脱出と博識ドール(14)
全力で庭を駆け抜け、屋敷の扉に張り付く。
そして息を一つ吐くことで整えてから、蹴破るようにして扉を開けた。
いつもならそんな開け方はしない。他所のお宅に対してもそうだが、任務で潜入する際もそんな開け方をすることは常識としてない。
だが、今回そうしたのは、気持ちの焦りもなくはないが、これもまた立派な作戦の一つだった。
俺が気配を隠すことなく、むしろ全面的に押し出している陰で、裏口に回った風吹は今気配を消し去り、俺の侵入で慌てた組織の連中を背後から仕留めていくのだ。そのため、屋敷の正面玄関から堂々と突破していくのは俺一人。
そう、言うなれば俺は囮だ。
まぁ、こういう役どころはいつものことなので、打合せなどせずとも自然とこうなっている。
組織を壊滅した際も、実際は俺一人でやって退けたわけではなく、俺が堂々と侵入した陰で風吹を筆頭に他のサードの連中が仕留めていっただけだ。といっても、ほとんどの奴らが大胆不敵に入ってきた俺に向かってきたため、それらを全員沈める羽目となったのだが………………
そんなわけで、俺は今回も堂々と屋敷内に侵入をした。
正面玄関から入るのはこれで二度目。
言うまでもなく、一度目は上戸執事に案内された時だ。
だから、まったく知らないというわけでもないが、勝手知ったるというほどでもない(当然だ)。
しかし、サクラたちが実際どの部屋に隠れ、どのルートで脱出を図ろうとしているのかは知っている。
そのため、俺はそこへ向かいながらも、屋敷内の気配を探った。
やっぱ、侵入者ありか………………
組織の連中も俺の堂々たる気配に勘づき、動揺で若干気配が漏れ出してきている。
というより、そもそもそれなりの人数で屋敷に侵入してくる場合、気配を隠すことはほとんどしない。むしろ相手に不安と恐怖を与えるためにも、わざと気配を前面に押し出してくる可能性の方が高い。
そう、今の俺のように――――――――
となれば、慌てて気配を消したが消しきれなかったというのが正しいところだろう。
だが、俺と風吹に言わせれば、それこそこちらの思う壺だ。
気配を消すためには、人は大胆な行動には移せない。実際、突然の侵入者に奴らは今、一旦自分たちの足を止め、様子を窺い、さらにはこれからどうするべきか考えているはずだ。
おそらく十中八九、俺を仕留めにやってくるとは思うが…………
しかしそれはそれで俺としては有難い。ただただ迎え撃てばいいだけの話で、探す手間も省けるからだ。
だがそんな中で、サクラたちの動向だけがどうしてもわからなかった。
インカムは相変わらず沈黙。サクラたちの気配はまったくなく、考えられる可能性は三つ。
巧く脱出できたか、連れ出されてしまったか、現在意識がないか――――――――だ。
しかし、サクラの傍には上戸執事がいる。簡単にやられてしまうはずがない。それでも不安が尽きないのは、傍には雇われ爆弾実行犯の谷川がおり、組織の連中もサクラを捉えるためなら手段は選ばないだろうという点だ。
それこそ催眠ガスを使われれば、上戸執事の腕がいくら立とうも、意味がない。
だが上戸執事は、俺たちの約束はまだ有効だと言った。だからここはその言葉を信じ、今すぐにでもサクラのもとへ駆け出したくなる気持ちを腹の底にグッと押し沈める。
そして――――――――――――
「サードの響だ!ここは俺たちサードのパトロールエリアだ!侵入者は容赦なく確保する!もしいるなら、大人しく出て来い!」
屋敷中轟くほどの声で叫び、まずはこちらの正当性を訴えておく。ついでに、サクラたちを守るためにここへ来たのではなく、あくまでもパトロールという任務としてここにいることを主張し、一連の爆弾事件も時計塔の件も知らない体を装っておくことも忘れない。
そう叫ぶことで、組織の連中に対し俺たちに手を出すことはサードに手を出すことと同義だぞ、とさり気なく脅しをかけ、もう一つはサクラたちに俺が来たことを伝えることもできるからだ。
もちろんサクラが俺の声の届く範囲にいればの話だが………………
だが、その効果はあった。先程までは俺の存在をただただ探るだけだった組織の奴らの気配が、今や混乱の様相を呈してきたからだ。
1……2…………3……4…………5、6、7……………ってところか?
上に3、下に4……まぁ、妥当な数だな。
なんてことを考えていると、裏口からこっそりと侵入してきた風吹と長い廊下の端と端で目が合う。どうやらここまでの道すがら、既に何人か沈めてきたらしい。
やはり頼りなるバディがいると、仕事が楽になっていいな……と、改めて思う。
しかしここは、再会を喜ぶ場ではなく、アイコンタクトとハンドサインでお互いの動きを決める。
なんせ叫んだことによって、奴らが潜んでいる位置は粗方把握した。あとは一人ずつ、もしくはまとめて沈めてしまえばいいだけの話だ。
風吹は一度自分を指差してから、その指で二階を指し示し、今度は俺を指差してから、指を一本立て、最後にGoのサインを出してきた。つまり二階は風吹が制圧してくれるということだ。
ならば俺はお言葉に甘えて、一階の敵を仕留め、サクラたちを探すことに専念させてもらう。
俺は軽く口端を上げながら、ハンドサインで了解を伝え、そのままサクラたちがいる部屋へと移動を始めた。
廊下にあるドアというドアはすべて開けっ放し。
組織の奴らの常識で、ここは確認済みという合図でもある。が、俺にとっても都合のいい道標だ。
俺は開かれたドアを今度は片っ端からわざと音を立てながら閉めていく。もちろん俺から必死に隠れている奴らの気配を辿りながらだ。
そして――――――――――
両サイドの、ドアの開け放たれた部屋から同時に飛び出してきた男の二人の手には、ジャックナイフ。
飛び道具で来なかったことがもはや男たちにとって運の尽きだが、そこは俺の気にしてやるところではない。
完全に虚を衝かれれば、さすがの俺も怪我の一つくらいはするかもしれないが、先程の名乗りで位置はとっくに把握済だった上に、俺が閉めるドアの音にビビり、息を呑んだ時点でこいつらの負けだ。
俺は後ろに軽く飛び退くことで奴らの同時攻撃を避けると、そのまま床にタンッ!と右手を付き、その反動を利用して低姿勢のまま廊下のど真ん中で突っ立っている奴らへと駆け込んだ。そして、身体を捻りつつも左足と左腕を軸として男二人の膝を右足で薙ぎ払い、廊下へと倒す。
言うなれば、膝位置での回し蹴りだ。
それから男たちの顔に一発ずつ拳を入れ、ジャックナイフを証拠品として素早く回収すると、俺は素知らぬ顔でサクラたちがいるはずの部屋へと向かった。
されど、その道中で俺の野生の勘は、拾い漏らしていた敵の存在を感知してしまう。つまり一階の敵はさらに一人増えて、残すところあと三人いるということだ。
いかにもまだ未確認ですと謂わんばかりに閉じられた二階と同じ位置にある洗面室の前に立ち、さてどうしようかと思案する。
このまま一刻も早くサクラのもとへ向かいたいところだが、後々こいつを放置しておいたせいで、面倒なことになる可能性もある。
悩むことのコンマ数秒。俺は洗面室のドアノブを握ると、今度はゆっくりとドアを引いた。すると案の定――――――
「サードの犬がッ!」
などと、失礼千万なことを叫びながら(狂犬も犬には違いないが)、飛び出してきた馬鹿デカい拳。
もちろん拳が叫ぶわけはなく、身長190センチ超えのガタイのいい大男も一緒に洗面室から雪崩出てきた。
それにしても、うちの熊に匹敵するくらいの大きさだ。
そんな大男に、お前のその身体で完全に気配を消していたことに驚きだわ……………と内心で思いつつ、その拳を擦れ擦れのところで躱し、こちらからは右膝を大男の腹へ見舞ってやる。
「グホッ…………」
いきなり腹にきた衝撃に、大男は二歩、三歩と後退したが、まだ意識はしっかりあるようで、腹を押さえながらゲホゲホと咳き込んでいる。しかし今の俺は、「そんなに咳き込んで可哀そうに……」と、背中を擦ってやる優しさは持ち合わせていない。むしろ、「今すぐ楽にしてやるからな」と、大男にとっては有難迷惑な優しさで、その背中に右肘を落とし込む。が、この大男、やはりうちの熊並に頑丈にできているようで、今度は洗面室の床で、喘ぐように咳き込んでいる。
ったく、楽にしてやろうとしてるのに、無駄に頑丈だと逆に哀れだな……………半ばそんな同情さえも覚えながら、子守唄代わりに床で転がる男の顔を横から容赦なく蹴り上げてやる。
僅かに浮いた男の身体。
開いた目は完全に白目。
あぁ……これでやっとおねんねか。いくら大男とはいえこんな奴に三度も攻撃を食らわしちまった。やっぱ俺もまだまだな…………
そんな一人反省会をしつつ、俺は洗面室を出ると、そこからは一気にギアを上げて廊下を駆け抜けた。
これで残す一階の敵は二人のはずだ。
そしてそいつらがいる場所は――――――――――
大丈夫だ。
上戸執事が…………本宮さんがいる。
焦燥感と不安を押し殺しながら、俺はサクラたちの気配が消えた部屋へと飛び込んだ。
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