脱出と博識ドール(13)
程よく手加減。
程よく手加減。
っていうか、口だけは利けるように手加減。
そう自分自身に言い聞かせながら、扉が開けられるのを待つ。
やけに奴らの動きが慎重なのは、ここに爆弾があることを知っているせいなのか、それとも爆発を阻止した敵が潜んでいると考えているからなのか、待ち構える俺としてはただただまどろっこしい。どちらにせよ、お前らはここで俺らの餌食になるんだから、さっさと入ってこいよ!と言いたくなっている。
しかし、そう思えるのはやはり気持ちに余裕があるからで――――――――――
ギイィィィ…………と扉が開いた瞬間、いつもなら有無を言わさず、床に沈めるところを、送信機の有無をしっかり告げてもらうためにも、用心深く入ってきたスーツ姿の男二人の内、左側の男の首根っこを掴んで、そのまま壁に叩きつけるだけで済ませてやった。
ちなみに風吹は、右側の男の首根っこと腕を掴み、その腕を捻り上げながら床に押しつけている。俺がしたことと大差はない。たぶん………………
それから、俺たちは丁重に名乗った上で男に尋ねた。
「俺たちはサードだ。この時計塔と屋敷は俺たちの重点パトロールエリアとなっている。もちろん依頼でな。で、そんなパトロール中に危険なおもちゃを見つけて、さっきまで解体して遊んでたんだが、もっと楽しく遊ぶための道具がなくて困ってんだよ。なぁ、お前らが送信機、持ってんじゃねぇのか?」
ぐりぐりと壁に押し付けながら、懇切丁寧に聞いてやる。もちろん今更送信機を回収し、何かしらのボタンを押したところで信管が起動した今となってはもはや意味がない。それに泡塗れだ。
とはいえ、こいつらが爆弾を仕掛けたという決定的な証拠にはなる。だからこそ、こうして聞いているのだが、なかなかに口が堅い。というより、壁に勢いよく押し付け過ぎたみたいで、心なしか焦点が合ってないというか、鼻血まで出している。
所謂これが、風吹の言うところの半覚醒状態なのかもしれない。
なんだ、俺もやればできるじゃねぇか………と思ったが、多少やり過ぎた感は否めない。
そこで、風吹の押さえている男の方に期待をかけることにした。
なんせ、風吹に捻り上げられている腕が痛いだの何だのと元気いっぱい騒いでいるからだ。
そんなわけで、ここでも風吹にアイコンタクトで“聞き出せ”と告げる。
風吹は俺を見て、次に俺が押さえつけている男を見てから、やれやれとばかりに息を吐き、その余韻を引き摺りながらも自分が取り押さえている男に声をかけた。
「ねぇ、送信機はどこ?見た感じ、あんたら手ぶらに見えるんだけど。今の状況をサクッと説明するとさ、ここにいたお仲間はそこにいる狂犬に全員沈められた。そしてあんたらが置いてったおもちゃも、一応原始的な解体はしたが、正直なところ絶対に安全とまでは言い切れない。つまり、俺たちの頭上にはまだその危険なおもちゃがあるってこと。そこで二択だ。俺たちに伝えるべきことをしっかりと伝えて、危険なおもちゃから遠ざかるか、このままだんまりを決めて危険なおもちゃを体験するか、好きに決めていいよ。どっちにしろあんたは、そこにいる狂犬に沈められることになる。ただその時に、次に目覚めがあるか、ないかの違いだけだ」
相変わらず、爽やかな笑顔で恐ろしいことを言う。しかも、全部俺がそれをするらしい。本当に爽やかな顔をして、自分の手を汚さないところがなんとも恐ろしい。
だが、男には効果覿面だった。
「きょ…………狂犬?……まさか……あの狂犬か?」
などと、当の本人以上に一人歩きしてしまっている俺の通り名にわかりやすくビビる男。そうなれば、風吹の思う壺だ。
「あぁ……あんた、うちの狂犬を知ってるんだ。そうそうあの狂犬。ついこないだも、一つの組織を壊滅しちゃったあの狂犬さんだ。本当に大変なんだよ。その暴走を止めるのも。俺さ、一応バディなんだけど、別に狂犬の手綱を握ってるわけじゃないし、ある意味好きにさせてるんだよ。まぁ、さすがに命までは取らないとは思うけど、人間うっかり手加減を忘れることもあるし、なんといっても今日は危険なおもちゃもあるわけだし、何が起こるかわからないよね。だからさ、立つ鳥跡を濁さずって言うじゃない?人間散り際は、綺麗にしておいた方がいいよ」
おいおい、それじゃそいつの死亡は確定みたいじゃねぇか。しかも俺に殺されて………
しかし、今は賢明にも口を噤んでおく。風吹の話はかなり大袈裟ではあるが、まったくの嘘というわけでもない。というか、多少の心当たりはある。
だから俺も壁に押し付けている男の鼻血を見せつけながら、風吹から恐怖の話を聞かされた男を睨みつけてやった。
バディの話に信憑性を持たせるためだ。
すると、途端に男の口は軽くなる。
「そ、送信機は別の仲間が持ってる。お、俺たちは一足先に爆破の状況を見に来ただけだ。それにここにいるはずの仲間と音信不通になってて…………そ、それを確かめるために………………」
「あぁ、音信不通のお仲間には後で会えるよ。で、その送信機を持ったお仲間はどこにいるのかな?」
風吹がニッコリ笑顔で問いかけると、男は「ヒィ…………」と顔を引き攣らせながら答えた。
「も、もうすぐここへ来る。時計塔がまだあることを伝えたからな。だ、だから………」
「リカバリーか?」
そう聞いたのは俺だ。その男は床に頭を擦り付けた状態で首を縦に振った。
「そ、そうだ…………」
「それで、今度はどんなリカバリーをする気だ?いくらなんでも、もう爆弾はねぇだろ?」
これを聞いたのも俺。
男はその問いかけに「爆弾はもうない」と告げてから、ちらりと視線だけを上にやった。そして再度口を開く。
「ば、爆弾はもうないが、ここにはある。起動が失敗しただけなら、強引に爆発させてやればいい……しかし、解体されてしまっているなら…………」
「いるなら…………なんだ?」
「…………………………………」
何故かここで口を噤んだ男。
そのことに、多少の苛つきを覚えながら俺はさらに言葉を重ねる。
「言えよ。ここまでペラペラ喋ったんだ。今更勿体ぶったところで、仕方ねぇだろ。どうせお前は組織からすれば、裏切り者だ。報復対象となる」
「…………………………………」
「ここで俺たちに恩を売って、命だけは守られるか、今更な忠義を立てて組織の報復対象して始末されるかは、お前が決めろ」
そう告げてから、俺は壁に押し付けていた男をそのまま力任せに床に転がし、風吹が床に押さえつけている男の横に並べてやった。そして、鳩尾に踵を振り落とす。すると半覚醒状態だった男は、小さなうめき声とともに完全に意識を閉じた。
可哀そうに鼻血を垂らしたままで。
だがこれで俺は、風吹が押さえる口の軽い男に集中できるわけで、床に片膝を付き、男の顔を覗き込んだ。
男の顔からサァーと音を立てるようにして一気に血の気が引いたが、知ったことではない。
そんな俺と男を眺めていた風吹は「ほら、いわんこっちゃない…………次は、間違いなくあんたの番だよ」と、男の腕を捻り上げる手を緩めることなくぼやく。
この風吹の言葉が余程恐怖だったのか、男の身体はカタカタと震え始めた。
「……言う!言うから、ちょっと待ってくれ!」
「悪いが、そうは待てない。上にあるおもちゃは、いつ爆発するかわからん状態だ。簡単に言えば、一つの液体を抜き出し、それを中和剤入りの泡で密封して塞いでいる。つまりおたくらの爆弾は現在泡塗れってことだ。だがそれでも危険な液体がそこにある以上、爆発のリスクが完全になくなったわけではない。言い換えるならば、何時何分に爆発するとわかっている時限式爆弾よりも、ずっと質が悪いってことだ。だから本当は、お前と呑気に話をしている時間もない。そしてお前らを助けてやる義理もない。サードは報酬ありきで動く組織だからな。俺たちを動かしたいならば、報酬と同価値のものを示せ」
もちろん、この男を見殺しにする気はないが、男の口を開くためなら、悪の組織にでもなってやる。
そんな俺の脅し文句がきいたのか、男は今まで以上の早口で言い切った。
「か、か、解体されているならば、ここに教授かもしくは娘がいる可能性が高い!だから時計塔には火を放ち、教授か娘のどちらかがいれば連れ帰る予定だった!」
……………………やっぱりな。
もう一人の男も言っていた。教授と娘の形跡を探しに来たと。
つまりそういうことだ。どうしてかはわからないが、組織はサクラの能力に気づいている。
サクラ自身には、教授の論文と同等の価値……いや、それ以上の価値があるということを。
ってことは、組織がサクラの親父さんの論文をもう必要とせず、まるで報復と謂わんばかりに消し去っているのは………………
「キョウ!」
「あぁ、わかってる。こいつらが偵察なら…………いや、違う!こいつらはリカバリーの実行役兼、囮だ!」
俺は瞬時に男の首元に手刀を落として沈めると、男二人を時計塔の外へ放り出す。
そして―――――――――――
「響だ!応答しろ!川上さん!サクラ!クソッ!うんともすんとも反応しねぇ!」
「インカムに誰も応答しないってことは、もう脱出したのかも!」
「だったらいいけどな!風吹、とにかく急ぐぞ!」
「了解!」
クソッ!
サクラ!ちゃんと脱出してろよ!
頼む!サクラ!
そう祈るように内心で繰り返しながら、俺は屋敷へ向かって全力で駆けた。




