脱出と博識ドール(11)
ギュイィィィィィィンッ!
「やっぱこれもサクラちゃんの予想通りだ。このドリルなら簡単に穴が開く。といっても、摩擦で引火する可能性もあるから、深く開けすぎちゃいけないけどねぇ……って、おっといけない。キョウ、ここからタオルを出して口を塞いで!」
「了解」
風吹はやはり焦燥や恐怖、不安といったあらゆる負の感情を押し込めているようで、台詞一つにしてもいつもの軽快さはない。しかし、だからこそ俺は不思議な安堵感があった。
それは絶対的信頼を、目に見える形で示してもらったような気がしたからだ。平然とした顔で来た場合でもそれはそれで頼りがいを感じていたかもしれないが、風吹のこの悲壮感たっぷりな顔のほうが余程人間らしくていいと思った。
そのせいだろう。これは現実だと冷静に理解している自分がいて、この風吹の顔に余裕で突っ込める自分がいる。
すっげぇ怖いくせに、無理しやがって――――――――などと。
そして、風吹の指示通り馬鹿デカいサンタ袋から秘密道具その2となるタオルを二枚取り出し、風吹の顔半分を覆うように巻いてやってから、自分にも同じように巻いた。
その間も、風吹はまるで蜂の巣にでもするかのように、容器に穴をいくつも開けていく。はじめは勢いよく飛び出した薄いピンク色の液体も、今や大量に開けられた穴からコポコポと零れ出しているといった状態だ。
俺はペンライトでそれを照らしながら、そういえば…………と思い出した。
しまった……
サクラのピンクの水玉の巾着、三階の部屋に置きっぱなしだ。
あとで取りに行かなきゃな―――――――なんてことを。
そんな俺の耳に、タイムリーに飛び込んでくるサクラの声。
『あと一分三十秒!キョウちゃん、その液体から何か臭いとかしますか!』
インカムから時折聞こえるサクラの鼻をすする音と、それでも泣き声にならないようにと気をつけながら俺に指示や質問を投げかけてくる様子に、さらに愛しさが増した。
今すぐサクラに会いたい――――――と。
約束したからではなく、ただただ会いたいと思った。会えなかった十年間の渇望よりもずっとずっと強烈に。
そのためには、こんなところで死んでる場合ではない。
僅か数分前の、爆弾を持ってできるだけ遠くまで走る――――という決断は綺麗さっぱりと霧散しており、俺は生きてサクラとまた会うためにその問いに答えた。
「アンモニア臭だ」
『やはりこちらも劇薬みたいですね。でもアンモニア臭なら、秘密道具は使えそうです。キョウちゃん、風吹さんに伝えてください!噴射OKです!』
「噴射OKだぁ?」
とても爆弾解体に出てくる言葉とは思えず、俺はその言葉をそのまんま復唱した。
語尾が思いっきり疑問形だったのはご愛嬌だ。だが風吹は、その秘密道具をサクラから直接預かった本人。俺にとっては疑問形でしかなかった言葉を、しっかりと受け止め実行へと移す。
「キョウ、離れて!行くよ!」
「ちょっと待て!それって…………」
風吹が秘密道具その3である消火器を馬鹿デカいサンタ袋から取り出す。
「さすがだよね。元々サクラちゃんの親父さんは研究者だったからさ、ここにはあらゆる薬品があった。だからこんな化学薬品にも対応できる泡消火器も常備されているんだよ!但し少々年代物。けれど、これに関しては、まだ使えるという川上さんお墨付き。というわことで、ノズルをしっかりと持って、目標に向かって噴射ッ!」
風吹は二メートル程の離れた距離からその泡消火器なるものを噴射した。
この時点で残り時間は一分を切っていた。にもかかわらず、風吹はこんな恐ろしいことを言う。
「これでかなりの小規模爆発に抑えられるはずだ。逃げるよ!」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
「贅沢言わない!時間がないからこれが精一杯なんだよ!」
「なるほどな!そりゃ赤松リーダーは来ないはずだ!原始的にもほどがある!」
「だから感謝してよね!俺にッ!」
「あぁ、感謝してる!あとで美味しいアイスレモンティー奢ってやる!」
「え――――ッ!その感謝薄くない?」
「じゃあ、すっげぇ濃いアイスレモンティー奢ってやる!」
「なんだかそれすっごく酸っぱそうな上に、滅茶苦茶苦そうなんだけど!」
「贅沢言うな!」
そんなことを言い合いながらも俺たちの足は全力で駆けていた。
しかしこの部屋はちょっとした迷路。直線では出られない。俺は咄嗟にある存在を思い出す。
「風吹、こっちだ!」
「ちょっ!そっち出口と反対だからぁ!」
そう叫びながらも風吹は俺に付いてきた。だが、さすがバディ。俺の目指すものがなにかわかったのだろう。
「キョウ!正確な場所わかってんの!」
「いや、この部屋の分はまだ確認してなかったが、おそらく位置的には三階と同じ場所にある!」
「まじで?あぁ……そのキョウの野生の勘が当たることを祈るよ」
「なら、大丈夫だ!こういう危機的状況にこそ、冴えわたるってもんだ!」
なんてことを返しつつ、俺は部屋の中央へと向かう。そしてやはりそこには――――――――
床に開けられた指一本分しか入らない小さな穴。
躊躇なくその穴に指を入れて床を引き上げる。
当然そこには、ぽっかりと口を開けた脱出口。正直男二人が入るには狭苦しい。しかし入れないこともない。
「風吹、入れ!」
「狭ッ!」
「贅沢言うな!」
半ば背中を押すようにして強引に風吹を穴へ落とし込み、顔に撒いていたタオルをむしり取りながら自分も入る。確かに狭い。だがそこはもう諦める。それに、本当は底にある扉を開けて三階の部屋へと下りるつもりだったが、どうやらここでタイムオーバーらしい。
『キョウちゃん!』
インカムからサクラの声が――――ほとんど泣き声でしかないサクラの声が聞こえた。
もしたとえこれで命を落としたとしても…………なんてことが一瞬脳裏を過るが、いや、落としてる場合じゃねぇ!と、即座に打ち消す。
俺は脱出口として開けられた床下の穴の中で、爆破の衝撃に備えて、グッと頭を抱え込むように身を丸めた。
ボンッ‼
穴に入って五秒も経たないうちに聞こえてきた爆発音。
棚が倒れる音と、棚の上にあった物が砕け散る音。
これだけでどれだけギリギリだったのかがわかる。と同時に、送信機を持っていた奴の几帳面さも。
だが、どれもこれも想像していたよりもずっと小さい。振動はあったが、思ったほど激しいものでもなかった。
とはいえ、あれが本物の爆弾だったことは実証されたわけで――――――――
「………………風吹、生きてるかぁ?」
「……い、今のところはね………でもこのままだと窒息死しそう……って、このタオルのせいか……」
「…………あぁ、それのせいもある。さっさと取れ……」
若干呆れつつもそう返し、風吹と自分が無事だったことに、一先ず息を吐いた。
しかし、ずっと風吹と二人穴の中に閉じこもっているわけにもいない。もし火の手が上がっていたら、今度は焼き死ぬのがオチだ。とにかく状況を確認して、火災となっているようなら、この脱出口から三階へ下り、沈めた男どもを外へ放り出してやらなければならない。
今は風吹もいるし、爆発でなく火災が相手。そこまで遠くに逃げる必要もない。長年放置され続けたことにより、ぼうぼうと生い茂った庭の叢に螺旋階段の窓から放り投げてやるだけで、取り敢えずは避難完了だ。
そこでまず俺は、四階へ繋がる扉を軽く押し上げた。
熱は感じない。押し上がった分の隙間から見える範囲だけだが、部屋が茜色に染まっている気配もなければ、煙が充満している様子もない。
「どうやら………火の手は上がっていなさそうだな」
なんてことを呟きながら、俺はそのまま扉を完全に開け放った。
「さすがあの泡消火器……優秀だね……泡で完全密封して……冷却と窒息で……完全に火災を封じ込めてしまった…………って、キョウ……早く出て……ほんと狭い………お、俺が窒息しちゃう……」
「はいはい」
風吹に追い出されるような形で、俺は床下の穴から脱け出し、すばやく状況を確認する。
大惨事とまではいかなくとも、強烈な突風が吹き抜けていったかのような惨状。ま、元々そこら中に落書きし放題、荒れ放題の部屋だったので今更ではあるのだが。
と、そこでまた―――――
そうだ、サクラに連絡…………と気づき、耳に手をやるが、肝心のインカムが付いていない。
うっかり穴の中に落としてきてしまったらしい。
「風吹、すまない。そこにインカム………」
そう声をかけかけるも、さすが俺のバディ。
すべてを言い終わらない内に、穴から這い出てきた風吹からひょいとインカムが手渡される。さらには――――――
「早く応答してあげなよ。サクラちゃん号泣しちゃってるよ」
―――――という有り難いアドバイス付き。
細かいフォローもバッチリだ。
そしてそれに対し、「…………だな」と、俺は風吹と顔を見合わせ二人同時に苦笑となった。
わざわざイヤホンを耳に当てなくてもわかる。
薄っすら漏れ聞こえてくる俺を呼ぶサクラの泣き声。
どうやら、落とした拍子にオープンにしていたはずのインカムが切り替わり、こちらの声は聞こえなくなっているらしい。そのためか、サクラの声がますます涙と鼻水でこもり始める。
キョウちゃん……キョウちゃん…………返事して……………お願い………キョウちゃん………………
サクラ………………
掌に乗せたインカムから漏れ出してくるサクラの声に、俺の気持ちが一気に溢れ出しそうになる。
「ほら、意地悪しないでさっさと応答してあげなきゃ。それとも俺が代わりに応答してあげようか?可愛いサクラちゃんに」
悪戯な笑みすら湛えてそんなことを告げてくる風吹に、俺は素っ気なくも「いや、遠慮しとく」と、はっきりと返す。
「おや、珍しい……面倒なことは嫌いなキョウが、独占欲丸出しだ」
「…………かもな」
呟くように答えた俺の言葉に、風吹が忽ち目を瞠った。
どうやら、風吹からしてみれば、予想外の返しだったらしい。
しかし風吹は、そんな俺を少し見やってからやおら目を細めると、「大切なモノが見つかってよかったね、キョウ」と、冷やかし半分にニッと笑って見せた。
あぁ……本当にな……………
妙に晴れ晴れとした気分でそんなことを思いつつ、気恥かしさも相俟って息を吐くように笑みを零す。
そして、今にもこちらへ乗り込んできそうなサクラを落ち着かせるべく、俺はインカムを耳にあてがいながら、送信ボタンを押した。




