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狂犬と博識ドール  作者: 星澄


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脱出と博識ドール(7)

 二度あることは三度ある。

 だったら、三度あったことはどうなるんだ?

 ――――――――――――おいッ!


 そう天に問いかけて、俺はもう一度、目の前の異物である黒いリュックへと視線を戻した。

 もちろん、そうと決まったわけではない。

 ただ、こういう事に関しては妙に当たる俺の勘と(風吹たちからは野生の勘と言われている)、先程の組織の男の台詞から、ついつい良からぬ想像をしているだけだ―――――と、思いたい。

 しかしこういうことは、得てして外れないのもまたお約束なわけで………………

 仕方がねぇ……さっさと確かめるか。

 俺は已む無く、本当に已む無く、埃一つ被っていない黒いリュックに手を伸ばした。

 どこにでもあるノーブランドのリュック。とてもシンプルな作りで、チャックは二箇所。もちろん開けるのは、前に付いているポケットではなく、メイン部分のチャック。

 スライダーを持ち、ゆっくりと半円を描くようにして慎重に開けていく。ギギッギギギッという音が否応なし漏れてしまうが、聞かれて困る相手は現在床でおねんねだ。そのため音のことは一切気にしなくてもいい。

 そもそも俺が、ここまで慎重になるのは、何も人目を忍んで開けているからではなく、リュックの中身に問題があるからで――――――――――

「………………………まじか」

 ………………………っていうか、これはまた面倒な………

 俺はリュックの中の物に対し、盛大にため息を吐いた。

 そして、三度あることは四度目もあるみたいだぞ――――と、天に教えてやってから、先ずは敵を仕留めたという合図を、指で三回インカムを弾くことで送った。するとイヤホンからすぐさま聞こえてくる上戸執事の声。

『いやはや、さすが狂犬様。心配の間もございませんでしたね」

 誇らしげにも聞こえるその声に、俺は「そうでもねぇよ」と一先ず返し、それから目の前の事実について端的に伝えるべく、再度口を開いた。

「悪いニュースだ。奴らは爆弾を持参していた。それもこの爆弾は二液混合型爆弾で、ざっと見たところ時限式ではなさそうだ。おそらくだが、サクラの言うところの送信機直結型だと思われる。つまり…………」

『いつ爆破するか予想もつきませんね……』

 今度は酷く冷静な声が上戸執事から返ってきた。しかし、仰る通りなわけで……………

「今から送信機らしきものを奴らの手持ち品から探してみるが…………」

 たぶんこいつらは持っていない――――――そう俺が告げるよりも先に、インカムの向こうで選手交代が行われたらしい。サクラの声が俺に届く。

『キョウちゃん、その爆弾を運べますか?運べるならすぐに解体して…………』

「大きさ的には運べなくはない。だが……」

 サクラにそう答えつつも、俺は床で倒れている男のスーツに付いている、あらゆるポケットへ手を突っ込み、さらにはリュックの以外の手持ち品がないかを探す。そうしながら、三階の男も確か手ぶらで、送信機らしきものは持っていなかったことを記憶の中で確認し、続きを口にした。

「送信機らしきものがここにないってことは、おそらく新緑公園捜索組か、今回の作戦を指示する連中が持っているんだろう。つまり、この爆弾の主導権は奴らにある。いつ爆発するかもわからねぇもんをそっちに運ぶわけにはいかない。だからここは、退避だ。この時計塔を完全に失うことにはなるが……」

『構いません!キョウちゃんの判断に私も賛成です。解体できれば……とは思いましたが、それは主導権がこちらにある場合か、爆発のタイミングがわかっている場合に限ります。だからキョウちゃん、早く戻って来てください!』

「了解」

 俺はそうサクラに返すと、改めてリュックの中に鎮座しているソレに目をやった。

 目測ではあるが、大きさは縦約三十センチ、横約二十五センチ、高さ約十五センチくらいの箱に入った爆弾らしきもの。

 直径十センチ、長さ二十五センチほどの円柱形の容器が二つ、きちんと並んでおさめられている。そしてその容器に入れられた二種類の液剤。一つは薄い青色で、もう一つは薄いピンク色だ。おそらくこの爆弾を作る際に、無色だった液剤にわざわざ色を付けたのだろう。さらにそこから伸びる導線。正直、数えたくないほどの本数の導線が狭いスペースでひしめき合っている。

 明らかな爆弾。あからさまな破壊への意思。

 俺にサクラのような知識と、上戸執事のような器用さがあれば、ここで解体ができたかもしれないが、生憎その両方とも持ち合わせていない。

 そしてこの爆弾に関する主導権が奴らにある以上、移動途中、もしくは解体途中に爆破される恐れも十分にある。

 そうなれば今度こそ俺たちは木っ端微塵だ。

 だからこの決断は已むを得ないのだと己に言い聞かせ、俺は意識を飛ばしたままの男を担ぎ上げた。その理由は、ここで爆発に巻き込まれて死なれては俺の目覚めが悪いからだ。というか、ここをリアル幽霊屋敷にするつもりはない。

「今から組織の男を連れて時計塔を脱出する!ところでそっちの進捗状況はどうだ?」

『それが、まだ一つ目の気化爆弾を運んでいるところです。距離は然程ないんですが、問題があるとすれば、運んでいる荷物の大きさと脱出ルートのスペースでしょうか』

「そうか…………」

 そう答えながら、俺は男一人を肩に担ぎ上げた状態で、迷路のように配置された棚の間をすり抜けた。そして、倉庫代わりにされていた部屋を素早く出る。さらには、こちらも負けず劣らずスペースに難がある螺旋階段を足早に下りつつ、頭の中では三階の男をどうやって運び出そうかと考えていた。そんな俺の思考をインカムを通じて読んだのか――――――――

『風吹さんの力がいるんですよね。もう一人運び出すために……』

「あぁ、そうだ。だが、手が離せないなら仕方がないな。こちらでなんとかする」

『なんとかって…………』

 サクラの声がそこで途切れ、代わりにまた上戸執事の声が聞こえてきた。

『悪い知らせです。新緑公園へ捜索に行っているはずの組織の人間数名がこちらへ戻ってきました。モニターで確認する限り四名です。もうすぐ時計塔に侵入します』

「…………了解」

 舌打ちしそうになる自分を、冷静な自分が制し、感情一つ乗せず応とだけ返す。

 そして俺は、できればもう二度と入りたくはなかった落書きと備品と大量の紙で、荒れ放題、散らかり放題となっている部屋へ、再び足を踏み入れた。



 さて、どうするか…………

 上の部屋には爆弾。下の階には組織の連中。

 誰がアカデミー賞ものの芝居だって?

 得意顔でそう話していたデカいパグ顔に向かって内心で文句を垂れながら、担いでいた男を床へ転がし、これからどうするべきかを考える。

 しかし悩むまでもなかった。降りかかる火の粉は払うしかない。それに、組織の連中がここへ戻ってきたということは、爆弾はまだ爆発しないと見ていい。つまり、組織の連中を仕留める時間はまだある。なんならついでに、送信機も持っていてくれると非常に有難いんだが…………などと考えながら、俺は上戸執事に話しかけた。

「このまま奴らを仕留める。可能な限りでいい。奴らの場所の教えてくれ」

『了解しました』

「それと、今この俺の声は…………」

『私だけです』

 上戸執事の返答に、俺は相変わらず察しがいいなと苦笑しつつ、続けた。

「本宮さん……お願いがある」

 敢えてそう呼ぶと、上戸執事の声音が一層緊張を含むものへと変わる。

『…………なんでしょう?』

「ここで俺は、奴らの足止めと時間稼ぎをしておく。だから、一つ目の爆弾を運び出せた時点で、サクラを連れてそこから脱出してくれ。残り二つの爆弾は後回しだ。そして是が非でもサクラを守ってくれ」

『…………了解いたしました。しかし、約束は守ってくださいね。もうこれ以上泣かせたくはないでしょう?』

「……………………」

 そう、俺は必ず戻るとサクラに約束した。それも、サクラの心の穴を少しでも埋めてやりたくて交わした、絶対に果たすべき約束をだ。

 にかかわらず、ここで約束を守れなければ、サクラはまたあの青い瞳を涙で溺れさせることになる。

 それだけはさせたくない。

 俺の意地にかけても絶対にだ。

 だからこそこう告げる。

「…………わかってる。絶対に戻る。だからサクラを…………」

 しかし、すべてを伝えるまでもなく、この上戸執事は――――――本宮さんは、どこまでも優秀だった。

『私と貴方の約束はまだ有効ですよ。だからご安心ください』

 十年前の約束――――――

 サクラを守るという約束。

 生きていれば必ず会えるという約束。

 十年の時を経て証明されたその約束の確かさに、俺は「あぁ、頼んだ」と、絶対的信用からくる安堵の息を吐いた。

 

『咲良お嬢様の見立てでは、どうやら彼らは先にこの時計塔の処理を優先させたようです。とはいえ、新緑公園側の捜索にも人数を割いているところをみると、我々の計画が完全にバレてしまったわけでもなさそうです。つまり、狂犬様が戻ってきた四名をそこで仕留めさえしてしまえば何も問題はありません。ただし、そこに爆弾がある以上、そうも時間はかけられないのもまた確かです。短期決戦でお願いします』

 これまた無茶な注文を………………とは思うが、上戸執事の言葉に反論の余地はない。それにそこまで無理難題でもない。

 再び私語厳禁モードとなった俺は、了承の意を伝えるために、インカムを二度指で弾いた。

『どうやら今度は二人体制で行動するみたいですね。その一組が三階、もしくは四階へ上がるようです。いえ、二組とも上がってくるつもりみたいですね。ところで、お嬢様が先程から泣きそうな顔で、狂犬様とお話がしたいと申されておりますが、替ってもよろしいでしょうか?』

「…………………………」

 本当はやめようかと思った。

 今の俺は、状況的に声を出せないからだ。

 だが、サクラの声は聞きたいと思った。

 どうしようなく無性に………………

 だから指で二度、インカムを弾いた。

 途端――――――サクラの声が聞こえてくる。

『キョウちゃん、約束は守ってね。私、待ってるから。ずっと待ってるから…………キョウちゃんを信じて待ってるから…………』

 耳から入り、俺の思考と感情を搔き乱すかのように、頭と心に直接響いてくるサクラの声。

 その声に、その言葉に、俺は思わず目を閉じ、そのまま項垂れた。

 

 ――――――――――――あぁ、わかってしまった。


 こんな時なのに…………いや、こんな時だからこそ……………わかってしまった。いや、違う。本当はとうの昔にわかっていた。でも、俺もサクラもガキだったから、この気持ちはそんなものではないと思っていた。

 そして再会した時も、俺はくすぶり続ける気持ちに気づきながら、名前をつけようとはしなかった。

 何故なら俺にとってサクラは、あの日助けることができなかった女の子で、いつの日か必ず助けると心に決めていた大事な女の子だったから。

 そう、そこにあるものは、とても純粋な…………男としての欲もなく…………淡くも美しく、そして残酷なほど切ない…………真っすぐな想い。

 だが、サクラの声を聞いて、もう誤魔化せないと思った。

 認めるしかないと。

 俺は今、助けるべき女の子としてではなく、大事な女としてサクラを見ている。

 その笑顔も、涙も、声も、心もすべて手に入れたい女として…………

 それはもう……酷く浅ましく、狂おしいほどに………………

 しかしこの想いは、サクラの記憶が戻るまでは封じておく。

 幼いサクラが大切なものを守るために、必死に閉じ込めた記憶だ。

 その記憶の中の俺のことは、今はまだ何も思い出さなくていい。

 サクラが笑顔でいられるならば。

 だから、今は――――――――


 あぁ、約束する。

 必ずサクラのもとに戻ると。


 ――――――――そう心で告げて、俺は二度、インカムを弾いた。

 

 

 

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