脱出と博識ドール(9)
「さて、改めて質問だ。お前らこんな幽霊屋敷で何をしていた?」
「サ、サ、サードの人間がどうしてここにいるんだ⁉」
ほう……質問に質問返しとは、いい度胸してんじゃねぇか。
だったら、俺はこう切り返すまでだ。
「知らねぇのか?サードは金さえ積めば、犯罪行為以外のことならなんだってする組織だ。つまり、この屋敷も地域の治安維持?ってやつで、俺たちサードがパトロールすることになってんだよ。正式な依頼を受けてな。そして、その縄張りに土足で上がり込んできたお前らを、俺はご立派な大義名分を盾に、いかようにも料理できる。一応殺し以外でな。で、お前らは何してた?」
もちろん嘘八百である。いや、この場合は噓も方便とでも言っておこうか。
とにかく嘘だろうが何だろうが頂戴した質問に対し、せっかく懇切丁寧に説明してやったというのに、目の前の男は―――――――
「…………………………」
「…………だんまりかよ。まぁいい。好きなようにしな。そういえば、この上の階に面白いオモチャがあったんだが、アレもお前らのモノか?」
もちろん面白いオモチャとは、リュックに入った二液混合型爆弾のことだ。
敢えてオモチャと口にしたのは、男の反応を見るためだが、こちらの予想通り、ペンライトで照らした男の顔がわかりやすく強張った。
「あぁ、その表情を見る限りお前らのモノみたいだな。で、アレでいつ遊ぶつもりだ?」
「…………………………」
「おいおい、これもだんまりかよ。じゃあ、質問を変えてやる。見たところアレには楽しく遊ぶためのスイッチが付いていなかった。つまり、アレにスイッチを入れることができる送信機がどこかにあるはずだ。で、ここで新たな質問だ。それを持っているのは誰だ?」
「…………………………」
「口が堅いと褒めるべきか、それとも肝心な答えを導き出せない馬鹿と言うべきか………仕方がねぇ、俺は狂犬と呼ばれてはいるが、鬼でも悪魔でもないからな。ここで簡単な問題を出してやるよ」
何を言っているんだ?とばかりに、恐怖と疑問をその顔に滲ませて、男は俺を仰いだ。そんな男に、俺はゆるりと笑ってみせる。
「何、簡単な問題だ。ここには危険なオモチャが一つ。そしておねんね中の人間が全部で五人。そして、ばっちり起きている人間が二人。だが、お前はもうすぐおねんね組に入るとして、起きている人間は俺一人。さて、危険なオモチャから無事逃げ出せるのは誰だ?」
「なっ…………」
驚愕で目を剥いた男。どうやら答えがわかったらしい。
「ふ、ふざけるな!お、お前サードの人間だろうが!俺たちを見殺しにするって言うのか!」
自分の立場も忘れてキレ始めた男に、俺は呆れた目を向けた。
「ふざけてんのはどっちだ?だいたい俺は、お前に聞いたはずだ。誰が送信機を持っているのか……ってな。つまり、俺にはあのオモチャを止める意思があった。いや、もちろん今もある。まぁ、それはお前らのためってわけじゃないが、結果的にはそうなる。だがな、そんな俺の気持ちを無下にして、シカトを決め込んだのは、他でもないお前だ」
「ぐっ…………」
「しかも、見殺しって随分と人聞きの悪いことを言ってくれるが、たとえ俺がせっせとおねんね中のお前らを順番に運んだとしても、それなりの時間がかかる。当然運び出す順番は順不同だ。お前が最初になるかもしれねぇし、一番最後になるかもしれねぇ。だいたい俺にしてみれば、オモチャがいつ起動するかわからない状態だ。なぁ、どうして俺がお前らのためにそこまでのリスクは負う必要がある?それも爆弾を仕掛けた張本人たちに対してだ。どう考えたって、ねぇだろ……んなもん。ったく、何一つ協力しねぇくせにぐだぐだ抜かしてんじゃねぇよ!」
そう言って俺は片足を上げた。話し合いは決裂。親睦は深まらず、気さくなやり取りも終了だ。
つまり、おねんねの時間。
しかし、男は慌てた。このまま意識を飛ばしてしまえば、次に覚醒できる保証はどこにもない。
いつだって一番可愛いものは我が身。
俺から言わせれば、お前のどこに可愛さがあるんだという話だが、男は急にだんまりを返上し、ペラペラと早口で話しはじめた。
「そ、送信機は外の連中が持ってる。起動は一応俺たちからの連絡待ちってことになってはいるが、あと…………」
そこまで告げてチラリと腕時計を見た男だったが、時計の表示する時間が見えなかったのだろう。
再び口を開いた。
「じゅ、十五時の時点で否応なしに起動することになっている」
「ようは、お前らからの連絡があろうとなかろうと、十五時の時点で送信機が押されるってことだな」
「そ、そうだ!」
きっぱりと言い切った男に俺はやれやれと息を吐きつつ、上げていた足を下ろし、腕時計を見た。
現在午後2時42分。残された時間はあるようでない。
いや、正直足りない。意識のない男が五人。そいつらを抱え、螺旋階段を下り、安全な場所へ運ぶとなると一人にかける時間が五分だとしても、その時点ですでに時間が足りていない。唯一起きているこいつに手伝わせるとしても、せいぜい一人がいいところ。男たちを運び出す間、ずっと見張っておくこともできないため、そのままとんずらされてしまう恐れもあるからだ。
つまり、現状は悩んでいる時間すらない。それでも、これだけは聞いておかねばならなかった。
「で、お前たちはここで何をしていた?」
「そ、それは…………」
「死にたくなかったら言えッ!」
「こ、こ、ここに昔住んでいた教授か、その教授の娘の形跡を探しにだ」
「娘だと?」
俺の声が一気に地を這ったことに気づいた男の口が一層滑らかとなる。
「そうだ。俺たちは当初ここにあるはずのモノを探しに来た。本来ならすでに爆発していてもおかしくない爆弾二つだ。だが、一つとして見つからないどころか、どこかで爆発したという話も聞かない。僅かな手がかりを得て、今別の場所を探している奴らもいるが、どうもおかしい。そこで、上に確認を取った。今後の俺たちの行動についてだ。そこで命じられたのが、急いでこの屋敷に戻り、教授とその娘の形跡を探せというものだった」
「…………何故、この時計塔にいると?」
「いると思ったわけじゃない。ただ手がかりを探しにきただけだ。もちろん屋敷の方も探すつもりだったが、爆弾がある方を先に調べなきゃ、十五時にはドカンだ。そのことをここに残していた二人に伝えに行くところで…………」
「俺に沈められたと…………」
「そうだ」
なるほどな…………確かにここまでの計画を悉く潰されりゃ、第三の人間の関与を疑いたくもなる。実際に、三つの爆弾は、教授の娘であるサクラと上戸執事によって爆破を未然に食い止められた。
しかしそうなってくると、組織の連中はサクラの能力について少なからず知っていることになる。そうでなければ、探せという指示を出すはずがない。だがサクラは、記憶を封じてまでそのことを隠した。サクラ本人からそう聞いたばかりだ。
それでも組織は、教授は当然のこととして、娘であるサクラも爆弾を解体できるだけの知識をもっていると、確信…………もしくは疑念を抱いている――――――――
いや………駄目だ。今は考えるな。
これ以上のことを考えるのは後だ。
今は、この状況をどうにかすることだけに集中しろ。
そう思った矢先、目の前の男はこんなことを言い出した。
「俺たちの組織は絶対に失敗を許さない。たとえ失敗したとしても必ずリカバリーをする。今この時計塔に仕掛けられている爆弾も、リカバリーの一つだ。そしてそのリカバリーは形振りなど構うことはない。人命は二の次となる。そしてサードの狂犬さん。あんたは偶然ここに居合わせたのかどうかは知らんが、そのリカバリーを阻止しようとしているのは間違いない。その時点であんたは、組織の思惑を潰そうとする報復対象だ。だが今なら間に合う。あんたのことを知っているのは俺だけだ。だからこのまま見逃がしてくれれば、俺はあんたのことは一切他言しない。そしてあんたもこのままここを出ていけば、報復対象とはならない。爆弾は時間通りに爆発して、それで終わりだ」
「仲間はどうする?見殺しにするのか?」
「言っただろう。人命は二の次だと。組織にとって重要なのは作戦の成功だけだ。それもこれはリカバリー。今更芸術的な作戦を持って美しく遂行………なんてことを言ってる場合じゃないんだよ」
「つまりこういうことか?…………なんだかよく知らねえが、お前らはある作戦に失敗して、それが教授、もしくはその娘のせいだと思った。で、リカバリーのついでに、その形跡がないかを探しにきたってことか。しかし、お前らにとっては不運なことに、ここにサードの俺がいた。しかもお仲間は沈められ、絶賛起きているのはお前一人。そこで、お前を見逃してやったら、現在進行形でお前らの邪魔をしている俺を、組織の報復から守ってくれると言うんだな。有り難いことに…………」
「そうだ。いい話だろ?」
そう言って、男は薄笑いを浮かべ俺を見上げた。俺もにっこりと笑ってやる。
「そりゃ、確かにいい話だ。ご親切にどうも。だが、悪いな」
「えっ…………」
「――――――――交渉決裂だッ!」
一度は下ろした足を再び振り上げ、渾身の一撃を男の腹に落とし込む。ムカついた分上乗せだ。
「ぐへっ………………」
男はやはり踏み潰された蛙のような声を上げて、そのまま意識を闇へと落とした。
そして気づく。というか、思い出す。いや、我に返る。
「やべ…………最低一人はこいつに運ばせようと思っていたのに、うっかり沈めちまった。――――って、こいつに手伝わせたところで、もう間に合わねぇか…………」
腕時計が示す時刻は午後2時48分。
うん、無理だな――――――――と男たちを運び出すことを早々に諦める。
そんな俺が次にできることといえば…………
「これは原点回帰ってやつだな。仕方ねぇ、爆弾をどうにかするか!」
そう瞬時に決断すると、俺はインカムへ手をやった。
そして――――――――――
「時間がない!作戦変更だ!」
インカムの向こう側にそう叫びながら、俺はまた四階を目指し螺旋階段を駆け上がった。




