脱出と博識ドール(12)
「サクラ、大丈夫だからもう泣くな」
『う、うん。キョウちゃん、待ってる』
「あぁ」
インカムの向こうで俺を呼び続けるサクラに無事なことを伝えると、サクラはますます泣き出した。というか、泣きじゃくり始めた。
ずっとずっと生きた心地がしなかったのだと言いながら………
本当はこのまま存分に泣かせてやりたいと思った。
もちろん可愛いから…………とかそういうことではなく(そんな気持ちもなくはないが)、なんとなくこのまま色々なものを吐き出させてやりたいと、何故かそんなことを思ったからだ。だが、俺自身がその涙を拭ってやれない現状を思えば、それをさせてやるのはサクラのもとに戻ってからだ、と自分勝手にも思い、冒頭の台詞でサクラの涙を止める。
それから「もうすぐ戻るから、サクラは上戸執事と先に脱出しておいてくれ」と、今度こそサクラに約束させた。
そしてそこからは一気呵成だった。
俺と風吹は嵐が過ぎ去った後のようにすっかり荒れ果ててしまった部屋を突っ切り、もう一度爆弾の状況確認を急ぐ。
風吹が散々吹きかけた泡消火器の泡は、もう見るも無残なほど周囲に飛び散ってはいたが、急激な冷却と、空気を遮断することでの窒息効果で、爆発による延焼を完全に防いでいた。もちろん、風吹が容器をハチの巣にしてまで一つの液体を可能な限り抜き出し、それを密度の大きい泡で密封した上に、泡の力で中和させてしまったことも大きい。
とはいえ、サクラの話では一時的に大きな爆破を防いだだけで、まだ危険は完全に回避されたとは言えないらしい。
つまり、ここに二種類の危険な液体がある以上、どんな化学変化が起き、爆発炎上、有毒ガスの発生が起こるかわからないということだ。
そこで俺と風吹は、もう一度念入りに泡消火器で今や爆弾の残骸となったモノに泡を吹きかけ、すっぽり泡で覆い尽くしてしまうと、今度は三階でおねんね中の男たちの回収へと動いた。
もちろん確保もあるが、念のために爆弾から避難させるのがその第一目的だ。途中風吹からは――――――
「まぁ、多勢に無勢だから沈めるしかなかったってことはわかるよ。でもさ、なんでここまできっちり沈めちゃうかな。半覚醒状態に留めといてくれれば、これほど重労働になることはないのに」
――――――――と難癖をつけられ散々ぼやかれた。が、そこは俺に一撃必殺を教えた熊に文句を言え!と思う。
しかし、風吹の文句もわかる。というか、完全に意識を飛ばしている男たちの身体はただただ重く、力一つ入っていないその身体は軟体動物のようにクネクネと折れ曲がり、とにかく運び出すにも一苦労だった。
中でも三階の床下の脱出口に放り込んだ男を回収するのが一番困難を極めた。隠し場所には最高だが、なにしろ狭い(経験者は語る)。もちろんロープで縛り上げてはいるものの、ただただ引っ張り上げるだけでは、身体が穴につかえて出てこない。そこで風吹と二人がかりでどうにかこうにか回収したのだが、その際に男の頭を脱出口の縁で何度もぶつけてしまったのは、決してわざとではない。
そして、時計塔の外に放り出した男たちを、一緒に回収したサクラの水玉の巾着袋から取り出した拘束具でしっかりと縛り上げ、一旦庭の叢の中に隠す。
一応日陰に隠してやったのはせめてもの温情ってやつだ。まぁ、虫には刺されることになるだろうが、そこは自業自得と諦めてもらう。
それから俺と風吹は屋敷の方ではなく、再び時計塔へと戻った。
その理由は言わずもがな、必ず状況確認のためにこの時計塔へやって来る組織の残党を確保するためだ。
そしてもう一つ――――――――
「赤松リーダーも大変だね。持ち帰る爆弾が全部で四つ。ここに来た爆専の人数と爆弾の数。考えるまでもなく爆弾の数の方が多い気がするんだけど、大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。それに応援が必要なら手配してるはずだ。ま、最後の爆弾は泡塗れだけどな」
「その泡のおかげで俺たちは助かったんだけどね」
そう、今の俺たちは、爆専の赤松リーダー待ちでもある。
やはり原始的処理だけではなく、専門的な処理もしてもらわなければ、運び出すこともままならないからだ。
そんなことを話しながら俺と風吹は時計塔の一階で身を隠していると、インカムから上戸執事の声が割り込んできた。
『失礼いたします。赤松様が無事に二つ目の気化爆弾を運ばれてこちらへ戻ってこられましたので、これからお嬢様と谷川さんを連れて脱出いたします。ちなみに赤松様は私たちの脱出が無事に済んだ後、そちらの爆弾の回収に向かわれる予定となっておりますので、もうしばらくそちらでお待ちください。しかし……それにしてもさすが狂犬様でございますね。相変わらず悪運がお強い』
「そりゃどうも。それより…………」
『わかっております。お約束は必ずお守りますよ。ちなみに、谷川さんが外の防犯カメラに、時計塔の様子を確認する男が二人いると仰せです。あぁ…………確かにいますね。私もこの目で確認いたしました。この様子だとお仲間を呼ぶ可能性がございますので、くれぐれもお気をつけください。それと、そこにある爆弾はある意味奇跡的に大きな爆発を逃れただけで、まだ油断はできません。その事だけは肝に銘じておいてください』
「了解」
『ところでお嬢様と代わりますか?お嬢様が代わってほしそうな顔で、ずっとこちらを見つめてくるのですが……』
持病の上戸一歩手前でそんなことを告げてくる上戸執事の声を聞きながら、俺は暫し考えた。
もちろん声は聞きたい。
この気持ちに名前がついた今、俺史上一番素直になりすぎた自分の気持ちを、絶賛持て余している。
そしてサクラの声を聞けば、会いたい気持ちが一気に加速することは火を見るよりも明らかだ。しかし、何度も言うように状況がそれを許さない。
そのため、このまますべてを放り出してサクラのいる場所に戻ってしまいそうな自分の気持ちを制するためにも、またサクラを泣かせないためにも、「サクラにはいい子で待ってろ…………とだけ伝えてほしい」とお願いし、上戸執事とのやり取りを終わらせた。
そして今度は風吹に「来るぞ」とだけ伝える。了承を口にする代わりに、風吹の口端がゆるりと持ち上がった。
当初の予定では組織の連中を全員仕留める気はなかった。
というより、状況的に無理だと判断していた。だが、第四の爆弾がそれを根元から一気にひっくり返してしまった。
そうなれば、是非とも自分がやりましたという決定的な証拠を持っている奴を確保しておきたい。
そう、爆弾の送信機を持っている奴をだ。そしてそいつは、必ずここへ戻ってくると思っていた。何故なら、失敗した時はさらなるリカバリーをしなければならないからだ。
というわけで、俺たちの読み通り奴らは戻ってきた。
おそらく外見上はまったく被害が出たように思えない時計塔に驚愕しながら。
だからこそ、俺と風吹は時計塔の一階で身を潜めている。何故一階かと聞かれれば、もちろん外へ放り出しやすいからだ。
俺も風吹も鬼ではない。とはいえ、気のいい善人でもなければ、お人好しでもない。
未だ油断のならない爆弾からそいつらを守ってやるのは、サードという立場もあるが、人として目覚めの悪いことだけはしたくないという倫理観ゆえだ。この先、余計な罪悪感を背負って生きていくなど、冗談ではない。
それでなくとも、三階で伸びていた男たちを六人放り出したところだ。少々手間を省いたところで罰は当たらないだろう。
そんなわけで、俺と風吹は一階の出入口となる扉を間に挟むような形で、壁に張り付いている。
ちなみに、今現在扉の外にそれらしき気配はまだない。
上戸執事の話だと、男たちは敷地の外を向く防犯カメラに映ったという。ということは、まだ敷地内には侵入していないのかもしれない。
しかし、だからといってここからは風吹と呑気に会話を楽しんでいる場合でもなく、今後の意思疎通はアイコンタクトとハンドサインですべて済ませることにする。
ほんとこういう時、相手が風吹だと助かる。特段打ち合わせをしなくても、俺の行動を先読みしてフォローに徹してくれるからだ。
言い換えるならば、俺の暴走を見越して、その前にストッパーとなってくれる…………といったところだろうか。
つまり、風吹がいれば多少の無茶は許される。まぁ、風吹がいなくとも無茶はするのだが、俺に言わせればあくまでも可愛いやんちゃ程度のものだ。うん、多分………………
それに今回、奴らも二人ならば、こちらも二人。
これで俺たちが仕留められないはずがない。
それこそ、先程の状況を思えば雲泥の差だ。
そのため、今の俺には扉の外へと意識をやりつつも、この状況についてじっくり思考を巡らせるだけの余裕があった。
銀行爆破予告から始まり、ここに至るまでをすべて――――――――
事件の始まりは、銀行に寄せられた爆破予告だった。
その銀行から内密に依頼を受けたサードは、ある一つの結論に辿り着く。
この爆破予告は決して愉快犯などではなく、用意周到な計画あると。
そして予想通りに貸金庫で見つけた気化爆弾。それを持って炎天下を歩く羽目になった俺。
だがそのおかげで、この幽霊屋敷へと辿り着き、サクラと上戸執事に十年ぶりに再会できた。
まぁ…………そのことはあくまでも個人的なことなので、一先ず置いておくとして………………
そこですでに確保されていた実行犯の谷川。さらには第二の気化爆弾。
サクラと上戸執事によって爆破阻止はなされたものの、新たに見つかった第三のプラスチック爆弾。
なんとかこれも阻止して、サクラに話を聞けば、かつてサクラを誘拐してまで父親の書いた論文を手に入れようとしていた組織が、今度はその論文を消し去るために爆弾を仕掛けたのだという。
確かに今回の黒幕である組織、“テミス”は自分たちのことを“正義の武器商人”と宣い、自分たち仕様の秤に正邪をのせ、“悪”と定めたものを組織自ら制裁を加えることもある。
そして今回の制裁の一部が、サクラの親父さんである綾塔教授の論文をあらゆる手段を講じてでも消し去ることなのだろう。
しかしだ。何故ここにきて、そう180度とも言える方向転換がなされたのか。
喉から手が出るほどに欲しかったものを、今は憎悪の対象でもあるかのように切り捨てようと躍起になっている。
そう…………今の状況を言えば、なりふり構わずと言ってもいい。
だが、サクラの話も、その理由については一切触れられてはいなかった。
サクラ自身がまだその理由までは把握しきれていないのか、それとも、把握していても、そのことについては触れたくないのか…………………
何かが俺の中で引っ掛かっているような気がする。
答えはすぐ目の前にあるのに、靄がかかって、その輪郭すらもに見えないようなもどかしさだ。
だからこそ、がむしゃらに手を伸ばして掴み取るしかないのだが――――――――
来たな…………
扉の向こうには二つの気配。
風吹からは“扉に二人。取り敢えず確保優先”とのハンドサイン。
とどのつまり、“話を聞くため、すぐには沈めるな”―――か、“運び出すのが面倒だから、すぐには沈めるな”―――と、いったところだろう。
俺は“了解”とハンドサインで返し、脳内を占拠していた思考を一先ず棚上げにする。
そして、獲物を仕留めるために、すべての意識を扉の外へと向けた。




