追跡と狂犬(4)
まったくもって、俺は思春期真っ盛りのガキか!
――――――――と思うが、そういや俺の場合、その思春期をすっ飛ばしてきたんだっけ…………と、自己弁護をして、手に入れたばかりのサクラの連絡先を見つめながら、サクラに想いを馳せる。
今すぐ連絡を入れようか、それとももう少しここで待とうか。
うん、すぐに連絡を入れたら、なんかがっついてるみたいで引かれるかもしれねぇしな。
などと、馬鹿みたいに考えながら………
赤松リーダーからの連絡によれば、サクラと上戸執事は、俺たちを車で拾いにくるらしい。その車種やら、色やら、すっかり聞き忘れてしまったが、そんなものは見ればわかるだろうと、自分のうっかり加減を棚上げにしておく。
しかし、俺たちが無事であることも一刻も早く伝えておくべきであり、なんなら、サクラたちにとって、もっと拾いやすいところがあるならば、まずはそこに移動してもいい。
やはりここは連絡を入れるべきだな。うん、入れよう。
俺はただただサクラの声が聞きたいというそれだけの理由に、思いつくだけの、それも誰に言うわけでもない言い訳を重ねに重ね、腕時計をタップしようとした。が――――――――――
「キョウ、サクラちゃん出ないんだけど…………」
俺が必死にあーだこーだと自分の行動を正当化している間に、あっさりと風吹がサクラに電話をかけていたらしい。
なんだか俺の葛藤が阿呆らしく思えてくるが、今はそれよりも風吹の台詞に俺は眉を寄せた。
「出ないってどういうことだ?」
風吹は左耳に入っているワイヤレスイヤホンを取ると、俺の右耳に当てがった。
そこから聞こえてくる音は、紛うことなき呼び出し音。しかしすぐに、『おかけになったお電話を呼び出しましたが、お出になりません』と素っ気なく返される。
俺はワイヤレスイヤホンを風吹に返しながら、益々怪訝な顔となった。
呼び出し音がなるということは圏外ではない。電源を落としているわけでもない。
上戸執事なら運転中のため電話に出ることは無理だろうが、サクラは助手席を温めているだけなので、普通なら電話に出られるはずだ。それに、今の状況を思えば、いつ何時俺たちから連絡が来るかもしれないと、スマホを握りしめていてもおかしくない。
おそらく、心配性のサクラならばそうしているはずだ。
つまり今の状況は、電話に出たくとも出られない状況にあるか、もしくは、本当に着信に気づいていないだけなのか…………となるのだが―――――――
「これは、ちょっと嫌な予感がするね」
敢えて口にしなかったことを風吹に言われ、俺は舌打ちしてから上戸執事の番号を迷わずタップした。
トゥルルルルルルルと、鼓膜を震わせる呼び出し音。しかしそれは二度繰り返しただけで、あっさりと繋がった。
張りつめていた緊張の糸が、一瞬にして緩む。しかし、俺が声をかけるよりも先に、『トン!』という音が聞こえてきた。
明らかにスマホを指でノックした音。
その刹那、俺は緩みかけた緊張を忽ち纏い直した。これは上戸執事からの合図だと。
そう、俺は時計塔へ忍び込む際に、簡単な意思表示と状況説明をするため、インカムを通じてある合図を送っていた。
ノック一回なら“無理だ”もしくは、“緊急退避”、二回なら“了解”、三回なら“目的地に着いた”――――――という意味だ。
そして今、上戸執事から寄せられたのはノック一回。
もちろんこの意味は“無理だ”もしくは、“緊急退避”となるが、今の状況を鑑みるに、“今は緊急事態のため、無理だ、話せない”ということなのだろう。
クソッ!一体何があった!
と、風吹に指でワイヤレスイヤホンを指し示し、後はアイコンタクトだけで繋がったことだけを伝え、風吹を交えてのグループ通話にこっそり切り替えると、俺と風吹は沈黙を保ったまま、耳に全集中を傾けた。
そして拾い取ったある男の声。
『俺だってこんなことはしたくない。お嬢さんには爆弾から命を救ってもらった借りがある。だがな、せっかく拾った命だ。なら、やっぱ無駄にはしたくないんだよ。ほんとすまねぇな』
この声は谷川か――――――――
咄嗟に風吹と顔を見合わせる。そして二人同時に確信した。
それから、今聞こえてきた話の内容と、赤松リーダーの話から瞬時に状況を察する。
おそらく一度は逃げ出した谷川だったが、拘束具を付けたままではやはり遠くまでは逃げられず、早々に舞い戻ってきたのだろう。というより、この駐車場近辺に隠れていたに違いない。
そこに、俺と風吹を拾うために上戸執事とサクラの乗る車が再び現れた。しかも、赤松リーダーたちもいない。
これは好機だと不意をついて車に乗り込み、サクラを人質にして、上戸執事に要求を突き付けているのだろう。
安全に逃亡するための要求を。
上戸執事も運転中でなければ対処できただろうが、先にサクラを人質にとられてしまった以上、言いなりになるしかない――――――というのが、俺たちが考える今の状況。
なるほどな。
上戸執事は――――本宮さんは、サクラが電話に出ないことを不審に思った俺たちが必ず自分に電話をかけてくると予想して、待ち構えていたわけか。
俺なら、このノック音の意味に気づくだろうと、信じて………………
そう、電話が繋がるや否や、間髪入れずノック音で返してきたのは、俺に声を出すなという意味も含まれていたはずだ。
そしてこのまま暫く自分たちの会話を聞いておけという意味も。
すると、そんな俺の読みを肯定するかのように、今度は上戸執事の声が漏れ聞こえてきた。
もちろんそれは俺たちに直接話しかけるのではなく、俺たちに更なる現状を教え聞かせるために、谷川に話しかけるものだった。
『本当に恩を仇で返すとはこのことですね。あなたのことを救ったお嬢様に刃物を突き付けるなんて。ちなみにその刃物は当家にあったものですよね。まったく自分が情けなくなりますよ。目の前で窃盗が行われていたことにも気づかなかったなんて…………それで、あなたは恩を仇で返してまで、どこへ行こうというのです?』
『もちろん俺を雇った組織、“テミス”のところだ』
『おやおや、せっかく拾った命を使ってまで、文句でも言いに行くのですか?』
『違う!“テミス”はその…………このお嬢さんが欲しいんだろ?だから、取引に行くんだ』
『いやはや、盗人猛々しいとは言いますが、あなたも相当ですね。組織から自分の命の保証を勝ち取るために、命の恩人をお売りになるということですか?』
『俺だってこんなことはしたくない!さっきまでは本当にサードに大人しく連行されて、協力するつもりでいたんだ!だが、どこに行こうが“テミス”に狙われた以上、必ず殺される。それはあんたらだってわかっているはずだ!』
『そうですね。だからこそ私たちは、こういう生活を送ってきたわけですからね。それにしてもそんなに逃げたければ、はじめに話してくれればよかったものを。確かあなたの免許証を見る限り、大型二輪に乗れましたよね。実はあの屋敷には、脱出口を使えなくなった時の用心として、バイクを一台隠してあるのですよ。なんならそれをお貸ししましたのに』
『あんた、俺の話を聞いてたか?どこに行こうと、どれだけ遠くに逃げようとも、必ず“テミス”は見つけ出し、殺しに来るんだよ!あんたらも今は逃げおおせているかもしれないが、いつか必ず捕まることになる。それが今か、この先かの話なだけだ!』
『だから、今回あなたがご招待してくださると』
『そうだ』
俺と風吹は、上戸執事と谷川の話を聞きながら走り出していた。
もちろん、目指す場所はさっきまでいた屋敷だ。その理由は、上戸執事がさり気なくその存在を教えてくれた追跡用のためのバイクを、屋敷へ取りに行くためだ。
そのため今更地下道を通ってとか、そんな回りくどいことはしない。普通に走った方が断然速く屋敷に着く。
それに、赤松リーダーからの電話が切れた後、サクラたちを待つにあたって、GPSで自分たちの位置確認はしておいた。だから、俺たちのいた駐車場が、屋敷からどれだけ離れ、どの方向にあるのかとっくに把握済みだ。そのため道に迷うことはない。
そんな俺たちの耳に、尚も上戸執事と谷川の声が届く。
『しかし、あなたも随分と楽観的ですね。本当にお嬢様を組織に渡せば、自分の命は保証されると本当に信じているのですか?あなたもご存知のように、“テミス”はそんなに生優しい組織ではありませんよ』
『んなことはわかっている!だが、どこに逃げたところで一緒なら、正面突破しかねぇだろ!』
『その正面突破にお嬢様を使うと。それなら、先程の気化爆弾の方が余程大きな穴を開けられたでしょうに。それに“テミス”に対抗したいのであれば、それができる大きな組織に保護を求めればよろしかったのではないでしょうか?』
『あんた、本気で言ってんのか!大きな組織になればなるほど、“テミス”は自分たちの息のかかった人間を送り込んでる。特に警察上層部は今や完全に“テミス”の犬だ。あんなところに保護を求めてみろ!一日だって俺の命は持たねぇ!』
『まぁ………それは言えてるかもしれませんね』
『言えてるも何も、そうなんだよ!ついでに言えば、サードだって同じだ!“テミス”はサードにだって、組織の人間を送り込んでる!さっきの連中は信用できても、俺はサードという組織までは信用できねぇ!』
『まぁそれも……そうかもしれませんね』
言わずもがな、サードも一枚岩でない。
それはわかっている。
そしておそらく“テミス”の犬も紛れ込んでいるのだろう。
もちろんそれはなんとなくわかっていたことだ。
しかし今、谷川のアホに断言され、それを上戸執事に認められた今、漠然とした疑いが厳然とした事実となる。
グレーだったものが真っ黒に、まだ腐っていはいないと思っていたモノが一気に腐敗臭を放ち始める。
あぁ…………この世の中、本当に腐ってる!
だが――――――――――
サクラは違う。
俺にとってサクラは、あの日からずっとこの腐った世界を生き抜くために唯一の光だった。
そしてそれは今もそうだ。
なんならサードは、あくまでも利用するための組織であって、信用すべき組織ではない。
それでも多少のショックを覚えているのは、そこには信用したい人間も少なからずいるからで……………
チラリと風吹に目をやった。
風吹もまた俺を見返し、肩を竦めた。
あぁ、そうだな。
ここからは独断専行。
潰せるものは俺たちで片っ端から潰していく。
なんてことを勝手に決めて、走りながらハンドサインで“サードも潰す”と送れば、風吹にドン引きされた。
うん、その顔は笑える。
しかし、冗談を抜きにして、大事なモノを取り戻すためなら俺はサードだって潰す。
そう改めて覚悟を決めると、俺は一気にギアを上げた。
今や育ちに育った馬鹿デカい入道雲。
それを眼中におさめながら、俺は全速力で駆けた。




