵の息を吐きつつ、尋ねた。

 するとその答えは、間髪入れず返ってくる。

『そうだ。間違いなくお目当ての人物はそのビルにいる。知っているだろ、四井商事。立派な日本の大手貿易会社だ。だがもしここが“テミス”の表の顔だとしたら、警察だけでなく、サードも奴らの傘下といえるかもしれないな。なんせウチは半官半民。四井商事からはそれなりの出資を受けている。ま、どうであれ裏の顔が“テミス”なら潰す一択だがな』

 そんな上指リーダーの台詞に意外なものを感じて、俺は僅かに目を瞠った。

「民間寄りの第二派閥に属する上指リーダーがそんなこと言っていいのかよ」

『言っていいも何も、俺はこう見えて一応正義の味方のつもりなんだが?だいたい出資会社の一つや二つ潰れたって、今のサードはビクともしないさ。おっとそれより、今すぐ電話を替われと、隣からずっと脅迫……いや、睨まれ……もとい、頼まれているのでね、悪いが替わるよ』

「はぁッ⁉今の俺たちにそんな時間は……」

『一分でいいから聞きなさい‼』

「なっ…………」

 有無を言わさず電話口に出てきたのは化学分析班主任、植田直美だった。

 そして怒涛の如く告げてくる。

『現状を話すわ。例の銀行は今、男が爆弾と銃を片手に閉じこもっている。具体的な要求はなし。そして、何故か自主的に人質を順番に解放していっているところね。これは小仏班長の見解だけど、“テミス”は凶行手段に出たけれど、やはり被害は最小限に留めるつもりでいるみたいよ。ちなみに銀行には一般客を装って(にのまえ)副班長が潜り込んでいるわ。だからこっちはなんとかなるでしょう。ただこの一連の事件のせいかはわからないけれど、うちの大島博士が消えたの。あんたから今回の件の首謀者が“テミス”だと連絡があった直後にね。疑いたくはないし、ただの偶然かもしれないけど、とにかく嫌な予感がするの。だから………………』

「わかった。ここで大島博士と会ったら、そのままサードに連れ帰るよ」

『狂犬くん、頼んだわよ』

「了解」

『あぁそれと…………』

「なんだよ」

『ぜ、絶対に生きて帰って来なさいよ!じゃないと、容赦しないんだから!』

 そう言って植田は一方的に電話を切った。

 相変わらず口うるさい姉のようだ。というか、生きて帰ってこなかった奴相手に容赦なく何をするつもりなんだと、こんな時なのに冷静に内心で突っ込みを入れる。

 その間にも、俺はようやくメットを外し、ずぶ濡れとなりただただ不快な存在となったライダースジャケットを脱ぐと、バイクのハンドルにかけた。

 もちろんジャケットを脱いだところで全身ずぶ濡れだが、これ以上は脱ぐわけにいかない。さすがにまっ裸でサクラたちの救出に向かうわけにはいかないからだ。

 うん、想像しただけで、変質者だ。

 もちろんそれは風吹にも言えることで、自分の服の裾を雑巾のように絞りながら、やれやれとため息を吐いている。

「命あっての物種とは言うけどさ、このずぶ濡れはないよね」

「だな」

「で、植田姉さんなんだって?」

 電話の相手が誰に替わったとも言っていないのに、そんなことを言い出した風吹に恐れ入りながら、植田の言葉をそのまま伝える。

 すると、何故か風吹から返ってきた言葉は大島博士のことではなく――――――――


「キョウ、愛されてるね」


 ――――――――だった。


「どこがッ!」

 そう言い返して眉を寄せれば、風吹からは大笑いされただけだった。


 まったくもって解せない。

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