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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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脱出と博識ドール(10)

「今の話、聞いてたか?」

『はい。()()()()()()()()()()()です』

 俺が一々確認しなくとも、そう答えてくる上戸執事に、螺旋階段を駆け上りながら苦笑となる。

 そう、俺はまだサクラに聞かせたくないと思った。先程の沈めたばかりの男の話を――――――――

 それを上戸執事に見透かされ、俺としては質問を重ねる必要もなくなってしまった。その代わりに、これからのことを口にする。

「俺はこれから四階にある爆弾を回収して、別の場所で爆破させる。正確な爆破予定時刻がわかったからな。それまでに対処できれば何も問題はない」

 敢えて軽い口調でそう告げた。だが、それで状況の深刻さが軽くなるわけでもなく、上戸執事は重い口調で返してきた。

『安全に爆発させられる別の場所がすぐにあればよいのですが……とにかく爆弾に関しては、お嬢様に伝えます。それと…………』

「わかってる。サクラを連れて一刻も早くここから逃げてくれ」

『…………わかりました。別の場所については、すぐに該当場所を探します』

「頼む」

 そんなやり取りの間も、俺の足は止まることなく螺旋階段を駆け上り、倉庫代わりの四階の部屋へ飛び込んだ。そして迷路のような棚を抜け、この埃塗れの部屋で異彩を放っている黒いリュックの前に立つ。それからウチの熊、サード機動捜査班の小仏班長に連絡を入れるべく、腕時計に手をやった。

『――――――俺だ』

 そこは“小仏だ”だろうが――――――と思うが、熊に直接連絡を入れているため、そこは敢えて突っ込まない。というか、いつものことなので気にするだけ無駄だ。そして何より今日は時間がない。俺は状況だけを伝えるために捲し立てた。

「響です!事態が急転しました!今回の一連の爆弾を用意したのは“テミス”です!そして、奴らは計画のリカバリーのために新たな爆弾を用意して、時計塔に侵入してきました!」

『それで、全員沈めたってか』

 なんで俺が報告する前にそうなるんだ…………と思うが、それも今更なので「沈めました!」とだけ答える。そして、本当に伝えるべきことを口にした。

「最後に沈めた男の話だと、奴らは計画が失敗したと判断した時点でリカバリーを用意します!班長!今すぐ銀行へ人をやってください!銀行もまた奴らのリカバリー対象です!急いで!」

『了解だ。そこの幽霊屋敷は狂犬、任せた』

「了解!」

 決断が速いというか、潔いというか、こういう時、ウチの班長はぐだぐだ言ってくるような男ではないので本当に助かる。

 しかし………………と、改めて俺は目の前の黒いリュックに目をやった。

「また爆弾運びとなるとは………今日は厄日なのか?いや、風吹で言うところの天国と地獄の大感謝祭って奴か…………」

 確かにその通りだと思う。この状況のどこに天国が?という話だが、十年の時を経てサクラと上戸執事に再会できたことを思えば、確かに天国での大感謝祭は実施中なのだろう。

 できれば、地獄との同時開催だけは勘弁してほしかったところだが………………

 なんてことを思いつつ、俺は黒いリュックの中身をもう一度確かめた。

 実際はただの見間違いで、ただの水鉄砲だった………………的なオチを期待するも――――――

 うん、どう見ても爆弾だ。

 そう確信だけを得て、俺はそのチャックを閉めようとした。そんな俺の耳に飛び込んでくたサクラの声。

『キョウちゃん!今から言う事をよく聞いてください!二液混合型は二つの液体が混ざることによって強力な爆発物となります!今回どんな液体が使用されているのかはわからないけれど、一つの液体だけでは然程の威力は持たないはずです!といっても劇薬にはかわらないから、まったく爆発しないとはもちろん言えませんが……でも、ウォーターハンマー現象…………水撃作用で急激な圧力変化がない限り、大きな爆発はしないはずです!だから…………』

 正直に言っていいだろうか。はっきり言って俺の頭では、チンプンカンプンだ。

 ウォーターハンマー現象やら、水撃作用やら言われてもなんのこっちゃという話である。だが、これだけはわかる。

「二液を混ぜないように、一つの液を取りは外す、もしくはこの容器から片方の液体を抜き取ることができれば…………」

 しかし、今の俺にはもう考えている時間も余裕もなかった。

 腕時計が無情にも示す時刻は午後2時53分。

 爆破まで残り時間は七分しかない。

 つまり――――――おそらくサクラがこんな連絡を入れてきたってことは、爆弾を安全に爆破させられる都合のいい別の場所がないということだ。

 だから俺がここで、この爆弾を解体するしかないと言っているのだろう。

 もちろん、これだけの残り時間あって、俺一人だけならば、余裕で逃げることもできる。だがその場合、沈めた男たちはそのまま永遠に目覚めることなくあの世行きだ。

 そうなると、やはり目覚めが悪いどころの騒ぎではなく、リアル幽霊屋敷を作り上げてしまうのは俺――――ということになる。

 俺だけが祟られるならまだしも、それはかなりご近所迷惑だ。

 だとしたら、取るべき道はそれしかないわけで………

「わかった。この爆弾は俺が処理する。だからサクラはそのまま逃げ…………」 

『駄目です!逃げません!本当は今すぐにでもそちらに行きたいところですが、時間が足りません!でも、このままキョウちゃんに方法を伝えることくらいはできます!とにかく今は私の言う通りにしてください!』

「そんなことは俺が許さない!いいからサクラは、上戸執事と一緒にそこから逃げろ!」

 まるで十年前の逆だな…………とふと思う。

 あの時は男たちに連れ去られながら、サクラが必死に俺に“逃げて!”と叫んでいた。

 そして今は、俺がサクラに向かって“逃げろ!”と叫ぶ。

 俺たちはきっと、そういう巡り合わせなのかもしれねぇな……なんてことが頭を過る。そして俺は苦笑にもならない笑みを零しながら、黒いリュックを抱え込もうとした。

 そう、時間もない。たぶん俺には解体はできない。そしてやっぱり奴らを見殺しにもできない。

 だったら俺の取れる手段は一つ。時間が許す限り、爆弾を持って遠くまで走ることだけだ。できるだけ遠く。サクラから少しでも離れるように…………

 だが、サクラの声がそれを止めた。

『キョウちゃんが、犠牲になることだけは絶対に許しません!それならすぐそこに私が行きます!』

「ふざけたこと言うな!」

『ふざけているのはキョウちゃんの方です!今、風吹さんがそちらに向かいました!だからキョウちゃん、私の言う通りにして下さい!そうすれば………………』

「サクラ…………」

『私たちはちゃんとまた会えますから……』

 あーだ、こーだ言ってる間に、時間はもう五分しかない。しかも、ここに風吹が来るという。

 本当に馬鹿ばっかりか………と真剣に思う。

 それでも、いざとなればサクラのことは絶対に上戸執事が守ってくれるはずだと、そう自分自身を納得させて、俺は腹を括った。

 正直、爆弾を持って走ったほうが余程、気分は楽だった。

 何故なら、代償は自分の命だけで済むからだ。

 しかし、ここで解体するとなれば、風吹を入れて七人分の命を守る責任がある。この爆弾の威力が屋敷を含むほどのものならば、サクラたちの命も漏れなくその対象だ。

 これはまじで重すぎる……………

 だが、賽は投げられた。ならば突き進むしかない。

 一度は抱え込もうとしていた黒いリュックを、今度は丁重に棚から持ち上げると、そのまま床の上に置いた。そして、リュックを開けて、再び爆弾と対峙する。

「サクラ!指示しろ!」

『わ、わかりました!ではキョウちゃん、二つの液体を見てみてください。キョウちゃんの感覚で構いません。どちらが重そうな、ドロッと粘り気があるように見えますか?』

「…………青色の方だな」

『だとしたら、そちらの方がより起爆性の高い液体の可能性があります。だから、干渉するのはもう一つの液体の方です。ちなみに信管が起動することによって液体は混ざり爆発する仕組みです。ですから、信管とその周りのコードには絶対に触らないでください』

「了解!」

 わかった。触らぬ神に祟りなしだな――――と、俺は一先ず両手を挙げた。そしてサクラの指示を待つ。

『では、今から一番原始的な方法で爆弾を解体します。とにかくもう一つの容器に穴を開けて、液体を抜いてください。解体方法はそれだけです。その道具一式は風吹さんが持ってい

ます』

 確かにめちゃくちゃ原始的だ…………と思った瞬間、バンッ!と扉の開く音がした。さらには「キョウ!どこだ!」と焦りしかない風吹の声が聞こえてくる。

 取り敢えず、「ここだ!そのまま棚にそって進んで、一つ目の途切れ目を左、左だ」と声を返して、風吹を招待してやる。

 汗だくで、どこか悲壮感さえ漂わせながらやって来た風吹。

 こんなところまでやってくるなんて馬鹿な奴…………と、思うよりも、バディの顔を見てやっぱり嬉しく思うのだから、俺も大概だ。

 それにしても風吹は思いの外、大荷物で――――――――

「解体するにもちょっと荷物が多くねぇか?っていうかさ、ここは普通爆専の赤松リーダーが来るところじゃねえの?」

「赤松リーダーじゃ、逆に専門過ぎて原始的な方法が取れないだろうってサクラちゃんがね。で、これはサクラちゃんから預かった秘密道具セットだよ。この秘密道具セットさえあれば、大きな爆発は最低でも防げるっていうサクラちゃんのお墨付き。さぁ、ぐだぐだ言ってないでさっさと穴を開けるよ!」

「りょ――かい」


 時刻は2時57分。

 残り時間、あと三分。


 風吹は背負ってきたデカいサンタ袋から、秘密道具その1となる電気ドリルを取り出した。

 

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