脱出と博識ドール(8)
四つ目ともなると、またか……ってな感覚になるな。さすがに…………
そんなことを思いながら、これからのことを考える。
だが、それも刹那――――――気配を消すこともなく螺旋階段を上がってくる組織の連中へと意識が流れた。
その足音からも、警戒心は感じられない。
そりゃそうだろう。奴らは残していった仲間の意識が、とうにないことなど知らない。知る由もない。いや、そもそもここが無人だと思い込んでいる時点で、奴らの警戒心は薄れてしまっている。
こちらに戻ってきた目的自体は、まだ何もわからないが………………
しかしそれを問い質すだけの時間はこちらにはない。というより、四人同時に沈めなければ、外にいる仲間に連絡を取られ応援を呼ばれるか、もしくは、送信機でこのまま爆破される可能性だってある。
その瞬間、俺は忽ちあの世へ行くことになるのだが、そうなればこいつらとお手て繋いで――――――という状況となる。
もちろん俺としては、こんな奴らと無理心中など、是が非でも御免被りたい。当然、向こうもそう思うだろうが、だったら爆弾なんか持ってくるんじゃねぇ!と、強く物申したい。
それこそあの世で――――となるが………
それに当然のことながら、サクラとの約束を違える気は更々ない。この持て余す程の想いに名前が付いた今では尚更のことだ。
とはいえ、さすがの俺も四人同時に沈めることはできない。そのため一人ずつ一撃で必ず沈めるという方法を取らざるを得ないのだが、上戸執事からの報告によると、奴らは四人一緒に螺旋階段を上がってきているという。
仲良しか!バラけろよ!と思うが、そうはこちらの思い通りには動いてくれないものだ。
それこそ、ままならない人生のように…………(って、重いわ!)
そこで、奴らを引き離す必要があるのだが、下手な行動はかえって奴らに警戒心を抱かしかねない。
早い話、打つ手なしといった状況だ。
言い換えるならば、ここまで来たら一か八かの出たとこ勝負。そしてそれは、俺の得意分野でもある。
そんなわけで、俺はペンライトを消し、そのまま三階の扉に張り付いた。
もちろん幽霊屋敷にふさわしい歓迎をしてやるためにだ。
ちなみに俺にとっての好条件を一つあげるとするならば、螺旋階段は非常に狭く、二人並んでは上がってこられないという点である。
そのため俺は奴らの足音に全神経を集中させ、奴らの距離間を計った。
歩く速度、足音が響くタイミングとその大きさ。己の耳と感覚で掴んだ情報から俺は一つの答えを導き出す。
先頭一人目と次の二人目の間には若干距離がありそうだ…………
言わずもがな、螺旋階段は、螺旋状に階段がある。つまり、一直線に続く階段とは違い、必ずしも自分の前を歩く人間の背中が見えているわけではない。
そして何度も言うが、ここは地元では有名な幽霊屋敷。まぁ、外観が…………ではあるが、その名は十分に使える。
たとえば、こんな神隠しが起こったとしても――――――――
先頭の男が三階の部屋へ辿り着く直前、俺は扉のノブを回し扉を開けた。
今度は部屋の外側からではなく内側からだ。
ギィ…………と抜群の効果音付きで、扉が独りでに開く。何も知らない男からすればそう見えたはずだ。
そして案の定、男の足が一瞬止まる。が、それが運の尽き。
俺は部屋の中から腕だけを伸ばし、先頭の男だけを強引に部屋の中へ引き摺り込んだ。
「なっ!うぐッ………」
口を塞ぐよりも、一撃で沈めしまった方が静かになる――――――という、うちの熊、小仏班長の有り難い教えに從い、男の鳩尾に重い一撃を食らわせあっさりと沈める。と同時に、今度は扉をバタン!と、わざわざデカい音を立てて閉めてやった。
その音に、少し離れて螺旋階段を上っていた二人目、そしてそれに続く残り二人が急ぎ階段を駆け上ってくる。
無警戒で近づいてくる足音。
そう、奴らはここには自分たちの仲間しかいないと思い込んでいる。
俺にしてみれば、それが付け入る隙だ。そして――――――――――
「おい!どうした?」
「大丈夫か!」
残りの連中が、俺が立てた音に誘われるようにして、三階の部屋へ入ってきた。
俺にしてみれば、「はい、いらっしゃい」てなところだ。
そしてその男たちの内二人は、明後日の方向だけを照らすライトのせいで、自分の足元に転がっているものにも気づかず、思っきり蹴躓いた。
「うわッ!」
「ッ!」
「な、なんだ!どうした!」
お約束通りに転んだ男二人に、空気を読まず転ばなかった男一人。
この場合、誰が一番不運かというと………………
ライトの光も届かず、完全に死角となっていた扉の陰から、転ばなかった男の首元に照準を合わせ、回し蹴りをお見舞いする。
「ぐぁッ!!」
踏み潰されたカエルのような声を上げて、吹っ飛ぶ男。
素直に転んでりゃよかったのに…………ご愁傷さま。
などと、心にもないことを思いつつ、今度は状況がまったく見えていないらしい転んだ男の一人にローキックを入れた。
それはそれは自画自賛したくなるほど、男の横腹へ綺麗に入ったローキック。
しかし、ここまでは回し蹴りから一連の流れであって、威力は然程ない。言うなれば、うつ伏せだった男の身体を仰向けに転がしてやっただけだ。
まぁ……それなりに悶絶しているようだが、意識がまだある以上、俺に言わせれば十分手緩い。
一撃で仕留められないとは、俺もまだまだだな…………
なんて反省も入れつつ、仰向けとなった男の腹に踵落としを容赦なく入れる。
男の意識はあの世までとは行かずとも、それに近いところまで一気に飛んだ。
そして残るは一人。
転がる仲間の身体に蹴躓き倒れ、もがきはすれど一向に立ち上がれずにいる男だ。一応フォローを入れてやるとすれば、周りに散らばる紙もまた、男を容易に立ち上がれなくしている原因なのだが、それよりも何より、男の凄まじいまでの動揺がさらにそれを困難にしていた。
もちろんその動揺の発端は、この俺なのだが――――――――――
「ゆ、ゆ、ゆ、幽霊………………」
俺のことをそう呼んで、こちらが何もしていない内から白目を剥きそうになっている。
それはそれで非常に楽なのだが、せっかく二人きりになったんだ。この際だから色々と親睦を深めておきたい。
何故ここへ戻ってきたのか――――――とか。
爆弾の送信機は誰がもっているのか――――――とか。
俺の質問に対し、何でも気さくに答えてもらいたいところだ。
そこで俺は奇襲のために消していたペンライトを改めて点けた。その理由は言うまでもなく、幽霊ではないと証明するためだ。が―――――――――
「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――――ッ!」
ペンライトの光に照らされた俺の顔を見て、男は人目も憚らず引き攣り声を上げた。といっても、聞いているのは今や俺だけだが……………
確かにここは窓一つない部屋で、この部屋を照らす明かりの一つは明後日の方向を向いており、男から見れば俺は黒いシルエットになっていたことはわかる。だからこそ、たとえ幽霊呼ばわりされようが、俺はそれを甘んじて受け入れた。
そして今度はわざわざ人だと示すために、あくまでも親切心でペンライト点けてやったというのに、その驚きようは俺に対してあまりに失礼じゃねぇのか…………と、思う。だがすぐに、あぁ……やっぱ下から顔を照らせば怖いよな――――――と思い直し、「悪い。驚かせた」と口だけの謝罪をしてから、ペンライトを男の方へと向けた。
真夏真っ盛りだというのに、やはりスーツ着用の男。年の頃は三十代前半あたり。そしてその暑苦しいスーツの上からも、男の身体がそれなりに鍛え込まれていることがわかる。しかし残念なことに、余程の恐怖に見舞われたのか、涙だけでなく鼻水も垂れており、しかも、腰まで抜かしてしまっている。
俺は内心でやれやれと息を吐いてから、セオリー通りに名乗ることにした。
「俺はサードの響だ。お前たちは何者で、ここで何をしている?」
ここでは敢えてその男の素性も、その目的も知らないふりをする。だからこそ定番中の定番の質問をぶつけたのだが、男は俺の問いかけにではなく、俺の名乗りにさらなる驚愕を覚えたらしい。
「サ、サ、サ、サードの響って…………きょ、きょ、狂犬!」
どうやら俺もなかなかの有名人らしい。しかし、幽霊以上に怯えられているような気がするのは、俺の被害妄想のせいだろうか?
いや、これは妄想じゃねぇよな……………と、一人歩きしている俺の異名に自嘲する。
あの日――――――十年前、一人残された病院から保護されたあの日、うちの熊コト小仏班長が言った。
“お前が逆に“響 剣也”という名前以外のすべてを捨てられるっていうなら、サードに来い。そこで俺がお前を立派な隊員…………いや、違うな。大事なものを探す出せる鼻の利く犬にしてやる。あぁ、そういやお前の名前は“キョウケンナリ”だったな。よし!俺が立派な“狂犬”にしてやる”
そしてさらには――――――――
“さぁ、決めろ。俺と地獄を歩むか、俺とは別れ、一見今までの日常と変わらないようにも見える、まやかしの現実を地獄とも知らずに生きるか、さぁ選べ!”
どっちも地獄じゃねぇか!と思いながらも俺は決めた。俺は名前以外すべてを捨てて、地獄を歩くことを。
しかしその後、疑問はすぐに湧いた。俺の身が危険ならば、サードへ行くことになったとしても、名前は変えるべきだったのではないかと。
だがそんな俺の疑問に対し熊はこう言って退けた。
『お前は得体の知れないデカい組織に噛みつくことを選んだんだろうが。だったら、正々堂々自分の名前で喧嘩を売れ!名前を変えてコソコソ喧嘩を売るのは負け犬がすることだ。だから、お前は今から“サードの狂犬”として、如何なる組織からも、あらゆる犯罪者からも恐れらる存在となれ!なれねぇっていうんなら、今からでも遅くねぇ。その“響 剣也”って名前を捨てて親御さんと仲良く知らねぇ土地で暮らすんだな』
無茶苦茶な理屈だった。しかし、一理あると思った。
これから喧嘩を吹っ掛けようと言うのに、自分の名前も名乗れねぇとか、情けないにも程がある―――――と。
だから、今でもはっきり覚えている。『冗談じゃねぇ!誰が逃げるか!』と熊相手に噛みついた。
そして俺はその熊に血反吐が出るくらいに鍛えられ、“サードの狂犬”として今やそれなりに有名となった。特に悪党どもに対しては。
まぁ………その影に二つ、三つほど組織の壊滅があったりするのだが、俺に言わせればそんなものはただの通過儀礼のようなものだ。サクラへ辿り着くための―――――――
それに、今の俺はまだ“狂犬”ではない。どちらかというと、サードの従僕な犬である“サード隊員の響”だ。
それゆえに、今の俺が一人で確実に沈めることができる人数は、サクラに告げた通り三人であり、訓練ならば五人となる。そのことに嘘はない。そこに但書がつくだけで…………
だからこそ、床で這う眼下の男に有り難い忠告付きで教えてやる。
「確かに俺は“狂犬”だが、今はまだ躾の行き届いた大人しい犬だ。殺してはダメだという自制も働いているしな。だから悪いことは言わない。その犬が豹変する前に、俺の質問にさっさと答えろ」
幽霊屋敷に突如として現れたのは幽霊ではなく、狂犬。
不運だったな…………と、俺は他人事のように内心で告げてやった。




